お出かけしましょ
使用人さん一同のお見送りを受けて公爵家の門を出、中心街への道を歩き出した私と旦那様。
今日の私は素敵な貴族然とした紳士にエスコートされるお嬢さん、といった感じです。ミモザ以下エステ隊の尽力により、隣にいても大丈夫なくらいには変身できています。
別に急ぐでもなく私の歩調に合わせてゆっくりと歩いて下さる旦那様ですが、ふとした疑問が頭を過ります。
こんなに身分の高い公爵様が、その身一つで公道をうろついていいのでしょうか――?
超名門貴族であり軍部においても重要な地位についている旦那様は、言うなれば要人なわけですよ。普段は馬車や馬で移動されていますし、それも物々しい警護付きで。そんなお方がこんな昼日中にひょこっと散歩とか言って出歩いていいものなんでしょうか?
旦那様ご自身が騎士様といえども、敵が大勢だとさすがに無理なのではないでしょうか?
まあ、そもそも馬車とか仰々しい移動を好まないのは私ですけど、そしてきっとそんな私に旦那様は合わせてくださったのでしょうけど、私なんかのために旦那様を危険にさらすなんて許されませんよね?
気が付いてしまうとアワアワとなってしまいました。
隣で一人、顔色を変えて挙動不審な私に気が付くと、
「どうしました? もう疲れてしまったとか?」
歩みを止めて、私の顔を覗きこんでくる旦那様。
ん な わ け な い で し ょ が っ!! だいたいまだお邸を出てからそんなに経ってませんからね? まだ公爵家の敷地の前ですからね?
……っと、そんなツッコミをしている場合ではありませんでした。落ち着こう、私。
旦那様は天然だ……ではなく、私を気遣ってのことなんだから。
「いえ、疲れたとかではないんです。ただ、旦那様のように重要なお方がお供もつけずにこうしてのんびりと歩いていてもいいのかしらって思って……」
と、先程思い至ったことを旦那様に告げると、
「ああ、そんなことを気にしてたのですか? それなら貴女が心配する必要はありませんよ。貴女は僕がしっかりと守りますから!」
と、とってもいい笑顔で言い切っておられます。って、ちょっと違う……。やっぱり天然……ではなく、私のことじゃないんですけど?! 私、要人でも何でもないですから!
「えーと、私のことではなくてですね? 旦那様のことですから!」
「僕ですか? 僕なら、それも大丈夫ですよ。さっきも言いましたが貴女は何の心配もしないでただ外出を楽しんでいたらいいんです」
と自信たっぷりに微笑んでから私を促し、また歩き出しました。
王都の中心街は主に商店で構成されていて、毎日賑わっています。騎士様も頻繁に警邏してくださっているので治安もよし。貴賤を問わずたくさんの往来があるところです。
実家にいた頃はちょくちょく買い物などで来ていたのですが、公爵家に来てからは初めてといっても過言ではありません。前回の外出の折は、馬車で移動でしたしね。
「まあ、今日は特に予定も立てていませんからぶらぶらと見て回りましょうか」
「はい!」
ということで、適当にお店を冷やかしながら歩くことになりました。
とある小さなお花屋さんの前で立ち止まった私。
そこは名もないような小さな可愛らしい花をたくさん置いている花屋さんでした。半年前にはこんなお店なかったですねぇ。新しいお店なのでしょうか。
華やかなお花を置いている店が多い中、ここは異質な感じでしたが、素朴でとってもいい感じです。店主なのか、店番をしている人は私とそう変わらない年頃の娘さんです。
名もない花だからか、お値段もとってもお手頃です。
お邸に飾るのには憚られますが私の部屋にはちょうどいい素朴さなので、お土産に買って帰ろうかなと思ったのですが。
……私ってば、お小遣いどころか財布持ってないじゃない!!
そんな初歩的なところで打ちひしがれてしまいました。
花を見ながらガーンとなっている私を見て、
「この花が気に入ったのですか? どれにしよう?」
とすかさず旦那様が聞いてきました。
そこでハッと我に返る私。旦那様にこのような些細な無駄遣いをさせていいのでしょうか? いやよくはありませんね!
