いざ王宮
ミモザたちの部屋から直接エントランスに向かえば、お義母様もちょうど姿を現したところでした。
ちなみにお義父様は『出征の儀』に、旦那様の名代として出席されているので、とっくの昔にお邸を出ています。『激励会』から参加のお義母様と私は、後から出発することにしていたのです。
私を見つけてキラッキラしい笑顔になったお義母様。
「きゃ~、ヴィーちゃん! 今日も可愛いわぁ!! こんな可愛い娘を連れて歩けるなんて、鼻が高いわ! あんな愛想なしの息子なんかより、私はこういう可愛い娘が欲しかったのよぉ」
などとテンション上げていますが。
いや~、これはミモザや侍女さんたちの努力の賜物でして、本来の私とはちょっと違うと思うんですよ。
そこまで喜ばれても、とビミョーな気持ちで、
「ありがとうございます~。あは~」
とお義母様の笑顔には到底かないませんが、ワタシ的には一番のスマイルでお答えしておきました。うん、笑顔はキラキラじゃなくても、どんなのでも、いいものなんですよ……。
危うくやさぐれかけたのですが、ハッと我に返ります。ミモザのことを報告しておかねばと思い、気を取り直しました。
「お義母様、ご報告がございますの」
「あら、なあに?」
澄んだスターサファイアの瞳をクリンと丸めて、こちらに問いかけるお義母様。
「ミモザが懐妊いたしました」
「ええっ?! ミモザが?」
今度は驚きに目を瞠っています。ころころとよく表情が変わるなぁと、お義母様を観察しながら、私は先を続けますが。
「はい。今朝体調を崩したので、部屋で休ませてお医者様に診ていただいたのです。それで判りました」
「それはとってもおめでたいわ! ベリスも喜んでるんじゃない?」
指を組み、それはウキウキとはしゃぎだすお義母様。
「はい、おそらくは」
「おそらく?」
「今はミモザの体調のことでいっぱいいっぱいみたいで、余裕がなさそうでしたので」
喜ぶところまで感情が追いついてないのではないかと思われます。だってベリスが喜ばないわけがないですもんね!
「あ~、なるほどね」
お義母様も容易に想像できたのか、ニヤニヤしながら肯いています。
そこまでお話ししたところで、
「お二人とも、時間が迫っておりますので、馬車の中で続きをお話になられてはいかがですか」
ロータスの控え目な声が、いつまでも続きそうな私とお義母様の話を止めてくれました。
おお、そうだった。王宮に行かねばならなかったんですよ。危ない危ない、また忘れるところでしたね。ん? 故意じゃないですよ?
ロータスに先導されて、お義母様の後から私もエントランスを出ると、もう馬車は用意されています。
お義母様と私が、向い合せに着席したのを見計らって、
「「「「「行ってらっしゃいませ、奥様、大奥様!!」」」」」
と、恒例の家人総出のお見送りです。腰の角度も完璧に、一糸乱れぬお辞儀です。
お義母様はニッコリ笑って、慣れた様子で軽く手を振って応えていますが、私はぎこちなさが拭えません。
だって何度やられても慣れないんですもん。きっと慣れる日は一生来ないと思いますが。
ロータスが静かに扉を閉めたのを合図に、馬車は王宮に向かって動き出しました。
「で、ミモザの様子はどうなの?」
ガタゴトと揺れる馬車の中で、最初に口を開いたのはお義母様でした。
「はい。先程見舞ったときには元気そうでした。しかし、ダリアが言うには、これからしばらく体調がすぐれない時が続くとのことですが……」
私の語尾は曖昧になりました。
だって、話には聞いたことがありましたが、身近に妊婦さんがいた経験もなく、そこんところは不明瞭なんですもの。母が弟妹を懐妊した時は知っていますが、それだって8年も経っていますから、もうすっかり過去の記憶ですよ。知らないに等しいのですよ。
するとお義母様は、私の様子に何かを察してくれたのか、
「ああ、そうね。発覚したばかりだったら、まだふた月かそこらくらいだから、これからがつらい時期ってところね」
神妙な表情でコクコクと頷いています。いや、さすがは経験者ですね!
「そうなんですね」
未経験、かつよくわからない私は、それらしく相槌を打ちことしかできませんが、あしからず。
「そうよ~。食べ物の匂いを嗅ぐだけで吐き気がしたり、不意に眩暈がしたりするのよ~! まあ、そのうちヴィーちゃんにもわかる日が来るから! うっふっふ~」
ニマ~。
そんな効果音が聞こえそうな感じの笑いですね、お義母様っ!
