クローゼットチェック!
ばたん。
旦那様とお義父様が賑やかに出かけていくと、エントランスのドアがロータスによって静かに閉じられました。
途端に感じられるいつもの静寂。若干「やっと行ったよ」という空気も無きにしも非ず。
さて、解散かと思いきや、
「やっとうるさい人たちは行っちゃったわね。さて、ヴィーちゃん」
それまでにこやかにエントランスのドアを見ていたお義母様が、くるりと私の方に体を向けてきました。先程お義父様たちに向けていたのとはまた違った種類の、にこーっと、満面の笑みです。なんでしょう? やーな予感しかしませんが。
何を言われるのかととっさに身構えてしまった私ですが、
「ちょっとヴィーちゃんのクローゼットを拝見したいのよね~」
発せられたのは何とも予想外なお言葉で。
相変わらずニコニコしたままお義母様が言ってきました。
「え? 私のクローゼットですか?」
突拍子もない発言に、私はその意図をはかりかねてキョトンとします。
私の衣裳部屋を見てどーすんでしょ?
ぽかんとする私のあほ面が可笑しいのか、お義母様はクスクス笑っています。
「そ。クローゼット。いいかしら?」
「あ、はい? 大丈夫ですけど」
「じゃ、行きましょ!」
私の許可が出るとすぐさま、お義母様はルンルンで私の手を取り私たちの寝室に向かって歩き出しました。あ、いつも私室と言ってますけど、いちおう対外的には旦那様と私の寝室ですからね。すっかり独占しちゃってますけどね~。
私室は、私たちが朝食をとっている間に片づけられていました。主にベッドまわりですけど。お掃除はこれからですもんね。
リネン類は取り換えられて、使われた痕跡がないくらいにびしっとベッドメイキングされています。ああ、使用人さんたちは今日もいい仕事してますね!
ダリアに先導されて、そのまま部屋を進み私とお義母様は衣裳部屋へと向かいました。お義母様がダリアに目配せすると、ダリアは衣裳部屋の扉を大きく開け放ちます。
開かれたそこには、圧巻のドレスたちが見えてます。きちんと色ごとに整理されたそれらは、申し訳ないですけどほとんど袖を通したことがないものばかりです。
いやね、もったいないとは思うんですよ? でも最高級シルクやアンティークレースなどを惜しげもなく使った見るからに高級そうなドレスを、毎日普段着としてなんて着る勇気、私にはないんですもん仕方ないですよ。そんなもん着て家事手伝いできません……って、あわわ。
心の中でひとりごちる私をおいて、
「ふむふむ。これがヴィーちゃんのクローゼットね」
お義母様はスタスタと衣裳部屋の中へ入っていき、適当にドレスを引っ張り出しながら何やらうんうん頷いたり眉をしかめたりしています。
私は、お義母様が何をしたいのかよくわからないので、とりあえず静観しています。
しばらくドレスを矯めつ眇めつ検分していたお義母様でしたが、
「ダリア。このドレスを選んだのは誰?」
ダリアへ振り向きざまに問いかけました。
「わたくしと、ミモザでございます」
冷静にダリアが答えましたが、ワタシ的にそれは初耳です。私が公爵家に来た日には、ずらり取り揃えられていたドレスたち。このドレスたちはダリアとミモザが選んでたんですね。
「それはいつ?」
さらにダリアに問いかけるお義母様。
「ご結婚の準備に入られた時にございます。ウェディングドレスと、先にお渡しする結納品のドレスとともに作らせました」
今度もダリアがよどみなく答えます。それを思案顔で聞いているお義母様。
「じゃあ、ヴィーちゃんの好みもヴィーちゃんがどんな人かもわからないうちに、勝手に作ったものばかりなのね?」
「そうでございます。大奥様の仰る通り、奥様のお好みがわかりませんでしたので、流行のデザインや、定番のものを中心に仕立てました」
その頃のことを思い出しているのか、ダリアは少し考えながら答えています。
「何着かはヴィーちゃんによく似合う、というかヴィーちゃんをよく知ったうえで作ったと思えるドレスがあったけど、それ以外は全然ヴィーちゃんらしくないドレスばっかりよね。……アノ愚息、我が子ながら腹立たしいわ」
ダリアの答えを聞いて、お義母様はまたクローゼットの中を振り返りながら言いました。何だか最後に、お義母様の麗しいお口には似合わないお言葉が飛び出してきたように思えたのですが、きっと幻聴ですよね。うん、幻聴。
お義母様の言う『私に似合うドレス』というのは、結婚後、夜会に出るために仕立てられた水色と菫色のドレスのことでしょう。そりゃあ似合うでしょうとも! だってミモザとマダム・フルールが嬉々としてデザインしてくれたんですから!
