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社交は貴族のお仕事です

旦那様が毎日本館へ帰ってくるようになって、お出迎えする人数が少し増えて、旦那様シフトが常態化して、それがだんだん当たり前になってきた頃。


「パーティーの招待がきてるのですが」


旦那様が白い封筒を私に差し出しながら、帰宅早々のたまいました。

うわ、なにこれデジャヴ。

そう思った私は頬をひきつらせながら封筒を受け取り、急いで裏返して例の紋章はないかと確かめてしまいましたよ!

そこには例の紋章ではなく違った、これまた有名なおうちの紋章の封蝋がされていました。

封蝋の紋章に反応した私を微笑みながら見ていた旦那様が、

「今回は王宮からではありませんよ。アルゲンテア公爵家からの招待状です」

補足説明してくださいました。

「アルゲンテア公爵家、ですか」

私よりも上にある旦那様の顔を見上げて、数度瞬きをしました。

アルゲンテア公爵家というのはフィサリス家の次に名門貴族様です。フィサリス家同様、私のような貧乏貴族には雲の上の存在です。

「ええ。貴女には社交を無理強いしないと言いましたが、ここのは断れなくてね。昔からうちとは懇意にしているし、ここの子息たちとは幼馴染でね」

ちょっと眉を下げて私にお願いしてくる旦那様です。

「そうでしたの。わかりました」

そのような事情がおありでしたら、私としてもお断りすることはできません。まあ乗り気ということでもありませんが。

私が首を縦に振るのを見てほっとした様にいつものアルカイックスマイルに戻った旦那様は、

「よかった。夜会は二週間後です。ああ、貴女のドレスを新調しなくちゃいけませんね!」

「はいい?」

またコノヒトは浪費発言をなさる!

旦那様のセレブな発言に軽く目を見開いた私です。衣裳部屋にはまだまだ袖を通していないドレスは山のようにあるし(誇大表現ではありませんよ!)、前回の夜会で着たドレスだってまだ一回しか着てません。リメイクとかでもいいかと思うんですけど?

「またマダムにお願いしよう。今回は何色にしますか?」

私のもったいない精神とは裏腹に、もはや新調する気満々の旦那様。うっとりするようなキラキラ笑顔で妄想し始めていますよ。って、おい、またペアルックにする気ですか?! 痛いカップルに見えますので全力で拒否したいのですが!

「いえいえいえいえ、ちょ~っとお待ちくださいませ?」

すでに気持ちはオートクチュールのマダムと会談している旦那様に慌てて待ったをかけます。

「何ですか?」

「また新調しなくても新しいドレスは山ほどありますし、前回作っていただいたドレスもありますよ?」

「そんな一度着たドレスをまた貴女に着せるなどできません! それに家にあるものは普段着のドレスです」

それまで笑み崩れていた眼元をキリリと引きしめて言い放つ旦那様ですが、シルクだのシフォンだのアンティークレースだの、どれもこれも最高級布地をふんだんに使ったドレスを『普段着』などと言い切ってしまうこの価値観の開きに涙ちょちょぎれます。

「う~。リメイクでもいいのですが~」

若干涙目になりながらも抗議する私ですが、

「リメイクしたいとおっしゃるならしてもらってもいいですが、今回は仕立てますよ? 僕からのプレゼントですから遠慮なく受け取ってください」

きりりと凛々しい顔から一転、満面の笑みになった旦那様に一蹴されてしまいました。


結局その後、

「くれるっていうんですから貰っておきましょう! 今回はどのようなデザインにしましょうか~」

全力で私を飾ろうと『くふふふふ~』となぜか捕食者のような笑みを浮かべながら己の手をワキワキさせているミモザや、

「旦那様のお気持ちですから、奥様がお気になされることはありませんよ」

まあまあ落ち着いて、と美味しいお茶で癒してくれたダリアたちにとりなされて、

「はあい。甘えることにします」

と言いながらもせっせと前回のドレスをリメイクし始める私がいました。次回着なくてもいつか着ることはあるだろうし、なんだったら妹にあげてもいいですしね。無駄にはしません!




そして夜会当日。

私は少し落ち着いた菫色のドレスを着ています。またオートクチュールのマダムとミモザの渾身の逸品です。これまたつるぺたをカバーして有り余るデザイン。胸の下で切り替えられ、そのまま優美なドレープを描くラインはもはや崇拝の域です、マダム!

