説明と、告白と
「ええ、と。まずですね。ここは貴女もおっしゃったように王都の端っこです。しかし何処とは詳しくは言いませんね、貴女のためですから」
旦那様は最初にそう前置きすると、説明を始めました。
私はお姫様抱っこから解放されたものの、先程までお姉さまが座っていたソファに座らされています。もちろん距離限りなくゼロなお隣に旦那様が座っています。部下のみなさまは少し席を外すからと言って、隣の部屋に行かれました。そんなに気を使わなくてもいいのですが?
「任務の都合でここを拠点としているのです。ここは王都とはいえ端っこも端っこなので私たちの面も割れていません。ですからここに別邸を購入した道楽商人というふりをして出入りしていたのです。この辺りの住民だけだと僕が『フィサリス公爵』だとバレていなかったんですが……。あの商人のせいで余計な心労を貴女にかけることになってしまいました」
仕事のことですからこれはかなりデリケートな話なのでしょうけれど、それでも当たり障りのないところだけを選んで旦那様は話してくださいました。
「心労など……」
むしろ感じてなかったのですが。でも正直には言えないので言葉に詰まり、じっと旦那様を見ていると、
「つまらないことで心配をかけてしまってすみませんでした。ああ、そうだ。その“愛人”とやらも先程の部下なんだけど、僕の話だけじゃ証拠にもならないだろうから。……ロータス」
旦那様は部下のみなさんがいる部屋のドアではなく、私たちが最初に入ってきたドアに向かって呼びかけます。ロータスって言いましたよね? すると旦那様の声に反応して「はい」と返事をしつつ音もなくドアを開けて入ってきたのは、うちの超優秀執事のロータスではありませんか! お邸を出る時、確かに見送ってくれていたはずなんですけど?
「ロータス!」
驚いて思わず腰を上げそうになりましたが旦那様に引き戻されました。ロータスは私たちを見て優しく微笑んでいます。ロータスがまた静かにドアを閉めるのを確認した旦那様は、
「例の報告をヴィオラに聞かせてくれ」
とロータスに命じました。それに肯いたロータスは、上着の胸ポケットから何やら書簡を取り出して読み始めました。
「はい。――あれから私どもが調べましたところ、場所もこちら、目撃されている女性もかの騎士殿の外見と一致しておりました――」
いつ頃から現れたのか、また、いついつ目撃されたなどの情報まで細々とありましたが、その辺りは適当にスルーしておきました。誰が動いたのかは知りませんが、しかし昼からの短時間でよくぞここまで調べ上げたなぁと感心せずにはいられない、充実の内容でした。
「……どうです? 客観的な証言もありますよ」
最後まで黙ってロータスの報告を聞いていた旦那様は、ロータスがまた元の胸ポケットに書簡をしまうのを見計らって私に聞いてきました。
つまり今回の愛人騒ぎは、旦那様のお仕事上でのカムフラージュだったということですね。
「そうですね、ロータスもそう言っていますし……私、信じますわ」
誰あろう、ロータスとその諜報部隊(誰かは謎)の仕事ですからね! 信用するに値しますよ!
一瞬微妙な表情を見せた旦那様ですが、すぐにそれを引っ込め、
「よかった……! 貴女に疑われたままでは仕事に専念もできませんからね!」
「そんな、大袈裟ですわ。……でも、こんなに重要なことを私に話してよかったんですか?」
ゆっくりと旦那様の顔に微笑みが浮かびました。それまで纏っていたピリピリした雰囲気が緩み、ソファの背もたれに深々と体を沈めて安堵の吐息を洩らしています。
確かに疑惑は払拭されましたが、しかし。
……これってお仕事的にもひじょーに内緒なお話だったんじゃないでしょうか?
今更ですが、事の重大さにビビってきました。
一介の市民である私にお仕事のこと漏らしちゃってますよ? これってヤバいんじゃないんですか? 下手すると旦那様は守秘義務がどーたらこーたらでクビになってしまうかもじゃないんですか?!
そう思って焦る私なのに、旦那様は冷静にニヤッと笑い、
「ですから夜陰に紛れてここまできたんですし、また闇に紛れて帰るんですよ。貴女はここがどこか知らないし、わからない」
とおっしゃいます。これって暗示かけてるんですか? 旦那様。
「そうですね」
かかっておきましょう。納得はあんまりいってませんが。
「それにどっちにしてもある程度のことなら家族に話してもいいですからね。今の状況でしたら『王都の端っこの辺鄙なところで仕事をしています。愛人がいる風を装っているけどゴメンネ』という説明の範疇ですから」
と続けた旦那様。なるほど、そうですね。
上手いこと言ったでしょ~僕! 的に爽やかに微笑んでいる旦那様を見上げながら、私はちょっと前にも浮かんだ疑問を投げかけます。
「でも教えていいのはごくごく一部の家族にだけでございましょう?」
「そうですよ」
「では、私なんかに伝えてしまってはいけないんじゃないですか?」
「何をおっしゃるんです? むしろ大事な大事な僕の奥さんのヴィオラだからこそ伝えたんじゃないですか」
「!」
なんだかさらーりと甘い言葉を吐かれたような気がしましたが。
「……私はお飾りではなかったのですか?」
旦那様の顔を窺えば、私をくるりと自分の方に向けて正対させ、そのまま私の両手を取り真っ直ぐに見つめてきました。濃茶の瞳に微笑みは湛えていますが、きりりと真面目な顔。こんな風に改められるとドキッとしてしまいます。私はぽかんとしたまま見つめ返すことしかできません。
「もうそろそろきちんと気付いてほしいですね。カレンと別れた時に言ったでしょう、貴女がいいんだって。契約ではなく本物の夫婦になりたいって」
旦那様のその言葉に心臓が跳ね上がり、動揺して目が泳いでしまいました。取られた手が熱いです。
今までだって手を握られたり抱きしめられたり超至近距離になったりしましたが、こんなにもドキドキしたことはありませんでした。どうした私の心臓よ?!
