ちょこっと不満
「お久しぶりですね、奥様」
「はい、お久しぶりにございます」
「その節はうちの妹が大変失礼いたしました」
「オホホホホ~」
「いや~、サーシスがあんなに奥様にご執心だとは思いもしませんでしたよ~」
「ゲホゲホゲホゲホ……!!」
私を残念騎士様の元から颯爽と連れだしてくださったアルゲンテア執政官は、お義母様の元を目指してか、私を後ろに従えて人込みを上手にかき分けながら進んでいきますが、さり気なくかわされる言葉に、例の旦那様がやらかした『奥さん自慢』を噛ませてくるのはいただけないです。
「え~と、お義母様はどちらに?」
これ以上爽やかな顔して私の黒歴史を抉ってこられても困りますので、話を逸らせることにしました。
執政官の後を小走りについて行きながらきょろきょろあたりを探しましたが、お義母様のお姿は見当たりません。
「貴賓席に座っていらっしゃいますよ。貴女が騎士どもに囲まれているのを見て私を差し向けたんですよ」
「そうだったんですね! 助かりましたよ、ありがとうございました。あの方たちも騎士様とおっしゃっていましたが、旦那様とでは制服の色が違いましたよね? 何か意味でもあるのですか? すみません、軍部のこととか疎くて、存じませんの」
貴賓席とやらに向かいながら、私は先程疑問に思ったことを尋ねました。
「制服の色の違いなんて、軍関係者や王宮の関係者か、よほどの制服好きくらいしか判らないですよ。ちなみにサーシスたちの特務は紺色ベースで、実働部隊が深緑、あとは近衛が臙脂というふうになってるんですけどね」
旦那様の嫁のくせにそんなのも知らねーのかよ、とか馬鹿にすることもなく、爽やかに微笑みながら、執政官様は制服の色の違いについて教えてくださいました。
「そうなんですか。でも特務師団だって、実働部隊じゃないんですか? 先遣として戦地に行ってるくらいですし」
素朴な疑問を口にすれば、
「あ~、実働っていうのは実戦といいますか、特務が下ごしらえをして、その指示に従って実際に戦うのが実働という感じですね。むしろ特務は頭脳というか、指示方で、実際に最前線で先頭きって戦うことはないんですよ。で、色分け」
ほうほう。頭脳派と脳筋派ですか。
執政官の説明に肯きっぱなしの私です。旦那様とはそんなお話したことがなかったので、大変勉強になります。
「そういうことでしたのね。ありがとうございます」
「いえいえ~。あいつらの、奥様の正体がわかった時の顔ったら! プクク!! きっとさっきのあいつら、向こうでいい働きしてくると思いますよ~」
そう言うと、それまでの爽やかな微笑みを引っ込めて、ニヤリとした笑いに変えた執政官様。
「? そうですわね?」
なんでしょう。執政官様の微笑みが黒いものに見えたのですが。おっかしーなぁ??
そうこう話をしているうちに、義母が待つという貴賓席に到着しました。
うん、貴賓席……。会場を見渡す、一段高い場所に設えてありました……。そっかー、お義母様、こんな高いところから私が騎士様たちに絡まれてるのを見てたんですねぇ。リアル高みの見物じゃないですか……って、そうじゃなくてですね、すっごい目立つ席じゃないですか。私が求めていたのとは真逆の場所じゃないですか!! ここに私を呼んだってことは、ここに座れってことですよね?! がーん。
ど真ん中に国王陛下が鎮座していて、その横には王妃様、でもって反対側の横には王子王女が座っています。
貴賓席は王様ファミリーの横から始まっていて、この国一番の貴族であるフィサリス家は当然一等席なわけで、王妃様の横にお義母様を見つけた時にはクラッっとしました。
こういう、王族と近しい間柄っていうのを間近に見せつけられると、フィサリス家ってやっぱりすごいんだなぁっていうのを嫌というほど実感しますね。
「あ~ヴィーちゃん、こっちこっち~」
執政官に連れられてきた私を見つけたお義母様は、満面のキラキラスマイルで手招きしています。貴賓席からそんな目立つ行動は控えてほしいのですが。つーか、そこ、王妃様いますよねぇ。やっぱりそこに行かなくちゃいけないのでしょうか?
