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ご帰還

夕方になる前には、旦那様をお迎えするための作業は総て終わっていました。


「旦那様のお部屋よーし」

「厨房の正餐準備よーし」

「お酒とおつまみなどの在庫確認よーし」


不備があってはいけませんので、念には念を入れて指さし確認励行です! とかいいながら、うちの使用人さんの辞書に不備なんて言葉は存在しないんですけどね~。気分の問題です。

まあそんなことをしながらもチェックはすみ、旦那様がいつ(・・)どんな状態で(・・・・・)お戻りになってもいいようになってます。ばっちこい!

「これでいつ帰ってきても大丈夫ね!」


お屋敷の準備ができたら、お次は私の準備です。


義父母シフトが敷かれている今、私がお仕着せ姿でお屋敷内をうろうろしていることはないので、掃除もできる普段着から、ちょっと小奇麗な普段着にお着替えといったところです。ダリアに軽くメイクも直してもらい、髪も編み込んで変身完了です。

「はい。準備は万端ですわ」

「問題は、旦那様がいつお戻りになるか、よね」

「そればかりは、わかりかねますね」

「そおねぇ~。私の準備もできたし、気長にサロンでお待ちしておきましょうか。バタバタするのも嫌だし」

「はい」

そうして、私はダリアを従えてサロンに移動しました。




私がサロンに着くと、そこには先客がいました。


「ヴィーちゃん、私たちもこっちで待たせてもらうわ~」


ソファにゆったりとくつろぎ、優雅にお茶をしている義父母夫妻。

ちょ、くんの早くね? ……こほん。あーあー、大丈夫、落ち着いた。

いやいや、ここは親子愛ですよ! もうすぐ帰ってくる愛しい(?)息子を、実は心待ちにしていたのですよね!

以前聞いたところによると、旦那様がおかしな方向に走られた……げふげふ、愛人にうつつを抜かすようになった……ゲッホゲッホ、おうちを顧みなくなったのは、幼少期から両親に厳しくしつけられたせい、甘やかされることがなかったからということでした。しかしこうやって旦那様が戦地から帰ってくると聞くや、いそいそと待っているお二人の姿を見ると、ちゃんと愛されているじゃないですかって思うんですけどね~。少なくとも私にはそう見えますけど? あ、旦那様、その頃反抗期だったんですかね? ちょっとイキがって親に反抗しちゃって、そのまま拗らせてしまったとか。公爵家全体を、さらにはユーフォルビア家(うち)まで巻き込んで、えらいスケールのデカい反抗期ですけど。

うちの弟なら、「グレてやるっ!」「ご飯抜き!」「ごめんなさい!!!」で終わりそうですけどね。ハハコワイ。

ま、実家はいいとして。

「ヴィオラもこっちでお茶しよう。いつまでもそんな入口で突っ立ってないで」

というお義父様の声に、私は親子愛だの盛大な反抗期だのという思考の世界から戻ってきました。うん、軽く悟りが開けましたね。

私は呼ばれるままに、義父母がラブラブで座っているソファーの向かい、一人掛けのソファーにワンピースが皺にならないように気を付けて腰を下ろしました。今日の服はいつもより多めにタックがとられているふんわりしたデザインだったので、珍しくペチコートまで着せられてしまい、立ち居振る舞いに気を付けないといけないのです。普段着なのに気を遣うったらありゃしません。

私がスカートを整えるのに気をとられている間に、侍女さんによってすぐさま私の分のお茶の用意がされていました。


「いつ頃になるんだろうねぇ、あいつの帰りは。前回の出張の時は、えらく早く帰ってきたそうじゃないか」


お義父様は扉の向こう、エントランスを気にしているようです。ニコニコしながら、ご存知でないはずの前回の晩餐会ボイコットのことを突然切り出したお義父様に、私は口に含んだばかりのお茶を吹くかと思いましたよ!

