つつがなく準備完了
ひとまず私室に戻った私は、
「どうしましょう。ミモザがいないと人前に出られないんだけど? ということは今日の激励会も不参加でいいってことかしら?」
と、ものすごくポジティブに捉えてみたのですが、
「そんなわけにはいきませんわ。ご心配はご無用ですから、きちんと現実を見ましょう」
私の現実逃避な発言なんて、ダリアの、瞳の笑っていない微笑みと鋭いツッコミの元にあえなく敗北を喫するのでした。
「はあい」
ちぇー、と唇を尖らせつつもドレッサーの前に座りましたが、いざ、何をやっていいのかわかりません。いや、わからないというのは語弊がありますねぇ。私のテキトーメイクでいいのならばちゃっちゃと済ませられるのですが、そんなもんで社交になんて行った日にゃあ『公爵夫人って、やっぱりパッとしない地味子だったんですわねぇ~。おほほほほ~』と笑いものになってしまうのが目に見えています。そんなの公爵家の恥ですよ恥。
今までのお褒めの言葉たちは、ミモザの特殊メイクと類まれなるセンスの良さの上に成り立っているのですから!
しかしいつまでもうじうじとしている時間はありません。
私は仕方なくブラシを手に取り、毎日ミモザが愛でてくれるストロベリーブロンドを梳ることにしました。私が梳いてもツヤツヤなんて、どれだけ丁寧に手入れをしてくれているのでしょうか! ミモザ、毎日ありがとう! いなくなって(いや、休んでるだけですけど)さらに、ミモザの有難味がわかるってもんですよ!
とかなんとか勝手な感傷に浸りつつも手を動かしていると、
コンコンコン。
と軽やかに部屋の扉がノックされました。
まだ用意なんてできてないのにもうロータスが迎えに来たのでしょうか? それとも待ちきれなかったお義母様が襲来したのでしょうか?
どっちにしても催促じゃないのやだわーと思いながらダリアに目配せすると、ダリアは心配ないとばかりににこりと微笑み返してから扉を開けました。
すると。
「「「「奥様、さあ準備いたしましょう!!」」」」
開けた扉からは、いつもの愉快なエステ隊が顔を出したのでした。
侍女さんたちはささーっと部屋に入ってきたかと思うと一様に親指を立てて、いい笑顔で整列しています。無駄に爽やかに笑っています。
侍女さんたちの笑顔のオーラに、え、なに、これって今からもみくちゃになるの?! と若干腰が引けた私でしたが、
「今日は磨いている時間がございませんから、短縮コースでまいりますね!」
「ハイハイ、奥様! まずはチャチャーっと湯あみをしましょうね」
「私はドレスとお飾りを用意しますから」
「大丈夫! 全部ミモザから指示をもらってきてますからね! 奥様は私たちの言うとおりにしていればいいんですよ~」
と連係プレイも素晴らしく、まずは侍女さん二人に、私は湯殿に連行されました。ぽかんとしていた私はすっかりなすがままです。残った一人は衣裳部屋に潜入、さっそく目的のドレスを選び出している模様。もう一人はドレッサーの前でブラシ片手にワキワキしながら待機しています。まあなんというかいつものお支度風景ですよね。
自分でやるより侍女さんたちに任せている方がいいですし、何よりミモザから指示が出ているということなので安心です。ここは大船に乗った気でいましょう!
素早く湯あみをして部屋に戻ると、ドレスとお飾りはすでに用意されていました。
今回は、幸か不幸か、準備する時間もありませんでしたから、ドレスは衣裳部屋に用意されていたものを着ることにしています。
「ミモザの遺言どおり、明るいお色味にしましたわ!」
「いや、生きてるから! 遺言違うから!」
ぼける侍女さんにツッコミしつつ用意されているドレスを見れば、明るいオレンジ色の、胸元に大小の白い花をたくさんあしらった可愛らしいものでした。襟ぐりが結構大胆に空いている意匠ですが、花のあしらいのおかげでばっちりツルペタは誤魔化されています。さすがはミモザ、隠蔽工作も抜かりなしですね!
そしてドレスの横には義父母からいただいた、あの超高級品のルビーの首飾りと耳飾りが鎮座しています。
何度見ても高級すぎて震えます。根っから庶民派の嫁には猫に小判、豚に真珠だと思うのですが。
まあこれも義親孝行と思って目をつぶりましょう。目をつぶったら最後、気絶しそうですけど。
まあそれはさておき。
素早く配置についた侍女さんたちに手伝ってもらってドレスを着ました。
その後すぐにドレッサーの前で待機していた侍女さんに引き渡されます。今日も特殊メイクをよろしくです!
