帰ってくるそうです
実働部隊が前線に投下されて、本格的に開戦してからひと月が経ちました。
その間も、これまでどおりお姉さま方によって、刻々と戦況や現地の様子が伝えられてきます。どうやら我が国の有利なようで、あと一押し、というところまで来ているそうです。
ちなみに旦那様は例の一個中隊を殲滅して以来、作戦本部で粛々と作戦を打ち出し、実行に移して行っているそうで、間違えても暴走することはなくなったようです。
指揮官が暴走って、部下さんたちもいい迷惑ですよね。ユリダリス様が心労から、ハゲ散らかしたり、はたまた胃が痛くなっていないかが、とっても心配です。
そしてとうとう、フルール王国の勝利で、この不毛な戦いに幕が下りたという知らせが王都にもたらされました。
もちろん旦那様以下、特務師団の騎士様たちはお怪我もなく元気だということも同時に伝えられましたので、義両親や使用人さん一同とともに、私も胸をなでおろしました。
前線からは離れているし、なおかつフルール軍が終始押せ押せな戦いをしていたので、王都ロージアにいると、国が戦をしているということを忘れがちでした。それくらいにいつもどおりだったもので。
「下準備にひと月、実戦でひと月、計二か月か。これはまた驚きの短期決戦だったなぁ」
お義父様が感心したようにおっしゃっています。
確かに前回の小競り合いでは、もう少し時間がかかっていたように思います。例の結婚式が延び延びになった原因のやつです。何度も引き合いに出していますが、それは比較対照できる直近の戦がソレなだけであって、別に伸びたことを根に持っているとかじゃありませんからね! ……とまあ、それは余談ですが。
「ですわね。余程念入りに準備していたんでしょう」
お義母様も感心しています。
「戦が長引けば、怪我人は増えるし国庫も疲弊してしまいますから、短期決戦でよかったですよね。旦那様も部下のみなさんも、ご無事だということでしたし」
「本当だね。後もう少し戦後処理なんかもしてくるだろうから、あいつらがこっちに戻ってくるのはさらにひと月後、くらいかな。他の実戦兵士たちは、順次戻ってくるだろうけど」
実戦部隊は遅くに行って早くに帰るのだそうです。どこの重役だと言いたいところですが、身体を張って戦った分、怪我を治したり、体力の回復をしないといけないからだそうです。
「戦後処理? それは兵部卿と文官がやるんじゃなくて?」
お義父様の言葉に、お義母様が聞き返しています。
私には、戦の後の処理がどうとか誰がやるとかさっぱりなので、黙って聞いているだけですが。
この間から、私の知らないことが多すぎます。
儀式のことだとか、騎士様の制服の色だとか。
引きこもりのままだと知らなくてもいいことなのですが、こうして頻々と公の場に引きずり出されるようになってしまっては、もはや「知りませんでした、あはっ!」ではすまされないですよね。やばい。ちんぷんかんぷん、かつ興味ないことも勉強しないといけなくなりそうな予感がビシバシします。ロータスの眼が「キラン☆」と光ったのは気のせいですよね?
そんなロータスに気付かないふりをして、再びお義父様のお話に耳を傾ければ、
「兵部卿と特務の団長、副団長は立ち会うんだよ。国王陛下がわざわざ出向くことはないから、陛下の名代の宰相と、執政官と文官数名が基本的なことはするけど」
お義父様は丁寧に説明してくださいました。
「そうだったの~」
「そうなんですか」
お義母様と私は、初めて聞く終戦処理にほうほう、と肯いています。
終戦の声を聞いてから、続々と兵士の方々が王都に帰ってきました。凱旋パレードを見ると、みなさん深緑の制服の方ばかりですので、お義父様のおっしゃっていたとおり、実働部隊の方々ばかりのようです。
またそれから半月後。
「フィサリス団長以下特務師団全員、本日王都に凱旋予定であります」
キラッ!
お姉さまの美しい髪が、口上を述べたと同時に煌めいた気がしました。
朝食を終えて、朝の爽やかなお茶を楽しんでいるところに、王宮からお使いがきたとの知らせが入りました。私はダリアと供にエントランスへ向かうと、そこには王宮の使いとして、銀糸の髪のお姉様がいらっしゃいました。そして、旦那様たちの凱旋を告げたのです。
あれ~? お義父様のお話ですと、終戦処理にひと月はかかるって言ってませんでしたっけ? まだ半月ですよね?
