帰還の儀を終えて
特務師団と実働部隊さん――ああ、もうすでに部隊名を忘れてしまいましたけど、ま、いっか――の褒賞を終えると、後は個別の褒賞はありませんでした。ただ『○○はどういう褒賞を与える』といった通達みたいな感じです。これって成績順……もとい、貢献順なんでしょうか?
つらつらと述べられていく続く褒賞の最中、
「この褒賞は、どうやって決まるんですの?」
ここは困った時のお義父様。私はこそっと隣のお義父様に耳打ちします。
「作戦や実戦の貢献度だね。大体どこの部隊がどう動いてどうなったというのは作戦本部が把握しているからね。そしてそれは王宮の軍会議にも報告されるんだよ」
「そうなんですかー」
お義父様もこそっと教えてくれました。ああ、だからお姉様方は忙しく王都と前線を往復していたのですね。
閉会の言葉は、宰相様から『巻け!!』の指示が飛んだのか後の行事が押しているからか、あっさりと締めくくられました。すでに開会以来結構な時間が経っていたので、もう一度長演説を聞く気力は残されていませんし、この後の行事のためにも余力は残しておきたいところなので、正直ほっとしました。
一旦王族の方々が退場すると、それまで静かだった大広間の空気が一瞬にして緩んだのが感じられました。
途端にざわざわと騒がしくなる会場です。
「はぁ~、終わりましたねぇ~」
私も知らず力の入っていた体を動かすと、あちこちバキボキいってます。頭を揺らして首をほぐしていたのですが、
「ふふふ、後は昼食会だけよ。頑張ってねヴィーちゃん!」
お義母様の言葉でハッと我に返った私です。
昼 食 会 ! ! 宴も兼ねてって言ってましたよね! 王宮の食事=美食!!
「がーん」
「どうしたの?」
「あ、いえ! な、なんでもないですおほほほほ」
衝撃のあまり思わず心の声が口に出てしまいました。
やばい。どピンチです!
王宮の食事ということは、公爵家と同じかそれ以上に美食ですよね……。ああ、数刻後の自分が想像つきます。美食にやられて苦しみもがいている図が……!! ノ――――!!
美食中りでぶっ倒れて騒ぎを起こすのもいたたまれないですし、ましてやいつぞやのように、料理人さんに疑いの目(衛生・毒)が向くのももっての外ですし、ああもう、どうしましょう?
……いや待て私。落ち着け私。
よく考えたら、今朝はダリアに、王族御用達薬草園謹製のあのお薬を手渡されなかったよ? あらかじめ飲んでおいてくださいって言われなかったよね? ということは一縷の望みありなのかも?
これは確認しないといけません! 私はギュッと拳を握り気合を入れました。
「あ、あの、お義母様?」
「なあに? あら、ヴィーちゃんたらどうしたの? そんなに力こめて」
私の力の入った握り拳をそっと包み込みながら、お義母様が不思議そうにしています。ちょっと重要、いやかなり重要なことなので力が入っちゃってるんです、気にしないでください。
私はそんなことよりもお義母様の麗しいスターサファイヤの瞳を目力籠めて見つめながら、
「昼食会というのは着席スタイルの正式なものなのですか?」
自分が先程推理したことが正しいのか確認するために聞きました。
着席スタイルだとフルコースで出てくるんですよね。あれだと逃げ場がないので腹痛一直線なわけでして。
しかし騎士様も大勢いるので、人数的に考えても場所が厳しいと思うのです。いくら大広間が広いとはいえ、テーブルを出して人数分の椅子を並べてだと、確実に誰か(この場合下級の騎士様ですよね)が廊下で会食なんて惨事になってしまいます。
私の鬼気迫る(?)目力を、綺麗な微笑みで受け流したお義母様は、
「いいえ、違うわ。これだけの人数がいるんだもの、それはちょっと無理。だから立食形式よ。もうすぐこの、私たちが座っていた場所にテーブルがいくつか設えられるわ」
そう優しく教えてくださいました。
なんと! 立食形式ですか!! それなら食べるものを選べるし、美食テロに怯える必要がありませんよね! やったっ!!
