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壁の花改め、紅一点

がーん。

私の安寧の場所、約束の地、『壁』がないじゃないですか!!


人々の笑いさざめく声があちこちから聞こえる、この明るい光に満ち溢れた空間で、私の周りだけどんよりオーラが漂っているのは許してやってください。ショックが大きいもので。

しかし私の横をどんどんお客様が通り過ぎてゆく、しかもこちらをチラ見してゆくのに、ハッと我に返る私。

入口で、しかもどんよりオーラで突っ立っていたら、後から後からどんどんやってくるご来賓の方々のご迷惑になって、逆に悪目立ちしてしまうじゃないですか!

それはなんとしても避けないといけません!

恭しく差し出されるウェルカムドリンクを受け取って、嫌がる足を叱咤し、パーティー会場である庭園に踏み入れました。




お天気がいいので庭園内のあちらこちらにパラソルが開かれ、テーブル席が設えてあります。そこで歓談するもよし、軽食を取るもよし、休憩するもよし、という感じです。

もちろん立ち話もオッケーですよ。

楽団が奏でている音楽に合わせて、好きな時に踊るのもありです。

国中の貴族、役職付きの騎士様兵士様と、とっても大勢いますが庭園は広大なので、全然窮屈さを感じません。三々五々、適当な場所に散らばっています。

庭園の入り口の横、宮殿に近いところに、料理やお菓子や飲み物が置かれてあり、自分で好きなものを取ってこれるようにしてあります。面倒くさいなら、あちこちにいる使用人にお願いしてとってきてもらってもいいのですが、そんなことに慣れていない私は自分の足で取りに行きますよ。ああ、でも今日もちゃんとセーブしておかないといけませんね。こんなとこで腸内テロにあったら大変ですから!


まだうちの親は来ていない様子。

しかも頼みの綱のお義母様を貴婦人たちに拉致られてしまった今、お一人様な私は、身を潜める場所を探さねばなりません。


こんな一流貴族しらないひとばっかりの中で、自分から話しかけていって、やれ世間話、やれダンスなど、私にできるわけないじゃないですか! どんだけハードル高いよ、それ。

……いやいや、大丈夫、落ち着け私。

誰も私にそんなことは期待してないですよ、参加することに意義があるのですよ!

そう。もう参加するという義務は果たしました。

よし、落ち着いてきたのでさっそく潜伏場所を探しましょう!




一番端っこにある、目立たないテーブルを占拠して、気配を隠していたらいいんじゃね?


私はまずそう考え、目立たない席を探すことにしました。

しかし残念なことに、テーブル席はすでに埋まっていたのですよ。楽しげに語らうご年配の方々で。うーん、いつの間にか敬老席状態です。くっ、ここは人として、若者は年配の方に席をお譲りしましょう。

ということで、『端っこの方の席に陣取って気配を消す作戦』はソッコー断念することになりました。

入り口で手渡された飲み物片手に、引き続き壁に準じる隠れ蓑を探して、私は会場内をきょろきょろと歩き回りました。

途中、


「お久しぶりでございますわね、フィサリス公爵夫人!」

「今日も変わらずお美しいですね、後でダンスを一曲お願いしますよ」


などなど、過去三回のパーティーで私の面割れしているご婦人方や殿方に挨拶されましたが、申し訳ないですが、誰が誰だかさっぱりわかりません。ごめんなさい。

そんな方々に適当に挨拶を返しつつ会場内を彷徨っていると、遠目にですが、アイリス様たちを見かけました。知り合いゲット! と思って声をかけようとしかけたのですが、よく見るとアイリス様たちは騎士様に絶賛アプローチ中だったので、すんでのところでストップしました。あぶない。空気を読まない子になるところでした。こっそりと様子を伺っていると、何だかいい感じです。ぜひ頑張ってほしいものです。


いやいや、人のことより自分のこと。


テーブル席は空いていないし、壁はなし。

仕方がないので、パーティー会場の端っこを目指して移動することにしました。

なるべく人間観察がしやすいところが面白くていいんですが、今はそんな事を言っている場合ではありません。とりあえず地味なところを、いったん立ち止まって探していると。


「これはこれは、素敵なお嬢様。どこからか花の妖精が紛れ込んだのかと一瞬目を疑いましたよ」


私のすぐ背後から聞こえてきた言葉に、取り乱しついでにお砂糖吐くかと思いました。

ぐはっ、甘っ!! 旦那様より甘いんじゃね?!

