開戦するそうです
開戦したということは、貴族には勅書で、一般市民には王宮前の御触れで知らされました。
「工作にひと月、か。なかなか頑張ったんじゃないかな、あいつら」
お義父様が先程王宮から届いた勅書の入っていた封筒を弄んでいます。勅書なのに……。
「そうですわねぇ。後は実働部隊が乗り込んでいって一気に制圧。時間の問題ですわね」
お義母様はその勅書で、とっても器用に可愛いお花なんかを折っちゃってますが。勅書なのに……。
しかしお二人とも、全然心配そうなそぶりを見せないのですが。
普段と変わりなくウフフ、アハハ、と穏やかに微笑みながらお茶なんか飲んじゃってます。
そして、なぜかもう勝ったも同然のような話をしているのですが?? つか、まだ戦は始まったばかり、というか直接対決は始まってませんよね?!
「あの~。まあフルール軍の強さはわかっていますし、必ず勝ってくれると信じているのですが、それにしてはえらく自信満々というか、断定的というか……」
私はおずおずとお二人の会話に割って入らせていただきました。
「まあね。ヴィオラがそう思うのも無理ないね。ちょっとだけ詳しい話をすると、向こうの国は血気だけはあるけど、本当に血の気だけなんだ。戦略があるわけでもないし、いい軍師がいるわけでもない。いくら勇猛果敢な武将がいたとしても、軍として統制がとれているわけではないから、知略を持って囲んでしまえば怖くはない。そして諜報も遅れているから、まともな情報も入ってないんじゃないかな」
お義父様が丁寧に教えてくださいました。さすがは何度も小競り合いをしているだけはあって、冷静な分析です。
隣国、とっても無謀な戦を仕掛けてきてるんじゃないですか? 素人の私でもわかりますよ。
軍師もいなければ戦略もない。血気だけで攻め入るって、アナタ、一揆もいいところですよ自殺行為ですよ!
私がなんとなく理解しているのが伝わったのか、お義父様は、
「前回もうちの勝利だし、他の国を見てもそう。因縁つけちゃあ戦って、そして負ける、の繰り返しだよ」
ふ、と鼻で笑っています。
確かに、前回の小競り合い――あの、結婚式が延び延びになった原因ですね!――の時も、フルール王国の勝利に終わっていますしね。
他の国とでもそうみたいで、常に負け戦が続いているようです。ちょっとその脳筋を思考に回せばいいのではないかと思うのですが、変なところで一本気ですよね~。そりゃあ国力も疲弊しちゃいますよ。
そしてお義父様は、
「ちょっとは考えてきてるのかなぁと思ったりしたけど、成長していないみたいだし。我が国としてはありがたい。それにもはや『袋のネズミ』だからね。後は駆除するのみだ」
ニッコリ笑って言いました。
しかし開戦といっても王都からはかなり離れた場所です。そして私は引きこもりに近い生活をしているので、王都がどういうことになっているのかちっともわかりません。
だって公爵家は平常運転なんですから!
別にそわそわしているでもなく、フツーに、ごくごくいつもどおりに時間が流れていきます。
そんな浮世と隔絶されたような私が、唯一外部の情報を知ることができるのが、出入りの商人さんです。
お仕着せっぽい服を着て使用人さんダイニングにいると、そんな商人さんとカルタムやロータスとの会話が聞こえてきます。そう言えば愛人騒動以来、商人さんが侍女さん連中(私含む)に噂話をすることはなくなりましたね。反省したのでしょうか?
まあそれはいいとして。
「……今のところ何も規制はないですからねぇ」
「南の方から取り寄せている食材はどうなるのかな?」
「それも別ルートがありますから大丈夫でございますよ。向こうから買い付けている物なんてほとんどございませんからねぇ。都中戦の噂でもちきりですが、南隣の国と争ったといっても特に困ることもないので通常通りですよ。ただちょっとそわそわしている感じがするくらいですかねぇ」
カルタムと商人さんが食材のことについて話をしているのを、私以下侍女さん連中は耳を大きくして聞いています。ああ、もちろんお茶を飲んでいる態ですよ? 偶然聞こえたんですってば!