「あ、いえ、いいんです。かわいいなぁって思っただけですから」
そう言って遠慮したんですが、
「じゃあお土産に買って帰ったらいいじゃないですか」
あくまでも買う気満々の旦那様。
「ですが私、お小遣いなんてもの持ってないですし」
「僕が買いますからお小遣いなんていらないでしょう?」
「はあ、まあ……。いや、じゃなくてですね、でも、いいです」
と、ここまではいつも通りのの押し問答だったのですが、今日の旦那様は一味違いました。
「じゃあ、この花の苗を買って、庭で育てるというのはどうですか? 庭も華やかになるし、何度も花が見れますから無駄遣いにはならないのでは?」
なんとそう提案してきたのです。
私はびっくりしてしまって、思わず旦那様のお綺麗な顔を二度見してしまいました。
うん、どうしたのでしょう? 今までの旦那様の辞書にはなかった思考だと思うのですが?
驚きすぎてバチバチ瞬きを繰り返す私だったのですが、それを無言の肯定とったのか、ニッコリと微笑んだ旦那様は店主の娘さんに向き直ると、
「これと、それと、後、あれの苗はあるのかな?」
「はい、ございます」
「ではそれらを5つづつ、フィサリス公爵家に届けておいてもらえるかな」
「かしこまりました」
さっさと商談を済ませてしまいました。
あっという間にお会計まで終わってますし。まいどおおきに~とか言われてますし!
「だ、旦那様!」
「なに?」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
慌てて旦那様にお礼を言った私でした。
「少し前にできたばかりのお店なんですがね、どのパンも美味しいですがサンドイッチが美味しいと評判なんですよ。お昼にはすごい行列になってしまいますから早目に行きましょう」
そう言って旦那様に連れられてきたのは、オープンテラスのある素敵なパン屋さんでした。旦那様のおっしゃる通り、私は知らないお店です。少し早かったのですが、ここでお昼をいただきましょうということになりました。
お昼時間にはまだ早いからか、待つことなく席に通された私たち。
「適当に注文しますから、貴女も食べられるだけ、好きなように食べたらいいですよ」
旦那様はメニューを見ながら店員さんに注文していきました。
しばらくして運ばれてきたサンドイッチはどれもこれも美味しそうでした!
クロワッサンのサンドや、パンドミのサンド、バゲッドのサンドなんかもあります。しかし何が一番感動したかって? それはもちろん『庶民食』というところですよ!
眼の前にあるのは美食の数々ではなく、ごく普通のサンドイッチなのですテロに怯える必要はないのです!!
うれしくて満面の笑みの私に、それを見て微笑む旦那様。
「どれもこれも美味しそうですね!」
「そうですね。さ、いただきますか」
「ええ。いただきます!」
素朴な味のサンドイッチに、地味~に幸せを感じた私です。でもあまりに素朴なので旦那様のセレブ舌は大丈夫かしらとちらりと窺うと、ばっちり目が合い、
「とても美味しいですね! カルタムたちが作るものとはまた違っていいですね」
とふわりと微笑んでいましたので、お口に合ったのでしょう。
8:2くらいで旦那様がたいらげてくれましたが、腸内テロも起きなかったし、どれもこれも美味しかったです大満足です!
パン屋さんを出て、またしばらくいろいろなお店を冷やかしていたのですが、
「あ、ここですよ! 例のお菓子屋さん」
そう言って旦那様が指す方向を見ると、アップルグリーンの壁のお店が見えました。旦那様に手を引かれてそちらに向かうと、だんだん周囲に甘い香りが漂ってきて、否応なく期待に胸が高鳴ります!
白地に金字で店名を書いたそのお菓子屋さんは、とってもおしゃれな空間でした。
色とりどりのお菓子がガラスのケースに並べられているのが外からでも見えます。
「ふわぁぁぁ! 素敵ですね! お菓子も美味しそう!」
女の子が好きそうな外観に、美味しそうなお菓子。釣られないわけがないですよね!
