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旦那様が驚いたこと

旦那様を驚かせる変身は後にして、いつも通りの普段着でダイニングに向かいます。

久しぶりの旦那様との朝食です。つか、ワタシ的には『脱☆おひとり様朝食』というのが涙が出るほどうれしいですね~! 以前は旦那様との食事ですら苦痛以外の何物でもなかったのに、いつの間にか嬉しく感じてしまうようになってるって、なんという進歩でしょう! ん、進歩? 進歩なのかしら……?

ま、まあそれはいいとして。

ちょっとウキウキしながらダイニングに入ると、そこにはすでに旦那様がいらっしゃって、何か書類を読んでいらっしゃいました。


制服の白いパンツとグレーのシャツをさらりと着こなし、何気ない感じで足を組んで椅子の背にもたれかかっている寛いだ姿を見るのも久しぶりですね。

私がダイニングに入ってくるのを見ると、それまで手にしていた書類をテーブルの上に適当に放り出し、

「おはよう、ヴィオラ」

と、とーっても爽やかに笑いかけてきました。あーもう朝から眼福です。むしろ朝から眩しすぎます。目がつぶれてしまいます。

久しぶりのキラッキラな旦那様の、あまりの眩さに若干目がしょぼしょぼしてしまいますが、テーブルについているのが私だけでないという事実にジ~ンときます。ああ、一人じゃないっていいですね!

それだけでテンションアップです!

「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」

ロータスがひいてくれた椅子に腰かけながら、私も旦那様に挨拶を返しました。

疲れていて寝坊してもおかしくなさそうなのに、私よりも早く支度してここにいるということは、ちゃんといつもどおり起きてきたということですよね。たしか以前長期出張した時は、お疲れが過ぎたのか、ものすごく寝坊していらっしゃいましたけど。

私の問いかけに、旦那様はさらに微笑むと、

「ええ。やはり家はいいものですね、よく眠れましたよ。おかげでずいぶんと疲れがとれました。僕の部屋を快適に保っていてくれてありがとう」

「は? ……い、いいえ、そんな!」

思わず旦那様を二度見してしまいました。

え? ちょ、今、旦那様にお礼を言われちゃいましたよ! ……びっくりした。朝から動揺してしまいました。今までこんなこと、なかったですよね?!

まさか旦那様にお礼を言われるなんて思ってもみなかった私は、目を見開いたままその場にピキンと固まってしまいました。

突然挙動不審になった私を不思議そうに見つめた旦那様は、

「ヴィオラ? 座って、朝食をいただきませんか? この後も用事がぎっしりですからね。しっかり食べておかないと、倒れてしまいますよ。ただでさえヴィオラは小食なんだから」

そう言って私の心配をしてくださいいましたが、いやいやあなたのせいです!……とは口が裂けても言えません。なんでしょう、帰って来てから旦那様の様子がおかしいです。いや、おかしくないのか。これでいいのでしょうがいつもと違うので、こっちの調子が狂います。

「は、はい、そうですね」

ぱちぱち、と瞬きをしてから動きを取り戻した私です。

確かにこの後特殊メイクもしないといけませんから、ぼやぼやしている時間はありませんね! 私が小食云々に関しては聞こえなかったことにしましょう。小食じゃなくて美食を避けているだけですから! 大きな声では言えませんが。


