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ユーフォルビア親子

旦那様はこの会場にいるほとんどの騎士様・団体様に『妻が~、妻が~』とやらかして、ようやく気がすんだようです。まったく、私としては恥ずかしいったらありゃしません。

あいさつ回りがすんで、私たちはまた特務師団ご一行様のところに戻ってきたのですが、さすがは戦勝功労者というか、すぐさま旦那様はユリダリス様と一緒にどこかへ拉致られていきました。

団長・副団長が不在とはいえ、特務師団のみなさんのところにも、ひっきりなしに騎士様やお貴族様がいらっしゃいます。みなさんお話に花を咲かせているので、私がぽちーんとここにいてはお邪魔かな~っと思い、いつもの定位置・壁際を目指そうと飲み物片手に立ち上がった時。


「これはこれは、フィサリス公爵夫人! よろしければ一曲お願いしてもいいですか?」


と、ソッコーダンスのお誘いが入ってきました。

マジすか。さっきまで散々旦那様に会場中引き回しの刑に処せられていたので、精神的に疲れてるんですけど、この上踊れと。……おおっと。素に戻ってしまいました。

こんなところで社交仮面を脱いではいけません! こんなことでは後でこってりダリアにしごかれるよ、私!

いつもの厳しいチェックを思い出し、気を引き締めた私は、

「よろこんで!」

ニコッと微笑み、差し出された手を取りました。

私がんばりますよ、ダリア、ロータス! 後で褒めてね!!

煌めくシャンデリアの光の中にダリアとロータスの顔を思い浮かべて、ぐっと拳を握ります。……って、何してんだ、私。


しかし、一曲終わればまた違う誰かがお誘いにやってくるんです。くっ……、終れない。

旦那様が社交に引っ張りだこになっている間、私はダンスに引っ張りだこでした。なんでこうなった。




やっと隙を見てダンスを切り上げた私。かーなーり疲れてます。しかし疲れた顔は見せてはいけないのです。壁の花まであと少し。がんばれ私!

今度こそは目立たない場所でゆっくりするんだと、ベスポジを探して会場を見渡せば。


いい場所、み~つけた!


とっても地味な場所、いえ、ワタシ的にはベスポジを確保している両親を発見しました。最近やたらといい場所とってるんですよね、うちの親。

フィサリス家の義両親の後ろ、壁に近いところにうちの両親は潜んで……座ってまったりとしていました。うん、社交する気全然ないですね!

私は目立たぬようにすすーっと両親の居る席に移動しました。

「お父様、お母様。こんなところに潜んでたんですね。見つけにくいと思いましたよ」

「おお、ヴィオラ。ここ、なかなかいい席だよ~! あんまり人が来ないんだよ。きっとフィサリス家の義両親が塞き止めてくれているんだ」

私の言葉にのほほんと答えるのは、久しぶりに会ったお父様です。相変わらずぽやぽやしているというかなんというか……。

「まあ、目立たないいい席ですからね? で、ヴィーは何をしに来たのかしら?」

のほほんとした父はさておき、お母様が問いかけてきました。

「旦那様が社交に駆り出されたようなので、私はここで大人しくしてようかな~って思ってきたんです」

「あら、そう。まあ、ヴィーもさっきまであっちこっちと大変そうだったしね。くすくす」

もうっ、他人事だと思って楽しく高みの見物してたんでしょう! 顔に書いてありますよ!

「笑い事じゃないですよ、お母様! もういろんな人にあいさつして回って、顔が攣るかと思ったんだから。やっと解放されたかと思えばお次はダンスでしょ。もうくたくたなんですけど~」

「はいはい」

まだクスクスと笑うお母様の横に、私は遠慮なく陣取ることにしました。


「あれ以来、粗相はしてない?」

相変わらず容赦のないお母様です。里帰り以来の会話なのに、いきなりそですか。

「してません! もう、思い出させないで~」

まだちょっぴり罪悪感がうずきますから、やめてくださいお母様。

「そ。ならよかったわ」

ニッコリ笑うお母様ですが、わざとですよね。わざと傷を抉ってますよね! 抉ったうえで塩を塗りましたよね!!

「てゆーか、あれ以来お飾りに手を触れることもしてないし、できるような環境じゃなくなったのもあるんですけどね」

「今はご両親ともにこちらにいらっしゃるんだったっけ?」

お父様が、声のトーンを下げて聞いてきました。

少し離れているとはいえ目の前に義両親が座っているので、自然と私たちの声は潜められます。

「そうなの。毎日のように王宮の軍会議に呼ばれてお忙しそうでしたよ。お留守がちでしたけど、やっぱり気が抜けないというか」

私は小さく肩をすくめて言いました。

「でもよくしてくださってるんでしょ?」

「それはそれはとっても」

手が震えるくらい高価なものでもさらっとくれちゃいます。ビビっているのが私だけという、哀しい現実を突き付けられますが。

「それは私たちにとっても嬉しいことだわ。ほんと、よかったわねぇ。初めはどうなることかと思ったけど」

「どういうこと?」

お母様の言葉に、私は小首を傾げます。

「愛人持ちの超名門公爵様だったからね。公爵家あちらからの縁談を伯爵家うちが断るわけにいかなかったからさぁ。ヴィオラがむしろ積極的にお受けすると言った時には、ちょっと罪悪感にさいなまされたんだけど」

お父さまが説明してくれました。あ、やはり愛人持ちっていうのは知ってましたか。

ま、まあ、確かにそうでした。

「うちの借金も肩代わりしてくださって。邸の修繕やその他諸々の援助もしてくださって、感謝なんて言葉じゃ言い表せないくらいだわ」

お父さまの言葉を、お母様が継いで説明します。

「そ、そうね」

愛人持ちなのは知っていても、『契約』のことはうちの両親は知らないでしょうから、私はニヘッと笑って適当に相槌を打っておきます。

お金に関しては契約の通りです。あ、うちに対しては『結納金』として渡したんでしたっけ。


「懸念していた愛人も、いつの間にか追い出したみたいだけど、ヴィオラ、貴女は公爵様のところに嫁いで幸せだったのかしら」


お母様もお父様も、いつの間にか真剣な顔で私を見ていますけど? え? いきなりなんなんですか??