お義母様とダリアの会話を聞いているだけの私でしたが、お義母様はキッと私の方を見ると、
「ヴィーちゃん。ここにあるドレスは着なくてもいいわ。こんな心無い贈り物、あったって仕方ないでしょ」
「ええっ?!」
お義母様の発言に目をむく私です。
お義母様、そんなもったいないこと凛々しく言わないでください! 確かに着ていない私も、もったいないことしてるんでお義母様のこと言えないんですけどね。
目を瞠ったまま固まる私に、
「……と言いたいところだけど、きっと処分するとかなんとか言ったら、ヴィーちゃんの良心が痛んじゃうわね。しかし、どんなに高価でも心が籠ってないものは無駄な贈り物よね。だからじゃんじゃん普段に着ちゃいなさいな。汚れたって平気よ。だって心が籠ってないんだもの」
そう言ってお義母様はお茶目に微笑んでみせました。
えーと。心が籠ってなくても高価なものは高価なのですが……。好みからも外れているのですが、でも着ないで流行遅れにしてしまうくらいなら、有効活用した方がためになりますよね? うん、そうだ、きっとそうなんだ。強引ですが、なんか自分の中で折り合いがつきました。つーか、つけました。
「あ、はい。なるべく着るようにします」
たくさんありすぎて着れるかどうかわかりませんが、鋭意努力します! ……っと。
……あれ?
なんでしょう。お義母様の言葉になんか違和感を感じたのですが?
お義母様、『汚れたって平気よ』って言いませんでした? 普通に奥様生活していたら、ドレスが汚れることなんてありませんよね……?
これってまさかまさかのオーマイガッ?!
慌ててお義母様に確認します。
「お、お義母様? 汚れたりとかって……?」
「ん? なあに? ああ、土いじりとか、好きでしょう? 屋敷の中も綺麗にしてくれてるし」
焦る私に対して、かわいらしく首をかしげて事もなげに言うお義母様。
ああなんだ、そういうことですか。あーびっくりした。そう言えば土いじりをしているところを見つかったこともありましたねぇ。
「そういうことでしたか」
「なあに?」
「いえ、なんでもないです」
明らかに肩の力が抜けた私に疑問に思ったのか、お義母様が聞いてきますが、ここは墓穴を掘らないように誤魔化しておきました。
しかし、ホッとしたのもつかの間でした。
「そう? まあいいわ。じゃあ今からお買い物に行きましょう!」
「ハイ? 今から、ですか?」
お義母様はまたしれっと私の予想を超えることを言い出しちゃいました。
お買物ですかい。
なんでまた急に、と今度は私が小首を傾げてお義母様を見ていると、
「ちょっとね~。戦のせいでこっちに長逗留させてもらったお礼も兼ねて、かしら?」
またキラキラ麗しい、旦那様を彷彿とする笑顔で言いました。
長逗留も何も、ここはお義母様たちの家でもあり、むしろ私の方が新参者であり一番ぺーぺーであるんですけど。お礼もへったくれも要りませんよ。
「そんなの。ここはお義母様たちにとってもおうちじゃないですか」
「ああもう、可愛いこと言ってくれるのねぇ、ヴィーちゃんは! そんなの口実よぉ! 私、一度でいいから娘と一緒にお買物したかったのよね~!」
「ぐふっ!」
至極当たり前のことを言ったはずなのに、いたく感激されてしまい、がばっと抱き付かれてしまいました。結構な力の締め付けに、乙女とは思えない声が出てしまいました。華奢なそのお身体の、どこにそんな抱きつぶすような力を隠しているのでしょうか? く、苦しいです!!