旦那様の一言で、ようやく朝食が運ばれてきました。


「今日はこれから『帰還の儀』が王宮の大広間で行われます。それが終わりましたらそのまま大広間で『慰労の宴』が行われます」

昨日までより少し気合の入ったカルタム特製朝食をまぐまぐと食べながら、旦那様と私はロータスの話を聞いています。

今日は時間がないから、朝食を食べながらのスケジュールの確認だそうです。

昨日までのお気楽お暇な日常ではなく、今日は宮廷行事が待っているのですからね。

「わかった」

「はい」

旦那様と私は、それぞれ口を動かしながら首肯します。

私たちが了解したのを確認してから、ロータスは先を続けました。

「旦那様は騎士様の席になりますので、奥様とは別になります。奥様は大旦那様と大奥様とご一緒に貴賓席にご列席ください」

「僕は帰還の儀は一緒にいられないから、ヴィオラは父上や母上と一緒にいればいいよ」

「はい。わかりました」

前回の儀式はお義父様だけの参加でしたが、今回はお義母様も参加されるのですね。それを聞いてちょっと安心しました。

「その後は昼食会も兼ねた宴になります。先だっての激励会と同じようなものですが、今回の出席者はかなり限られますので、前回のようなことはないかと存じます」

ロータスは淡々と言いましたが、それって例のナンパのことですよね? どこからロータスに報告が来たのかは知りませんが、とにかくロータスは例の件を把握しているようです。ロータスの情報網恐るべし。

そしてロータスの情報網よりもすごいと思ったのが。

「そうだな。まあ、そんな不埒な輩は僕が排除するけど」

しれっと怖い事を言う旦那様。つか、アナタ例の激励会の時は前線にいましたよね? ナンパ騒動なんて知りませんよね?

ふふふ、と笑うその顔が黒く見えるのは私の気のせいですよね!

「はい。是非とも駆除を」

そう言って肯くロータス! 貴方まで黒い笑みってどーいうことですかっ!

「もちろんだ」

それに応える旦那様も!

嫌な予感がしてハッとして振り返れば、ダリアもステラリアも同じような笑みで。

ちょ、みんなして何? なんなの?!

確かに、知らない男の人たちに囲まれるのはごめんですが。

「お、穏便におねがいいたします……」

声を振り絞った私でした。




朝食を終えて、支度をするために私室に戻った私は、


「わあ~! こういうチョイスもあるんですね~!」

「そうよ、ミモザ。定番ばかりじゃなくてちょっと冒険してみるのもいいことなのよ」


ステラリアによって、ただ今絶賛着せ替え人形中です。

ステラリアの技術をぜひ見たいというミモザが見学に来ています。そして、感心しながらステラリアがチョイスしたドレスとお飾りの組み合わせを見ているところでした。勉強熱心なミモザに、優しくレクチャーするステラリアという、なんとも心温まる光景です。

「ミモザとステラリアって、知り合いだったのね」

ドレスを着せられながら、ソファに座ってこちらを見ているミモザに聞けば、

「専門学校で、ステラリアさんが一つ上の学年にいたんです。伝説のダリアさんの娘さんというだけでなく、ステラリアさんご自身も総てにおいてパーフェクトな人でしたから、学校にいる生徒でステラリアさんを知らない人なんていませんでしたね~」

うっとりと学生時代に思いをはせながら教えてくれました。ミモザの視線はすっかり憧れの人に向けるそれです。

ミモザからそんな視線を向けられて、しかも絶賛されたステラリアはというと、

「ミモザだって、一つ下の優秀な後輩として有名でしたのよ。そう言えば、ミモザはあの頃からフィサリス家に来たいと言っていましたね」

優しく微笑みながらも、その手はしっかりとコルセットを縛り上げていきます。フフフ、と柔らかく笑ってるくせにリボンを引き締める力強すぎ!

可愛らしい金色のリボンなのにがっちり締め上げる力は強く、ツルペタが見る見るうちに寄せて上がってきます。今日のドレスはいつもよりちょっと胸元が開いているので、ツルペタでは寂しすぎるのです。ぐぐ、内臓的な何かが出ていく気がする……!

