払拭
旦那様に抱っこされた状態で愛人さん(仮)に対面するって、どういうことでしょう?!
「だ、旦那様! ちょっと降ろしてくださいませ!」
とりあえずこの状況から脱するためにもまずは自分の足で立とうとジタバタともがけば、
「暴れたら危ないですよ」
しれっとそう言い、ますます抱く腕に力を込める旦那様。
もうヤダ、誰かコノヒト何とかしてぇ! まさか私を抱っこしているところを愛人さん(仮)に見せつけて嫉妬を誘おうって魂胆ですか? そんな陳腐な策略に私を巻き込まないんで欲しいんですけど!
私は真面目に開放してほしいともがいているのですが、多分傍目から見たらラブラブ夫婦がいちゃこらしているようにしか見ないでしょうねぇ……。いたたまれないわぁ……。
がんばって足掻けども一向に旦那さまは離してくれないし、愛人さん含め周りの目は気になるし、もうどうすりゃいいのよ~と投げやりな気持ちになりかけたところで、
「フフ、奥様、お久しぶりでございます!」
クスクス笑いながら愛人さん(仮)が声をかけてきました。ああ、もう(仮)面倒なので外して確定としておきます!
しかし今の愛人さんのお言葉、どういうことでしょう? まるで以前にどこかでお会いしているような言葉ですよね。しかも旦那様と私のやり取りを見て嫉妬してキレるでもなく、ごく凪いだ、軽やかな声です。今って恐らくシュラバってやつのはずですよね?
旦那様と彼女さんのシュラバが繰り広げられたあの時、正妻に相対する彼女さんは明らかに機嫌斜めでしたが、この愛人さんは終始にこやか。……実はこっちの方が怖い?
恐る恐る愛人さんに視線を向け、じっくりお顔を確認します。不躾にじろじろ見ているのは堪忍くださいませ。
「え? お久しぶり?」
なぜそんな言葉になるのか疑問で、彼女さんの言を繰り返す私です。穴が開くほど愛人さんを観察してもやっぱり知らない人です。
これ絶対初対面なのですが?? 愛人さんの言葉に小首を傾げ、頭周辺にクエスチョンマークをふんだんに飛ばしていると、私の不躾な視線を少しも気にするようでもなく、
「そうです。もういやですわぁ! お気付きになりませんか?」
とさらににっこり魅惑の笑みを湛えてこちらを見ています。そのお星さまが飛び交う幻覚が見えそうなくらいに眩い笑顔、こんなお美しいお嬢様、か く じ つ に 知り合いではありません。最近でこそいやいや社交させられていますが、そもそも私は今も昔も引きこもりに近いわけですから、社交界にはお友達どころか顔見知りだって片手で足りるほどしかいませんよ! ……うん、力いっぱい言うセリフではありませんね。
ですので愛人さんの先程のお言葉はきっと勘違いにすぎません。
「えーと、お初にお目にかかります、ですよね?」
おずおずと上目遣いに愛人さんを伺えば、
「違いますわ、奥様! ああ、こうすればわかるんじゃないでしょうか」
それでも否定する愛人さん。パッとひらめいたような顔になったので何をするのかと見ていると、おもむろに自分の髪に指を差し入れて、水の流れのような銀糸の髪を惜しげもなく一纏めにひっつめたかと思うと、その辺に置いてあった適当な紐を手に取り器用に結わえてしまいました。ちょ、そんなツヤツヤの美しい髪を繊維も荒いがさがさの無粋な麻ひもで結んじゃったら絶対傷んでしまいますよ?! って、ツッコミどころはそこじゃないですね。
その手慣れた、流れるような一連の手順に見惚れていた私でしたが、きっちりと銀糸を結わえたその姿には既視感を覚えました。
しかし以前お会いしたのは夜会やパーティではなく、しかもこんなにおしとやかな姿ではなかったはず。キラキラとした美しさはそのままですが、むしろ凛々しいお姿で……ああっ!!
「騎士団の、旦那様の部下のお姉さま!?」
思い当たったところで思わず素っ頓狂な声を上げてしまいました。
キリリと髪を一纏めに結い、華やかなドレスではなく凛々しい騎士様の制服に身を包めば、何度かお会いした旦那様の部下の綺麗どころ三人衆の内のお一人、銀糸の髪が美しいお姉さまではありませんか!!