でも見つかってしまったものは仕方ありません。
渋々だけど、渋々に見えないように執政官の背中から前に出て、
「お待たせしてしまいました。ご機嫌麗しゅう、王妃様」
ダリア仕込みの淑女の礼をバッチリ決めました。
「今日も素敵ね、公爵夫人は。お見かけするたびに綺麗になっていくわね」
王妃様がニコニコとおっしゃる横でお義母様は、
「そりゃそうですわ~! うちの自慢の嫁ですもの~」
と、とっても満足気です。いやいや、そこは社交辞令をまともに受け取っちゃいけませんよ、お義母様。
「悔しいわねぇ~! 王太子がもうちょっと大きければ王太子妃に貰ったのにぃ!」
なんて言いながら、王妃様はとってもキュートにハンカチを噛む仕草をしていますが、王太子様五歳ですし。社交辞令バレバレですがな。つか、王太子様が大人になるのを待ってたら、私、行き遅れきっておばちゃんになってしまいますし。……って、そうそう、これは社交辞令社交辞令。笑って流すのが貴族の嗜みっ!
私はお二人が繰り広げる茶番を静観することに決めました。
「ふっふっふ~、残念でした! もううちの義娘ですからね~。っと、ヴィーちゃん、一人にしちゃってごめんなさいねぇ~! 油断も隙もないんだから。あの子にバレたら怒られちゃうわぁ~」
なんて肩をすくめているお義母様です。むしろ面白がっているようにしか見えませんね。
「いいえ、大丈夫ですわ。お庭が広すぎて迷子になりかけていただけですもの。それに執政官様に助けていただきましたし」
「ふふふ。セロシア様はいい働きをしたでしょう?」
そうか、執政官様はセロシア様というのですね! 今度こそ覚えておきます。
「はい。こちらまでも案内してくださったので、とても助かりましたわ!」
「よかったわ! あ、そうそう。ヴィーちゃんのご両親、あちらにいらしてるわよ」
そう言ってお義母様が示したのは、貴賓席の末席、しかし会場の端という、私が探し求めていた憧れの目立たない席ではないですかっ!!
なんつーべスポジを、うちの両親は易々と手に入れてるんでしょうか!
私が羨望の眼差しで見ていることに気が付いた両親は、こっちに向かって手を振っています。うん、呼ばれなくてもすぐさまそっち行きますって!
「本当ですわ。お義母様、私ちょっと挨拶してまいりますね! 妃殿下、少し失礼いたします」
そしてこっちには帰ってくるつもりはありませんが。というのは喉の奥にごっくんして。つーか、お義母様と王妃様はとっても仲良くきゃっきゃとお話をされているので、私がいなくても全然大丈夫そうです。
私は両親のもとに急ぎました。
まさかの盲点でした。ま さ か うちの両親が、末席といえども貴賓席に座っているなんて、誰が想像できるでしょうか?
「お父様もお母様も、なんてところに座ってるの~? まさかこんなところにいるなんて思ってもみなかったから、見つけられなかったじゃないですか~」
私は両親のもとに着くや否や、苦情を申し立てました。
「私たちだってこんなところに案内されちゃって、びっくりしたわよ。ねえ、お父さん」
「本当だよ。まあ、フィサリス家当主の嫁の実家だから、特別待遇なんだろうな~」
「そりゃそうでしょ。じゃないとうちみたいな貧乏貴族が貴賓席なんてありえないもの」
「「「うん、うん」」」
三人額を合わせて納得の表情です。
私は両親の横に席を設えてもらって、ようやく腰を落ち着けました。
この席からも、会場内がよく見えます。ほんと、べスポジです。
「ふぅ~。なんだか本当に戦が起こっているとは見えない光景よねぇ~」
私は会場内を見渡しながら、両親にしか聞こえない声で囁きました。
ここから見えるのは、笑いさざめく人たち、楽しげに踊る人たち、美味しいものに舌鼓を打つ人たち。
庭園に降り注ぐ陽光はどこまでも暖かく、聞こえてくる鳥のさえずりは優しく長閑だし。
……旦那様や特務師団の人は、今この時も前線にいるっていうのにですよ。
あ、なんか旦那様のことを思い出したら、ちょっとモヤッとしましたよ。
「まあ確かにな。でも今ここで悲壮な顔して騎士様たちを送り出しちゃ、激励会にならんだろう?」
私がモヤッとしたのを感じたのか、そう言ってお父様が宥めてくれましたが。
「旦那様たちはこんな激励会なんてなかったんですよ? 出征の儀だって内輪だけでひっそりやっただけらしいですし、ほんとにひっそりと出て行ったんですから。同じ戦に出るのに、この差は何なんですかね?」
なんだかムッとしてきた私。
そりゃあ派手にやればいいってもんじゃないですけどね、差を付けちゃいけませんよ! それに旦那様や部下の皆さんは、もう一月も、この人たちよりも長く頑張ってるんですよ!