紺色ベースのドレスは同じく紺色のレースでできたオーバードレスを重ねたふわりと優雅に広るデザインで、ところどころ金色のリボンがあしらわれていて、エレガントでかわいらしい感じです。紺色ベースに金色のアクセント。言わずもがな、旦那様の制服の色とばっちりコーディネートされているのです。裾から覗く白いふわふわのペチコートが、何だかロマンチックです。

ミモザのチョイスはどちらかというとシンプルかつ清楚といった感じだったので、いつもとはまた違った雰囲気になっています。

「さすがはステラリアさんですね~。勉強になります~」

メモでも取りそうなくらい熱心にステラリアのすることを見ているミモザに、

「ミモザ、奥様の御前ですから、私のことをさん付けして呼んではいけませんよ」

やんわりと注意するステラリアです。

さすがはダリアの娘というか、王宮で王女様付きの女官をやっていることだけあって、しっかりしていますね。普段のミモザならばこのような失態を犯すことなどなかったのですが、さすがにあこがれの先輩を前にして、その技術を見せてもらって、ちょっと舞い上がってしまっただけのことでしょう。

ワタシ的には失態でも何でもありませんから、ミモザをフォローします。

「あら、別に私の前なら気にすることなくってよ? ミモザだって憧れの先輩の前でちょっと緊張しちゃったんでしょ」

「うう、さすがは奥様、見抜かれてますね。そうでございます。申し訳ございません」

「そういうことだから、ステラリアも気にしなくていいのよ。ほら、そんなことより時間がないわ、急がなくちゃ」

「そうですよ。ステラリア、急ぎなさい」

それまで黙っていたダリアも口を出してきました。

「はい。かしこまりました」

そう言うとキリッと侍女モードに戻ったステラリア。


そうして残りの支度をてきぱきと終えました。




旦那様にしっくりなじむコーディネートの私が仕上がったので、エントランスに行こうと部屋を出たところで旦那様とばったり出会いました。

旦那様も今は制服のジャケットを着ているので、どこからどう見てもおそろいの二人です。

「これはまた……! いつもとは違った感じで素敵ですね!」

いつもよりも少し可愛らしく仕上げられた私に、旦那様が軽く瞠目されています。

「今日はミモザではなく、このステラリアが支度を手伝ってくれので、いつもとは違った雰囲気になったのですわ」

私はそう言って、後ろに控えるステラリアを紹介しました。

「ステラリア? それは新しい侍女ですか?」

疑問形で返してきたところを見ると、まだロータスから説明されていないのでしょう。

使用人の採用は、これまで旦那様が公爵としての仕事放棄をしていたこともあってロータスが一手に仕切ってきました。ですのでその名残と旦那様の不在もあり、ステラリアの臨時採用はロータスとダリアで決めていたので、旦那様は知らないのです。

そして旦那様はステラリアのことはご存じないようです。まあそもそもカルタムとダリアが夫婦だってことを知らなかった人ですからね、ステラリアのことの知らなくても無理はありません。

「はい。カルタムとダリアの娘さんで、王宮で王女様付きの女官をされているのですが、ミモザが懐妊したので、少しの間私のお世話をしてくれることになりましたの」

ロータスに代わって簡単に私が説明させていただきました。

すると、後ろに控えるダリアとステラリアの顔を交互に見た旦那様は、

「ダリアの娘? 王宮の女官? ミモザが懐妊?」

どれもこれもクエスチョンマークだらけです。どうやら旦那様的にツッコミどころが多すぎた模様。いつもにこやかな旦那様がぽかんとなっています。

「そうなんです。ミモザの懐妊は、旦那様が遠征に行っておられる間にわかったんですよ。でもちょっと体調が安定するまで無理はさせられませんから、その代わりにステラリアに来てもらうことになったんです。ミモザがいないと、私、社交界おそとに出られなくなりますからね! あ、出なくてもいいんですけど、もしもの時の為といいますか?」

「……」

「ミモザはこれまで通りお屋敷で生活することになっていますが、よろしいでしょうか? 実家に帰ってもご両親が忙しいそうで、ゆっくり休むことはできなさそうなんです」

「……」

公爵家こちらですと、ベリスもいますし、他にも人手があって安心ですから」

「……」

「旦那様?」

私が説明を続けているのに、何事かかぶつぶつ言いながら上の空の旦那様です。

何をそんなに真剣になっているのかと、耳を澄ませば。


「ミモザが懐妊……ベリスの子……くそ、先を越された……!」


え? そこ?!

……いや、そもそも競ってませんから。





今日もありがとうございました(*^-^*)

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