消息文《しょうそこぶみ》
閑話的な感じで♪ 消息文とは、お手紙のことです。
そろそろ旦那様が遠征に出られて一週間が経とうとしています。
いらっしゃらない割には何かと話題に上ることが多かったので、いつぞやのように存在自体を記憶の彼方にぶっとばすようなことはありませんでしたね。いないのにこの存在感。以前の旦那様とはえらい違いですよ!
「奥様、ごきげんよう! 団長からのお手紙をお持ちしましたわ!」
そう言ってロータスに案内されてエントランスに入ってきたのは、旦那様の部下の綺麗どころトリオのお一人、金髪のお姉さまでした。
外からの光をバックに背負って、今日もキラキラお美しいです。
美しい金の髪を頭の高いところできりりと結い、寸分の隙もなく颯爽と騎士様の制服を着こなしていている姿は凛々しいの一言に尽きます。開けてはいけない扉を全開にしてしまいそうな勢いで素敵です!
「こほん」
お姉さまの美しさに魅入られてしまってぽけーっとしている私は、ロータスのわざとらしい咳払いで我に返りました。よだれは垂れてませんでしたよね?! 危ない危ない。
キュッと口を引き結び顔を引き締めた私に、お姉さまは優しく微笑むと、旦那様から預かってきた消息を手渡してくださいました。
あ、お姉さまよりも旦那様のお手紙でしたね、はいはい。
「わざわざお忙しい中我が家に立ち寄っていただきましてありがとうございます。もう王宮へは報告に行かれたのですか?」
先にちらりとロータスから聞いた話によると、お姉さまの本来のご用事は王宮への戦況報告なのだそうです。
見たところお姉さまは、旦那様からの手紙以外には何もお持ちでないご様子だったので聞いてみたのですが、
「ええ! あちらはサクッと終わらせてきました!」
とってもいい笑顔で言い切るお姉さま。そちらの業務の方が重要ですよね。それをいともあっさり終えてしまってるとか……。
「そんなあっさりでよろしいんですか?」
「ええ、まだそんなに状況が変わっているわけではありませんからね。陛下の御前とか、畏まった会議で報告とか、かったるくて嫌いなんです」
エヘッと可愛らしく笑ってますがお姉さま? それはぶっちゃけすぎなのではないでしょうか。しかも何だか発言が脳筋チックです。
「ま、まあ、そうですか。ではおつかいの労いに、お茶を飲む時間はありますか?」
もうこの際、お姉さまや王宮や上層部のことは聞かなかったことにしてしまいましょう。
とにかく、お姉さまは旦那様の消息文を、遠い遠征地からわざわざ届けに来てくださったのですから、お礼に美味しいお茶やお菓子を振舞わなくてはなりません。
お姉さまは一応勤務中ですから、断られるのを念頭に置きつつも労いの振る舞いにお誘いしたら、
「ええ! そのために王宮から急いできましたからね! 奥様とゆっくりお話ししたいですもん。この伝達役、普段なら徹夜で馬ブッ飛ばさないといけなかったりと結構キツイ役目なんで、みんなでたらいまわしにするんですけど、今回の遠征では逆にすっごい倍率になってるんですよ~!」
即答でしたね。
しかもなんつーカミングアウトでしょうか。
今、向こうは平和なのですね……。いやいや、最前線のはずですよね?
なんかちょっとめまいがしましたが。
「ダリア。サロンにお茶の用意をお願いします」
「かしこまりました」
これも聞かなかったことにしようと自分会議で決めて、しれっとダリアにお茶の用意をお願いしました。
「今は向こうの動きを探っているところで、様子見といったところですね」
「ではまだ戦闘ということにはなっていないのですね?」
「ええ、そうです」
ミモザの淹れてくれた美味しいお茶と、カルタム特製の美味しいお菓子を食べながら、私とお姉さまはサロンで談笑中です。
主に旦那様の近況報告ですが。
お仕事に関してはお姉さまもあまり詳しくは話せませんし、私だって聞いてもよくわからないのでさらりと流れていきます。
とりあえずはまだ戦闘になっていないということなので、ちょっとほっとしました。
「あ、そういえば団長から、お返事をもらってくるようにと言いつかっているのですが」
手にしたカップをソーサーにおいてから、お姉さまは何でもないように言いました。
「へ?」
お姉さまの突然のお言葉に、ぽかんとしてしまいました。だってお手紙って、さっきもらったばっかりですよね? 私まだ封すらあけてませんけど??
