旅行準備だったようです
「マダムが紛らわしい言い方してるから……てっきりお義母様だと思っちゃってたじゃない……紛らわしい……それに旅行も……私、聞いてないし……」
私は小声でブツブツと文句を言っています。ええ、ぶーたれさせてくださいよ。だって、今日はお義母様の服を選びに来たんだと思ってたんですから!
それがどういうことか私の服で、しかも二、三日後には旅行に出るって寝耳に水ですよ! いや、むしろ水っていうか洪水レベル!! どこに行くの? 誰と行くの? ここはどこ、私は誰? ……それは違うか。とりあえず、何が何だかわかりません!
ブツブツと一人文句を垂れていたら、いつの間にかマダムのお義母様もお店の中へと歩き出していました。あ、置いてかれちゃってます。こんなところで一人ぽちーんと突っ立っているのもアレなんで、私も急いで二人の後を追いかけました。
今日は時間がないからか、サクサクと作業が進んでいきます。
私が店員さんにサイズを測られている間に、お義母様とマダムと、今日はステラリアがデザインを決めています。「サイズ、ちょっと前にも測りましたよねぇ?」と抗議したのですが「もう数か月も前でございますわよ。もう一度採寸して、今のヴィオラ様にぴったりの服を作りましょうね」と、マダムにニッコリと微笑まれてしまっては抗えません。あっという間に下着姿に剥かれてしまいました。うう~、何度やってもこれ恥ずかしいです。
それにマダム、私が『公爵夫人』という単語に反応していないのがわかったのか、いつの間にか名前呼びになってます。これではお義母様と勘違いしようがないですね。ええ、そうです、私のドレスです……。
着々と採寸されている間に、デザインがどんどん決められていきます。
フリフリ・ピラピラとか、またお高い素材をふんだんに使ったドレスとかを作られてはないですよね? 旅行に持っていくんだから、かさばらないのをって言ってましたよね?
恐る恐る三人の様子を伺えば、
「せっかくヴィーちゃん若いんだから、スカートの丈は膝くらいがよくない?」
「そうでございますね。あまり短すぎるのもよくないですが、膝下くらいなら脚も綺麗に見えてよろしいのでは?」
「そうね。ねえ、リア、今の王都の流行は?」
「はい、今若いお嬢様方で流行っているのは……」
三人額を突き合わせてなにやら真剣に話し合っています。話し合いを元に描かれていくデザインを覗き込めば、あらやだ、意外と私好みのデザインが用意されているではないですか!
大体いつも好んで着ているような、シンプルなラインが基本の服ばかりです。お義母様がおっしゃったように、膝丈くらいのドレスというよりはワンピースが描かれていました。
エッセンスとして今の流行を取り入れた感じになっているみたいです。ええ、私は流行に疎いですので、ステラリアの話から想像しましたが何か?
シンプルながら若干かわいらしい寄りのデザインですね。ここにもステラリアの傾向が見られます。
生地の色とデザインが決まったものからどんどん作業に入っていくようです。そりゃそうですね、鬼のような期限ですから。
途中お昼休憩を挟みつつ、あれよあれよという間に、結局六着も作ってしまいました。
お義母様、マダム、そしてステラリアまでもがとっても満足そうです。いい仕事したぜ☆ って顔してます。
私以外は達成感でキラキラしていますが、私はあることに気が付きハッとしました。
そう、ここはマダム・フルールのお店です。超一流ブランドですから、お値段も超一流ですよね。……お支払いを思うとガクブルしてきました。六着も作っちゃいましたよ。
しかし、こんなところで私がお金の心配をしているなどと周りにばれてしまうと公爵家の沽券に関わりますから、迂闊なことは口走れません。ああ、もうやだ~!
私が一人、ガクブル・悶々としている横では、マダムとお義母様が、
「少し納期は厳しいですけど、いい訓練になりますわ。ご協力ありがとうございます、夫人。お得意様ということで、甘えてしまいました」
「こちらこそ、いいお話を持ってきてもらえてよかったと思ってるのよぉ」
と、よくわからない話になっています。
なになに? 何の訓練? いいお話って何ですか?!
二人の話が全く見えなくて、私はさっきまでの悶々はどこかにぶっ飛び、キョトンとなっています。
私がクエスチョンマークをふんだんに飛ばしている横で、マダムとお義母様の会話はさらに続いていき。
「弟子がお仕立てするとはいえ、マダム・フルールの看板を背負いますからね。きちんとしたものでございますからご安心を。もちろん、私も一緒にチェックいたしますわ」
「マダムが見てくれるのにお値段がいつもの十分の一なんて、いいのかしら?」
「いえいえ。弟子を育てるのにご協力いただいているのですから。弟子たちも、今を時めくヴィオラ様の服を仕立てることができると張り切っておりますのよ!」
ニッコリ微笑み合ってますよ、お二人で。つか、マダム? 誰がときめいてるって?! 誰がそんな寝言を言ってるんでしょうか??
ん~ん~、こほん。まあそれはさておき。
でも今の会話からすると、今回のお仕立てはマダムのお弟子さんがやっているので、破格の安さということですね? って、私、元値を知らないんですけど。
ま、まあ、お弟子さんの成長に協力できると思えばいいのかしら? そうだそうだ、うん、ポジティブシンキングです!!