「いつもお役目ご苦労さまでございます。ですが、旦那様は終戦処理に忙しく、まだ帰ってこれないんではないんですの?」
疑問をお姉様にぶつければ、
「団長と副団長が、できることはさっさと処理なさって、早目に切り上げようということになったんです。お二人とも、早く帰りたいとのご希望でしたので」
とお姉様は説明してくださったのですが。早く帰りたいからって! しかもユリダリス様まで?! いや、うん、ユリダリス様が早く帰りたいのは、わかりたくないけどわかっちゃう気がします。
「それでいいんですか?」
旦那様とユリダリス様のフリーダムすぎる思考に驚いた私がお姉様に問えば、
「いいんですよ~! どうせ後は文官たちが処理することばっかりですもの。お付き合いしている時間があったらとっとと帰りたいってもんですよ。こちとら文官よりも実働隊よりもよりも、ずいぶん前から出ずっぱりなんですからね! っと、おほほ! ちょ~っと本音がこぼれてしまいましたわ、ごめんあそばせ奥様!」
お姉様、本音ぶちまけましたね。お酒入ってませんよね? でも「あはっ!」って笑って誤魔化すその笑顔が素敵なので、聞かなかったことにしちゃいます!!
「いいえ! お仕事、ご苦労さまでございました! 特務師団の皆様がしっかりと仕事をなさったから、この短期間での勝利があったとお聞きしております。この後はごゆっくりなさってくださいませね」
「ありがとうございます、奥様」
私の形式ばった労いに、騎士の礼で返すお姉様。明日、旦那様たちと合流して、王宮に凱旋報告に行かれるのでしょう。今日はゆっくり休んでくださいませ!
「久しぶりに旦那様が帰ってくるのねぇ。二か月と半月? まあまあ長期の不在だったにもかかわらず、やけに旦那様の存在を感じたわよね……。観光案内・ご領地自慢のお手紙とか、暗号込みのお届け物とか」
「そうでございますね」
ロータスが苦笑しています。
お姉様が帰って行かれた後、私たちはサロンに戻って来て、旦那様をお迎えするための円卓会議を緊急招集しました。
ロータスとダリア、そして使用人さんたちです。ミモザは、今日は体調がすぐれないので、部屋に押し込んでいます。ついでにベリスを貼り付けておきました。無理に動いて身体に障っちゃいけません!
「旦那様は、帰ってきてからはどういうご予定になるのかしら?」
それを踏まえて、こちらも準備をしないといけません。情報もばっちり正確なロータスに今後の予定を尋ねれば、
「はい。まず王都に帰ってこられたその足で、王宮入りされます。その場で凱旋の報告をなさり、通常ですとそのまま労いの晩餐会になるのですが……」
言いにくそうにロータスが口ごもりました。普通の人なら通常のことですが、旦那様は最近普通の行動をしませんからねぇ。それで口ごもったのでしょう。
「……確か前回の出張の折には、その晩餐会を集団ボイコットしてこられましたよね、旦那様と騎士様たち」
疲労困憊だとかなんとか言って晩餐会に参加しなかったくせに、元気いっぱい帰ってきましたが。あの時は労いの食事会を、後日延期にしてしまいましたよね。みんなして。
でもって、旦那様は夜遅くに帰ってくると思っていた私以下お屋敷の皆さんは、旦那様のお早いお帰りに慌てふためいたんでしたっけ。そういや、旦那様がカルタムにいちゃもんつけてたのもあの時ですね。
「はい。ですから、今回もそれが予想されると思われます」
目を閉じ、諦め顔でロータスが言いました。
「デスヨネー」
私もそう思います。
しかし、私たちは以前の私たちではありません。日々学習してるのですよ! 前回の経験はすぐさまフィードバック。そして更なる進化を遂げる使用人さんたちなのです!
「早く帰りたいから」ってさっさと現場を引き揚げてくるくらいの人たちですから、今回も「疲れてるんで、また後日!」とか言ってボイコットしそうですよ。それくらいやっちゃいますよね。想像できるのがコワイですが。
「ま、まあ、ここはいろいろなことを想定して、旦那様シフトを組んでおかないといけませんね」
「そうでございますね」
大きく肯くロータスです。
「旦那様シフトが久しぶりすぎて、私の頭がついて行けるか心配だわ。ちょっとよく考えなくちゃ」
私は目を閉じ、頭の中でシミュレーションしてみます。
一番いいパターンは、旦那様が労いの晩餐会に参加してくる → 疲労困憊して帰ってくる → お出迎え → おやすみなさい。これですね。
そしてかなりの確率で予想されるのが、晩餐会ボイコット → おうちでごはん → おやすみなさい。八割方、これが予想されます。
最悪のパターンは、旦那様と部下さんが晩餐会ボイコットしてうちになだれ込んでくる → うち、てんてこ舞い → 私と家人が疲労困憊。戦じゃないんだから襲撃してくんな、と私が内心キレる。このケースです。こうならないことを祈りましょう。
とまあ、そんな感じで。
私は目を開けると、最初の一番いいパターンからやることを考えました。
「ダリア、まず旦那様のお部屋を念入りにお掃除しなくちゃね。お疲れになっていらっしゃるでしょうから、気持ちよくお過ごしいただきたいからね」
「はい。旦那様のお部屋も毎日きれいに掃除させていただいておりますが、もう一度徹底させましょう」
ダリアがにこやかに言いました。では、次のパターンです。前回みたいに大慌てにならないように、食事のことを段取りしておきます。
「カルタムには、いつでも正餐の用意ができるように準備しておいてもらってね」
「もちろんでございます」
ダリアがもう一度肯くのを見たので、お次は最後のパターンです。多分ないでしょうが、念には念を入れておかないと、予想を超えることをしてくれる人たちなので。
「念のためですが、部下のみなさんがいらっしゃった時のことも考えて、お酒やおつまみなんかも仕込んでおいた方がいいかしら?」
特務師団の皆様、なにかと旦那様にじゃれることがお好きなようですしね。
「それも用意しておきましょう。ありえます」
ロータスがため息をつきながら肯定しました。そしたら後は人員手配くらいですね。それはその時になってから考えましょう。
ですから、これくらいで準備はいいですかね。
「じゃあ、お帰りになるまでにとっととやっちゃいましょう。のんびりしていたら旦那様が帰ってきてしまうわ!」
私がそう言うと、使用人さんたちはすぐさま各自の持ち場へと消えていくのでした。
「旦那様のお迎えの準備はこれでいいとして、明日からはどうなるのかしら?」
確か実家の父の話だと、『帰還の儀』とかいう儀式があるんでしたっけ。そしてそれは、貴族は全員参加が義務付けられてるんでしたよね?
