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ショコラの誘惑

新愛人騒動は、旦那様とロータスの迅速な対処により『祝☆旦那様無罪確定!』という形で幕が下ろされました。


一番お疲れだったのはどうやら旦那様のようで、

「こんなに精神的ダメージを喰らうとは思わなかった……」

とかなんとか、ブツブツ言っておられました。部下さんたちに甘い(恥ずかしい)言葉を聞かれたのが、今になってじわじわと精神的に作用してきたのでしょうか? あの時は興奮状態でしたので何ともないとかおっしゃっていましたが。ちなみに私はあの時点で充分に恥ずかしかったですけど?

それから、ますます直行直帰に磨きがかかりました。そんなしゃかりきなほど一直線に職場とお邸を往復しなくても、たまには同僚の方々とお食事やお酒を楽しんできたりしてもいいと思うのですが? そしたら私は使用人さんたちと一緒に賄ディナーかでき……っと、私のことはどうでもいいですね。仕事の労をねぎらい飲み食いを共にし、愚痴を言ったり言われたりと、職場の人間関係を円滑にすることも大事だと思うんですよ。

しかし旦那さまは、

「職場は円滑です。大丈夫です。それよりも今の最重要ミッションは職場のコミュニケーションよりも家庭のコミュニケーションでしょう! あ、ちなみに言っておきますが、僕は市中警邏とか外回りといった外出はありませんからね! 王宮にいる間はほとんど執務室に缶詰か鍛錬場にいるかですから」

勢い込んでそう言っていました。前半部分はいいとして、後半部分は一体なんのことでしょう? まさか私が「いつ愛人さんと会ってるのかしら?」と疑問に思ったアレを受信したのでしょうか?

ともかく、旦那様と一緒にいる時間がさらに増えた気がします。


あれから、例の商人さんの使用人さんに対する貢物が増えた気がします。

いつも珍しいお菓子や入手困難なものを持ってきてくださっていたのですが、量と回数が増えたように思うのです。いや、確実に増えました。そしてご本人も、かなり恰幅のいいおじさんだったのですが、最近少し痩せたように見えます。仕事が忙しいのでしょうか? それともダイエットでもしているのでしょうか? まあ健康のことを思うと太り過ぎはよくないですから、いいことだと思いますよ。




まあ、そんなこんなで時間は流れ、騒動が落ち着きを見せた頃。

いつものように旦那様がお仕事から直帰され、一旦自室に入られた時でした。


「お~い、ダリアぁ~? ミモザぁ~? ロータスぅ~、は旦那様のところか。二人とも、どこ行っちゃったのかしら?」

たしかさっきまで一緒に旦那様をお出迎えしていたはずなんですがね? 

お着替えをするために自室に戻られる旦那様とは一旦別れて、私はサロンで待っているのですが、いつも必ず傍にいるダリアとミモザがさっきから見当たりません。ロータスは旦那様に付いて一緒に自室に行ったのだと思うんですけど、なんでダリアとミモザもいないのでしょう? どちらもいないということは初めてのことです。

そして二人の代わりなのか、今日は違う侍女さんが私の傍にいますので、

「ダリアとミモザはどこに行ったの?」

と問えば、

「旦那様に呼ばれて、ロータスさんと一緒に旦那様の書斎に行ってます。あ、でもすぐ戻るそうなので少々お待ちくださいとのことですよ?」

と教えてくれました。なんと、私の見えないところで招集がかかっていたのですね。

「そうなんですね~。了解で~す」

四人で何の密談でしょう。ま、気にしませんが。


先にメインダイニングに案内されたのでそちらで一人待っていると、旦那様と一緒にダリアとミモザも戻ってきました。

ロータスに椅子を引かれ、そこに旦那様が着席すると食事開始の合図。ずんどこずんどこお食事が運ばれてきます。

以前ほどの高速ディナーではなくなりましたが、程よい巻き感がすっかり私たちに馴染んでしまっていて、もはや旦那様も何もおっしゃられなくなりました。

今日の晩餐はルドー地方特産野菜を使ったあっさり目のお料理で、私の貧乏腹にも優しいメニューに一人ホクホクと舌鼓を打っておりました。ふと何気に旦那様を見遣れば、今日は何かいいことがあったのか、ちょっと距離があるにもかかわらず、ご機嫌麗しい感じが伝わってきます。どこがって聞かれたら、なんとなく? としか答えられませんが、まあなんといいますか、微笑みが3割増しでキラキラだとか、そんな感じです。

なぜにご気分よろしいのかしらとちらちらと旦那様の様子を伺っていると、不意に旦那様と目が合ってしまいました。慌てて目を逸らしたんですが、誤魔化しようもないレベルでばっちりと合っちゃいましたね!

するとふわりと目を細めて、

「どうかしましたか? 僕の顔に何かついてます?」

そうやって私をからかう声音もどこか上機嫌で。すっかりクスクスと笑われてしまっています。あらやだ。

「いいえ、そんなんじゃありませんわ。なんだかご機嫌がよさそうだなぁって思ってただけです」

素直にそう伝えれば、

「おや、そんな風に見えましたか」

と、面白そうにおっしゃる旦那様。

「ええ、なんとなく?」

「そっかー。なんとなくでもそういうふうに見てもらえてうれしいな」

そう言うと少し首を傾げてにこーっと甘い笑みを見せる旦那様。それはもうとろけそうなくらいに甘いです。甘味はデザートで充分です。

以前はよく演技でこんな甘い笑みを見せていましたが、あの時でさえ辟え……おっとと、糖度オーバーだったのに、素でやられた日にゃあ……。

「はあ」

若干胸焼けを覚えつつも曖昧に微笑み返せば、

「実は明日の休みのことを考えていましてね」

とうれしげに話し出す旦那様。

そう言えば明日は旦那様のお休みの日です。

旦那様のお仕事は全員が一度に同じ日に休むわけにはいかないので、シフト制になっています。基本5日出仕して1日お休み。長期出張の後はまとまって何日か休暇がもらえます。そんな感じです。旦那様が別棟で暮らしている時は全く関係なかったので知りもしませんでしたが、本館こちらで暮らすようになってからは否応なく認識するようになりました。つか、わざわざご本人がレクチャーしてくださいましたけど。