今日は盛装ですから、いつものように薄化粧というわけにはいきません。ドレスに合うようにばっちり完璧メイクで別人変身しなければいけないのですよ。
ちょっと、いやかなり憂鬱です。まな板の上の鯉、ドレッサーの前のヴィオラです。
こてこてと塗装されるのを覚悟して大人しく座っていたのですが、念には念を入れて塗装を重ねるでもなく、さっさっさーと下地は終わってしまいました。色塗り……もとい、アイメイクや口紅だって、サクッと終わってしまったのです。
「はい、奥様! メイクは完了です!」
気が付けばメイクはおしまい。
思っていた以上にあっさりとメイクの時間は終了してしまいました。つーか、やっつけ仕事的な速さでしたが、大丈夫なのでしょうか?!
拍子抜けするくらいにあっという間にメイクが終わったので、若干心配が残った私は、
「いやにあっさりと終わっちゃったけど、大丈夫なんでしょうか??」
と侍女さんに問うと、
「もっちろんですわ! 素材がいいから手間暇かけなくていいんですよ羨ましい! それにミモザからの指示通りですからね、完璧です!」
じゃじゃーんという効果音付きで取り出してきたのは、何やら細かく指示が書いてある紙。なんと解説図付き。
「ミモザがこれだけは、と執念で書いたんですよ」
「ええ、ビシバシ伝わってくるわ」
受け取ったそれを見れば、私のメイクを微に入り細にわたり指示しています。これはもはや執念というか怨念に近くね? ……っと、驚きのあまり取り乱してしまいました。
そこにも『そんなに濃くしない! ごまかすな! 素材を活かせ!』という指示がでかでかと書かれてありました。
「素材が私だから、ソースはこってりしなくちゃいけないんじゃないの」
ぼそっと私がつぶやけば、
「素材が奥様だからこそ、あっさりでよろしいんですよ!」
と侍女さんに訂正されました。訳が分かりません。
ああ、でもきっと、普段の皆さんの努力のおかげで素材がよくなったってことですかね? うん、そうに違いない! 皆さん謙虚ですから、恩着せがましくは言ったりしないですもんね! そうだそうだ、納得です。
メイクが終われば、お次は髪結いです。
メイクの侍女さんからバトンタッチした別の侍女さんが、鏡越しにいい笑顔なのが見えます。
「髪はハーフアップにしましょうね~。上の部分にボリュームを持たせて~、お飾りは生花にしましょうね~」
そしていつものミモザ以上に楽しそうな侍女さんです。
「生花?」
「はい! 奥様ガーデンの、先日植えていらっしゃった花ですわ。とっても綺麗に咲いているからって、ミモザのたっての希望ですから、先程ベリスが持ってきてくれました」
そう言って鏡越しに見せてくれたのは、旦那様が買ってくださったお花ではありませんか! 三種類植えたうちのピンク色のは今日の装いに合わないから割愛らしく、赤と白の花が摘まれて、しかも丁寧に水切りしてトレイに並べられています。これなら長時間のパーティーでも萎れることはないでしょう。さすがはベリス、細部にまでキラリと細かい芸が光っています! よっぽど私よりも繊細な気配りができてますよね……。うん、確実にへこむので、あえて気にしないでおきましょう!
「髪に散らしたらかわいいでしょうね!」
「ええ、とっても! さ、綺麗に結い上げましょうね。ミモザほどではないですけど、私だってやればできる子なんですよ~」
そう言って侍女さんは、私の髪をいじり始めました。
そうしてしばらく後。
ヘアスタイルも完成し、お飾りもつけてもらって『フィサリス公爵夫人』が完成しました!
変身完了というべきか。
「きゃ~! 今日もとっても素晴らしい奥様ですわ~!」
「うんうん! 公爵家の自慢の奥様よね!」
「旦那様にお見せできないのが残念ですわ!」
「ふっふっふ~。ミモザ、悔しがるでしょうね~」
侍女さんたちの賞賛の言葉は引きも切りませんが、私的にはいつもよりも薄化粧なのがちょっぴり心配です。
「あの~。人前に出ても大丈夫な感じにできてます?」
おずおずと言い出せば、
「ふふふ。奥様、鏡でご覧になられてはいかがですか?」
いい仕事したぜ、この後一杯どうよ的に盛り上がっている侍女さんたちではなく、ダリアが姿見のところまで連れて行ってくれました。
そこに映っているのは、いつもどおりに完璧変身した私でした。
今回は夜会ではないので、『お日様の下、健康的に明るい若奥様バージョン』とでも申しましょうか。オレンジのドレスが健康的でいい感じです。
「おおお~! いつもどおりにできていますね!」
私が感心して鏡に見入っていると、
「いつもどおりと申しましょうか、それが奥様ご自身なのですが」
ダリアが苦笑していますが、そんなものお世辞ですよ社交辞令ですよ真に受けませんよ。
これなら人様の前に出ても大丈夫ですね!