私はようやく手の力を抜き、安堵の息をつきました。ふう~。この際深呼吸しとこう。
「ああ、そうなんですかぁ~! あまりお腹が空いていないので、どうしようかと思ってたんです」
と、口から出まかせで誤魔化しておきました。
美食テロの恐怖から解放されホッとしているところに、旦那様が部下のみなさんを連れてこちらへやってきました。でもよく見ると旦那様は仏頂面です。そのお顔から察するに、恐らく愉快な騎士団メンツが、大好きな団長にくっついてやってきたという図なのでしょう。みなさん先程までの凛々しいお顔は仮面のように脱ぎ捨てて、いつものくだけた顔に戻っていました。
私たちのところへやってきたかと思うと、
「奥様こんにちは~」
「儀式長かったですね~! 退屈しませんでしたか?」
「オレ、途中で意識を失いそうになりましたよ!」
「オレもオレも~!」
「あんたたち、なってないわね!! 後で鍛錬場にいらっしゃい。そのふやけた体と根性を叩きなおしてやるわっ!」
「「「姉さん、ご勘弁を~!」」」
部下さんたちはあっという間に私を囲んでしまい、いつものようにもみくちゃが始まりました。あら、旦那様はじき出されちゃいました。
……うん、この光景にもずいぶん慣れましたねぇ。いつもの私なら「早く助けろ!」と半ギレですが、今日はなんだか暖かい目で見られるというか。
まあ、アレですね。旦那様や部下さんたちがこうやっていつものように楽しそうにしているのを見ると、皆さんご無事に帰ってこれたのだなぁと改めて感じているからでしょう。
と、なんともほのぼのとした気持ちで部下さんたちを見ていたのですが、
「おーまーえーらー!! 私を押しのけてヴィオラに群がるなっ!!」
輪からはじき出されてしまっていた旦那様が、とうとう我慢の限界を超えたのかひく~い声で一喝しました。こめかみに青筋が見えるのは幻ではないでしょう。
「「「「「ひっ!」」」」」
ギクッと体を跳ねさせて、部下さんたちの動きが止まりました。主に男性騎士様ですけど。
動きが止まった隙に旦那様は私の傍に寄ってきて、
「ヴィー、儀式は退屈で疲れたでしょう。なのにこいつらときたら……ったく」
グイッと私の肩を抱き寄せると、部下さんたちから遠ざけました。ああ、こうするのもいつもの旦那様ですね!
旦那様が輪からハブられてやさぐれているように見えたので、私は宥めるように微笑みました。
「いいえ、私は座っていたから平気ですわ。旦那様たちこそずっと立ちっぱなしで。お疲れ様でございました」
「僕たちは慣れてるから平気ですよ」
「あ、でも意識を失いそうになったとか……」
そう言って私がちらりと部下さんたちに視線を遣ると、ささーっと視線を逸らせる部下さん多数(お姉様方除く)。
「ユリダリス。こいつらしごきなおしだな」
「了解!」
「「「「「ぎゃ~~~!!」」」」」
旦那様がぎろりと部下さんを睨みユリダリス様に一声かけると、それに応えたユリダリス様は満面の笑みで親指を立てています。ユリダリス様ったらなんという素敵な黒い笑み! ほんっと楽しそうですねぇ。
そしておののく特務師団の面々(もちろんお姉様方除く)。
いつものごとく絶妙な掛け合いに、またもや嬉しくなるのは私だけでしょうか?
お姉様方に肘でぐりぐりされている騎士様方を微笑ましく見ていると、
「ヴィー?」
それまで部下さんをじと目で見ていた旦那様が、不意に声をかけてきました。
「はい、旦那様。なんでしょうか?」
「何がそんなに楽しいのですか?」
「楽しい?」
「ええ。そんな顔をしてますよ?」
確かに部下さんたちのやり取りを楽しく眺めさせていただいておりましたけど、顔に出てたんですね!