私の記憶と目の前の愛人さんの面影がピタリと一致しました。ビンゴです!
美しいお嬢様然としたお姿と、凛々しい騎士様のお姿とのあまりの変わりっぷりに呆気にとられて見入っていると、
「そうですわ、奥様。やっと思い出してくださいましたね!」
そう言って衣擦れの音も優雅に立ち上がり、胸に手を当て腰を折る、騎士様のご挨拶をするお姉さま。あ、愛人さん呼ばわりは訂正しておきます。
しかしドレス姿で騎士様の礼なんてされてしまうと、違う方向でキュンキュンしてしまいそうです! ……っと、あぶない。
女装もお美しいわぁなんて見惚れている場合ではなくて。あ、女装ではなく本来のお姿ですね☆
「お姉さまが旦那様の新しい彼女さんだったんですか!」
なんとまさかの職場内不倫だったなんて!! さすがの私も想像だにしていませんでした。しかもお姉さまは既婚者だとおっしゃっていましたし、そもそも旦那様のことを『上司としてはいいけどプライベートでは(アノ素行)ないわぁ!』って断言されていませんでしたっけ? あ、あれは照れ隠し、いわゆるツンデレってやつだったのですかね?! そしてダブル不倫!!
私の心の中で妄想が暴走したのを気付いたのか、お姉さまが苦笑して何かを言いかけたその時、私の横から入ってくるちょっと苛立ち交じりの声。
「そんなわけないでしょう!! 貴女もご存知な様に彼女は既婚者ですし、そもそも疑惑を晴らすためにここに貴女を連れてきたんですよ!」
私の妄想をぶった切ったのは旦那様でした。
「あ、え? でも?」
それでも往生際悪く旦那様とお姉さまを交互に見る私に、
「彼女だけではありません。よーく周りを見てください」
「?」
旦那様に促されたので使用人さんや侍女さんを改めてよく見ると……。おやまあ。
「ふわっ?! 騎士団のみなさん?!」
二度ほどお邸に奇襲? 乱入? してきた時にごあいさつした顔ばかりではありませんか! しかも侍女さんに至っては綺麗どころのもう一人、ブロンズヘアのお姉さまですよ?!
凛々しい騎士様のお姿からちょっと(?)姿を変えただけなのに、私ったらまったく気付きもしませんでした……。
もはやこの状況についていけず、狐につままれたかのようにぽかんとするしかありません。ナニコレ、何のドッキリなんですかね?!
私が吃驚のあまりに目を白黒させていると、
「どうですか? どいつもこいつも見知った顔ばかりでしょう?」
旦那様が少し声を和らげて問いかけてきましたが、これだけで愛人疑惑が払拭されるかというと、そうではないと思うんですよ。
むしろ。
「騎士団ぐるみの犯行……」
私は顎に手を当て推理しました。
「はあっ?!」
今度は旦那様が目を見開く番でした。
「ええ?!」
「ここにきて」
「それ?!」
「……団長、なんて信用されてない……」
騎士様たちも口々に呟いています。みなさん一様に苦笑いです。
でも。
「この状況を見せられてもですね、お姉さまが目撃された例の愛人さんであるという証拠はどこにもありませんもの」
「……そんな可愛らしく小首を傾げて残酷な事を言うのはやめてください……」
旦那様が項垂れ、疲れたような声を出していますが、事実は事実です。
「騎士団のみなさまにご協力いただいて、本物の愛人さんをカムフラージュしたとか?」
「なぜそこまで大がかりなことをしなくちゃいけないんですか!」
「えーと、それに関しては今から推理しますので、今日のところはツッコミなしということで」
「いやツッコみますよ!! むしろそこ大事!! 今この目の前の状況が本物であって、これから説明しますからちょっと聞いてもらえませんか?」
「そうですか? ……わかりました」
旦那様があまりに必死の形相でおっしゃいますので、私の推理はちょっと横に置いておくことにしました。
今日もありがとうございました(*^-^*)
騎士団、しかも諜報部でしょ! というツッコミは適当に流していただくとありがたいです m( _ _ )m




