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お支度しましょ

はい。カフェ限定のショコラタルトの誘惑に完敗した私ですよ。だって、だって、とっても美味しそうだったんですもの! 甘いもの好きの乙女としては心揺さぶられないわけにはいかなかったのです! それがたとえ旦那様との外出というイベントの餌だったとしても……。

「あ、でも、旦那様はここのところお忙しくなされていたのでしょう? でしたら明日はお邸でゆっくりなされてはいかがですか? お菓子でしたらいつでも食べられますし、なんでしたらミモザに付き合ってもらうこともできますから、ご無理なさらなくても大丈夫ですのよ?」

なんてまだ往生際悪く外出回避のために粘ってみる私でしたが、

「あのショコラは期間限定でね、今しか食べられないんですよ。僕も食べたいと思っていたところなのでぜひ明日僕と(・・・・・・)行きましょうね」

と、とーっても素敵なのですが、なぜか圧力をビシバシ感じる笑顔で言いきられてしまいました。しかもしっかりと強調してますしね。

ちょいちょい思うのですが、このお邸の方、この笑顔スキルがハンパないですね。

「はい……」

完全に降伏いたします。




晩餐後、ダリアとミモザとともに私室に戻るや否や、ミモザが早速衣裳部屋に駆け込んでいき、そして一心不乱にドレスを吟味し始めました。

「ミ、ミモザ?!」

ミモザの顔が嬉々としているにもかかわらず近寄れる雰囲気ではなかったので、私は戸口からそっと中を覗きこむしかできません。

「明日の衣装を考えているのですわ。〝今時の若い町娘風だけど奥様の可憐さを失わないように〟という、旦那様からのご注文ですからね!」

ドレスを選ぶ手を休めることなくミモザが言います。いつの間にそんな指示を出していたのですか旦那様? 私のことになると目の色を変えるミモザを上手く使いましたね!

「ええ~? いつもの簡単楽チンワンピースで充分よ?」

別に特別オシャレをしようなんて考えてもいなかった私は、ミモザにそう伝えました。

日中のお仕着せから旦那様をお迎えするのに着替えるいつものアレです。もしくは旦那様がお邸にいらっしゃる時に着ている服ともいいますが。

お気に入りは3着ほどで、それをぐるぐるローテーションしていますがそれではだめなのでしょうか?

どうやらダメだったらしく、ミモザは私の方に向き直るとキリッとした顔で、

「普段着ではいけません! あ、でも普段着ももちろんとってもおかわいらしいのですが、もっと気合の入った普通感を出したいのです!」

力いっぱいそう言いきっていますが、すっごく意味不明です。なんですか、気合の入った普通感て。

「そ、そうなの? てゆーか、普通に平凡な私なんだから、今更普通感ておかしくない? それっていつもどおりでいいってことじゃないの?」

平凡娘が普通感出したらただの普通になんじゃないの? と思いミモザに言いましたが、

「はあ~~~。もう、奥様はご自分の魅力をこれっぽっちも判っていらっしゃらないんですからぁ~」

と、盛大にため息をつかれてしまいました。

「だーかーらー、いつもどおりでいいってことじゃないの?」

「ハイハイ、いつもどおりですよ~。もう私にお任せくださいませね!」

「……わかったわ。ミモザにお願いして失敗することなんてないものね」

「そうでございます! ですから奥様、明日は頑張りましょうね!」

瞳に闘志をメラメラ燃やしつつミモザが拳を握っています。なんならミモザが旦那様とお出かけする? っていうくらいの勢いで。あ、でもこれを言っちゃ魔王ベリス降臨でしょうから言いませんけどね☆

若干腰引け気味にミモザを見ていると、

「ミモザにお任せくだされば大丈夫ですよ」

と、私の背をポンポンと叩きながらダリアが言いました。任せるとか大丈夫とかそう言う訳ではないんですけど。

「いやほんと、いつもどおりで充分よ。……あ、そうだわ。明日も例の薬をお願いしてもいいですか?」

ダリアを見て、不意に思い出しました。そうです、例の胃腸薬ですよ!

前回の外出の折、出発間際に飲まされたのと、もしものためにと持たされた胃腸薬のおかげで、腸内テロを未然に防ぐことができたのです。

今回だって備えあれば憂いなしです! あの時の王宮薬草庭園のお薬はもうないかもしれませんが、それでもベリス謹製の公爵家産薬草があれば鬼に金棒です。

「もちろんご用意しておきますわね。ああ、でも今回は必要ないかもしれませんわよ?」

しかしダリアはそう言っていたずらっぽく微笑みました。

「ふえっ?!」

そんな風に笑うダリアを初めて見る私は、思わず間抜けな声を出してしまいましたが。ダリアまで明日のことを何か知っているかの様子です。

「ふふふ、明日になってのお楽しみ、ですね」

私の顔を見てますます笑みを深めるダリア。


その優しい微笑みを見て思い返すのは前回のお出かけのこと。


あの時は今日のような絶対の安心感からの微笑みではなく、少し心配そうだったダリアです。見た目はいつもどおりでしたが、こっそりと薬草を用意して手渡してくれたりしました。

しかし今日は何かが違います。

ミモザだって気張ってますが、普通にかわいい私にしようとしているだけです。前回の旦那様の注文は確か「いつも以上に腕によりをかけてヴィオラを支度させろ」だったように思うのですが、今回は「かわいらしい町娘風」ですし。

二人とも、旦那様からどんなお話しを聞いているのか私には話そうとしませんが不安は見えません。この様子だとどうやら悪いようにはならなさそうな気がします。

旦那様だって、以前は「普通の令嬢はこんなのが好きだよね!」という「一般常識」を押し通していましたが、最近では軌道修正したのか、私の好みを知ろうと頑張ってくださっていますしね。それくらい私にだってわかりますよ!

