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意義あるお茶会

「パウロニア侯爵家——由緒正しい古い家系で、今の当主様が〇〇代目で……」

 事前勉強ということで貴族年鑑を引っ張り出してきて、ただいま再勉強中です。

「——てゆーか、こういう情報ってすでに知ってるし、多分、今、仕入れるべき知識はこれじゃないと思うのよ」

 これでもちゃんと、一通りは年鑑をお勉強しましたからね。

「なるほど。そうでございますね……確か……現侯爵夫人はサングイネア侯爵夫人の姉に当たる方だったはずでございます」

「それよそれ! 今欲しい情報!」

 さすがロータス。貴族年鑑に載ってないことが知りたいんですよ、私は。そういう補足、もっとプリーズ。

「表向きは婿養子に入られた当主様が色々と取り仕切っておられますが、パウロニア家の直系は現侯爵夫人で、家督を継がれていらっしゃいます」

「へぇ〜、そうなんだ。アイリス様のお母様と侯爵夫人が姉妹ということは、伯母様ということですね」

「左様でございます」

 その関係で、今回のお茶会はパウロニア侯爵家でするのね。うん、関係性は理解しました。

「こういうのって、最新版の年鑑には載ってない事項よね。はぁ、ロータスがいてくれてよかったわ」

 先代の情報なんて知らんがな。——じゃない。以前の勉強では、名前と官職とか、そういう基本事項しか頭に入れてなかったし。上っ面だけの勉強を反省しなくちゃですね。

 とりあえず、押さえるべき点は押さえられたかな?




 付け焼き刃ですが、パウロニア侯爵夫人について、何とか頭に叩き込めました。お茶会当日はアイリス様がうちまでお迎えに来てくれたので、一緒にパウロニア家に向かいました。

 基本的に社交おしごとはオプション、最低限しかしないので、今日は密かに緊張しています。お友達のところ以外はほぼ行ったことないですからね。しかもこんなプライベートでなんて、ないない!

「パウロニア侯爵夫人とはほぼ初対面に近いのですが、大丈夫でしょうか、私」

「あらやだ緊張させてしまったかしら? ごめんなさい。でも、大丈夫ですわよ。おばさまは優しい方だから」

「そうなんですね」

「ええ。なので、気楽にお話しして、お茶を楽しみましょう」

「はい」

 とは言え初対面。気を引き締めていきましょう!


 いかつい古い門を潜ると、大きな池の向こうにお屋敷がありました。凪いだ水面の反射に照らされる建物は、古いが故に重厚で、パウロニア家が由緒正しいお家なんだということを体現しているようです。


「ごきげんよう、ヴィオラ様。わざわざお越しくださり、ありがとうございます。今日は風の気持ちいい池のほとりにお席を設えておりますのよ」

 物腰優雅な侯爵夫人が、みずから席まで案内してくれました。アイリス様のお母様をあまり知らないからどうこう言えないけど、アイリス様とは目元が少し似てるなぁと思います。

「アイリス様と目元が似てますね」

「よく言われますわ。母も祖母も似てるので、これはパウロニア家の血ではないかって言われてますのよ」

「そうなんですね」

 私も妹とよく似てるって言われるから、そういうもんなんでしょう。


 案内されたお茶の席は、湖面を渡る風が心地よく吹き抜けていました。

 優雅だけど凛とした空気を纏う侯爵夫人に、こちらも背筋が伸びます。

「さあ、どうぞ。パウロニア家のシェフが丹精込めて作りましたのよ」

 テーブルの上は、生菓子に焼き菓子、サンドイッチやちょっとしたおつまみと、とっても豪華です。しかも、うちのカルタムに負けず劣らずの美味しさです。

「とても美味しゅうございます」

 おほほほほ! と『よそ行きヴィーちゃん』発動中。

「苦手なものはございません? 懐妊中は舌が変わることもございましょう?」

「大丈夫ですわ。強いて言えば、懐妊中にナマモノはダメと言われていて、食べられないのが悲しいくらいです」

 早く生のお魚食べたい! という気持ちが溢れ、ついつい本音が出てしまったわ。初対面の方になんてこと。

「あらあら」

 でも侯爵夫人は朗らかに笑い飛ばしてくれました。

「おばさま、公爵家でいただいたお魚料理は絶品でしたのよ。ヴィーちゃんだけ食べられなくて可哀想なくらい」

「そう言えばこの間の試食会? とても美味しかったと、うちの主人も言っていたわ。ではきっと、お口にされた時には、うれしすぎて泣いてしまいそうですね」

「はい。泣く自信あります」

「ほほほ! それで、あとどれくらいの我慢なのかしら?」

 我慢って! 侯爵夫人、なかなか面白い方ですね。

「三月ほどです」

「そうなんですね。重病説が流れた時にはどうなさったのか心配いたしましたけど、まさかこんなめでたい知らせになるとは」

 そう言って微笑む侯爵夫人。

「今回は体調が不安定だったもので、なかなか公表できなかったんです」

 こんなお友達の親戚という遠い存在の方にまで心配かけてたなんて……なんか申し訳ない。

「それは仕方ありませんね。わたくしにもそういう時期がございましたよ」

 侯爵夫人の懐妊時……あ、侯爵家のお子様のことすっかり抜け落ちてた。今の発言でお子様がいらっしゃるのはわかったけど、性別も年齢も全くわかんない。こっそりアイリス様に行くわけにいかないし……知ってるフリして誤魔化しつつこの場を凌ぐしかない。

 と、開き直ったところに。


「はいはい、お菓子が焼き上がりましたわよ〜。召し上がれ」


 と言って、美人さんが二人、お菓子の甘〜い香りを振り撒きながらやってきました。使用人さんにしては登場が派手だし、お仕着せ着てないし、なんならドレスが美しいし……一体誰でしょうか?