「あの国はあまり恵まれてませんからねぇ。確かに国交がなくなったとしても何も困ることがないというのが正直なところですね。喧嘩っ早いのが鬱陶しいというかなんというか。また痛い目を見ないとわからないようでございますよ」
商人さんも、義父母のように『勝ったも同然』といったふうです。
世の中も混乱した感じではないのでよかったです。
次の日。
ダイニングで哀しきお一人様朝食を終えて一息入れていると、
「奥様、お食事中失礼いたします。今日のご予定をお知らせしておきます」
と、何だか改まってロータスが声をかけてきました。
「は?」
思わず間抜けな返事をしてしまったのは仕方ないでしょう。
暇主婦ならぬ暇公爵夫人な私です。そんな朝から執事から畏まって告げられるような予定なんてないと思うのですが。つか、今までこんなことなかったですよね?
まさかロータスが「今日の予定は午前中は庭で雑草引き、午後からはひっそりと洗濯の手伝いとなっております」とか言わないですよね? 新手の暇つぶしか何かでしょうか?
しかし実際何? なんなのこんな改まって!
「今日の予定でございます」
ぽかんと固まったままの私に再度、ロータスが言いました。その声で現実に引き戻された私は、
「予定ったって、いつもどおりでしょ? 庭園で草引きして、お飾りのお花を摘んで、それを飾って、ついでに掃除もして、できたらお洗濯でシーツをバフバフやる」
念のため私はロータスに確認しましたが、ロータスは静かに首を横に振ると、
「そうではございませんよ。今日は国家行事がございますから、そちらにご出席なさらねばならないのです」
「何それ聞いてない~っ!!」
寝耳に水です。なんですかそれは!
朝っぱらからバッシャーンと冷水を浴びたような衝撃を受ける私なのに、それでもロータスは気にせず淡々と続けてくれます。
「午前中が『出征の儀』、これは王宮の謁見の間で行われます。それを終えると昼食会を兼ねた『激励会』がございます。これはガーデンパーティーの形式で行われるようでございます」
いやちょっと待て。出征の儀てナンデスカー? 激励会てナンデスカー??
国家行事ならもっと事前に予定しておきましょうよ、なんでこんなに突然なんですかね?
これってがっつり社交ですよね?!
旦那様不在なんですけど? 私一人で参加しろと?
……えーと、こほん。落ち着こう、私。動揺が過ぎました。
盛大にクエスチョンマークを飛ばし、社交というイベントに唖然として、口をパクパクさせるしかできません。
「昨日の勅書に書いてありましたが」
しれっとロータスが言いましたが、
「あー……私関係ないと思って見てなかったわ……。お義父様とお義母様が読んでくださったから、それで大丈夫だと思ってたわ……」
しかもお義母様、あれで折り紙しちゃったし。読む隙もなかったし。
「落ち着いて下さいませ、奥様!」
見かねたダリアが冷たいお水を手渡してくれました。
うん、ちょっとこれ飲んで冷静になるわ。
「『出征の儀』は、国王陛下が兵部卿へ、正式な出兵命令をする儀式でございます。これを受けて初めて軍部が出動するのでございます」
とりあえず水を飲んで落ち着いた私に、ロータスが説明してくれます。
兵部卿というのは軍の最高責任者であり、同時に最高司令官でもあります。兵部卿の下に、近衛隊と実働隊が組織されていて、旦那様の特務師団は実働隊の中の一部隊です。他にもいろいろありますが、ここは割愛ということで。
「あれ? でも旦那様の特務師団はもうとっくに動いてるじゃないですか」
いまさら『出征の儀』っつって、おかしくないですかね?
「旦那様の部隊は特殊でございますから、あまり大々的にはできないのでございます。ごく少数の、内輪のみで儀式はされておられます」
「そうだったのね」
「はい。ですが今回は本格的に開戦でございますから、兵士を鼓舞するためにも派手に執り行われるのです」
「なるほど」
「本来ならば公爵家の当主が出るべきものなのですが、あいにくと旦那様はご不在ですので、奥様が名代……」
意味深にロータスが私の方をちらりと見てきましたが。
「無理無理無理無理!!!!! ぜーったい無理!」
私は両手を自分の前でブンブン振って。全身でお断りを示して見せました。
「……そうおっしゃられると思いましたので、先代が名代として参加されます」
「……最初からそう言ってよ……」
旦那様の名代に私が出ないといけないのかと思い、慌ててロータスの言葉を遮ったのですが、ニコッと笑ったロータスはお義父様が出ると告げました。確信犯よねロータス!
