珍しいご招待
一時はどうなるかと思いましたが、なんとか試食会を終えることができました。駆け込みで大物が運び込まれた時のお客様のどよめきと言ったら……! いや、お客様より私たちの方の安堵の方が大きかったかな。とにかくつかみはオッケー、この先の需要、絶対伸びると思います。ついでに私が元気だということも周知できたし。今回の試食会は、むしろ大成功だったんじゃないでしょうか。
「あ〜。やっと日常に戻ってきた気がする」
王都に帰ってきてからはずっと試食会の準備にバタバタしていたので、ようやく本来の(?)ダラけた……おっと失礼、のんびりとした日常が戻ってきました。
「窓拭きをしながら言うセリフではないと思いますが」
「あらやだ」
軽い運動がてらのお掃除に参加することに『日常』を感じてしまう……根付いた庶民感覚は失われていないようです。侍女さんからのツッコミ? もう慣れっこですよ!
「あとは元気なお子様の誕生を待つばかりですね」
「そうね!」
そうそう。適度に運動して適度に休む。体力つけて、きたるべき日に備えなくちゃです。しかも今回は、出産後に『お楽しみ』が控えてるんですよ。
「早く生でお魚食べたいわ」
「そっちですか!」
予想した通り、ルクールから取り寄せる新鮮なお魚には注文殺到で、納品には数ヶ月待ちとかいううれしい悲鳴を上げまくっています。天然物ですから、数に限りがあるのでしょうがないですよね。もちろん公爵家での需要は最優先だから、いつでも食べられます。が、しかし私はまだお預けです。解禁まであと数ヶ月の我慢。
「冗談冗談。早く赤ちゃんに会いたいです」
「きっとレティ様に負けないくらいお可愛いお子様ですよ」
「そうね! レティは旦那様要素が強くて可愛いいけど、次は——」
どんな子が誕生するかしら。男の子だろうが女の子だろうが、どっちにしても私に似てしまったら悲劇じゃない!? こんな地味子に似てしまったらと思うと……おぅ。
「どうかされましたか?」
想像して言葉に詰まったから、侍女さんに心配されてしまいました。
「ごめんごめん。うっかり私に似た赤ちゃんを想像しちゃったら、可哀想になっちゃったの」
「なぜですか!!」
「地味子確定じゃない。……ん?」
「次は何ですか?」
「いや……」
地味子以前に、次も女の子だったら……。
あ〜ん、思い出してしまった〜! 後継ぎ問題! ずっと忙しかったからすっかり忘れてたけど、解決してないんだよなぁ。次の子供が女の子とは決まってないけど、男の子だとも決まってない。むむぅ……。
公爵家的には大問題、思い出してしまってまたまた絶句してしまいました。
「奥様? 奥様?」
「——はっ!」
「ご気分がよろしくないですか? もうお手伝いはおやめになった方がよろしいのでは?」
「あ、うん、違うの。大丈夫」
「しかし、お顔色が……」
「ちょっと気分が重たくなっただけだから、ほんと、大丈夫」
「とにかくここは切り上げてお休みしましょう」
そっと、でも確実に、私の手にある雑巾を取り上げられてしまいました。このままだと、あれよあれよと言う間にベッドに押し込まれてしまう流れだわ。
「じゃ、じゃあ、外に行くわ! 気分転換に、レティたちと一緒にお外遊びでもしてくる」
このまま何もしないでいたらあれこれ考えすぎちゃって、堕ちていくのは目に見えてますからね。何とか気を逸らさなくちゃ。
私は慌ててレティたちを呼び、庭園に出ました。
一度気になってしまったら、なかなか晴れないものですね。そういやレティがお腹にいる時も、こんな感じで気に病んでた時期があったっけ。てゆーか、私ってこんなにくよくよと考え込むようなキャラだったかしら。
あんまり落ち込んでばかりいたらみんなに心配かけちゃうので、努めていつも通り、元気に振る舞ってたんだけど——。
「元気ないけど、どうかした?」
旦那様にはバレちゃいました。ちょっと鋭すぎません?