 顔には出さないように気を付けつつ、でも新しい登場人物にドキドキしていると、

「ありがと。ヴィオラ様、ご紹介いたしますね。私の娘たちです」

「ごきげんよう」

「いらっしゃいませ」

 侯爵夫人に紹介されて、美人さんたちがご挨拶してくれました。

「従姉妹ですけど、歳が離れているのと既婚ということで、あまりヴィーちゃんに近寄ってなかったんですよ」

 アイリス様、私に話しかけていいのは『未婚のみ』とも『年齢が近い』とも限られてませんから! ちょっと吹きそうになりました。とはいえ誰でもガンガン来られても困るけど。

「歳が離れてるって言っても十しか開いてなくてよ、アイリス」

「ごめんなさーい。お姉様は十分にお若いでーす」

「よろしい」

 いいのか? アイリス様、絶対思ってないですよね。知らんけど。

「ヴィオラ様のところもお嬢様でしたわよね?」

 アイリス様と従姉妹のお姉様方との軽い会話を楽しく聞いていたら、侯爵夫人がこちらに聞いてきました。

「はい。バイオレットと申します」

「おばさま、レティ様ね、ヴィーちゃんによく似ててめちゃくちゃ可愛いんですのよ」

「あら、ヴィオラ様似なの? それはきっとお可愛らしいでしょうね」

「いえいえ、そんな」

「公爵様の溺愛も半端ないんですから」

「ふふふ。うちと同じね」

 こんな美人姉妹だと、お父様にとっては自慢の娘さんでしょうね。旦那様のように溺愛してそう。なんて思いながら御姉妹を見ていたら。

「ヴィオラ様。少し立ち入ったことを申しますが、よろしいかしら?」

「はい……?」

 侯爵夫人が、優しい口調ながら改まっています。なんでしょうか?


「第一子が女の子だったのもあって、今、少しプレッシャーを感じていらっしゃるんじゃないかしら」


 ドキーっ!! 侯爵夫人、いきなり図星です。え? え? 初対面だっつーのになんでわかったの?

「そ、それは——」

「違ったらごめんなさいね。わたくしも同じことを感じていましたので」

「あー……」

 侯爵夫人が話してくれたのは、私が感じているようなことでした。

 由緒正しい家系なのに、自分が後継だということ。次代こそは男の子をと期待したけど、二人とも女の子だったこと。

「結局のところ、男の子を産まなくちゃって思っていたのはわたくしだけだったのよ。でも、誰もそんなこと期待してなかった。ああ、いい意味でね」

「いい意味とは?」

「母子共に元気ならそれでいいじゃないってこと」

「ああ!」

「お腹のお子様の性別がまだわからない以上、今、クヨクヨと考えていても仕方ないですよ」

 それ、どこかで聞いたことあるぞー。そっか、パウロニア家の方々も、理解ある人たちだったんですね。

「わたくしがこの家を継ぐことになっているんですけどね、お父様ったら『可愛い娘とずっと一緒にいれるなんて、僕は幸せ者だよ』っていつも言ってるんですのよ」

「他所の、デリカシーのない方から『男の子は望まないのですか』というようなことを言われたりするみたいなんですけど、それも『こんなに可愛い娘が二人もいるんですよ? これ上何を望みます?』って。お父様ったら、娘バカなんですよ」

『親バカ』通り越して『バカ親』になりつつあるいやもうなってるか、身近にいるぞー。てゆーか、そんな人が他にもいたのか。

 なんか侯爵夫人に——いや、ご夫妻に、勝手に親近感覚えちゃってる私がいる。

「主人に守られて、『こういうお家もあるんです』ってわたくしも開き直ってますの。うち以上に愛妻家の公爵様でしたら、きっと全力でヴィオラ様をお守りしてくださいますよ」

「そんなこと——」

 多分——そうでしょうね。否定できないね。

「何が言いたかったかというと、ヴィオラ様も元気なお子様を産むことだけを考えてくださいね、ということです」

「わかりました! ありがとうございます。すごく勇気が湧いてきました」

「ならよかったわ」


 初めの緊張はすっかり解け、なんなら最近の悩みまで吹っ飛び、和やかにお茶会は進みました。




 ——しかしなんで初対面の侯爵夫人が、私の悩み事に気付いたんだろ……? 顔に出てた? いやいや、さすがによそいき社交モードで、そんなヘマはしないでしょ。じゃあ……アイリス様から聞いてた? いや、アイリス様に愚痴ったことないし、それもないと思うんだけど……。そもそも旦那様に勘付かれるまで誰にも言ってなかったし。そーいや旦那様、今回のおでかけを、やけに素直に送り出しましたよね。でも、旦那様とアイリス様の接点って……あっ!!


 アイリス様……旦那様……セロシア様!

 

 すっごくぶっといルートあるじゃないですか!! そうか、このルートか!!

 きっと旦那様がセロシア様を通してアイリス様に打診したんだわ。きっとパウロニア家のことも知ってて……。

 手の込んだお悩み解決。やられました。

今日もありがとうございました(*^ー^*)

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― 新着の感想 ―
[一言] あの空気を読めなかった旦那様がすっかり立派になって…(ホロリw)
[良い点] 皆さんが優しいね。 [一言] フィサリス公爵家は後継ぎ長男がいたのに、その長男のせいで結婚、後継者問題に苦労させられた過去の実体験があるので、「男の子だったら後継ぎの心配が無い」とはとても…
[良い点] 優しい旦那様です。ステキです!
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