私が静かにカップとソーサーを持ち上げ、粗相のないよう腐心しながら飲んでいたというのにですよ、危うく台無しになるところでした。あぶなー。

って、どうしてそれをお義父様が知ってるんでしょう? あの時あなたたちはご領地にいらっしゃいましたよね! ということは……。

私がじと目でロータスを見ると、しれーっと視線を逸らせたので犯人は確定です。

犯人はわかりましたが、それはさておき。お義父様が意味深にニヤニヤと私を見てくるので、顔が熱くなります。

「あ、まあ、あの時は、旦那様も部下のみなさんもとってもお疲れになっていたようでして、労いの宴を辞去してこられたので。とっても、とーーーってもお疲れだったのですわ!」

次の日なっかなか起きてきませんでしたしね! ドロドロに疲れてたんですよ。元気に戻ってきたのは空元気だったのです! それ以外の意味はありませんよ!

「うふふ~。そうね、疲れてたのよね~。たった二週間出張に出ただけでドロドロに疲れて帰ってきたんだから、二か月半も頑張った今回はもっと疲れてるんじゃないかしらぁ? きっと早く帰ってくると、私たちは読んでるんだけど~」

アセアセする私を楽しそうに見てくるお義母様。私で遊ばないでください!

しかし確かに、私と使用人さんたちも三パターンほど予想しましたけど「晩餐会ボイコット」が大本命でしたからね。


予想通りでしたら、もうそろそろ帰ってくるかもしれない時間になりました。


お茶を飲みつつその時を待っていると、


「エントランスに王宮からの勅使がいらっしゃっておられます」


と、侍女さんが取り次いできました。

「勅使ですか?」

ロータスの眉がクイッと上がります。

「はい」

侍女さんは困惑気味に眉を下げています。

「わかりました。少し失礼いたします」

ロータスはそう答え、私たちに静かに一礼するとサロンを後にしました。

「勅使?」

お義母様が首を傾げています。

「旦那様が帰ってくるのであれば、勅使ではなく先触れが来るはずですよね?」

ロータスの出て行った扉を見つつ、私も首を傾げました。

というのも勅使様は王宮、それも国王陛下の伝言(勅書だったり、陛下の名義で決定した命令など)を持ってくる方だからです。旦那様が帰ってくる時に、先にそのことを伝えにやってくるのは『先触れ』なのです。

ですから、ほぼ確実に旦那様が晩餐会をボイコットして帰ってくると信じていた私たちには、先触れが来ることこそあれ、勅使様が来るという事態が想像できなかったのです。

「何かあったのかな?」

義父母と私で、勅使様が来るとはなんだどうしたとぼそぼそと話していると、サロンの扉が再び静かに開き、勅使様の話を聞いたロータスが戻ってきました。

何の用件だったのか、興味津々で見つめてくる私たちに苦笑したロータスでしたが、


「旦那様と特務師団の皆様はご無事に帰還なさり、先程王宮に到着なされたそうです。そのまま晩餐会に参加していかれるそうですので、帰りはかなり遅くなるとのことでございました」


勅使様の言葉を淡々と告げました。


「は?」

「えっ?」

「ふおっ?!」


お義父様、お義母様、私。三者三様ですが、驚きの声を上げました。びっくりしました。

びっくりしすぎておかしな声を上げたのは私です。おかまいなく。

「晩餐会に参加してくるって……!!」

「うっそ~!」

「旦那様が大人しく行事に参加……」

「いや、当たり前のことなんだが、あいつに限って当たり前じゃないというか……」

「きゃー! 奥様! お茶がドレスにこぼれています!!」

「え? うそ、きゃ~!! あっつ!!」

「きゃー!! ヴィーちゃん!!」

「早く拭くものを! 冷やすものも持って来い!」


びっくりしすぎた私は、手にしていたカップの中身を自分のスカートにドバーっとこぼしてしまいました。


熱々のお茶ですから、義父母をはじめ周りは大慌てです。

しかし幸いなことに、今日のちょっとふんわりしたワンピースがお茶のほとんどを吸収してくれたので、私の足にまで到達したのはほんの少しでした。ふんわりしているからベタッとくっついてくるわけでもなく、火傷にはならなさそうです。こういう服も、こういう時に役に立つのですね! ……多分用途は違いますけど。

