おなかが痛い!
広~いダイニングテーブルに次々と並べられていく朝食の皿。そうです、毎日旦那様のお好みは変わるんでしたよね! すっかり忘れていました。
でもこの間義父母夫妻がいらっしゃった時はこんなのじゃなかった気がするんですが。あれ、おっかしーなぁ?
私の前にも同じようにどんどん並べられていくお皿たち。量はさすがに控え目にしてくれていますが、内容は旦那様とまったく同じ。ということは最高級の素材たちです。
うわ~、朝からこれはきっついわ。
カルタムに一言添えておけばよかったわ! 不覚にもお昼の賄のことで頭が一杯でした。
食べきれなくてもったいないオバケに祟られるのが先か、腸内テロリズムの活発化で撃沈するのが先か、選択肢は二つ。
ワタシ的にはもったいないオバケに祟られる方が嫌です。お残しをするとお母様に叱られます。って、これは関係ないか。まあなんというか貧乏性の私です。残すくらいならテロと戦う方がマシだと思うわけですよ。
お皿たちを睨みつけながら高速で脳内自分会議を開き『断固テロと戦う』と決めた私。
「ではいただきましょうか」
旦那様の声でやっと現実に帰ってきました。
「はい」
決意を胸に、私はフォークとナイフを取りました。いざ、決戦です。……たかが朝食で大袈裟な。
数十分後。
端的に結論を言うと『テロリズムに完敗』でした。
美味しい。思わず唸ってしまうくらいにとっても美味しいのです。さすがカルタムが真面目に作った料理たちです。
カルタムたちの配慮で、私の前にあるお皿は一口二口しか載っていません。序盤は料理を味わえるくらいに順調にこなしていったのですが、中盤を超えたところ辺りから胃の調子が崩れてきました。きりきりと痛んできたのです。これはどうやら限界値に達してきたと思われます。
それでも軽いサラダ類を食べたりしながら誤魔化し誤魔化し食べていたのですが、限界は突然やってきました。
ひときわ鋭い痛みと共に。
ああ、もうダメだぁ~!!
「ぐうっ……」
ごんっ!
「……った~~~!!!」
胃に手を当て、痛みのあまり体を折ったついでにおでこをテーブルで強打しました。
「ヴィオラ?!」
「キャア!! 奥様!!」
「奥様?! 大丈夫でございますか?!」
私のいきなりの豹変に、旦那様がさっと席を立ち急いでこちらに来るのが見えました。ロータスやダリアミモザも慌てているのが判りますが、とりあえずお腹とおでこが痛いです。
おでこは泣きっ面に蜂ですが。
「だ、だいじょ、ぶ。お腹が、きゅうに、いたく……」
お腹が痛いので力が入りません。
「大丈夫ですか?! ダリア、部屋に連れて行く!」
椅子に蹲ったままの私に旦那様は駆け寄ってくると、そのまま私の背とひざ裏に腕を入れ、ひょいっと抱き上げてしまいました。
「はい!」
ダリアは旦那様の後ろに付いてきているようです。
「顔色が悪い。何かに中ったのかもしれないな。私のにはこれと言っておかしなものはなかったように思うが……」
厳しい顔つきで鋭く言い放つ旦那様ですが、うん、これ、食中毒じゃなくて食べ過ぎと美食にやられただけです。すっごい大袈裟な感じになってますけど~。
「ええと、それは……」
私の腹痛に思い当たる節のあるダリアはオロオロとした声音です。これで食中毒と言えばダリアの夫であるカルタムの罪になりますからね。答え辛いところです。
「まあ、それは後でいい。とりあえず寝室の用意を急げ」
「はい、かしこまりました」
私は旦那様の腕の中、頭上で交わされる会話を唸りながら聞いていました。うん、このままでは確実にカルタムが責められてしまいます。後でちゃんとカルタムの無罪は主張しますから、今は弁護できないことを許してください!