「へ?」


ぱちぱちぱち。この状況について行けなくて、瞬きを繰り返すしかない私です。


「ほら、ヴィオラの好みとか理想とか聞かなかったじゃない? そりゃ公爵様ったら素敵だし、文句はないでしょうけど」


え? 好みとかそういう問題?! 愛人持ちに嫁いだ不幸とか、そういうんじゃないのね?! 


さすがはうちの両親……。変なところで感心しちゃいます。 

私の好みとかは別として、確かに超優良物件ですよね、旦那様。

「ま、まあね。ほら、政略結婚って、そんなもんじゃないの? お互いの好みがどうのっていうよりも、打算とかの方が大きい」

私はなぜかアワアワしながら答えています。とりあえず両親には例の『お飾りの妻契約』について知ってほしくないなぁと思ったからです。私は家が助かるなら全然オッケーなのですが、両親がそれを知ったら悲しむこと請け合いですからね!

しかしお母様はさっさと真剣な顔をやめてしまうと、

「でも今日のあなたたち、っていうか公爵様を見て安心したわぁ! ほんと、ヴィオラったら愛されてるわね!」

どこかを指差しながらニマニマしています。

クイクイッと催促するように指差すので、何かしらと思いながらお母様の指先を視線でたどれば、そこには旦那様とユリダリス様がいらっしゃいました。

綺麗なご令嬢に囲まれているようです。

やっぱり旦那様はモテモテなのね~と思いながら様子を見ると、いつも穏やかに微笑みを湛えている旦那様が、ものすごく不機嫌そうにしています。仏頂面です。

あら、珍しい。ちなみに隣のユリダリス様も苦笑いのご様子。

「相変わらず公爵様はおモテになるわね」

お母様が笑い混じりに言います。

私はというと、二人の機嫌の悪さを気にせずぐいぐい寄って行くご令嬢たちって、すごいなぁと感心しています。旦那様、いちおう既婚者なんですけどね。

あれを私に見せて、何が言いたいんでしょうお母様? 怪訝な気持ちを隠さずお母様を見れば、

「今までなら、お嬢様方に囲まれても、とっても愛想のよかった人がネェ。ほほほ!」

と、お母様はさらにニマニマしています。そのまま私を見ないでください。

しかし、いくらご機嫌斜めとはいえ、綺麗な花に囲まれている旦那様を見る気もしないので、私はしれっと視線を外しました。

だから、じっと見ないでくださいってば、お母様!

「仕事はとーーーってもできるみたいだけど、領地のことはお義父様に任せっぱなしだし、家の事は全く分からないんですよ」

ちょっとブスッとしながら私が言うと、

「あら、男の人なんてそんなもの。家の事なんてちっともわかってないわよ、ね、あなた?」

そう言ってお母様はお父様の顔を覗き込みます。

「ナ、ナニカナー?」

あ、お父様目を逸らせましたね!

「家の事は私とオーキッドに任せっぱなしなんだから」

「おっしゃる通りです、オクサン」

小さくなるお父様に、じと目で見るお母様。母は強し。

「でもお父様、領地はしっかりと治めてるでしょ?」

私がフォローを入れると、

「まあね。でもうちのお父様は暇だから。公爵様みたいにエリートで公職があって、そちらがお忙しい方だったら、領地まで手が回らないのも仕方ないでしょ」

「そりゃ、仕方ないのかもしれないけど、仕事と領地経営と家庭と、全部サラッとできる方がかっこよくない?」

何も知らないってのもどうかと思うので。

「意外と無茶言うね、ヴィー……」

お父様は顔を引きつらせていますが、

「まあ、それはそうだけど。まだお若いんだし、そのうち要領もわかってきてできるようになるんじゃない?」

お母様は旦那様を援護しました。

「そんなものかしら」

「そんなものよ」

いろいろ苦労してきたお母様が言うんですから、そうなのかもしれませんね。

そう思いながら先程旦那様がいたところを見ると、そこにはお嬢様方に囲まれて苦笑いをしている(し続けている?)ユリダリス様しかいません。


あら、旦那様どこ行った?


きょろきょろとあたりを見ましたが、姿が見えません。

特務師団ご一行のところに戻られたのかしらと思い、そちらに顔を向けた途端。


「ヴィー、やっとあいさつ回りから解放されましたよ! 待たせてしまってすまなかったね。お義父様、お義母様、ご無沙汰しております」


私の頭の上から、旦那様の声が降ってきました。




しばらくはそのままうちの両親と旦那様と和やかに話した後、また旦那様に連れられて、元の、特務師団のみなさんのところに戻った私。

また私一人で綺麗どころトリオを独占し、部下のみなさんのじゃれ合いに笑い、楽しく過ごさせていただきました。


旦那様や特務師団のみなさんや両親。常にずっと誰かと一緒にいたせいか、今日はとくに絡まれたりという問題もなく、コルセットの締め付けのおかげで美食テロの憂き目にも合わず、なんとか儀式から慰労会を終えた私です。ああ、平穏無事って素敵!



今日もありがとうございました(*^-^*)

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