「ええ、まあ」
辛うじて絞り出した声に、
「今までの僕の行動を知っていたらにわかには信じられないでしょうから、僕は振り向いてもらうために頑張りますよ。だから少しでも疑わしきは取り除きます。貴女に信じてもらうためだったら何でもします」
きっぱりと言い切りましたよ、旦那様。
「たとえそれが情報漏洩でも?」
少し上にある、旦那様の綺麗な濃茶の瞳を見上げながらちょっと意地悪な事を言う私。
「もちろん!」
「いや、そこは守秘義務第一でしょう!」
何のためらいもなく即答する旦那様に、思わずつっこんでしまいました。
鋭い突っ込みを見せた私に、旦那様がクスクス笑いながら、
「まあそれくらいの覚悟があるってことですよ」
「ああ、びっくりしました」
訂正してくださってよかったです。
「いや~、信じてもらえてよかったですね~、団長!」
そう言って隣のドアから姿を現したのは、執事の格好をした副団長のユリダリス様。先程はお見かけしなかったので、ずっと隣の部屋にでも居たのでしょうか。後ろから騎士団のみなさまも出てきます。どの方を見ても満面の笑顔なところから察するに、扉に張り付いてこちらの話を聞いていましたね!
「お前たち、聞いてたろ」
じと目でユリダリス様を睨む旦那様。
「んん~? 何のことでしょう? 聞いていたのではなく聞こえたんですよ~」
しれ~っと斜め上を見てとぼけるユリダリス様。
「まあ、聞かれても気にしないがな」
と言うと、旦那様は涼しい顔に戻っていました。結構甘いセリフの数々でしたよ?! 私の方が恥ずかしくなっちゃうような言葉でしたよ?! 少しは恥らってください!
騎士団のみなさんの生温かい笑顔に見送られて帰ることになった私と旦那様。
「こんな遅くまで僕のために付き合わせてすみませんでした。帰りは馬車にしますか? それともまた馬で……」
「馬車でお願います!」
旦那様が言い終えないうちに被せてしまいました。馬、軽くトラウマですよ。超特急でかっ飛ばしたせいでもあるんでしょうけど、あんなに激しく揺れる乗り物だなんて知りませんでした。きっと乗馬は生涯することはないでしょう。いらね~。
馬車は、私たちの後を追ってきたロータスが乗ってきたものです。ロータスってば御者もできるんですよ、まさに万能執事です! 遠慮なくそちらに乗せてもらうことにしましたよ。
馬車のマイルドな揺れ、万歳!
私たちは夜陰に紛れて帰館しました。
かなり夜も更けていましたし、公爵家からここまでの激しく、そして慣れない乗馬ですっかり疲れていた私は、心地よい馬車の揺れに抗いきれず、ついうとうとしてしまいました。馬車の揺れに合わせてコクコクと舟を漕いだところ、案の定、壁に頭をぶつけてしまいました。
「~~~!!」
痛みと眠さで涙目になって呻っていると、
「大丈夫ですか? 舟を漕いでは危険ですよ。僕にもたれかかればいい」
それまで対面で座っていた旦那様がさっと私の横に移動してきてくれて、そしてそっと私の頭を自分の肩に誘導してくれました。
いつもならその距離の近さに突っ込むところなのですが、今はもはや眠さが勝っています。
「ありがとうございます」
素直に甘えることにしました。安眠第一です。
旦那様の腕の温かさに、すぐさま眠りに落ちた私でしたので、
「あの商人、どうしてくれようか」
と、旦那様が低く呟いたのは耳に届いてはきませんでした。
そしてちょうど時を同じくして、御者台にいるロータスが同じことを呟いたのも、もちろん知る由もありませんでした。
今日もありがとうございました(*^-^*)
やっぱり聞き耳立ててた騎士団メンツw
壁に耳あり障子にメアリーw
遅ればせながら、7/2の活動報告に裏話小話を載せています。今日(7/16)の活動報告にも小話を載せる予定ですので、お時間よろしければそちらもお付き合いくださいませ♪




