決め手は
双子育児のせいなのか、むしょーにお腹が減る今日この頃。
もちろん侍女さんたちが手伝ってくれているので一人で頑張ってるわけじゃないですよ? それでも二人分の授乳とかなんだかんだしてるからかな、思ってる以上に体力使ってるようです。
しっかりお昼ご飯を食べたはずなんだけど、今の空腹具合はかなりヤバいかも。おやつの時間まで待てない。名門公爵家の奥様が空腹でお腹をぐうぐう鳴らしていいのでしょうか? いや、よくない! ……とかなんとか自分のいいように解釈して、寝室を抜け出し一直線に向かったのはもちろん使用人さん用ダイニング。この時間なら、まだ賄いが残ってるはず。ふふん。無駄に裏方事情に詳しい奥様だからね。
使用人さん用ダイニングの扉を開けると途端に鼻腔をくすぐるいい匂い。ふむ、今日の賄いはスープのようですね。しかも残り野菜をふんだんに入れた具沢山のやつとみた!
「お腹減ったあ!」
「おやおやマダーム! 育ち盛りですねぇ」
ヘロヘロでダイニングに駆け込んだもんだから、カルタムに笑われちゃった。
「あら、まだ育つのかしら私? ……違くて。無性にお腹が減るの。レティの時はここまでじゃなかったのに」
「それはかわいい双子を育てているから仕方ありませんねぇ」
「体力を吸い取られてるのね」
「はははっ! ではきっと、元気で丈夫なお子様に育ちますよ〜」
「そ、そうかな?」
「もちろん! だからお母様はしっかり栄養摂って、お子様たちに分けてあげないとですよ」
「うん、そうね! ということで、何かください」
「素直でよろしいでーす。今すぐできるのは、賄い用の具沢山スープですね」
「あ、やっぱり? 匂いでわかったわよ」
「さすが、マダーム。厨房歴が長い」
「ふふん」
「スープだけでいいですか? パンもありますよ? あと甘いものは——」
カルタムが厨房内を見回しながら色々提案してくれるけど、なんか際限なく出てきそうな予感。さすがに食べすぎでしょ。
「ストーップ! 甘いものはおやつまで我慢するから、スープとパンください」
「かしこまりました」
カルタムとそんなやりとりをしてからテーブルにつくと、そこには先客がいました。え〜と、新しくきた侍女さん……ニベリーです。美味しそうに賄い食べているので、またお腹が減ってきちゃった。って、それよりも! 私が|使用人さん用ダイニング《こんなところ》にいきなり現れたから、びっくりしてるんじゃないでしょうか。ロータスが『公爵家の事情は説明しておきます』的なことを言ってたから、多分知ってはいると思うけど。
「おじゃましまーす」
「申し訳ございません。すぐに食べ終わりますので」
とか言っていそいそと片付け出しちゃうから焦りました。
「いいのいいの、ゆっくり食べて! そもそも私がここにいることがおかしいから」
「そ〜ですよ〜。奥様がここに来るのはよくあることだから、慣れておかないと」
私がニベリーを引き留めていると、カルタムも加勢してくれました。
「そうそう、カルタムの言う通りよ。私ちょくちょくここにいるから。だから、これくらいのことでご飯を中断してたら、この先たびたびご飯食べそびれちゃうわよ」
「マダ〜ム、それ自分で言いますか」
「えへへ」
「ええ……と……」
そうは言われてもさすがに戸惑いますよね。ニベリーが『これ、どうするのが正解か?』と固まっている間に別の使用人さんが登場して『あ、奥様。賄い失礼いたしますね』と、さっさと食べ出したので、ようやく私とカルタムが言ってることが正しいと認識したようです。
「わかりました。では、わたくしも失礼いたします」
「そうそう、それでいいのよ〜」
続きを食べ出すニベリーと一緒に私もいただきました。
「ランチのスープも美味しかったけど、賄いのスープにはまた違ったお野菜足してますね? う〜ん、これは多分、さっき食べた気がする」
「さすがマダ〜ム。鋭いですね。メインのソースに使った野菜が余ったので、それを加えて具を増やしたんですよ〜」
「素晴らしい!」
お残しはダメ、絶対。食材を無駄なく使い切るのはいいことです。
「せっかく|使用人さん用ダイニング《ここ》にきたんだから、今日の晩餐も決めていこうかな」
ずっと寝室に篭りっぱなしが続いたんでね。久しぶりに気分転換です。
「今日はルクールから新鮮なお魚が届いておりますので、それをメインにしようと思っていたところで〜す」
「わーい、ルクールのお魚〜。新鮮なんでしょ? じゃあ、じゃあ、生のままでカルパッチョとかどお?」
「いいですねぇ。で も マダ〜ム用には少し湯引きをいたしましょうね」
「まだ生食はダメか〜」
「お子様たちのためですよ」
「はあい」