あ~、理不尽を感じてきました。
鼻息荒くなった私。
「その分、先遣隊が帰ってきた時の労いはこれ以上になるんだから。ほら、そんなに怒らない」
そんな私に苦笑いのお父様。私といえば、初めて聞く話に、ちょっとムカつきが逸らされます。
「そうなの?」
「そりゃそうさ。先遣隊の頑張りあっての実戦部隊なんだからね。これまでもそうだったんだし」
「これまでも?」
そういや『出征の儀』と、戦から帰ってきてから行われる『帰還の儀』には、貴族の参加は義務付けられてるんでしたっけ。ということはうちみたいな貧乏貴族でも貴族の端くれだから、お父様は参加してたってことですよね。
だから知っているのでしょうか?
「そうだよ。ヴィーは知らなかったのか?」
「……」
もちろん知りませんでしたよ、とは言えず。ついーっと視線を逸らせる私。
だって、今までは出張くらいしかなかったですし、そんな儀式的なものやってるなんて知らなかったですよ。旦那様だってひとっこともおっしゃられなかったですしね。戦だって、結婚前でしたしね。
と、つらつらと心の中で言い訳を。
「……知らなかったのか」
じと目で見ないで、お父様!!
そうこうしているうちに激励会もつつがなく終了し、次の日には華々しく王都を出発していきました。
これまでどおり、お姉さま方は伝達に忙しそうです。
実戦部隊が出動するまでは、どこかのんびり3,4日に一回のペースで、旦那様からのお手紙もしっかりびっちり3枚くらいありましたが、出動からこっちは二日に一度のペースで、さすがに旦那様からのお手紙もなく、口頭での報告だけということもしばしばという感じになりました。
お姉さま曰く、
「王都と向こうの間をクルクルクルクル回っているみたい!」
だそうです。
そして旦那様は相変わらずみたいです。
「先日は団長、わざわざ前線に出てたんですけど、そこで矢が団長をかすめたんですよ」
今日の伝達当番はブロンズのお姉さまです。労いのお茶を、優雅な仕草で飲みながら報告してくださっています。
それは先日あった小競り合いのことらしいのですが、うん、確か旦那様は頭脳であって、実践はしないはずなんじゃ??
「あの~、ちょ~っとお訊ねしますが、旦那様は作戦本部であって、頭脳であって、実戦する騎士ではないんですよね?」
おずおずと尋ねれば、
「えーと、本来は、そうですね」
途端に苦笑いになるお姉さま。
「本来は、そうですよね?」
小首を傾げる私に、お姉さまが続けてくださるには。
「ええ。ですが団長、『早く終えて早く帰るためには私たちもやらなきゃな!』とか言って、颯爽と出て行ってしまったんですよ」
「あちゃ~……」
一人暴走して、作戦本部を飛び出す旦那様。それを追うユリダリスさんたち。
……安易に想像できちゃいました。
「その戦いで、矢が団長の胸を掠めたんですがね、」
いったんそこで、意味深に言葉を切ったお姉様。
「ね? 旦那様はご無事でしたの? まさかお怪我なさったとか?!」
いつでも自信満々な旦那様がお怪我とか想像つかないのですが、お姉様が変なところでタメを作るから、嫌な予感がひしひしとしてきてしまうじゃないですか!
お胸のところだと、大怪我ではないですか? まさかそのせいで落馬されたとか?!
焦ってお姉さまに続きを促せば、
「えーと、団長、奥様からのお手紙をいつも胸のポケットに忍ばせているみたいで、そこを矢が掠めたんですよ。ですから制服は破れましたが、団長自体にはお怪我はおろかかすり傷ひとつついていない状態なんですけど、『よくもヴィオラからの手紙を破いたなっ!!!』とブチ切れされまして、そのままの勢いで乗り込んでいって、その矢を放った一個中隊を殲滅してしまいましたー」
おーまいがー。
旦那様、手紙をそんなところに入れてる あ な た が 悪 い で し ょ !
しかも恥ずかしいし!!
旦那様がご無事でホッとしたのと、手紙のことで恥ずかしいのとで、一気に肩の力が抜けましたよ。
ま、まあ、お元気そうで何よりですけど……?
今日もありがとうございました(*^-^*)