お隣でエスコートする旦那様は『今回もがっつりペアで』とのご希望でしたが、そこは全身全霊で回避させていただき、随所に色をリンクさせるという手法で有耶無耶にさせていただきました。


今宵のホストであるアルゲンテア公爵ご夫妻や、旦那様の幼馴染だというご子息様に挨拶してから夜会の会場へと足を向けます。今夜も一応は『あんたなんて!』といういちゃもんに対する心構えをしてきました! いつでもバッチコイです!

一歩会場に足を踏み入れれば、あっという間にみなさんの視線が私と旦那様に飛んできました。あ~もう、ちりちりするからや~め~て~!

しかし私の心構えを肩すかしするかのごとく、かけられるのは、


「公爵夫人は今日もお美しいですね。どれ、私と一曲踊ってくださいませんか?」


という老若問わない殿方からのダンスのお誘いや、


「男どもは放っておいて、私たちとおしゃべりしましょう」


というマダム連中からの女子会のお誘い。

とりあえず『これは社交、これは貴族のお仕事』と心で念じながら、どちらのお誘いにも、

「喜んで」

とにっこり微笑みました!


私が社交おしごとに邁進している間、一応私を気遣わしげな視線で見守りつつも旦那様も踊ったりおしゃべりしたりと忙しそうです。




ステップを間違えまい、リズムを外すまい、と一心不乱に踊っていると、

「しかし公爵夫人はダンスがお上手ですね」

パートナーの殿方が褒めてくれました。って、あまり話しかけないでくれます? ステップ踏み間違えますから!

「そうでしょうか? 間違えまいと必死ですのよ?」

これマジです。ダンスしながらしゃべるとか、それ私にはかなり高等技術です。最近やっと張り付けた笑顔の仮面が剥がれないようになってきたところとか、そういうレベルですから!

「そんなことございませんよ。こんなに余裕で踊りこなしている方はいらっしゃいませんよ」

そう言って微笑むこのパートナーさん。ごめんなさい、お名前忘れました。

「お褒めにあずかり恐縮でございます」

目を伏せちょっと照れたようにはにかんで見せます。

「きっといいダンスの先生に習っておられるのでしょう」

「ええ、鬼……」

「鬼?!」

「いいえ、なんでもございませんわ! おほほほほ~。とってもいい先生ですのよ!」

「でしょうね」

危ない危ない。『鬼コーチ』などと口が滑るところでした。

失言は笑ってごまかせたようで、その後は何でもない話をしながら無事にダンスを終えることができました。気を付けよう。


マダムとの女子会は、どの方も私のお母様とそう変わりのないお年頃の方ばかりで、もはや『女子会』というよりは『婦人会』でした。みなさんお優しいのですが、うん、まあ、何て言いますか、ジェネレーションギャップ? 話しが合わない? 庭いじりは好きですが盆栽まではまだ食指が伸びませんから!

心をどこかに飛ばしながら、渇いたのどを潤そうと何気なくグラスを取り飲んでいると、

「奥様の所作はとてもきれいですわね」

どこそこ伯爵夫人(名前覚えられませんでした)に仕草を褒められました。

「そうでございましょうか?」

そんな褒められるようなことはした覚えがないので小首を傾げると、

「ええ、奥様の所作は総てにおいてとても優雅ですわ! うちの娘にも見習ってほしいくらいです」

ナントカ侯爵夫人(同様)も同感の意を表明し、大きく頷いています。

「きっとしっかりと身につけておいでなのですわね」

また伯爵夫人が言いました。身に付けているというか、叩き込まれたというか……。


とにかく今日の夜会の収穫。『雨の日恒例行事』は総てにおいて無駄のないものだと判明しました。恐るべし、使用人さんたち! うん、みんなの言うこと聞いててよかったです! これからもついて行きます!




そんなこんなしながらマダムのお話に相槌を打っていると、


「ヴィオラ様、お久しぶりですわ!」


明るいよく通る鈴のような声で、背後から私の名前が呼ばれました。おお? この声は聞き覚えがありますよ? そう思いながら振り返ると、そこには前回の夜会で見知り置きになったサングイネア侯爵家のアイリス嬢が嬉しそうにアーモンドアイを細めていました。

今日も素敵にベイビーブルーのひらひらドレスです。うん、この間と印象違いません!

「まあ、アイリス様。ごきげんよう! ……みなさま、少し失礼いたしますわ」

『婦人会』の皆様にひとこと断ってから、私はアイリス嬢のところに向かいました。



今日もありがとうございました(*^-^*)


今回はオプションではありませんでした(笑)


遅ればせながら3/8、10、12の活動報告にて5000件ありがとう小話を載せています(^-^)

お時間よろしければそちらもどうぞ!

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