「う~ん、みなさんがこうして傷一つなくご無事で帰ってこられたのを見て、とっても嬉しく思っているのですわ!」
「そうですか」
私の答えに、旦那様も微笑みました。ああ、やっぱり今日もキラキラしいです。
特務師団の皆様はいつもどおり、そして傷一つなく帰ってこられましたが、そう言えば確か実働部隊で褒賞を受けておられた騎士様方は傷だらけだったなぁと、ふと思い出した私。
「特務師団のみなさんはご無事でしたけれど、傷だらけになっておられた部隊の方もいらっしゃいましたよね? ええっと、どちらの方か忘れてしまいましたが、旦那様たちのすぐ後に褒賞をお受けになっていた……」
興味がないからサクッと忘れ去っていたのですが、いちおう考えるそぶりをしていると、
「騎乗隊第一中隊ですか?」
ユリダリス様がナイスアシストをくださいました。
「あ、そうそう、そんな感じでした!」
「そんな感じって……」
カクッと力が抜けたユリダリス様は放置しておきます。
「騎乗隊の方、とってもこの戦に貢献なさったのですねぇ。傷だらけになられて。きっと厳しい作戦だったのでしょうが、傷だけで済んでよかったですわ。そんなに傷だらけになる作戦て、どんなものだったのかしらと気になりましたわ」
そんな傷だらけになる現場に、旦那様たちが投入されないでよかったです~と続けたかったのですが、
「「「「「ぶふっ!!」」」」」
部下さんたちが盛大に吹きだしてしまったので、言うに言えなくなりました。私、そんなおかしなこと言いましたっけ?
爆笑する部下さんたちの中で、私一人が訳もわからずキョトンとしていると、
「あれは史上稀に見る奇襲攻撃でしたよ~!」
「あれのおかげで形勢は決まったんですけどね!」
部下さんたちがおっしゃるには。
背後の守りを固めるためにと、敵国本体は断崖絶壁を背後にして陣を構えていたそうです。ほぼ垂直にそそり立つ壁は、後ろからの攻撃を完全に不可能にしていました。
しかし。
背後がダメなら上があるじゃねーか。
偵察の報告を聞いた旦那様が閃いたのが、いわゆる『逆落とし』だったのです。
「確かに敵本陣の前は平坦ですが、見通しがよすぎるから、奇襲とかには向いていなかったんですけどね」
「当たり前だ。丸わかりで敵陣につっこんでいくなど愚の骨頂だ」
ユリダリス様の言葉をバッサリと切り捨てる旦那様です。まあ確かに旦那様のおっしゃる通りなんですけど。
「だからって、逆落としですよ! 馬に乗ったままほぼ垂直の崖を一直線に駆け下りるアレですよ。どんだけデンジャーなんですか! ま、あいつらにはあれくらいでちょうどいいけど」
作戦を思い出して身震いする部下さんたちですが、
「普通なら、危険だからもうちょっと考慮するんだけどねぇ~。でもアノヒトたち、とっても楽しそうに駆け下りて行ったじゃないの!」
「さすがは騎乗部隊というか? 日頃から訓練している成果が見せられたんじゃなくて?」
「いや~、ただの脳筋じゃない~? ひゃっはーとか言って下って行ったし?」
お姉様方はキャラキャラと思い出し笑いをなさっています。いや、そこ、笑うシーンではないと思うのですが。
「……いや、あれはやけくその雄叫びだったと思うのはオレだけか?」
楽しそうなお姉様方の笑い声に、ユリダリス様のボソッとつぶやいた声はかき消されてしまいました。
そして楽しそうなお姉様方の横では、
「ロケハンやったオレらも十分きつかったよなぁ」
「そうそう」
「悪路だし」
「虫多いし? 傷こそなかったけど、虫さされがひどかったよなぁ」
「思い出しただけでもかゆくなるぜ」
「逆落としこそなかったけど、途中まで同じ道だもんな」
「オレたち頭脳集団なのにな」
「脳筋たちと一緒にしないでくれ~!」
下見に駆り出されたのであろう部下さんたちが、現場を思い出したのか、げんなりしながらぼやいておりました。
いやしかし、なんつー鬼畜な作戦を決行したんですか旦那様!
じとんとした目で隣の旦那様を見れば、
「騎乗隊にぴったりな計画だと思ったんですよ。おかげでこうして早く戦にケリが付けられましたしね。いやいや、騎乗隊のおかげですよ、本当に!」
とか言いながら、それはそれは機嫌よくにこーっと微笑まれてしまいました。
あれ? 笑みが黒くありませんか?
今日もありがとうございました(*^-^*)
『逆落とし』。源平の合戦における義経の『鵯越の逆落とし』を参考にしております。
1/10の活動報告に、連載一周年ありがとうございますの超SSを載せる予定です。よろしければそちらも覗いてやってください。