声は確かにいい声してます、少し低めの美声ですよ。しかし夜会ならまだしも、白昼堂々とこんな甘ったるいセリフを吐いてる人がいるなんて!! 私の背後で展開されているのは、甘い笑みを浮かべた青年と、それに頬を染めてうっとりと見つめるお嬢様の、ラブラブイチャイチャシーンでしょうか? だとしたら敢えて振り返ることはしません。離れてからじっくり観察させていただきます!

真っ昼間からやだわぁと、他人事に思いながら聞こえなかったことにして、さらにくまなく会場内を見渡してみます。適度にいい感じに目立たない場所を見つけたので、あそこにしましょ、と再び足を踏み出したのですが、


「おおっと、お嬢様。お願いですから少しくらいは私の話を聞いて下さいよ」


という声と同時に掴まれた二の腕。


は? 私ですか?? 


ちょっと待て。ではさっきの激甘蜂蜜団子の砂糖まぶしみたいなお言葉は、私に向かって吐かれたのですか?!

「どなたか人違いではございませんの?」

セリフの甘さに頬をひくつかせ、振り返りざまにそう言ったのですが、

「私はお嬢様に話しかけたのですよ。初めまして、お嬢様。お見かけしない方ですね」

少し日焼けした、背の高い騎士様の制服を着た男の人が、白い歯をピカーッと光らせながら爽やかに笑っていました。


誰だよ、こいつ。


……っと、ああ、また取り乱してしまいました。いけませんいけません。こんなに頻々と取り乱すなんて『立派なレディのすることではありません!』ってダリアに叱られます。ダリアコワイ。

えーと、ダリアのことではありませんでしたね。コノヒト誰だっつーことでしたね。

胡散臭げに騎士様の頭から足先まで見ますが、まったく知らない人です。

それに、お見かけしないも何も社交は嫌いですし、しなくてもいいってお墨付きをいただいてますから、お気楽引き籠り『なんちゃって』奥様ですが。

まあ、そんなことは胸を張って言うことでもありませんので、

「あまりこういった催しものには参加いたしませんので……」

おほほ、と曖昧に笑っておきます。

やんわりと掴まれた腕をほどいて、さっさとこの場を立ち去ろうとするのですが、なかなかこの手が外れてくれないんですよ、しつこいなぁ。

やんわりじゃ無理だから、開き直ってぐいぐい押していると、

「私も同じですよ。それに私は騎士ですから、こういったパーティーに参加するのは苦手です」

とか言っちゃって、騎士様は笑っています。

騎士様の手をほどこうと奮闘していた私の手をドサマギで握んなコラ。思わずじと目で見てしまいました。

見た目は金髪碧眼、背もスラリと高い男前さんなんですが、残念臭が漂っています。

つーか、ワタシ的には『ハイスペック・ハイ残念』な旦那様を見慣れているので、フツメンレベルにしか見えませんけどね。

目の前にいる騎士様の服は、旦那様の服とは色が違うので、きっと違う部署の方なのでしょう。というより、旦那様の部隊は今全員不在ですね。それに特務師団の方ならば私のことをご存知だから、「初めまして」なんて言いませんし、ましてや「お嬢様」なんて呼びませんよね。

旦那様の制服が紺色基調なのに対して、コノヒトの制服は深緑が基調になっています。

軍部や制服まにあ……ではなく、詳しくない私ですので、色違いなんだなーくらいしか解りません。

「はあ」

貴方がパーティー苦手とかそんなこと、知ったこっちゃないですよ。

私が精いっぱいの生返事を返したところに、


「オイ、●●! お前すごい綺麗なお嬢さん連れてるのな!」


と、残念騎士様の横から、ひょいっと、また同じ制服を着た騎士様が顔を出しました。残念騎士様は、その人を見てちょっと眉をしかめましたが、すぐに先程と変わりない笑顔に戻してました。

「ついさっきお見かけして、あんまりかわいいから思わず声かけてしまったんだよ」

「あんまり見かけない顔ですね~。オレは第一中隊の中の●●●で、△△△してます□□□という者です! こいつの同期です!」

「はあ」

「ああ、私も、申し遅れましたがコイツと同じ部署で×××しています○○○といいます。以後お見知りおきを」

「はあ」

後から来た騎士様が先に自己紹介をし、それに便乗して残念騎士様も自己紹介してくれました。要らないけど。

これっぽっちも興味のない私ですから、耳の中を盛大に滑って行ってしまって、『第一中隊』しか聞き取れませんでした。興味がないのは仕方ないことです。

名前聞いたけどすでに聞き取れていませんし、そろそろ解放してくんないかなぁ、と思っていると、


「おー! 可愛いお嬢さんだ!」

「いつの間にこんなかわいらしいお嬢さんを捕まえたんだよ!」


と、次々に同じ制服の騎士様が集まってきてしまいました。

「オレは――です!」

「私は――です!」

と、またもや次々と自己紹介してくださいましたが、もうどうでもいいです、どっか失せてください、鬱陶しいです。


気が付けば私の周りには、深緑の騎士様の制服を着た方が集まってきていました。

いい加減ムサイです。

壁の花になりきれず、会場の端に行くこともできず、気が付けば緑の制服に囲まれたオレンジの私。おお! まさしく紅一点てやつですね!! って、全然嬉しくないっっっ!!

