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お返事

再び、閑話的に。

金髪キラキラのお姉さまがもたらした旦那様の消息文は、私の中のいろいろな物をごっそりと削り取りはしましたが、なにはともあれご無事が確認できてホッとしました。むしろとってもお元気そうでしたし。騎士様方、ごめんなさいね! 旦那様に成り代わって謝りに行きたい気分です。

私が部下の皆様に、無性にお詫びしたい気分に駆られて悶えていると、

「奥様、お返事、お願いしますね!」

とてもいい笑顔でお姉さまの催促がとんできました。

「あ、そうでしたね~」

そうでしたそうでした。そのためにここでお手紙を読んだんですから。

「奥様からのお返事をいただかないことには、私帰れませんもの。あ、別に帰らなくてもいいんですけどね☆」

お姉さま、仕事はキチンとしましょうね!

「いや、それはまずいでしょう」

「あ、やっぱり?」

おほほほほ~と悪びれることなく笑っておいでです。まあ、これもお姉さまのご冗談だとわかりますからいいですけどね。え? 冗談ではない?

まあそれはいいとして。私は旦那様からのお手紙を丁寧に封筒にしまってから、

「はい。では少し失礼して、自室でお返事を認めさせていただきますね? こちらには何も用意がないので。ロータス、ミモザ。ちょっとお願いね」

席を立つ詫びを入れました。

サロンには書き物机もレターセットも準備などしていませんから、一旦私室に下がってパパッとお返事を書くことにしたのです。大した内容を書くつもりはありませんが、それでも書いているところをガン見されるのは遠慮したいですからね!

おおっと、検閲官がいることを忘れていました。

私からの手紙だって、例に漏れず検閲されてから旦那様の元に届けられますからね。私からの返信は、やっぱり検閲官さんに優しい配慮をしなければいけませんね!

目指せ心に優しい文書!


私はロータスとミモザにお姉さまのお相手をお願いして、ダリアだけを連れてサロンを出ました。




「なんだかあちらは大変なようね~」

扉を閉めてお姉さまの視界から外れると、私は肩の力を抜きました。あ~もう。お手紙を読むだけの簡単なお仕事のはずなのに、とっても疲れましたよ。

「そのようですわね」

私が首をパキパキさせているのを見て、ダリアも苦笑しています。

「お姉さまのお持たせにするお菓子を、ありったけ用意してもらえるかしら? 旦那様と、部下のみなさんに召し上がっていただくために」

最前線ですから、お菓子などはなかなか口に入らないでしょう。せめてもの労いとして、お菓子をお土産にしようと思いました。なんといってもうちの旦那様() た い へ ん お世話になっているようですからね! 苦労をおかけして申し訳ない気持ちの方が大きいのは内緒です☆

それに甘いものは疲れを癒してくれますから、精神的な疲労にも効くでしょう?

「今日は騎士様のご来訪があることがあらかじめわかっておりましたから、用意はできていると思います。確認してまいりますね」

ダリアは事もなげに言いましたが、いやはや、さすがはエリート使用人さんたちですよちゃんとそこまで考えていてくれたのですよ! いやもうほんと、次のお給料日には何か上乗せをお願いしときます!! 誰にって? ここはやっぱりロータスにでしょう!

「お願い。私は部屋にいますから」

「かしこまりました」

私とダリアはサロンの前で別れました。

ダリアは厨房の方へ、私は私室に急ぎます。お客様を長いこと放置できませんものね!


私室に戻ると私は書き物机に急いで向かい、公爵家特製レターセット(お久しぶり!)を取り出すと、さっそくお手紙と格闘することにしました。

しかしまあ、なんですね。

何ということでしょう。書くことが一向に浮かんできません。

時間は刻々と過ぎてゆきます。お姉さまをお待たせしています。あまり遅くなると、お姉さまのお仕事の負担になってしまいますから、急がないととは思うんですけどねぇ。


……あのダダ甘な観光案内に何と返事しろと。


おおっと、冷静につっこんでいる場合ではありませんね。いい加減書きましょう。


『旦那様へ』


"最愛の~"とか、"愛する~"とか"私の~"とかはサクッと省略でいいですよね?


『お手紙拝見いたしました。旦那様がお元気な様子が伝わってきて、家人一同胸をなでおろしております』


まあ、この辺りは本当のことですから。


『公爵家のご領地どころか、私は王都と実家の領地しか知りませんので、とても勉強になりました。機会があれば行ってみたいと思いました』


なんてったって生粋の貧乏貴族(?)でしたからね~。よそ様の領地に旅行なんて、そんな余裕どこにもございませんでしたよ! 

