新しい日常
怒涛のシュラバ(?)からの突然の契約更改がなされてから数日後。いろいろ身辺整理を終えたカレンデュラ様が別棟から出て行かれました。
『僕も見送るから!』とごねる旦那様を『いつ出立のお支度ができるかわかりませんからお仕事に行ってきてください! 遅刻厳禁です!』とロータスが無理矢理お仕事に送り出してしばらくした頃。
旦那様が用意した簡素な馬車に乗って出て行かれるのをお見送りした私とロータス、ダリアミモザ。カレンデュラ様は旦那様のいない時間を狙っていたようでした。『もうお別れはしたからね。ありがとう、お世話になったわ。じゃあね』ふふふ、と妖艶にカレンデュラ様は笑って馬車に乗っていかれました。
「もともと関わりがなかったから、出て行かれると言っても実感ないわ~」
小さくなっていく馬車をボケッと眺めながら出た本音。
「そうですわね。私もあちらのお付きにはなったことがありませんでしたから、担当の侍女仲間の話でしか知りませんしね」
半歩後ろに控えているミモザが答えました。
「そうなのね。……ああ、そうそう。結構お荷物がコンパクトに思えたけど、ドレスとかはどうされたのかしら? かなりたくさんあったんじゃないの?」
確か馬車に積み込まれていたのは、大ぶりのトランクケースが3つ4つだった気がします。
「必要最低限のドレスを残して大半のドレスは売り払っておられたと侍女から報告が上がっております」
これにはロータスが答えました。
「まあ。さすがですね」
嵩張るものはコンパクトに圧縮! 旅慣れておいでです。
「宝石類はさほど嵩張りませんから、お持ちになられたようですが」
「そうね。今売るよりもその都度売っていく方がいいですもんね」
さすがはカレンデュラ様です。あの方ならこれからも大丈夫でしょう。そんな気がします。
出て行く者あれば来る者あり。
お次は旦那様のお荷物がどんどこどんどこ運び込まれてきました。お荷物といっても服だの書物だの書類だのですが。家具などは別棟に備え付けなので。ダリアが采配を揮って書斎と旦那様の寝室とにてきぱきと収納されていきました。
「う~ん、こうも眼の前で旦那様のお荷物が運び込まれてくると、いやでも実感させられますね~」
廊下でお引越しの様子を見学する私。いよいよ今日から旦那様と完全同居です。
「そうですねぇ。私も、見習いの時の一年ほどしかこちらで旦那さまにお仕えしておりませんから、実質初めてに等しいですわ」
苦笑するミモザです。
「まあ、そうだったのね!! まあ、同居といっても朝と夜に顔を突き合わせるくらいだから大丈夫でしょ」
旦那様のいない時間はこれまでどおり、自由にさせていただきます。
夕方。旦那様のご帰館の時間が近くなりましたので、私はいつものように私室で着替えて待機しておりました。もうこの辺のタイミングはばっちりです。
「旦那様がお戻りになられました」
ミモザにゆるく髪を結われていたところにダリアが私を呼びにきました。
「今行きます」
立ち上がり、エントランスに向かいます。
「お帰りなさいませ、旦那様」
急ぎエントランスに向かうと、今日はなぜかいつもより増えていてびっくりしました。いや、違うか。旦那様付き侍女さんたちもお出迎えしているのです。いつもならロータスと私とダリアミモザしかいませんから。あとの使用人さんたちはいつ旦那様シフトに入らないといけないか、息を殺してエントランスの様子に耳を傾けてはいますが、姿はありませんからね!ここの使用人さんたちの忍びのスキルは素晴らしいものがあります。
今日のお出迎えは、だから、私を含めて総勢7名です。増えました。
私の姿を見つけると、それまで真面目な顔でロータスと話していたのに、
「ただいま帰りました、ヴィオラ」
そう言って破顔しました。まさに『破顔』です。ぱああっと笑みが広がるんですから。
いきなり笑み崩れたぞ、コノヒト。その変化に内心驚きつつも平静を装いいつも通りにお迎えする私です。
「お疲れ様でございました」
「僕の荷物は滞りなく移動されたみたいですね。カレンの見送りもありがとう」
キュッと眉尻が下がったのは見なかったことにしてあげます。
こうして私たちの日常に旦那様が少しづつ浸透していくようです。今はまだ違和感ありまくりですけどね~。
他に変わったことといえば、雨の日恒例行事に追加があったことでしょうか。
「え? 今からお茶するの?」
ロータス鬼教官の厳しいレッスンの後、魂ごとどこかにトリップしていた私にダリアがにこやかに告げました。
いや、いまはお茶が欲しいのではなく休息が欲しいのですが。切実に。お茶よりもバモサ☆シエスタなのですよ。
ダリアの宣告にひくりと口元を引きつらせた私ですが、スルーされた模様。
「はい、今からでございますわ。お疲れでしたら甘いミルクティなどいかがでございましょう?」
あくまでもにこやかなダリアに『おかしい』と気付くべきでした、私。しかし疲れていた私に冷静な判断などできるわけもなく、
「わーい! 甘くておいしいミルクティ! ダリアの淹れてくれるお茶は最高なのよね!」
などとうっかりつられてしまいました。
ハッキリ申しましょう。これは『甘い罠』でした。
確かに美味しいミルクティはあったのです。それに合う、美味しいお茶請けもあったのです。しかし。
「はい、そこは背筋を伸ばして」
「カップを持つ手はこう」
「音は立てないようになさいませ」
うん、これ確実にマナーレッスンですよね。
「ダリアぁ、これってマナーレッスンよね?」
「いいえぇ、奥様。お茶でございますよ、お茶。休憩でございます」
「うそだぁ~」
「いつ何時こういった作法が要求されるかわからなくなりましたからね。少しづつ覚えてまいりましょう」
にっこり。やはりダリアは微笑みました。
「こんなに疲れてる時じゃなくても~」
元気な時ならちゃんとできますって! そう思いを込めてダリアを見上げたのですが、
「疲れている時にこそ底力が発揮されるのです」
ピシリ、と私のささやかな抵抗はシャットアウトされましたです。
「ぐぐ」
もはや何を言っても勝てる気がしません。まあそもそも私などが勝てる相手ではありませんが。
「まあまあ、そうおっしゃらずに。奥様ならすぐにでも身に付きますわ。あ、そうそう、先程ロータスから報告があったのですが、旦那様、今夜は業務が忙しくご帰館が遅くなるそうです」
下げておいてから上げるというスキル。すばらしいですね。
「え?! ということは、今日はみんなでご飯食べられるの?!」
「はい」
「まあ! 久しぶりの賄晩餐だわ~!」
使用人さんたちと一緒に久しぶりにワイワイと賄です! 一気にテンション上がりました。
「ではもう少し頑張りましょうね」
賄晩餐に舞い上がっている私にダリアが笑顔で促してきますが、
「はい! 頑張ります!」
ご機嫌で頑張る宣言をした私です。
……何か、私ってば餌でつられてません?
今日もありがとうございました(*^-^*)




