にぎやかな朝
朝になり、起き抜け一番目に飛び込んできたのが旦那様の麗しい寝顔で。
うおっと。びっくりした。
ボケていた頭も一瞬で覚醒するというもんですよ。寝ぼけていたからか、おかしな叫び声を上げなくてよかったです。
そうだそうだ、いろいろありましたが結局一緒に寝たんでしたよ。まあ今日は二人ともお行儀よく自分の陣地内でおさまってました。
そう言えば旦那様の寝顔なんて、シャケクマを抱いて眠っていたあの日以来ですか。今日はそんなものありませんし、涙の跡もありませんね。
こうして旦那様の寝顔をまじまじと見るのは初めてですね。あーしかし、寝ていても美形は美形って……うらやましい。眠る旦那様の顔は少しあどけなく見えます。あーまつ毛も長くてうらやましいわー。あれ、私さっきからうらやましいばっかり言ってますよ。
なんて思いながらボーっとしていると、
「奥様、お目覚めでございますか?」
そっと囁くような声でダリアが聞いてきました。顔を向けるとダリアが天蓋の外からこちらを伺っています。
「おはよう、ダリア。起きてるわ」
私もそっと囁き返します。旦那様は起こしてはいけないのです。
「ご気分はいかがですか?」
「もう大丈夫よ。もう起きる時間?」
「まだ少し早いですね。もう少し横になられますか?」
「ううん、もう起きるわ。でも旦那様がまだ寝てるから、衣裳部屋で支度しましょうか」
「そうでございますね」
二人でヒソヒソと言葉を交わします。
いつもどおり部屋の中で支度をするとバタバタしてしまうので、旦那様を起こしかねませんから、衣裳部屋の中で着替えることにしました。それくらい広いんですよ、うちのクローゼットは。
極力音を立てずにベッドから抜け出し、抜き足差し足でダリアの後について衣裳部屋に入りました。私の後からステラリアも入ってきます。三人入っても大丈夫! すごいね!
ステラリアがサクッと今日の衣装を決めて、私の前に持ってきました。その手にあるドレスは、いつもよりも少しフリル多めなようです。
昨日のドレスもそうでしたが、ステラリアは少しかわいらしいというか華やかなものを好むようですね。しかし派手すぎず、私の好みの範疇なので大丈夫ですし、ミモザとはまた違って新鮮です。
ドレスを着替え、髪は軽くサイドに一纏めにしてお支度完了。
ここで音を立てては安眠の邪魔ですし、メイクはサロンでやりますか。
支度にかかった時間なんてほんの少しですので、これまたこっそり音を立てないように衣裳部屋から出ると、旦那様付きの侍女さんが静かに目配せしてきました。どうやら旦那様はまだよくお休みのようです。昨日はお疲れのところを私が湯あたりなんかを起こしたせいで慌ただしかったし、しかも私のベッドの狭い陣地でのびのびと眠れなかったでしょうから、ここはもう少しゆっくりと寝かせて差し上げないといけませんよね。
お支度ができてもまだいつもより早い時間でしたので、旦那様のことはお付きの侍女さんにお任せして、私たち三人はまた抜き足差し足でお先に部屋を後にしました。
今日はどこといってお出かけするでもありませんから、特殊メイクは必要なく。サロンで軽くメイクをしてもらいます。
「昨日は盛装でしたから張り切らせていただきましたけど、奥様は本当に綺麗なお肌をされていますから、ほんの薄化粧でも充分ですわね」
そう言ってステラリアが本当に軽く粉をはたいていきます。
「そうなのかしら? それはきっとミモザの努力の賜物だわ。エステ隊のみんなも頑張ってくれてますしね~」
「ふふふ。そういうことにしておきますね~。あとはハンドマッサージもしておきましょう。手荒れしていてはいろいろやってることがばれてしまいますわよ」
そう言っていたずらっぽく笑うステラリアです。むむ、それは由々しき問題! 無駄な抵抗はせずにステラリアの手を預けました。
いい香りの香油をたっぷり使っても~みも~みとマッサージしてもらうと、極楽極楽。アロマ効果も相まって、まったりうっとりしていると。
「ヴィオラ! ああ、ここにいましたか!」
バーンと大きくサロンの戸が開き、旦那様が乱入……もとい、入ってきました。
あー、びっくりするじゃないですか! なんかいちいち心臓に悪いというかなんというか……。もうちょっと落ち着きましょうよ。と、まあそれはいいとして。
ダリアもステラリアも、キョトンとして旦那様を見ています。そんなに勢いよく入って来なくてもいいと思うのですが。
旦那様は私の姿を見つけるとほっとした様に息をついていますが、どうやら寝起きのまま飛び出してきたようで、シルクのダークグレイの夜着のままです。いつもは綺麗に整えられた濃茶の髪も、寝癖がついてところどころはねています。何をそんなに慌てて私を探しに来たのでしょうか?