実際行くかどうかはおいといて、とりあえず社交辞令で『行きたいです』ということで。


『果物が特産とおっしゃられていましたが、どんなものかぜひ食してみたいと思いました。今度ロータスとカルタムにお願いしてみますね!』


あの二人に頼んで不可能なことはありません! お取り寄せして食べてみるのもいいですよね! 


…………。


あ。

書くことがなくなりました。

なんとかここまで順調に書き進めましたが、まだ一枚目です。それも半分を少し過ぎたところ。あ~私、旦那様みたいにびっちり便箋三枚なんて書けませんよ~!!

どうしよう、これで終わっていいものか、いや短すぎね? と自問自答しているところに、部屋の扉がノックされてダリアが入ってきて、

「失礼いたします。お菓子は十分に用意できているということでした。騎士様の荷物にならない程度でお包みしております」

厨房で聞いてきた情報を報告してくれました。

「さすがね! ありがとう! ああ、これも書いておけるわね、っと」


『そちらではお菓子もあまり手に入らないと思いますので、お菓子を差し入れさせていただきますね。みなさまで召し上がってくださいませ。いつものようにカルタムが心を込めて作っていますから、とっても美味しいですよ! きっと皆さまの心の癒しとなるでしょう!』


おお、増えましたよ! いい感じに一枚、スカスカですが埋まりました! スカスカなのは行間読め、ってことで、わかりますよね?


『これからもお体にはお気を付け下さいませね! 王都からご無事をお祈りいたしております。

ヴィオラより』


よし! できた! 検閲官にも優しいお手紙完成です☆

一枚だとペラペラなので、おまけで二枚、白紙の便箋を付けておきます。本来ならば一枚でいいんですけどね、大盤振る舞いです! 何かの折にこの便箋を使っていただけるわきっと、と自分に言い訳をしましたが。

丁寧に折ってから封筒に入れ、宛名と差出人を書いて、軽く封蝋をして出来上がりです。あ〜なんとか書き終えられました。

「ちょっと時間かかっちゃったから、急ぎましょ! お姉さまが待っていらっしゃるわ」

「そうですね」

私とダリアはサロンに急ぎました。


サロンの扉の前には、きれいにラッピングされたお菓子がすでに置かれてありました。

焼き菓子なので形はつぶれにくいとは思いますが、馬に揺られることを考慮して、きっちり箱詰めされてから袋に入れられています。

一抱えほどもある箱が二つあるので結構な量だと思いますが、

「旦那様の部下の方が何人いらっしゃるか私にはわからないんだけど、この量で大丈夫かしら?」

私は箱を見ながらダリアに聞きました。

とりあえず、特務師団ぶかの皆様分くらいはないと困りますよね。するとダリアは私を安心させるように微笑んでから、

「ロータスさんが指示していましたから、大丈夫でございますよ」

そう言うので大丈夫でしょう。安心しました。

「じゃあ大丈夫ね!」


私はサロンの扉を開けました。




お姉さまは満面の笑みで私からお返事の手紙を受け取ると、

「では、また! お邪魔いたしました、奥様」

そう言ってとっても優雅に手を胸に当てて騎士の礼をしてから、荷物がすでに括り付けてあった馬にひらりと飛び乗り馬に鞭を当て、颯爽と駆けてゆきました。

小気味よい馬のひづめの音が遠ざかっていきます。

あ~、素敵。




久しぶりのお客様と、ちょっと、いやかなり精神的にキビシイお手紙を読んだうえ、すぐさまお返事を書かねばならないというプレッシャーで、私は少し疲れてしまいました。

私室に戻ってお気に入りのソファでダラダラしていると、

「奥様。先代様と大奥様が奥様にお会いしたいとおっしゃっているのですが、いかがでしょうか」

と、義父母付きの侍女さんが私を呼びにきました。

「え? お義父様とお義母様が?」

「はい」

公爵家敷地内で一緒に暮らしてはいるものの、先日の土いじり以来全然姿をお見かけしていませんでしたね。まあ当初から『私たちは勝手にやるから、ヴィオラも私たちに気遣いなどせずにいつも通りしていていいよ』と言われていましたから、私はともかく、義父母様たちも適当にされているのでしょう。

特に何をしているでもなくダラダラしていただけなので、

「今すぐ行きます」

そう言ってソファから立ち上がりました。

このタイミングでいらっしゃるということは、きっと旦那様からの消息文のことでしょう。

腐っても息子たい。腐ってないか。まあ、気になるんでしょうね。ちょっと微笑ましいな、とか思っちゃったじゃないですか! 