そう思うと、ちょっと肩の力が抜けました。
「しかし公爵様とも仲睦まじいご様子で。微笑ましく拝見させていただいておりますのよ」
「そうなのよ~。あの子がね、旅行用のヴィーちゃんの服を見繕ってきてくれって言ったのよぉ」
「まあ、お優しいこと!」
「「おほほほほ~」」
力抜けついでに軽く魂も抜けいたら、お義母様とマダムは雑談をしていました。旦那様がどうのとかおっしゃってましたが聞き流してしまいました。たぶん問題ないでしょう。
雑談も一段落したところで、お義母様が帰り支度を始めました。今日はもうお開きのようですね。私もお義母様にならって立ち上がります。
「では、明日。よろしくね、マダム。じゃ、ヴィーちゃん、行きましょうか」
「あ、はい」
「ごきげんよう。夫人、ヴィオラ様」
マダムと、来た時よりも減った店員さんたちに見送られて、私とお義母様はお店を後にしました。
馬車に乗り込んだ途端、
「お次は……靴、かしら?」
と、お義母様は考えながら言っていますが、まだ買物する気ですか、お義母様! そして今度も私のなんでしょう?
「お義母様の靴ですか? どこかご贔屓のお店でもありますか?」
いちおう確認までに聞いてみたのですが、
「ええ~? ヴィーちゃんのに決まってるじゃないの~」
と、かわいらしく口を尖らせています。くっ、やっぱり。
しかし靴も、まだまだたくさんクローゼットの中にあります。まだ箱すら開けたことないものもあるくらいです。全部履けるかどうかわからないんですけど。あの中から探せば、旅行にむいた靴も発掘できると思います。ですから、
「靴も、まだたくさんありますので大丈夫ですわ!」
クローゼットの中を思い出しながらお義母様に訴えると、
「あらそう? 残念だわぁ。じゃあ、美味しいお菓子でも食べて帰りましょうか」
案外スッと引き下がってくださいました。よかったです。
「はい!」
そう言って後は他の店で買い物することなく、以前旦那様と一緒に行ったお菓子屋さんで、美味しいお茶とお菓子をいただいてお出かけは終了しました。
行列のできる店と聞いていたのに前回も今回も待つことなく席に通され、せっかくだからとゆっくりしてから帰途についたので、お屋敷に着いた時にはもう夕方近くになっていました。
まだ旦那様もお義父様もお戻りではありません。
別棟に帰るお義母様とエントランスで別れ、私は、まずは私室に直行させていただきました。とりあえず今は寛がせてください!
いつものように行儀はどこかへとうっちゃり、ソファにダイブです。バフンと勢いよくクッションに埋もればドット一日の疲れが湧きあがってきました。義母孝行も疲れますねぇ。
私がクッションをギュウギュウ抱きしめていると、
「お疲れになりましたか?」
ダリアが苦笑気味に聞いてきました。
「う~ん、まあね。私ってば、てっきりお義母様のお買物にお付き合いするんだと思ってたのに~」
「ですが今日は奥様の服でございましたでしょう?」
「……ダリア、知ってた?」
「ええ、いちおう」
しれっと答えてくれたダリアです。そっか、お義母さまの行動なんて、警護や護衛の関係上みんな承知の上ですよね。知らぬは私だけ。いや、知らされぬ?
「それに、私ってば旅行に行くみたいね~。ほんと、びっくりしたわ~」
抱きしめたクッションの上から目だけをのぞかせ、私はダリアに答えました。
まだよくわかっていないので、他人事のように言ってしまいます。教えてくれなかったことにむくれているのもあるんですよ。村八分にあった気分なんですからね!
仲間外れはよくないと思うんですよ! クッションに隠した口元は、ばっちりとがってますから!
「まあ、奥様。それはもう少しでわかるんではないでしょうか」
私が少し拗ねているのを敏感に察知したのでしょうか、ダリアが柔らかく微笑みながら言いました。やっぱりダリアは何か知っているのですね。
「もう少し?」
「はい」
「ふうん?」
もう少しでわかるんですか。もう少し、ね。なんかうっすらと予想がついたというかなんというか……。
そうこうしていると階下が騒がしくなり、
「奥様、旦那様がお戻りになられました」
と、旦那様付きの侍女さんが私を呼びに来ました。張り切って出かけて行っただけあって、いつもより少し早いお帰りですね。やはり、こういうことは有言実行な方ですねぇ。いや、お義父様が頑張ったのかしら?
「はーい、今行きま~す」
私はクッションをソファに置き、軽く髪やスカートを整えてからエントランスに向かいました。
階下に急ぐと、いつものようにロータスと話をしている旦那様でした。お義父様のお姿はありません。朝の様子からかんがみるに、きっと別棟に直行されたのでしょう。
「お帰りなさいませ、旦那様!」
「ただいま、ヴィオラ」
私が声をかけると爽やかに微笑む旦那様です。お仕事でお疲れでしょうに、それでもキラキラしています。なぜ? 私は一日お出かけしていただけなのに、くたびれ感満載なんですけど? うう、美形ってうらやましいですね! ……まだ拗ねモードは絶賛継続中です。
まあ、そんなことは心の中にしまっておき。
「今日もお疲れ様でございました」
「早く帰りたいと思って、今日は特別頑張ってきましたよ! 順調に仕事は片付いていますから、明後日には休みに入れます」
「まあ! そうなんですね!」
うれしそうに報告してくださる旦那様ですが、明後日からお休み? 旦那様、今そうおっしゃいましたよね? そう言えばお義母様「明後日くらいに(私が)旅行に出る」って言ってましたよね?
旦那様、明後日からお休み……。
およ?
「今日は母上と一緒に買い物は楽しかったですか? 休暇中の旅行に持っていく服を見立ててくれとお願いしておいたんですけど」
おお。旅行は旦那様とでしたか! 使用人さんたちと旅行に行っておいで、とかいう人じゃないですもんね~!
やはり。うっすらと想像していたものがはっきりくっきりわかりました。
今日もありがとうございました(*^-^*)