話はそれましたが、明日はそのお休みの日なのです。

旦那様がこちらで過ごすようになってからはなかなか忙しい日を送っていましたので、お休みの日があってないようなものでした。ああ、そう言えば雨の日にダンスのレッスンをしたのもお休みの日でしたっけ。まあとりあえず、久しぶりの何の予定もない日なんですよ。

私的にはいつもどおりおうちでちょろちょろしていたいのですが、旦那様はそう思われていないようです。

「明日、ですか?」

いきなり何を言い出すのかとちょこんと首を傾げると、

「ええ。久しぶりに外出しませんか?」

ニコッと笑ってそう言い出す旦那様。

「……外出……」

小首をかしげたままピクリとこめかみをひきつらせる私。


少し前の記憶が蘇ってきました。




またセレブなお店に連れて行かれるのでしょうか?

また美食で私を苦しめようとするのでしょうか?(あ、でもこれは知らない事実か)


いつぞやの外出デートを思い出す私。じとんとした目になるのはお許し下さい本能からのことです。

「ほら、前回は菓子屋に寄れなかったでしょう? 菓子屋もいいのですが、横にかわいらしいカフェができたのですよ。いま王都で人気なのです」

私のジト目なんて気にならないのかはたまた見えていないのか、何とも楽しげに語っている旦那様。って、また菓子屋ですか!

私にとっては幻の菓子屋。前回はタイムオーバーだったのか何だか知りませんが連れて行ってもらえませんでした。連れてく詐欺? もしくは餌?! がっつり釣られてしまいましたけど。代わりに連れて行かれたのは高級ブティックや宝石商、高級料理店と、庶民な私には思いっきり場違いなところばかりでしたよ思い出しても胃が痛い。

半ば意識を過去に飛ばして朦朧とする私ですが、

「では今度そちらのお菓子をお土産に買ってきていただければ嬉しいですわ!」

と、外出回避の策をとっさに打ち出しました。

ここになけなしのゼロ円スマイルを付ければ、最近の旦那様ならば即OKくださるところなのですが、今日の旦那様は一味違いました。

「いいえ、それがですね。そちらのカフェ限定のお菓子があるのですよ。もちろんお持ち帰りができなくてですね、そこでしか味わえない逸品なのです」

なんか今ニヤリと笑いませんでしたか? 

「うっ……」

ぐらり。私の心が揺らぎます。

すかさず私の心の機微を読み取ったかのような旦那様は、さらに畳み掛けてきました。

「ショコラづくしのタルトというのですがね、ルギー公国産のショコラをふんだんに使用しているんですよ。タルト生地にはパウダーを、ガナッシュにはそのままに」

ルギー公国というのは、フルール王国の北で国境を隣する小国。ショコラの加工を得意としていて、ルギー公国産のものは最高級とされています。どのくらい高級なのかというと、庶民な私など、そのお姿をショコラティエのウィンドウから遠目に拝見するしかできないくらいに。

それを惜しげもなくふんだんに使用しているなんてっ!!!

そんな旦那様の一撃に、私はさらに揺れました。

「……」

ごくり。想像を絶する味です。てゆーか、悲しいかな、贅沢すぎて私には味が想像できません!

揺れる私にさらに追い打ちをかけるかのように、旦那様は続けます。

「そして一番のウリは薄く削られたショコラが上にふわふわと盛りつけられているところでしょう。それはそれは薄いので、店の外に出すと溶けてしまうのですよ。繊細な薄さのショコラが雪のように載っているので、持ち帰るまでその姿をとどめていられないそうです。ですからカフェ限定なのですよ」

もはやこれまでとばかりに最後のとどめ。

旦那様はしっかりと私の目を見ながら説明してくださいました。その眼は確実に私が釣れたのを確信しています。さっきまでの甘い微笑みが黒いものに変わった気がするのですが、気のせいですよね?

私も旦那様の濃茶の瞳から目が離せません。ショ、ショコラタルト食べてみたい!

「どうです? 行ってみません?」

旦那様の目が怪しげに誘っています。うう、カフェ限定ショコラ……。

いやいや、美味しいお菓子ならカルタムに頼めば同じものを作ってくれますよ! ……でも職人さんによって味は変わるものだし。

お菓子につられてまたセレブ外出デートとかになったらいたたまれないし。

小さなことで散々逡巡する私。

ふと旦那様を見れば、微笑みながら「ショコラ」と声に出さず口を動かしました。

むむ……、限定ショコラ……引きこもりには口にできない味……。

すっかり天秤は傾きました。

「……行きたいです!」

観念し絞り出した声。

「では、明日。楽しみですね」

「はい! ……あっ!」

思わず二つ返事で答えてしまいました。しかし旦那様は私の陥落に満面の笑みでした。


なんかもう、食べ物につられた感ありありです……。




今日もありがとうございました(^∇^) お待たせしてしまってすみません。


7/23の活動報告に書籍化についてご報告しております。よろしければ覗いてやってくださいませ♪

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― 新着の感想 ―
[良い点] フランスの地方の最初の文字を省いてワール地方の料理とかロヴァンスとか、笑いながら読んでいたのですが、ルギー公国のチョコレートには吹き出しました。作中のショコラタルト、薄く削られたふわふわシ…
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