「お、お義母様……苦しい」
お義母様のお背中をポンポンと叩いて抗議します。旦那様なら容赦なくバシバシ叩きますけどね、ここは手加減です。
「あ~ら、ごめんなさい! おほほほほ! そりゃあ旦那様と一緒に買い物も楽しいんだけど、女同士ってまた違うじゃない? うちは息子しかいなかったし、しかもあの息子、私の買い物とかには絶対付き合ってくれなかったしね。ほんっと、あの子ったら……」
お義母様にそんなことを言われたら断れませんよね~。それに、このまま放っておいたら旦那様への愚痴が延々と続きそうでしたので、ここは親孝行だと思ってお付き合いしようと、私は腹をくくりました。
「わかりました。では支度しますね」
急ですが、こうして今日のお出かけが決まりました。
公爵家の馬車に揺られて真っ先にやってきたのは、やっぱりマダム・フルールのお店で。
私たちが来ることは知らせてあったのか、すでにマダム以下従業員さんたちが総出でスタンバイしていました。お出かけはさっき突発的に決まったはずなのに?
「お久しぶりでございます、フィサリス夫人。ごきげんよう、公爵夫人」
「ふふ、久しぶりね、マダム!」
お義母様とマダムが親しげに挨拶を交わしています。私も邪魔にならないように、お義母様の後ろから控えめに挨拶しました。
「今日は公爵夫人のドレスでございましたね?」
「そうなの。ああ、盛装ではなく普段着ね。結構急ぎの話で申し訳ないんだけど、よろしくね」
「ええ、ええ、他にない夫人のお願いですからね。工房を挙げて取り掛からせていただきますわ」
「そう言っていただけるとうれしいわ」
二人の間でどんどん会話が流れていきます。普段着ですし、何をそんなに急いでいるのでしょう? どうも私だけが話を分かっていないようで、会話から置いてけぼりをくらっています。
「どれくらいお仕立ていたしますか?」
「う~ん、そうねぇ。5、6着ってところかしら。旅行に持っていくの」
お義母様の『旅行に行く』という言葉が耳に飛び込んできました。
え? 誰が旅行に行くんですか?
ああ、そうか。お義母様の服を作りに来たんでしたね。ご領地に帰る前に、お義父様と旅行でも楽しまれるのでしょう。仲良しさんですからね。しかし5、6着とはまた太っ腹ですねぇ!
ふむふむと、私は心の中で相槌をうちながらまた二人の会話に耳を傾けます。
「そうでございますか。ではかさばらず、動きやすいものがよさそうですね」
「ええ、そうね。2、3日後には出立するみたいだから、本当に日がないの。ごめんなさいねぇ」
おっとりと笑ってますが、お義母様。それ鬼のような期限ですね! そもそもマダムの作るドレスは半年待ちって聞いたことがありますけど?! そこを三日、いや、荷造りとかを考えると二日とか! ……鬼だわ。
ものっそい笑顔で無茶振りするなぁとお義母様を見ていたのですが、次の一言で私は固まってしまいました。
「それはそれは! では早速取り掛かりましょうね! 中にお入りくださいませ。公爵夫人のお気に召すよう、全力で頑張らせていただきますわ」
すごい期限を突き付けられているのに、どこまでも朗らかに微笑むマダムですが。
え、ちょっと待って? 私ぃ?!
ドレス作るの、私ぃ?!
ちょっと、今、パニックです。
今日もありがとうございました(*^-^*)
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