独白
「カレン、出て行ってもらえますね?」
そう念押ししながら入ってくるのは旦那様ではありませんか! まあ、今日もやっぱり宣言どおり早いお帰りでした。
「サーシス!」
「何度も話したよね。僕も目を覚ます時が来たようだって」
素早く振り返ったカレンデュラ様に、いつもと違って真面目な顔をしている旦那様。標準仕様の笑顔が今はありません。
その濃茶のきれいな瞳で真っ直ぐにカレンデュラ様を見ています。
「カレンにはよくしてもらったよ。でもこのままではダメなんだって」
二人の世界のお話は二人でしていただいた方がいいのですが。
すっかり二人の世界に入ってしまわれた旦那様とカレンデュラ様に、私、ロータス、ダリアミモザは若干置いてけぼりを喰らっています。
「ちょっと場を外す?」
「そうですわね」
ひそひそと私とダリアで相談していたら、
「貴女たちも聞いておいてください」
って、旦那様。どんだけ耳がいいんでしょうか。かなり潜めた声でのやり取りだったのに。
仕方なく、
「はい」
渋々頷きました。
どうも痴話げんかっぽいのですが。痴話げんかに立ち会うってどんな罰ゲームですか!
「ずっと僕は『公爵家』という重責から逃げていただけなんだ。たった一人でしっかりとこの家を守っていかないといけない。……孤独だった。でもその孤独を周りに悟られてはいけない。ジレンマだった」
カレンデュラ様をしっかりと見つめたまま旦那様の独白が始まりました。あ、でもこの話どこかで聞いた気がします、って、ダリアがしてくれたのか。ダリアたちの推測、かなり当たってましたね!
「僕の周りはみんな僕のことを『公爵家の跡取り』としか見ていない。誰も僕自身を見てくれはしなかった。そんな時にカレンは僕のことを『公爵家の嫡男? ナニソレオイシイノ?』って笑い飛ばしてくれたよね」
「ふふ、そんなこともあったわね」
ふっとさびしげに微笑む旦那様ですが、カレンデュラ様なかなかナイスなお言葉ですね! そのお言葉にズキュンと心を射抜かれてしまったのですか、そうですか。
「カレンとの生活は享楽的で楽しかったよ。自分が跡継ぎだとか公爵家のこととか、責任もすっかり放棄してしまっていたし」
その言葉を聞いた途端グッと拳を握るロータスとダリア。うん、その分あなたたちが大変だったのよね!
「本館に寄りつくのですら嫌だった。今まで抑圧してきた気持ちの反動だろうね」
視線を落とし、唇を噛みしめている旦那様です。
こちらからはカレンデュラ様の顔は見えませんが、黙って旦那様のお話を聞いておられます。
「久しぶりに足を踏み入れた邸の変化は驚かざるをえなかった。使用人たちが生き生きし、花や光にあふれ、そして何よりも楽しそうで」
そう言うと旦那様は私に視線を向けました。ん? なんでしょう?
「ヴィオラが来てから、この邸は変わった」
む? 私ですか?
旦那様の視線を追って、カレンデュラ様も私を見ました。
「これまでは冷たく無機質にしか思えなかったこの邸が、暖かい血の通ったものに見えたんだ」
そりゃあもう、毎日せっせとお掃除洗濯お飾り頑張ってますもんね!
「最初は僕が勝手に押し付けた『名門公爵家の女主人』という責務を飄々とこなしているヴィオラに興味が湧いたんだ」
あらま! そんなところで関心を惹いてたんですか!
「そしてもっとヴィオラのことが知りたくなって一緒に過ごす時間を増やしていくうちに、肩ひじ張らずに公爵家を支えてくれている姿に好感をもつようになった」
まあ、『関心』から『好感』にレベルアップです! しかし、公爵家を支えているなんて買い被りにもほどがあります。女主人というよりは一使用人として楽しく過ごしているだけなので、あまりの褒めように思わずもじもじしてしまいました。
「どんなに僕が構わなくても何も強請らずつつましやかに過ごし、自分のスキルアップの為に努力を惜しまない」
それってダンスのレッスンのことでしょうか? ミモザのエステのことでしょうか? どれも強制だったんですけど……。まあいいか。
「あら、それじゃまるで私が何もせずにお強請りばかりしてたみたいじゃない?」
視線をきつくしムッとするカレンデュラ様。
「実際強請られたら断らずに与えていたのは僕だけどね。でも浪費しかしてなかったじゃないか」
その視線に対抗し、旦那様も目を眇めます。
「そうよ」
「ヴィオラは強請りさえもしないんだよ? 僕が買い与えようとしてもまだ自分には余りあるからって遠慮してしまうような人なんだ」
「そ。それで?」
「気の乗らない夜会に連れ出したのに、きちんと社交までやってのけた。堂々と公爵夫人としてね。カレンはどうだった? 気が乗らないとすぐにダンスをやめてしまったり、誘いを無下に断ったり」
「当たり前でしょ。私、そんな気を使う社交なんて真っ平御免ですもの」
ほほほほほ、と笑うカレンデュラ様。
「そうだね。僕も以前はそう思っていたけど、ヴィオラを見て『それは違う』と思ったんだ。無理にする必要はないけど、最低限のマナーは必要だよ。ヴィオラはちゃんと周囲に気を使っていた。きっと好きでもない社交界だろうに」
おお、旦那様! ここは大きく肯定したいところです。するとその言葉を受けて、
「だって、私には関係のない世界ですもの」
にぃ、と不敵に笑いながらカレンデュラ様は言いました。
「そうだね。だからやっぱり目を覚ますべきだって思ったんだ」
カレンデュラ様とは反対に、ふ、と切なげに眼を細める旦那様。
「あら」
そんな旦那様の表情の変化に、先程の笑顔をこわばらせ、半目になって旦那様を凝視するカレンデュラ様は、手にした扇をぎゅっと握りしめています。
「鬼のような条件を押し付けて放置したままの僕を恨むでもなく健気に頑張っているヴィオラを守っていきたいと思うんだ。だから、カレンデュラ、別れよう」
旦那様はまっすぐカレンデュラ様のルビーの瞳を見据えて、はっきりと宣言されました。
って、えええ?! 彼女さんと別れるんですかっ?!
ちょっと待って、いろいろパニックです!!
今日もありがとうございました(*^-^*)
今日はだんな様がしゃべりっぱなしでした(^^;)




