旦那様の興味?
ケンカしてるんじゃないんですか。
じゃあなんで旦那様は毎日こちらに帰ってくるんでしょうか?
「何かこちらに気を惹くものがあるのかしら」
私は何気に口にしたのですが、ふと視線を感じたので顔を上げると、侍女さんたちがこちらを見ています。それはもうじと~っと。
さすがに、
「わたし、ですかね?」
恐る恐る言ってみました。自分の鼻を指差すジェスチャーまでつけて。
すると、みなさん大きく首を縦に振るではないですか!! それはもうブンブンと!
「まあ、そうでございましょう」
「こちらで変わったものといえば、やはり奥様かと……」
「奥様と、お邸の雰囲気と」
侍女さんたちは口々に言います。そして、
「奥様、これは更生のチャンスでございますわ!」
同時に身を乗り出してくる侍女さんたち。
「こ、更生って?!」
侍女さんの勢いに押されて思わず椅子ごと後ずさりしていました。
「色ぼけてしまわれた旦那様を元の正常な、ご立派な当主様へと戻すための更生ですよ!」
「えっ?! えええ~?!」
うん、侍女さんたち。私の魅力・実力では、それは無理だと思われます。そんな期待一杯キラキラお目目で見つめないでください!
「ほら、あなたたち。そろそろ休憩時間は終わりですよ。奥様を困らせないでちょうだい」
そう言って話を打ち切ってくれたのは、私を呼びに来てくれたダリア。パンパン、と軽快に手を打ってみんなを現実に引き戻してくれました。
「「「「は~~~い」」」」
と言ってそれぞれカップを手に解散していきます。私も軽食を食べ終えていたので休憩終了です。お皿とカップを手に席を立とうとしたら、それらをミモザに素早く奪われてしまいました。それを苦笑しながら見ていたダリアが、
「先程旦那様からの伝言がございまして、いつもより早く帰宅するとのことでございます。念のためもう私室で大人しくされていた方がよろしいかと存じます」
ロータス経由の伝言を伝えてきました。
「まあ、そうですか。ではお部屋で安静にしておくわ」
お仕着せでうろうろしているのが見つかっては大変です。しかも今日は腹痛で絶対安静とか言われてましたしね。そう言えば腸内テロはすっかり沈静化しました。よかったです。
「はい」
ひとつ肯くと、ダリアの先導に続いてダイニングを出て行きました。
部屋にいてもこれといってすることもなく腐りそうになりながらも、いつ旦那様が帰ってくるかわからないので、いつものようにソファでのたうちまわっていると、
「旦那様がお戻りになられました」
と、ミモザがやってきました。
今日は宣言通り本当に早かったです。まだ夕方と言ってもいい時間です。
「わかりました。行きます」
そう言ってソファから立ち上がろうとしたところ、
「ああ、今日の出迎えはもういいですから。ただ今戻りました」
ここで聞くはずもない声がミモザの後ろから聞こえてきました。
「だ、旦那様?!」
立ち上がるどころか転げ落ちるかと思いました。それくらい、ここにいて不自然極まりない人ですから!
ミモザが入り口を譲ると、颯爽とした足取りで部屋の中に入ってくる旦那様。ちょっと眉尻を下げているところは、私を心配してのことでしょうか?
立ち上がろうと(いやむしろ落ちかけ)する私を手で制し、
「具合はどうですか? 報告では悪化することなく快方に向かっていると聞きましたが」
そう言って、長いコンパスで私の座っているところまであっという間に来ると、その横に跪いて顔色を覗いてきます。ってか、顔近っ! 思わずのけぞりそうになるのを寸でで堪えて、
「はい。薬湯も効きましたし、時間が経てば治まりますから」
あまりにも近いキラキラご尊顔に中てられ冷や汗をかきながらも、なんとか笑顔で答えられました!