「え? そうですか? 元気ですよ?」
「いやぁ? 何となく上の空な気がするけど?」
「そんなことないですよ」
「ならいいけど。どうせヴィーのことだから、また『男の子産まなくちゃ』とか思って自分で自分を追い詰めてるのかと思ったけどー?」
「ぐぬっ」
旦那様、めっちゃ図星ですやん。変な声出ちゃったわ。
私の反応で『当たり』と確信した旦那様が、ニヤッと笑いました。
「もう〜。レティの時もそうだったけどさ。ヴィーは、ただただ元気な子を産むことだけ考えたらいいの。余計なことは考えない!」
「でも〜」
「父上や母上も同じこと言ってたでしょ」
「だって〜」
「はいはい、デモデモダッテはもうおしまい。あんまり落ち込んでたらお腹の子によくないよ」
「それはいけません!」
「でしょう? ヴィーは既にレティの母上なんだから、もっとどっしり構えていてもいいくらいだよ」
「スミマセン」
小心者なのはいつまでも変わんないんですよ。でも、旦那様に諭されて少し落ち着いたかも。
「私だけみたいですね、男の子に拘ってるの」
誰にも強制されてないのに、自分で追い込んで……自虐趣味なんてなかったはずなんだけど。
「そうだよ。やっと気がついた?」
「……ハイ」
ま、いっか。この際どっしり構えて、開き直っちゃいましょう!
開き直ると決めてからは、いつも通り、落ち着いて過ごすことができるようになりました。社交だって、旦那様が行かなくていいって阻止してくれているので行かなくていいし。むしろパラダイスじゃない?
そんなある日のこと、アイリス様からお茶のご招待がきました。わたし的にはアイリス様だし、行ってもいいかな〜と思うんですけど、ただいま過保護全開の旦那様が何と言うか。これは要相談と思い、帰ってきた旦那様にお伺いを立ててみました。
「気分転換にいいんじゃない?」
あっさりオッケー出たもんだから、肩透かし食らった気分です。やっぱり相手がアイリス様だから?
「お出かけしていいんですか?」
「もちろん。たまには気分転換もいいでしょ。家にばかりいたら気分が滅入るだろうし」
確かに、いつもの私なら引きこもり万歳なんで滅入るも何もないけど、今は逆に外出がありがたいかも。
「では、お言葉に甘えて」
「うん、行っておいで。それで、そのお茶会はいつなの?」
「ええと……明後日のようです。——あれ?」
「どうかした?」
「場所が……アイリス様のお家ではなくて。〝パウロウニア侯爵家〟ってなってるんです」
誰よパウロウニア侯爵。……じゃなくて。
いちおう『フルール王国貴族年鑑』を勉強した身としては、パウロウニア侯爵様は存じてますよ。でも〝存在を知ってる〟のと〝ご本人と面識があるかどうか〟は別物でしょ。アイリス様からのお誘いだけど、全然知らない侯爵様のお家にお邪魔するわけ? どゆことどゆこと?
軽く混乱してるというのに、旦那様はというと。
「そーなんだ〜」
って、何だか呑気にしてるし。いつもなら止めるところじゃないですか? 知らないお家への招待ですよ? いいんですか?? ますます混乱するって!
「いいんですか? あまり面識のない方のお家ですよ?」
「でもアイリス嬢がいるんでしょ? ああ、もう『嬢』なんて気安く呼んだらダメなんだよなぁ」
え〜じゃあなんて呼べばいいんだろ? セロシアの奥さん? ラエビガータ伯爵夫人? ん〜、まだ慣れないなぁ〜……なんて旦那様は一人でブツブツ言ってますけど、問題点はそこじゃない。
でも……アイリス様がいるし、まあ、いいのかな?
「とにかく、両夫人によろしく伝えておいて」
「夫人? あ! はい!」
誰のこと? って、一瞬きょとんとなったけど、もうアイリス様はセロシア様のご夫人だったわ。すっかり忘れてたけど……なんか新鮮だなあ。
そうと決まれば明後日までに貴族年鑑のおさらいしとかなくちゃ!
今日もありがとうございました(*^ー^*)