おそらく『帰還の儀』は、明日以降の開催となるでしょう。前回は旦那様が不在でしたので、お義父様が名代として出てくださいましたが、今回は旦那様がいらっしゃるので、公爵家からは誰も参加しないでいいのでしょうか? それともまた名代としてお義父様が参加なされるのでしょうか? それともまさかの大穴で、私が引きずり出されるとか?! ……それだけは勘弁してほしいですね。どうせフィサリス家は王家に次ぐ一等席に鎮座するに決まってるんですよ。そんなところに私のような地味っ子が座ってどうするんですか、いい恥さらしです。
一応、明日からの予定をロータスに確認すると、
「今日の帰還の時間次第ではございますが、明日か明後日に『帰還の儀』がございます」
「ふむふむ」
「そして、儀式の後には『慰労の宴』が行われます」
「なんと。またパーティーがセットなんですか?!」
「ええ、そうでございます」
「またですか。セットにしなくてもいいと思うんですけど~。またパーティーかぁ……」
また避けて通れないパーティーに、うんざりしてソファに沈み込みます。また特殊メイクをして、ふんだんに着飾って、ミモザがワキワキして……って、ああ?!
そこまで意識が飛んだ時に、ミモザのところで思考が停止しました。
最近のミモザは悪阻がひどくて、自室に籠っていることが多いのです。そんな状態のミモザをたたき起こして、私の特殊メイクをさせるなんて鬼畜なことできませんよ!
一瞬固まった私に、
「どうかなさいましたか?」
ダリアが声をかけてきました。
「ええと、うん、パーティーの時って、ミモザがいつも特殊メイクや飾り付けを頑張ってくれてたじゃない? でもしばらくはミモザに頼れないから、どうしたものかなぁって思ったの。あ、エステ隊のみなさんが、代わりにやってくれるのかしら? 変身しないと地味すぎて、私、人前に出れないですからね! あ、ミモザがお休みの間、私も社交をお休みしようかしら?」
おお、我ながらナイスアイデア! と思ったのですが、
「そんなわけにはいきません」
ピシリ、とダリアに切られてしまいました。ソウデスカ。ソウデスヨネー。
「そうですかー」
「はい。奥様ならそうおっしゃると思って、助っ人を手配しております」
冷静なロータスが鋭い読みを見せます。くっ……読まれてましたか、って助っ人?!
「助っ人?!」
私が素っ頓狂な声を上げると、
「そうでございます。お恥ずかしながらわが娘を呼び戻させていただきました」
ダリアが淡々と告げました。そうなんですか、助っ人はダリアのワガムスメさんですか~、って、えええ?! ダリアの娘さんですか?! ダリアの娘さんていうことは、カルタムの娘さんでもあるということですよね! って、当たり前か。
お義母さま情報によりますと、王宮で、王女様付きの侍女をしているんじゃなかったですかね。
びっくりしてダリアを二度見すれば、
「ミモザの体調が安定するまでしばらくの間、奥様の身の回りのお世話をさせていただくことになりました。これも侍女としての研修の一環なのですが、よろしいでしょうか?」
そう説明してくれました。そうですか、研修の一環ですか。
「よろしいも何も、今のですっごいテンション上がっちゃいましたよ! 喜んでお迎えするわ!」
「明日には公爵家に参りますので、よろしくお願いいたしますね」
ダリアが畏まって深々と腰を折っていました。
パーティーよりも、ダリアの娘さんに気がとられてしまった私でした。
……あれ? 有耶無耶にされた?
今日もありがとうございました(*^-^*)
遅ればせながら11/29の活動報告に小話を載せておりますので、よろしければ覗いてやってくださいませ!