「ちょっと熱いですけど、今日のワンピースはペチコートがあるから大丈夫ですわ! ああでも、せっかくの服にシミが……」

慌てる周囲に私は訴えますが、拭けやー冷やせやー早く着替えてこいやーと、大騒ぎのまま。

「シミなんてどうでもいいことよ! ああ、早く拭いてちょうだい! スカートをめくらなくちゃいけないから、あなたとロータスはちょっと出て行ってて!」

お義母様はそう言うと、その場にいた男性陣をサロンから追い出しました。

確かに膝辺りにこぼしたので、恥ずかしいから追い出してくれて正解です。お気遣いありがとうございます、お義母様!




対処が早かったので、火傷どころか赤くなっただけで済みました。汚してしまったワンピースは、すぐにでも自分で染み抜きしておきます。とほほ。

もう一度着替えをしてサロンに戻り、大丈夫だったことを報告すると、明らかにほっとするお二人。何気に私に過保護だなぁと思いますが、ありがたくも思います。いい義両親でよかったです!

一件落着し落ち着きを取り戻したところで、

「さて。まさかの晩餐会に出てくるということだから、帰りはかなり遅くなるのかな」

「そうでございましょう」

お義父様の問いかけにロータスが答えています。

「そうか。じゃあとりあえず私たちはあいつ抜きで晩餐をいただこうか。久しぶりにこちらで一緒にいただいてもいいかな、ヴィオラ?」

「もちろんでございますわ!」

「その後はどうしましょ? ヴィーちゃんはどうするのかしら?」

お義母様が聞いてきました。その後というのは、旦那様が帰ってくるまでということですよね?

夜更かしに自信のない私ですが、せっかくの一番いいパターンになったことですし、起きておこうかなと思うのですよ。大仕事を終えて帰ってきた旦那様をお迎えするのは、妻の大事な役目ですしね!

きっと使用人さんたちは起きているでしょうから(当然か!)、使用人さんダイニングでおしゃべりしながら待つというのもいいですしね! いやむしろ、おしゃべりしていないと寝てしまう自信があります。

「起きてお待ちするつもりです。お義母様たちは別棟に戻られますか? 旦那様がお帰りになられましたらお呼びいたしますよ?」

「せっかくだから、私たちもこちらで待たせてもらうわ~。眠たくなったらこっちで仮眠してもいいしね。お部屋はあるかしら?」

「もちろんどのお部屋でもご自由にお使いくださいませ!」

そっか~、こっちで待ちますか~。ああ、愛されていますね、旦那様! また親子愛を見せつけられました!

義父母がこちらで待つということは、使用人ダイニングでのおしゃべりは夢と消えました。残念です。その代り、義父母とサロンで夜更かしコースです。意識を飛ばさないように気を付けないと!!




しかし夜更かしというほどでもなく、あっさりと旦那様は帰ってこられました。

いつもの就寝時間よりは若干遅く、しかし日付が変わるというにはまだ十分に間があるといった頃です。


「やっと帰ってきましたよ! ああ、ヴィオラ、会いたかったです!!」


先触れが来たので、義父母や使用人さんたちとエントランスでお待ちしていたのですが、旦那様は開口一番に先程の言葉を発すると、そのまま私に抱き付いてきました。

「ぐえ」

「あ~ヴィオラだ。ホンモノだ。帰ってきましたよ!」

相変わらずコノヒト、力加減っつーものを知りませんね! 手加減なしにぎゅうって抱きしめてくるので、背骨がボキっていいましたよたわんでますよ、何よりみんなが見てますよ!! 髪に頬ずりまでしてますが、とりあえず落ち着いてほしいです。

その場にいる義父母以下みなさんが視界に入っていないのか、入れてないのか、旦那様は私のことばっかり言ってますし。ちょ、周り見ましょうね!