授乳中ですので、引き続きナマモノは止められています。なので、授乳期が終わったらソッコー生のお魚を食べてやると心に決めています。それまでの我慢。
カルパッチョ以外のメニューも決まったところで、それまで黙って私とカルタムとのやりとりを聞いていたニベリーが話しかけてきました。
「奥様は、お料理がとてもお詳しいのですね」
「すごく詳しいかって言うとそうでもないけど、実家にいた時は私がご飯作ってたこともあったんで、少しはできるかな?」
「まあ! そうでございましたか」
「あ、でもでも! 公爵家みたいに贅沢食材を使ってとかじゃなかったのよ。残り野菜でスープなんてざらだったし、庭で採れた野菜とか入れたり。干し肉を燻製したりもしたわ〜」
〝残り野菜〟はホンモノの残り野菜だからね。芯の部分まで余さず使うんだからね! 干し肉の燻製も、新鮮な肉を調理するんじゃなくて、傷む寸前のを延命処置として干して、それを燻製にするんだからね。ビンボー人の搾り出した知恵調理ですからね! ……多分伝わってないだろうけど。
「すごいですわ。干し肉の燻製、わたくしも得意ですのよ」
「え? そうなの?」
「はい! わたくし、料理人も夢見ておりましたので、調理のコースも履修しておりましたの」
「まああ〜!」
ニベリーは、普通の使用人としてはもちろん、料理人として雇われてもいいように勉強していたことがあったそうです。
そこから私たちは、料理話で大いに盛り上がりました。ちなみに私の実家暮らし(という名の貧乏暮らし)に関しては、ちゃんとロータスから話があったようで、引かれはしませんでした。ロータスのことだから多分、すごーくマイルドに、かつ、いいように話を盛ってくれたんだろな。
「わたくしの得意な燻製は、茶葉を使うのがコツでして」
「何それ聞きたい! どんな茶葉を使うの?」
「はい、それは——」
カルタムの本格料理とはまた違った料理のコツに、私はすぐさま食いついたんですが。
「奥様、そろそろお部屋にお戻りにならないと。赤さまたちがお腹を空かせておりますよ」
声に若干の呆れが混じってるのは気のせいですよね。ダリアがわざわざお迎えに来てくれました。連れ戻しに来たとも言う。
「あらやだ、おしゃべりが過ぎちゃったわ! 急いで戻らないと。ニベリー、続きはまた今度教えてね」
「いつでも喜んで」
ニベリーに見送られながら、私は寝室へダッシュで戻りました。
それから数日後。
「アルピニアとツェンベルトのナニーを決めたよ」
旦那様から告げられました。ロータスとダリアで話し合ったあと、最終的に旦那様が判断したようです。
「そうなんですね。誰に決まったんですか?」
「クローミアとニベリーだって」
「まあ!」
「どの使用人もとてもよくできた者たちみたいで、これという決め手がなくてずいぶん悩んだらしいよ」
「そうでしょうねぇ」
新人さん、どの方もみんないい人だし、お世話スキルも申し分ありませんから。さすが、うちの使用人さんの推薦枠です。
「この二人は特にヴィーと話が合うらしいけど、そうなの?」
「ええ。共通の話題があるので」
他の新人さんたちとも仲良くなれたと思いますよ? しかし、あれからも二人がお当番の日には、弟妹の話だったり料理の話(特にオリジナルレシピとか)でおしゃべりが弾んでましたからね。話が合うだけじゃなく、子どもたちのお世話も安心して任せられるから、わたし的には大賛成です!
旦那様にもざっくりと二人のことを話してみました。
「——へえ、そうだったんだ。じゃあ、この二人で大丈夫そうだね」
「はい!」
「もちろん今まで通り、他の侍女に相談もアリだからね」
「ありがたいですね。いきなり双子の育児ってちょっと不安でしたけど、いっぱい味方ができたようで心強いです」
「僕も頭数に入れてよ?」
「当たり前じゃないですか〜! 即戦力かつ最前線で頑張ってもらいますよ〜」
双子育児が、これまで以上に楽しみになってきました。
*** ヴィオラが寝室に戻った後のダイニングでの話 ***
カルタム「私もさっきの『燻製のコツ』が気になったんだけど」
ニベリー「茶葉を使う、と言うのですか?」
カ「そうそう。普通は木のチップを使うでしょ」
ニ「私の故郷は茶葉の産地だったので、たくさん採れるのを使っていたんです。茶葉によって風味が変わるので面白いですよ」
カ「ふむ。奥様のお好きな郷土料理だね。今度ウチでもやってみよう。ニベリー、手伝ってくれるかい?」
ニ「いいんですか!?」
ということで、ニベリーはたまに厨房で調理したりしているようです。
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今日もありがとうございました(*^ー^*)