「おはようございます。そんなに慌ててどうなさったのですか?」
ステラリアにマッサージしてもらいながらでなんだか間抜けですが、旦那様に問いかければ、
「ヴィオラの姿が見えなかったので、何かあったのかと思って」
どうやら昨日の続きで心配してくださっていたようですね。
「まあ、そうだったんですか? とくに身体の調子がおかしいこともありませんし、いつもより早く目が覚めてしまったので、こちらで支度していましたの。昨日、私のせいで旦那様まで慌ただしくしてしまいましたから、時間まではゆっくり寝ていただこうと思い、そっとしておいたのですが。余計な心配をおかけしてしまいましたね。侍女さんが付いていらしたから大丈夫だと思ったのですけど」
まあ端的に言えば『寝た子は起こすな』ですけどねっ☆
「……気付いていなかった……」
旦那様が何かボソッと言いましたが、小さくてよく聞こえませんでした。
「え?」
「いや、なんでもないです」
聞き返したのですが答えてもらえませんでした。
「奥様ももう大丈夫なご様子でございますから、旦那様はお支度をなさってはいかがでございますか? もうすぐ朝食のお時間でございますよ」
ダリアには旦那様のつぶやきが聞こえていたのか、冷静につっこんでいます。
「うわ?! あ、ああ。そうする。ヴィオラは先にダイニングに行っていてください」
ダリアに促されてようやく旦那様も自分の格好に気付いたようです。ちょっとはにかんで私に笑いかけてから、踵を返してサロンを出て行きました。
「……どうしたのかしら?」
まるで朝から嵐にあった気分です。
旦那様が消えた扉を見ながらポツリと私が洩らすと、扉をきちんと閉めたダリアがこちらを振り向き、
「奥様がご心配だったのでしょう。さ、奥様もダイニングに参りましょう。旦那様もすぐにいらっしゃいますよ」
ニッコリ微笑みました。
昨日の儀式の中で聞いたところによると、旦那様たち特務師団のみなさんは特別休暇を14日間もいただいていました。うーん、長いですね。
しかしいつから、というのは聞いていません。ひょっとしたら今日からだったのかしら?
支度をしに自室に戻った旦那様をダイニングで待ちます。
「旦那様は今日からお休みに入られるの?」
こういう時はロータスに限ります。旦那様を含め、お屋敷のすべてのスケジュールを諳んじてますからね!
「いえ。今日は仕事に行かれる予定でございます。休暇は残務処理が済み次第と聞いておりますが。詳しくは旦那様からお話があると思います」
「あ、そうなのね。ありがとう」
ロータスがよどみなく旦那様の予定を教えてくれました。
残務処理ですか。前線での報告もあるでしょうし、こちらを留守にしている間の仕事も溜まっているでしょうしね。
そうこうしていると支度ができた旦那様が、今度は落ち着いて、颯爽とダイニングに入ってきました。きちんと正装している旦那様は、朝から無駄にキラキラしいですね。ロータスの言うようにこれから仕事に向かうため、騎士様の制服を着ています。
「お待たせしました。さ、朝食にしましょうか」
ロータスにひかれた椅子に腰かけながら旦那様が爽やかに言うと、次々に料理が運ばれてきました。もちろんちゃんと食べきりサイズですよ!
今日も素敵に美味しいカルタム特製愛情朝食を味わっていると、
「今日すぐにでも休みに入れたらよかったのですが、向こうに行ってる間の報告書やらなんやらと残務処理が残っているので、休暇に入るのは数日後になりそうです」
旦那様がそう言ってきました。ロータスが言っていたとおりですね!
「そうですか」
「少しでも早く休暇に入りたいので、僕、頑張ってきますから!!」
旦那様が力強く宣言しています。こういう宣言をした時って、本当に最大限の力を発揮してきますからねぇ、コノヒト。
まあお疲れでしょうから、早く休みたいのはわかります。
「あ、はい。長きにわたってお疲れ様でございましたものね」
「そうですよ! 貴女との時間を取り戻さねばなりません!」
「え、そこ?!」
思わずツッコんでしまいました。疲れたから休みたいんじゃなくて私と過ごすためって、あなた。
「そこです! とにかく、全力で頑張ってきますので」
「は、はい」
しかし私のツッコミなど意に介さない旦那様、やっぱり全力で頑張る宣言です。
仕事を頑張るのはいいことですので、ココはよしとしましょうか。
「え~、なんで私も行かなきゃならんのだ~?」
と抵抗を見せるお義父様と、
「では行ってきます! ほら父上、早くしないと早く帰れませんよ!」
なるはやで仕事を終えたい旦那様がお義父様を引きずり、
「行ってらっしゃ~い」
今日も素敵にキラキラしいお義母様が、満面の笑みで手を振り、
「行ってらっしゃいませ」
ロータスたちと一緒に見送る私。
なんだか今日はにぎやかな朝ですねぇ。
今日もありがとうございました(*^-^*)