なんか非常にデリケートな問題に、我知らず足を突っ込んでしまった気がします。バシバシします。そして、すんごい期待している目で見られています。
これはもしや「孫はまぁだ?」ってやつでしょうか?!
う~んと、そう言えば跡継ぎ問題ってどうなったんでしたっけ?? 契約は白紙撤回からの新たに更改はしましたが、これに言及はしていませんでしたよね? 本当の夫婦になる、とかほざい……げふげふ、おっしゃっていたことに、これは含んじゃってるんだよ! とか言われちゃうのでしょうか?!
孫もへったくれも、未だに『夫婦』とは言えない私たちなのですけどお義母様……。
恐る恐るお義母様を見れば、やっぱり満面の笑みでこっち見てますしっ!
うん、ここは逃げちまえ! 気付かないふりをしよう!
「ソ、ソレハドウデショウカネェ? オホホホホ~! っとまあ……え~、こほん、それでミモザなんですが、仕事はしばらくできなさそうなのですが、実家に帰ってもご両親はお店をやっているとかで忙しいらしく、人手もないですからゆっくりできないようなのです。ですから、今までどおり、お邸の、ミモザたちの部屋にいてもよろしいでしょうか? あそこならば手の空いている使用人さんが様子を見れますし、動けるようになれば少しずつ仕事をすれば、気が紛れるかと思うのです」
しれーっと話を元に戻しておきました。かなり強引な舵取りですが気にしないっ!
お義母様も、深くはツッコむつもりはなかったのか、さらりと流してくれたようで、
「ええ、それでいいじゃない。その方がヴィーちゃんも安心でしょ」
あっさりとミモザの滞在を許可してくださいました。
「そうなんです。私もミモザが近くにいる方がいいです」
「公爵家は使用人には手厚く、がモットーよ。それくらい当たり前だから、ミモザにも気兼ねなく過ごすように言っておいて!」
お義母様、男前です! つか、公爵家って本当にいい就職先ですよねぇ。噂でちらりと聞いたことがあるのですが、公爵家に就職するのは、王宮に就職するより難関だそうです。いや、こんなに厚遇されるのであれば、競争率が高いのも頷けますよ。そりゃあ、いい人材が集まってくるのも肯けますよ、しみじみ。
まあ、話はそれましたが。
「わあ! ありがとうございます!」
「そんなの、私たちはもうすでに隠居している身だから、わざわざ許可なんかとらなくてよかったのに」
クスクスと笑うお義母様。
「旦那様がいらっしゃられないので、私一人が決めていいのかどうかわからなくて」
やっぱり自分の家ではありませんからねぇ。遠慮気味に言うと、お義母様が一言。
「ヴィーちゃんは立派なフィサリス公爵夫人なのよ? もっと堂々となさいな」
無理です。
あわわ、心の中でソッコー返事をしてしまいましたよ、心の中でよかったよ! なんというか、まだ、『お飾りの公爵夫人』という意識が抜けきらないようでして、私。
「まだ、不慣れで……」
控え目に返事をしておきました。
「ふふ、ヴィーちゃんらしいわね。まあ、これから徐々によね。あ、そうそう。ダリアだって懐妊している間、お邸にいたんだからね」
するとお義母様が意外なことを教えてくれました。
初耳に、驚きで二度見してしまいましたが。
「え? ダリア、ですか? そんなこと、ひとっことも言ってませんでしたけど?」
「そうよ~。ダリアとカルタムには二人子供がいるのよ。二人とも産んだのも邸でだし、そのまま邸で育ったわ。両親ともに邸で住み込みだから、邸が家みたいなもんじゃない。人手もあるし、下手に実家で育てるよりも楽よ」
知りませんでした! つか、そもそも夫婦に見えない夫婦ですしね~。
そもそもダリアは、公私の区別がくっきりはっきりついている人ですから、プライベートなことなど一切話しません。私が唯一知っている私的情報が、カルタムと夫婦だってことってくらい、徹底しているんですから!