「それはよかった。庭を散歩できるくらいまで回復したのならもう安心ですね」
心配顔は晴れて、すっかりいつものキラキラ笑顔に戻っています。
「はい」
ロータス。『庭で草引き』を『庭を散歩』に変換して報告したのね。つか、私の行動まで報告する必要はなかったんじゃ? ま、いいですけど。
「でも、一応これを」
旦那様はそう言うと、手に持っていたモノを私に差し出しました。
一見それは草を束ねたプチブーケのようです。つか、花がありません。とっても青々しい草束です。
これをどうしろと。
牛じゃあるまいし、これを食めと? ……いや、ありえないです。
ぽかんとなった私に微苦笑した旦那様は、
「王宮内の薬草庭園からいただいてきました。腹痛に効くという薬草ばかりですよ」
そう言って、その草束もとい薬草束を私の手に握らせました。
「まあ、王宮内の?」
「ええそうです」
ニッコリと笑う旦那様。
王宮内の薬草庭園というのは、薬草を完全無農薬かつ有機栽培で一つ一つ丁寧に栽培しているところで、王族が服用するのはもちろんのこと、王宮内で使用する薬はすべてここで栽培されているのです。なかなか一般人では入手できないレアアイテムです。そんな特別なところの超貴重な薬草を入手してきてくださるなんて! 旦那様、ちょこっと職権乱用してきました?
「よろしかったんですか?」
恐る恐る聞いてみれば、
「これくらい、なんともありませんよ。国王ご夫妻も、貴女のことをご心配なされていました」
しれーっと笑顔でなんだか聞き捨てならないことを口走ってくださいましたよ、コノヒト。
はあああ? 国王夫妻だと?? 私にとってはあまりに浮世離れした単語に、もはや言葉も出ませんでした。
ぎょっとして目を見開き口をパクパクしていると、
「たまたま薬草庭園でお会いしましてね。妻が腹痛で、といったらどんどん分けてくださいました」
ひゃ~!! 腹痛まで言っちゃいましたか!! うん、腹痛ならいいけど、食べ過ぎと美食中りって言われた日にゃ、もう二度と御目文字できませんよ。あ、でもそもそも旦那様は知らないことか。知られてなくてよかったです~!
「そ、そうでしたか~」
あはははは~、ともはや渇いた笑いしか出ませんでした。
「ダリア、これを薬に仕立ててきてくれ」
「かしこまりました」
差し出されたダリアの手に薬草束を渡すと、それを薬に仕立てるためにダリアは部屋を出ていきました。生の薬草ですから、あれは薬湯ではなく青汁……ではなく薬汁仕立てになるのですね。また要らぬ覚悟をせねばなりません。
ぼけーっとダリアの出て行ったあとを凝視していたら、
「今日の晩餐はどうされますか?」
と旦那様が聞いてこられました。さすがにハーフポーションとはいえもう一度美食を口にする勇気はありません。腸内のテロリストが活発になるだけです。
つかシンプルに賄食べたいです。
「今日はもう大人しくしておきます。軽食だけにしておきますので、旦那様はどうぞ遠慮なくお召し上がりになってくださいませ? お一人は申し訳ございませんから、別棟にご用意させましょうか?」
遠まわしに『別棟に帰ってくださーい』と言ってみます。その方が私的にはいろいろ都合がいいもので。
「いや、それは、そこまでしなくても一人で食べますよ。それにまだ心配ですし、今日もこちらに泊まっていこうかと」
さっきまでのキラキラ笑顔が引きつり笑顔に変わっていますよ、旦那様。そして晩餐だけでなくお泊りも?
「いいえそんな、ご心配には及びませんわ。今日一日ゆっくりいたしましたので明日には元に戻っておりますわ」
「しかし……」
私の顔を見上げて眉を曇らせます。旦那様、猫だと思ってたのですが、犬なのでしょうか? 垂れた尻尾が見えるようです。
「何かございましたらすぐ報告に参ります」
そんな旦那様を見かねたのか、ロータスが助け船を出してくれました。って、どっちの助けでしょうか。
「……わかった。絶対安静になさってくださいね。では、また明日」
若干萎れたまま出て行く旦那様でした。
今日もありがとうございました(*^-^*)
2/26 誤字訂正しました m( _ _ )m 報告ありがとうございます!