「時間があるならミモザのところに顔を出して、この姿を見せてから行こうと思うんだけど、どうかしら?」
せっかくの盛装をミモザに見てもらいたいのと、やっぱり体調が気になったので、ダリアに聞いてみると、
「いいと思いますよ。時間もまだ少し余裕がありますし。――あの、奥様」
「なあに?」
「ミモザの体調なのですが」
にこやかに了解を得られたのですが、ダリアがミモザの体調のことを切り出してきました。
「もうお医者様は来てくださったの?」
「はい。奥様がお支度しているうちに診ていただいたのですが、どうやら悪阻のようでございます」
「つ、悪阻?! 本当?」
ミモザに赤ちゃんですって?! きゃーきゃー!! ……え~こほん、一人で勝手に盛り上がってしまいました。
「はい」
「なんておめでたいのかしら!! うれしいわ! このままパーティー参加を取りやめにして、みんなでお祝いしたいくらいなんだけど!」
「それはなりません!」
「あ、やっぱり?」
ドサマギでパーティーをキャンセルしようとしたのは、あっさりと却下されてしまいました。ちぇー。
ダリアは、若干やさぐれている私に苦笑しながら、
「そこで少しご相談なのですが――」
と、切り出しました。
ダリア曰く、しばらくは体調の悪い日が続くだろうから、私に付きっきりにはなれないだろうということ。そして実家で静養するというのも、ミモザの実家は庶民街で服屋を営んでいて、両親ともに働いているのでミモザが帰ってもゆっくりできないということでした。
「じゃあ今までどおり、公爵家にいればいいじゃない。三食昼寝付きだし、体調次第でできる仕事をしていた方が気がまぎれるし。」
「そうおっしゃっていただければありがたく存じます」
ダリアがほっと息をつきました。ダリアなりにミモザのことを心配していたのでしょう。
「ミモザに確認してみましょうね」
「はい」
私とダリアは、三階のミモザたちの私室に向かいました。
三階の、使用人さん私室フロア。
私がミモザとベリスの部屋を軽くノックし、返事を待って扉を開けると、ミモザは自分のベッドに横になっていました。
もれなくベッドの横にはベリスが鎮座しています。まるで守護像です。身じろぎしようものなら、容赦なくブリザード攻撃を食らいそうです! って、違うか。
「ミモザ、体調はどお?」
ひょっこりと私が顔をのぞかせば、
「まあ、奥様! こんなところまでいらして!」
と驚いて起き上がろうとするところを、素早くベリスに取り押さえられていました。
「驚かせてごめんなさい。そのまま寝てていいから。ほら、どう? ちゃんと変身できてるかどうか、見せに来たのよ」
そう言って、私は盛装を見せるべく、その場でくるりと回転してみせました。
「今日も素敵です! くうう、私がやりたかった……!」
私の姿を見て、目を輝かせたミモザでしたが、ハッと気付くと悔しげに布団を噛んでいます。うん、ミモザは私を飾るのが大好きですものね!
そんなミモザと、さっきダリアから聞かされた情報に、私の頬は緩みっぱなしです。
「これならパーティーに行っても大丈夫かしら?」
「もちろんでございますよ! 奥様以上の方なんて誰もいませんから!!」
ミモザのお墨付きをもらいました。
「今日は残念だったけど、次回はお願いするわ。そうそう、はやく悪阻が収まればいいわね!」
「お、奥様……」
私の言葉にミモザは真っ赤になっています。くるくると表情を変えて、忙しいですね!
「フフ、聞いちゃったわよミモザ、おめでとう!! 私としてはミモザには今までどおり側にいてほしいんだけど、ミモザはどう? 実家に帰りたい?」
私は先程のダリアとのやり取りを思い出しながら、ミモザに聞いてみました。
「私も、奥様のお側にいたいのですが……」
いつもの元気はどこへやら、目を伏せ布団をぎゅっと握っています。今日のミモザは歯切れが悪いですね。
「あら、じゃあここにいてほしいわ。私の話し相手でもいいじゃない。無理はしないでね?」
「ほんとうですか?!」
私の言葉にぱっと顔を輝かせたミモザ。
「もっちろん! あ、に、庭いじりのお供は誰か別の侍女さんに頼むから! それに急なヘアメイクも他に頼むし、無理はさせないから!! あはは~」
「当然です」
よく考えたら無理をさせてるのは私か。ミモザの隣から冷気を感じたので、速攻付け足させていただきました。
危ない危ない。ブリザードにやられるところでした。
「まあ、これからのことは帰ってきてから相談しましょ。とりあえず宮殿に行ってくるわ……」
「そんなところでテンションを下げないで、行ってらっしゃいませ!! 頑張ってきてください!!」
ミモザに見送られ、私は宮殿へ行くためにエントランスへ向かいました。
今日もありがとうございました(*^-^*)