「その場で読んで書いてもいいし、読まないで奥様の近況報告だけでもいいから、なんでもいいから手紙をもらってこいとのことでした」
固まってしまった私に、お姉さまは説明してくださいました。
「その場で?」
「そう、この場で!」
心なしかお姉さまの微笑みが生ぬるくなっています。
旦那様からのお手紙、ここで開けてもいいのでしょうか??
そう思いながらお姉さまの瞳を見ると、『OK!』とばかりに力強く頷いています。もうこうなれば、この場で開封しないと帰ってくださらない気がしますので、仕方ないですね。
「では、とりあえず失礼して読ませていただきますね? ダリア、ペーパーナイフをちょうだい」
「はい」
いいのかしらと納得いかないものの、旦那様がその場で読めと言ってるのだから、読んでも差し支えないのでしょう。
私はダリアからペーパーナイフを受け取ると、丁寧に封を開けました。
『最愛のヴィオラへ
僕がこちらに来てからもうすぐ一週間になるけど、元気に過ごしていますか?』
思わず文面から視線を逸らせてしまいました。
なんでしょう。しょっぱなからダダ甘ったるいのですが。なんですか『最愛の』って! ……いかんいかん。いきなり動揺してしまいました。気を取り直しましょう。
『僕は、体調面ではなんの心配も無用ですが、ヴィオラに会えないから精神的には元気ではありません』
げふっ……。ヤバいです。口から砂糖が出てきそうです。
つか、旦那様キャラ変わってません? まあ普段から甘々な方ですが、お手紙では五割増しで糖分UPしてますよね?
『こちらは南の国との国境ですから、やはり王都よりも暑いです。暑くて乾燥しているので、砂地が多く、荒れた土地が多いのが特色です。しかしこの近くにある我が公爵家の領地はオアシスのようなところですので、果物などが多く採れますし、鉱物資源もたくさん出ます』
いいですね、公爵領! そんな気候でも豊かとかうらやましい限りですよ。やっぱり名門貴族になると領地とか優遇されてるんでしょうねぇ。うちの実家の領地とえらい違いです。あれ? これって軽く公爵領の自慢入ったんでしょうか?
『一方の南隣の国は、公爵領を少し南下しただけなのにすっかり乾燥地で、生息するのは乾燥にも強い植物くらいで。しかも鉱脈は国境に沿って走っているらしく、あちらには一切産出しないのです』
紙一重の差でただの乾燥地帯とか、ちょっと気の毒になりましたよ南隣の国。
『小規模な小競り合いなら、国境に常駐している中隊と、父が指揮する公爵家の騎士団で撃退できていたのですが、今回はそうでもなさそうなのです』
うん、やっぱり南隣の国は敵ですね! 決定です。そしてお義父様、すごー。
『常に狙ってくるくらいに、我が国は豊かでいいところなのです。
とりわけこちらの公爵領は果物が有名で、国内はもとより、国外にも輸出され、しかも高値で取引されています。しかも種類も豊富、云々カンヌン……』
ここからは延々と公爵領がいかに素晴らしいところか、重要な土地なのかということが書かれていましたので、以下略でお願いします。
それが便箋にびっちり三枚もありましたから。どんな苦行ですかこれ。
どこかの観光案内パンフのようでしたよ、いいのかこんなことで旦那様。
『……さっさと仕事は片づけて早くそっちに帰るから、ヴィオラはそれまで元気に過ごしてください。寂しくなったら南の方を見て僕を思い出してください。僕も王都の方を見ていますからね! それでは、また。 君のサーシスより』
最後は恥ずかしくて鼻血が出るかと思いましたよ! なんですか、このロマンチストは! 精神的にいろいろきましたので、とりあえず深呼吸して気分を落ち着かせましょう。
まあとにかく、このお手紙で旦那様がとても元気だということはわかりました。充分すぎるほどに伝わりました。
ツッコミどころが多すぎて疲れましたけど。
とりあえず精神的な何かをごっそり削りながらも、なんとかお手紙を読み終えることができました。
そしてふと湧き出た素朴な疑問。
「このお手紙って、どなたかが検閲されてるんですよね?」
「ええ、軍の規定により検閲官が見ておりますが」
一般常識として誰もが知っていることなのですが、王宮や国家関係との手紙のやり取り(もちろん軍も含む)は、厳しい検閲がされています。情報ダダ漏れは困りますもんね!