私室に着き、ベッドに寝かしつけられた私。
「お医者を呼びますから、貴女は安静にしていてください」
旦那様が私のおでこにかかるストロベリーブロンドの前髪をかき上げながら顔を覗き込んでいます。
「そん、な、大袈裟、で、す。……腹痛、に効く、薬草、で、充分で、ござ、います」
もはや言葉は途切れ途切れですが、理解はしていただけるでしょう。腹痛に効く、というか、消化を促進する薬草ですね。
「いや、一応診ていただいた方がいいでしょう」
まだ険しい顔の旦那様。お医者様呼んできても、『高級食材を急に食べたから胃がびっくりして腹痛起こしただけですよ、ははははは~☆』なんて笑い飛ばされるのがオチですよ。
「いえ、ほんとう、にだいじょ、ぶです。み、もざ、薬草、お願い、して、いい?」
やけに食い下がる旦那様を押し止め、私はミモザに、ベリスのところから薬草を調達してくるようにお願いしました。もちろん『消化促進の薬草ヨロ!』『了解!』というアイコンタクトは忘れずに!
あ~もう痛くて脂汗が出てきましたよ。ミモザ、可及的速やかに薬草プリーズ!!
「かしこまりました!! 急いで行ってきますね!!」
そう言って踵を返すと、ミモザはダッシュで部屋を出て行きました。
「本当にお医者はいいのですか?」
まだ旦那様は言い募っています。いやほんと、恥かくだけですからやめてください。全力で。
「は、い」
力の入らない顔でにはーっと笑ってみましたが、
「そんなに痛いのですか?! ああもう、本当に……」
苦痛に歪んだ顔に見えましたか。そうですか。
ダッシュで部屋を出て行ったミモザと入れ替わりに、今度はカルタムが駆け込んできました。
「マダ~ム!! お腹の調子を悪くされたそうで! 大丈夫ですか? 申し訳ないです!」
そう言ってあっという間にベッドサイドに滑り込み、旦那様の横に並んだかと思うと私の手を取りいつものようにチュ! 相変わらずの流麗さです。
でもいつものように自信に満ち溢れた表情ではなく、眉尻を下げて心配げな顔です。イケメンは眉尻さげても情けなくはならないのですね。うらやましい。
「うん、だいじょ、ぶよ。寝て、たら、よくなる、わ」
イマイチ力の入らない手ですがいつものようにカルタムから取り返そうと引いたところ、それよりも先に旦那様が動き、カルタムの手をペッと剥がしてくれました。ありがとうございます! な~んて思ったのもつかの間、今度は旦那様はカルタムから取り返した私の手を握ったまま、
「カルタム、今日の料理はちゃんとしてたのか?」
地を這うような低い声でカルタムに言いました。
旦那様、カルタムは冤罪です! つか、お邸にいるすべての使用人さんたちは私の腹痛の原因が『美食を食べたから』ということを知ってますよ。知らないのは……。あはは~。
「もちろん、いつもどおり細心の注意を払って心を込めてお作りいたしました。不備な点などございません」
カルタムは視線を下げ畏まって旦那様に言いましたが、旦那様の鋭い視線は突き刺さったままです。使用人の不祥事(?)に、旦那様はお怒りなのでしょう。
でもむしろいつもの賄の方がいっそ適当に、というのは失礼ですが、旦那様たちに出すものよりは肩の力を抜いて作ってますよ。その方がお腹が壊れないって、不思議な事実ですが。
あわわ。私の腸内善玉菌が踏ん張りきれなかったせいでエライコトになってしまいました。しかも今は痛みのせいであまりしゃべれないから、弁護も弁解もできない!
なんとなくいや~な感じの空気が漂ってきた時。
「旦那様、そろそろお出かけになられませんと遅れてしまいます。奥様のことは我々にお任せくださいませ」
淡々としたロータスの声がこの場の空気をぶった切ってくれました。
今日もありがとうございました(*^-^*)