ですから、明日の外出もそう嫌がることはないのかもしれませんね。うん、さっきは思いっきり回避しようと頑張ってましたけど。

まあでも生粋のセレブである旦那様のことですし、私の想像なんて軽く超えて、さらにまだ斜め上を行くことをしたりするので、期待は半分にしておきますが。


冷静になって考えたら、ずいぶんと前向きになりました。よし、明日は何が何でも例のカフェには連れて行ってもらいましょう! 行くまで言い続けてやりましょう!


カフェ、待ってろよ~! 期間限定お菓子、食べるぞ~! と心の中で一人ときの声を上げていると、

「さ、奥様。今日も一日たくさん働かれたのでお疲れでございましょう? 湯あみをして早く寝ましょうね」

そんな私がおかしかったのか、ふふふと笑いながらダリアに促されてしまいました。うう、まるきりお子ちゃまです。って、このお邸で一番年下ですね。しかもダリアとだったら母子おやこくらいの差がありますしね。悔しいかな、従わざるを得ません。

「はあい」

衣装部屋で嬉々としてドレスを選ぶミモザを残して、私は寝支度に入りました。




朝食をいつもどおりにとってから、私は『さ、支度いたしましょうね!』というミモザ&愉快なエステ隊@今日は奥様お飾り隊☆、に私室に拉致られてあれよあれよという間にお着替えさせられました。

「お出かけ前のお約束!」とかなんとか言って軽いエステ付きでしたよ! いつそんなお約束しました? ねえ、ミモザさん?

そんな私の心の声なんて届くわけもなく、今日も肌ツヤよし子さんになりました。

本日のお出かけ着は、ちょっと控え目なオールドローズ色のロング丈のシンプルなワンピース。白い襟とパフスリーブがかわいらしさを添えています。

「髪は、今日は何もせずに下ろしましょうね! ごてごてと手入れや飾りをするよりも、このつやつやの輝きだけでも充分なティアラですわ!」

そう言って、ミモザはいつもより念入りに私のストロベリーブロンドを梳ります。

実家にいた頃はお手入れなんてする余裕もなかったので荒れ放題だったのですが、こちらに来てからはミモザが丁寧に手入れをしてくれるし、いいものを食べて髪にまで栄養が行き渡ったからでしょうか、ツヤツヤふわふわになったのです。


「さ、完璧です! どこからどう見てもとびきり可愛らしい町娘ですわ!」


というミモザの声に鏡の中の自分を見れば、

「ふおお~!! 変身ですね!」

地味でも平凡でもない、可愛らしい普通の娘っ子になっているではありませんか!

「でっしょう!! あ~もう可愛らしすぎて世の中の男どもが放っておきませんね! おかしな輩につかまらないように、旦那様から離れてはいけませんよ!」

ミモザがニヤニヤしながら身悶えしています。ちょっと大袈裟な気もするのですが……。

「は、はい」

「本当にお可愛らしいですね。さ、旦那様がお待ちですよ。参りましょう」

ミモザに苦笑しているとダリアに促されましたので、まだくねくねしているミモザは放っておいて旦那様がお待ちのサロンへ向かうことにしました。




サロンに着くと、旦那様はすでに支度ができていたようで、書類を読んでいるところでした。

旦那様は、今日も素敵なお召し物です。真っ白なシャツにグレーの細身のボトム。上からは金糸と金ボタンがアクセントの紺色のジャケットを羽織っておられます。何気に前回の外出の時に買ったものばかりです。そういやおススメした(というか気を逸らせるためにおススメしただけ)黒いシャツなんかも、気に入っていらっしゃるのかよく着ていらっしゃいますね。

長い脚を優雅に組み、顎に手を当て少し難しそうな顔で書類を見ていらっしゃったので、邪魔をしてはいけないかなと思い声をかけるのをためらっていると、旦那様の方が私に気付き、

「ああ! 今日もなんて可愛らしいんでしょうか!」

そう言いながらすごい早業でピカピカの笑顔に変わっていますし。

手にしていた書類をロータスに渡して、その長いコンパスであっという間に私の元にやってくると、

「さ、行きましょうか、奥さん」

そう言って腕をスッと私の前に出しました。

ちょいちょい思いますが、旦那様はこういったエスコートがスマートですよね~。ナチュラルに身に付いているというか。

当の私はというと、旦那様のキラキラしい笑顔に若干気後れ気味です。

ボケッとしていると痺れを切らしたのか、旦那様がさっと私の手を取り自分の腕に絡めてしまいました。いや、お手数おかけしてしまい申し訳ありませんです。


エントランスで使用人さん御一同に、とってもいい笑顔でお見送りされました。

旦那様と私は腕を組んだまま、ロータスが開けて待ってくれている扉をくぐります。

王都の中心地までそんなに距離もないのにまた馬車にでも乗るのかしらと思いながら外に出たのですが、車寄せにも門の外にも馬車が見当たりません。

まさかの騎乗とかだったらどうしよう?! 馬は当分遠慮願いたいわ……と思いながら旦那様を見上げると、私の電波を受信したのか、

「ああ、今日は馬車も馬も乗りませんよ。時間もたっぷりありますし、散歩がてらに歩いて行きましょう」

とにっこり笑って言われました。


今日はいきなりスタート地点から様子が違いますね!


今日もありがとうございました(*^-^*)

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