かわいい(?)息子の様子がどうだったか知りたいのでしょうね。

私はふとそう思いついたので、何気なく私宛の手紙を手にした刹那。


……いや待て私。この手紙を見せるのか?! マジでか!?


ハッと我に返りました。

このダダ甘な、検閲官の魂をも飛ばした手紙を、両親に見せるってか!? なんの罰ゲームですか! ……コホン。自分で思い付いたくせに、盛大に取り乱してしまいました。

ま、まあ、百歩っ譲って、この手紙は私が書いたわけじゃないし? 恥ずかしいのはこんな甘々な手紙を書いた旦那様であって、私じゃないんだからね! ……っと、誰に言い訳してるんでしょうかね、私は。

あまり長くお待たせするわけにもいきませんので(なにこれデジャヴ!)、ささっと服の乱れや髪を整えてから、サロンに急ぎました。なんだかバタバタする日ですねぇ今日は。


「お待たせいたしました! お義父様、お義母様、ごきげんよう!」

私がお二人に向かってご挨拶すると、

「ああ、堅苦しい挨拶はいいからこっちに座りなさい」

とお義父様に勧められ、私は一人掛けの椅子にちょこんと座りました。もちろんお二人は長椅子の方でぴったり寄り添っていますけどね! そこはスルーするところです。

「さっき軍からの使者が来ただろう」

「はい。旦那様の部下の騎士様がいらっしゃいました」

「そう! ヴィーちゃんは何を話ししたの?」

「主に旦那様のご様子や、騎士団の皆様のご様子ですわ。旦那様も部下のみなさんもお変わりないそうでほっとしておりましたの」

精神的なことは触れまい。

「そうかい。私たちにも報告書が来たよ。ヴィオラも読んだらいい」

報告書、ですか。私宛はとはまた違うのかしら?

私のとはちょっと違うなと小首を傾げながら、お義父様が手渡してくる封書を受け取り中身を読むと。


それはおっそろしいまでに堅物な報告書でした。


今の戦況はこう、向こうの情勢はどう。

父親宛てだからでしょう、あまり微に入り細に入り書かれているというわけでもありませんでしたが、それでも十分に詳しく書かれているお手紙でした。うん、これはもはや手紙ではありません。立派な報告書ですよ!

きっちりと几帳面な文字でびっしりと書かれていました。ちょうど一枚に。……一枚か。

私のは三枚だったよ? 領地自慢と観光案内が! まあいいけど。

ちょっと遠くを見てしまいましたが、まあ、こちらの報告書を読んでも、旦那様も部下さんたちもお元気だということは伝わってきました。

別人が書いたのかと疑いもしましたが、私宛のモノと同じレターセットで同じ筆跡。間違いなく旦那様でしょう。って、私旦那様の筆跡知りませんけどね。でもあのあっま甘のお手紙を代筆なんて……ないですね。だから多分ご本人であろうと。

いやそもそもお義父様がそう言ってるんだから、まず間違いないですね。


報告書を読み終えて、お義父様に返します。

「ヴィーちゃんのところにも来たんでしょう?」

お義母さまのスターサファイアの瞳が、いつもにも増してキラーンと輝きました。それ、確信犯で振ってますよね!

お義母さまからの射抜くような視線にぴきっと固まり。私は思わず手紙の内容を思い出して、赤くなってしまいました。

一応覚悟してこちらに持ってきたんですから? 義父母に見せるくらいやぶさかではないですけど?

……でもすっごい恥ずかしいんですけど!!

なんて思ってモジモジしていると、それを鋭く察知したお義母様が、


「きっとと~っても甘~いお手紙だったのねぇ! いいわいいわ、見せなくても! それはヴィーちゃんのだから大事にとっておいて!!」


なんと乙女な発言をしているのでしょうか、コノヒトは! そもそも貴女が『見たいな~!うふ~』的な振りを し た ん で し ょ う が ! 

でもお義母様の勝手な解釈(しかしあながち間違いではないのが恐ろしい)のおかげで、この手紙をお二人の眼に晒さずに済んだからよしとしましょうか。


しかし視線が生温かいです。

旦那様からの手紙を読まれずに済んだはずなのに、とってもいたたまれないのはなぜですかね??


今日もありがとうございました(*^-^*)


旦那様からとヴィオラからとでは、温度差が……w

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