猫パンチくらいの威力しかありませんが、それでも旦那様の背中を抗議をこめてバシバシ叩かせていただきます。

「旦那様、旦那様! お帰りなさいませ!! 元気でお戻りになられたのは大変うれしいのですが、苦しいので離してください。背骨折れます」

「誰だ?! ヴィオラの背骨を折るやつは?!」

「旦那様です」

「あ、僕?」

冷静につっこめば、ようやく緩む腕の力。ふう。背骨の危機一髪でした。

緩んだところをもうひと押しして、旦那様との間に空間を作りました。離れようとしたのですが、そうはさせじと背中にまわった旦那様の腕に力がこもったので、逆戻りは勘弁なのでこれで我慢します。それでも私の腕は頑張って突っ張っていますが。

ようやく空間ができたので旦那様のお顔を見上げれば、濃茶の瞳を嬉しげに細めて私の瞳を覗きこんできます。クマができているわけでもなくやつれたこともなく、お綺麗さは変わりありませんが、遠征前より少し面差しがシャープになられたように見えました。

前線に行っても相変わらずなご様子でしたが、それでもやはりきついこともあったのでしょう。いろいろ残念な旦那様ですが、やはり元気で帰って来てくださるというのは、嬉しいものですね。

何気なく手を伸ばし、旦那様の頬に軽く触れ、

「少しお痩せになられましたか? お疲れ様でございました」

「!」

私が労いの言葉をかけると、旦那様の目が見開かれました。あら、おいやでしたか? 旦那様の反応に、私は手を引っ込めようとしたのですがそれは許されず、上からご自分の手を重ねてぎゅっと頬ずりしてくる旦那様。

しばらく摺り摺りしていたのですが、やがてパアッと破顔し、

「疲れましたよ! ああでもこうしているだけでも疲れが吹っ飛ぶというものです」

なんてことをおっしゃっています。


いや、ちょっと待て、私。


つか、そもそも私ってば無意識に何やってんのでしょう?! 旦那様のお顔に、私、自分で触れに行ってましたよね?! そして握られてるし、スリスリされてるし!! ぎゃーっ! 恥ずかしすぎます!!

冷静に自分のやったことに恥ずかしさが込み上げてきたところで、


「あ~、感動の再会のところ申し訳ないんだけど、私たちもいるんだよ。そろそろ気付け、サーシス。イチャイチャするのは後からでもいいだろ」


という呆れとからかい交じりの義父の声が飛んできました。かなり気長に見守ってくださっていましたよね。お待たせして申し訳ないです。むしろ見守ってないでもっと早くに割り込んでくださってもよかったのですが。

「あ、父上いらっしゃったのですか。ただ今戻りました。では」

それまで私に向けていた甘い笑みを引っ込め、淡々とした表情に戻してお義父様の方にご挨拶される旦那様。ギャップが激しすぎます。

「っておいっ!! あっさりすぎるだろうが!!」

「疲れてますので」

「ヴィオラに対するのと、私たちに対するのとではえらい違いを出してくるな」

「当たり前です」

あくまでもしれっと答えている旦那様でした。


旦那様とお義父様。まるで親子コントのようですが、お義父様のご機嫌は良さそうです。ものすごく元気に息子が帰ってきたのを、その目で確認できたのですからね!


いやむしろ、甘さに輪がかかったような……。


今日もありがとうございました(*^-^*)


突発SSを、12/3の活動報告に載せております♪ よろしければそちらも覗いてやってくださいませ! 旦那様と部下さんの暴走警告発令中w

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