いつも私が特務師団の方にもみくちゃにされていると、必ず助けてくれる旦那様がここにはいないので、逃げそびれた感があります。


「そう言えば、お嬢様のお名前をお聞きしていませんでしたね」


やっとそこに気付いたか残念騎士様。

胸に手を当てる騎士様の礼(お姉さまがよくやってるあれね!)も流麗に、

「貴女のお名前を知る権利を、私に下さいませんか?」

げふっっ!! さ、砂糖がっ! 蜂蜜団子がっ!! 胸焼けするっ!!!

めまいがしそうなくさいセリフでしたが、ここで倒れたりしたらどうなることやら先が怖いので、必死に踏ん張りました。

こんな恥ずかしい人に名前知られたくないわっ! と叫びたいところです。でも名乗らないと解放されなさそうな雰囲気に、どうしたもんかと困っていると、


「あーいた! フィサリス公爵夫人!! 探しましたよ!!」


救 世 主 ! !


その声に、私を取り囲んでいた緑の壁が十戒のように割れた先、見たことのある男の人の顔を発見しました。

……っと、誰でしたっけ??

見たことはあるけど思い出せない~、とモヤッとしていたら、

「アルゲンテア執政官!」

緑の壁の中の誰かが声を上げました。おお、そうだそうだ、それだ! 某騎士様、ナイスアシスト!

「あ~、アルゲンテア公爵様の……!」

はっきりと思い出せないので語尾は濁しましたが、確か次男様の方だと思われます……? アルゲンテア家で行われた夜会でお会いした覚えはうっすらあります。そしてもちろん名前は覚えていません!

「奥様とはぐれてしまったと、先代夫人が探しておいでですよ」

「まあ、お義母様が?」

次男さん(仮)は、壁をかき分けいそいそと私の元にやってきて、私を確保してくださいました。もちろん残念騎士様の手もペイッとはがしてくださいましたよ!

見知った顔に出会えて、ちょっとだけほっとしていると、


「……フィサリス……公爵夫人……?」


残念騎士様が、横で、そのお綺麗な顔に『驚・愕』と貼り付けて私を見ています。

「はい? そうですが。サーシス・ティネンシス・フィサリスの妻でございます」

何だか恥ずかしいですが、言い切ってやりました。

覚えていてよかった、旦那様の名前フルネーム!! 自分の名前は言いたくなかったので、旦那様の名前を言っておきました、あしからず。

「君たち、知らなかったのか? フィサリス公爵・特務師団長の奥様だというのに」

深緑の包囲網の中から私を保護してくれた次男さん(仮)が、残念騎士様を冷たく見ながら言いました。

「初めてお目にかかりましたので……」

どんどん顔色をなくしていく残念騎士様。

「まあ、それはそうか。奥様を、あまり表舞台には出してなかったからな。公爵が(・・・)

緑の壁を見渡しながらニヤリ、と笑う次男さん(仮)。「公爵が」のところを強調していますが、そこは「公爵が」ではなく「私が」なんですけどね、そこ。まあどうでもいいツッコミどころなので、敢えて口にはしません。

確かに、次男さん(仮)――あーいちいち面倒くさいので(仮)は以後省略で――のおっしゃる通り、そもそも社交界にはほとんど出入りしていませんし、参加したことのある数少ないパーティーには、旦那様の同僚の方もちらほらといたとはいえ、今回ほどたくさんいらっしゃっていたわけでもないですから、公爵夫人わたしという存在は知っていても、顔までは知らない方がほとんどだと思います。


「このお嬢さ……お方が、噂の公爵夫人……」

「わー。間近で初めて見たわ」

「幻の奥様か!」


緑の壁の誰かがぼそぼそと呟いていますが、またあの二つ名が聞こえてきましたよ、やめてほしいわ、それ。

次男さんのニヤッとした笑み付きの言葉に、残念騎士様だけでなく周りにいた緑の壁さんたちも同じように青ざめて、


「「「「「しっ、失礼いたしました~~~っ!!」」」」」


蜘蛛の子を散らしたように、あっという間に退散していきました。


うん、いい加減恥ずかしいから「幻の奥様」っつー二つ名、やめてほしいんですけど……。


今日もありがとうございました(*^-^*)

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