驚いている私に、面白そうにクスクス笑い続けるお義母様。
「お子さんいるんですね~! 全く知りませんでしたよ。しかもお二人も!」
「そうなのよ~。娘さんは今王宮で働いてるわ。息子さんはどこかで料理修行しているはずよ」
お義母様は、ダリアの子供たちのことを思い出しながら話してくれました。
「ふおおお~。娘さんは王宮で何をしていらっしゃるんですか?」
「王女様付きの侍女をしているわ。本当は専門学校を出たらすぐうちで働く予定だったんだけど、王宮から名指しで『是非王宮に!!』って言われちゃってね。ダリアも、実は王宮からの誘いを蹴ってうちに来たもんだから、こっちとしても、二度も拒否するのは可哀相かしらって思ってね。仕方ないから期限付きで、武者修行という形で貸し出し中」
お義母様の口から出るわ出るわの新事実。そして何気に王家に対して上から目線?
しかしさすがは優秀なダリアの娘さんですね! きっと成績も優秀だったのでしょう。でないとわざわざ王宮から名指しでラブコールなんて来ませんよ!! そもそもダリア自身が、王宮からの誘いを蹴ってたっつーのも初耳ですが。それもすごいですね。
「だからミモザも、遠慮なく邸に滞在していいのよ!」
「わかりました! ミモザにも伝えておきますね、きっと喜びますわ!」
帰ったらすぐに、ミモザに伝えに行かなくちゃね!
そうこうしているうちに、王宮が見えてきました。
王宮なんて、ワタシ的には三度目です。一度目は言わずもがなの結婚式で。それすらも半年以上前ですからね。二度目は『オプション』のパーティーで。あーほんと、お久しぶりなもんです。
そもそも王宮自体に縁もございませんし、そんなにしょっちゅう来たいところでもありませんが。
今日はガーデンパーティーということで、馬車は庭園の入り口に寄せられました。
公爵家の庭園も素晴らしいのですが、やっぱり王宮だけあって、こちらも素晴らしい庭園です。いや、やっぱりうちの方が素敵かなー? 不敬罪とか言われたら困るから、心のうちにしまっときますが、うん、やっぱりうちの方が上だ!
とまあ身内びいきはいいとして。
広さはこちらの方がもちろん広いです。その広大な庭園に、色とりどりのドレスで盛装した貴婦人方、女性陣には劣るけど、きちんと正装した殿方。そして今日の主役である、軍関係の皆様。軍関係の皆様は、騎士や兵士の制服を着ているので一目瞭然です。階級などは、襟章でわかるそうです。ちなみに私はわかりません。不勉強でごめんなさい。
とにかくたくさんの人・人・人、です。
本日はお日柄もよく、晴天に恵まれた、ガーデンパーティーにはうってつけの上天気。これから戦に行くんだぞ~という荒々しさは全く見えない、ほのぼのとした空気が流れています。
『激励会』、ですよね……?
私とお義母様が馬車から降りて、庭園の入り口をくぐるとすぐに、
「まあ、フィサリス公爵夫人ではございませんか!!」
「お久しぶりでございますわぁ」
「ご領地に行かれてしまって以来ですから、どれくらいお久しぶりかしら?」
「あらやだ、『前』公爵夫人ですわね? ご子息のお嫁様、とっても素敵な方ですわねぇ」
と、お義母様はあっという間に、旧知のご婦人方に囲まれてしまいました。
「あらまあ、皆様お久しぶりですこと。お元気になさっていて? もう『公爵夫人』はこのヴィオラですのよ? 私はただの元公爵夫人ですからね、ほほほ」
とお義母様は朗らかに笑いながらも、しっかり訂正していました。
ワッと寄ってきたご婦人方にびっくりするでもなく、一人一人に微笑みかけながら余裕であしらえるところなど、さすがだなぁと感心せずにはいられません。
お義母様の半歩後ろで、その様子を尊敬のまなざしで見ていた私でしたが、
「久しぶりですから、あちらでゆっくりお話ししましょうよ!」
と、ご婦人方の中の誰かが言って、あっという間にお義母様を連れ去られてしまい、私ってば気が付けばぽちーんとお一人様になっておりました。
うおっ?! お一人様っ?!
これはどうしたもんでしょうか?!
周りを見渡せど、知り合いはいません。実家の両親も来ているはずなのですが、まだ到着していないのでしょうか?
パーティーをパーフェクトペースで参加しているはずのアイリス様たちも、まだ見かけておりません。
仕方ないですねぇ。ここは今まで培った私の最大のスキル、『秘儀☆壁の花』を発動するときが来ましたね!
いざっ!
……
……
あ、ここ、庭園。壁ないじゃない……。
今日もありがとうございました(*^-^*)