恨みを込めてじと目で睨んだのに、涼やかに微笑んで華麗にスルーされてしまいました。
「『激励会』は、実際に遠征に出る兵士たちとの懇親会ですね。小隊長クラスの者まで参加しますので、かなりの人数になります。こちらには女性陣も参加することになります」
「あ、はい」
あー、パーティーですか。相変わらず社交は苦手だわーと、ちょっと遠い目になります。
そんな私を見たロータスは微苦笑し、
「ご心配なさらなくとも大奥様もいらっしゃいますし、ご実家の親御様もいらっしゃいますよ」
と力づけてくれました。
出征の儀に出なくてもいいとはいえ、お昼前には王宮に参内しておかねばなりません。しかもパーティーですからばっちりモリモリの盛装をしないといけません。
「ミモザ、今日のパーティーに着て行けそうなドレスはあるかしら?」
私よりも衣裳部屋のことを把握しているミモザに聞けば、
「そ……うですね……。大丈夫でございますわ。ガーデンパーティーということでございますから……明るいお色目にいたしましょうね。お飾りは……先日大奥様からいただいたルビーの首飾りと耳飾りが仕上がっておりますから、そちらで、いかがでしょう」
と即答してくれましたが、衣裳部屋の中を思い出しながらだったせいでしょうか、ちょっといつもとテンションが違います。
いや、いつものミモザらしくありませんね。
いつものミモザならば、衣裳部屋の隅から隅までばっちり把握していますから! それに何より、私を飾り付けるとなったら目の色変わるミモザですよ? それがこんなにローテンションなんてありえないんですよ!
いぶかしく思った私がよくよくミモザを見れば、顔色が優れません。
「ミモザ? どうしたの?」
昨日までは顔色も別に悪くはなかったですし。義父母への突然の対処にも素早く対応していましたね。
「いえ、なんでもございませんわ」
どこかぼんやりした感じで微笑まれても、なんでもないように見えません!
「そうでございますね。いつもとは違いますね」
ダリアも、ミモザを見て同意しています。
「でしょう? いつもと違うわ。疲れが出た?」
最近私が酷使しているから疲れが出たのでしょうか? うわ、地味に罪悪感です。ごめんねミモザ!!
私がさらに顔を覗き込むようにすると、ミモザが慌てて目を泳がせます。
「そう言う訳ではないのですが……。ああ、でも奥様にお伝染ししてはいけませんので近寄らないでくださいませ!!」
戸惑いながら返事をしていたミモザでしたが、病気かもしれないということに気付くとハッとして、慌てて私から遠のきました。
「そうですね、ミモザ。それは朝からなのですか?」
「はい、そうです。微熱っぽいのですが、ちょっとだるいくらいなので平気かなと思いいつもどおりにさせていただいたのですが、浅はかでございました」
ダリアの眼がにわかに厳しくなったのを見て、ミモザがしゅんと項垂れています。
「体調が不十分であれば、しっかりと休みなさいといつも言っているでしょう。奥様に病気を伝染すなど、もってのほか――」
ダリアのお説教が始まりそうになったので、
「私、病気には強い方だから大丈夫よ! 腸内テロには弱いけど」
私は慌ててフォローさせていただきました。
「え?」
「いやいや、こっちのことよ」
「は、はい。奥様の御前で失礼いたしました。ミモザには後でよく話をしておきますので、一旦部屋に下がらせましょう」
ダリアが、言葉は厳しいながらも、さりげなくミモザの肩を支えました。
「そうね。調子が悪いのに無理をさせちゃいけないわね! 早く休ませてあげて。ロータス、このことをベリスに伝えてきてね」
「かしこまりました」
ロータスは一礼するとダイニングを出て行きました。
「じゃあ侍女さんたち、ミモザを部屋に連れて行ってくれるかしら?」
「「かしこまりました」」
ダイニングに控えていた、お給仕の侍女さんにミモザを預けます。歩けないことはないのですが、それでも途中で倒れたら大変ですからね! 侍女さん二人に見守られて、ミモザは三階にある私室に下がりました。
「大丈夫かしら?」
ミモザが出て行った扉を見ながら、私はそばに控えるダリアに言いました。
「後で侍医に診てもらいましょう。さ、奥様は参内のご準備をなさらなければ――」
ダリアが私に準備を促したところで、大事なことに気付く私。
「あ~~~!!」
思わず両頬を押さえて、素っ頓狂な声を上げてしまいました!
「奥様?」
いきなりおかしくなった私に、びっくりしたダリアが目を瞠っています。
「ミモザがいなくちゃ、特殊メイクは誰がするの?!」
王宮に行くんですから、これ大事ですよ!!
今日もありがとうございました(*^-^*)
フルール王国の軍組織は妄想の産物です。「ふーん」とゆるーく見てやってくださいませ。