そしていくら特務師団の団長とはいえ、手紙に重要機密を書いていないとは限りませんから、検閲を免れるなどありえません。
それは重々承知しているのですが、でもなんでしょう、このいたたまれなさは……。主に検閲官の方に対して。
「……その方、大丈夫でした?」
おずおずと尋ねれば、
「ちょっと魂を飛ばしてましたけど、大丈夫でしたよ。そう、それが仕事ですから」
あ、今お姉さまも遠い目をされましたね!
私は、この手紙が検閲されたのかと思うと、まためまいがしましたよ。
目頭をぎゅっと押さえつつ気を取り直して、
「ええと、ちょっとお聞きしたいのですが」
終始生温かい眼差しで見守り続けてくださったお姉さまに、私は問いかけました。
「なんでしょう?」
「旦那様はちゃんとお仕事されていますか?」
「はいっ?!」
「だって、とっても長閑な公爵領自慢ばかりが書き連ねてあったのですけど」
まあ、ダダ甘はおいといて。
すると、それまで生温かな眼差しだったお姉さまが、がらりと雰囲気を一変させると、
「それはそれは精力的にお仕事なさってますわよ! 周りが悲鳴を上げるほどに!」
「ひっ!」
カッと目を見開いて言いました。
お姉さまの変わり様に、私が思わず小さな叫び声をあげて腰が引けてしまうくらいにね!
お姉さま、そんなに興奮しなくても……。つか、周りが悲鳴を上げるって、旦那様、アナタ一体何したんですか?!
「騎士様たち、大丈夫ですか……?」
「まあ、なんとか。それでも『これくらい大丈夫だよな?』とか言って笑顔で過酷な戦略を敢行しています」
「旦那様……」
「『お前らも早く帰りたいだろ~』とか言ってますが」
それ、ご自分がですよね。絶対。
「ですから、いつもなら嫌われ役の伝達役が大人気なわけなのですよ。きっつい作戦敢行に比べたら、昼夜ぶっ通しで騎乗くらいへでもないですからね!」
「馬で駆け通しなわけでしょう? それは厳しいですよ」
私なんて、例の愛人騒動の時に王都の端っこまでという、ほんのちょっとの距離にもかかわらずもうこりごりなのに。それ以上の距離、ましてや寝ずに駆けっぱなしって、想像つきません。それでもこちらの方がいいなんて!
「でも伝達役は私と、残り二人の女騎士が奪取しましたから、奥様よろしくお願いしますね!」
「え? 確定なんですか?」
「ええ! 団長が『ヤローなんかをヴィオラのとこに行かせるわけにいかないだろうが!』と、鶴の一声ですよ」
そう言ってニマァと微笑むお姉さま。
いかにも旦那様が言いそうなお言葉ですよ。
まあとにかく、戦場はまだ大丈夫。旦那様は至って元気。騎士様方はいろいろ大変そう、という現状が判りました。
今日もありがとうございました(*^-^*)
消息文。ちょっと古典的な読み方にしました。