パッと見たところお店の中は満員のようですが、外にまで行列はできていません。いつも大行列だと聞かされていたので、今日はラッキーなのかもしれませんね!
「少し待てば入れるかな? 聞いてみましょう」
そう言って旦那様は店員さんに声をかけようと、お店の中に入りました。
「二人なんだが、席はある?」
「お二人様ですか? ええ、大丈夫ですわ。ご案内いたしますのでどうぞ」
店員のおねえさまがニッコリと微笑んで、くるりと踵を返しました。
「ツイてましたね! すぐ入れちゃいましたよ!」
「ええ、よかったですね」
そして案内されたのが、隣接する公園の花壇がよく見える窓際の席。かなりいい席です。どんだけラッキーなのでしょう!
旦那様がおっしゃっていたお店限定のショコラタルトと、それによく合うお茶を注文しました。
お目当てのお菓子と美味しいお茶をいただいて、なんて幸せな時間なのでしょう! 私がほっこりしながら公園のお花を見ていると、向かいのテーブルに座っていたカップルの女性と目が合ってしまいました。
その人は私と目が合うと、ちょっと焦った感じに目を見張りましたが、すぐさまそんな様子は引っ込めてにっこりと笑ってくれました。ボルドー色の瞳が印象的な、綺麗なお姉さまです。
豊かな金の御髪を緩く編んで背に流して……あれれ? なんでしょう、このデジャヴな色彩。
「……あ、旦那様の部下のお姉さま……?」
自信がないから小声でぽそっとつぶやいたのですが、旦那様は耳聡く聞きつけて、
「は? 僕の部下? ……って、おいっ!」
怪訝そうにつぶやきながら私の視線を追うと、金髪のお姉さまにぶち当たったようで、頓狂な声を上げました。そんな旦那様の様子から察するに、やはり人違いではなかったのでしょう。
「あ、団長じゃないですかー。こんにちはー奇遇ですねー」
あはーっと笑いながら、ものすごく棒読みで答えた当のお姉さま。明らかに怪しいです。
「奇遇なもんか。……やっぱり」
「やっぱり?」
お姉さまをじと目で見た後、旦那様は周囲に視線を走らせて一言。旦那様の言葉がよくわからなくて、一瞬キョトンとなった私ですが、旦那様と同じように周りを見てみると……。
……ここにいる旦那様の部下さん、お姉さまだけじゃなかったですね。
「私は主人とデートでぇ~」
「私も~」
「あら、私も~。奇遇ね~」
「「「ね~☆」」」
「「……」」
特務師団の綺麗どころは全員集合していました。おっしゃっていることは嘘くさいですが、たしかに旦那様と思しき男の方と一緒でした。
「みんなここのカフェで限定菓子を食べたいと思ってたんですけど、忙しいし行列するのも面倒だし『どうせなら騎士団で貸し切っちゃえ☆』ってことになったんですよ~。ほら、これなら団長と奥様の護衛も兼ねれるし?」
「お前らの護衛は要らないよ」
「そんなこと言わずにぃ」
「つか、なんで今日なんだよ。他の日にしたらいいだろう」
「いや~。ここに来るなら今日しかないだろうっていうのが、みんなの一致した意見だったんでね」
「誰がここに来る?」
「団長が!」
楽しそうに説明するユリダリス様と、苦虫を潰したような顔になっている旦那様。
まあ結局みんなで仲良くスイーツパーティーみたいな感じになっちゃったんですけどね。
私はまた、気が付けばお姉さまたちに取り囲まれてしまっていました。
お店にある全種類のお菓子を目の前に並べてもらっていますし、周りは綺麗なお姉さま。もう、ウハウハしちゃいます! 私一人でいつも綺麗どころを独占してしまって申し訳ないです。
一応旦那様は隣にいらっしゃるのですが、お姉さま方にそちらを向かせていただくことはできませんでした。
まあ、楽しいのでいいですけど。
今日もありがとうございました(*^-^*)
今日(8/19)の活動報告に、今回の護衛の小話を載せております。いつものおバカ小話ですが、お時間よろしければ覗いてやってくださいませ♪




