試食会
当初の『でっかい魚をお客様の目の前で解体する』という目玉企画がダメになり、やっぱり私、まだモヤモヤしています。
「すごくいい思いつきだったのに……誰も経験したことのない試食会になるはずだったのに……」
ここまできて思い悩んでも仕方ないことだけど、やっぱりノリノリで準備してきた身としては残念極まりないんです。私がしょぼんとしていたら、旦那様が、繋いでいる私の手を優しくポンポンっと叩いてきました。
「大丈夫。誰も魚の大きさなんてわからないし、そもそも味で勝負だし」
「でも……」
「ライブキッチンという素晴らしい企画で十分みんなを驚かせることができるよ。自信を持って」
という旦那様の言葉に、私も吹っ切れました。
「——ですよね! うん、十分に斬新な試食会ですよね」
「そうそう」
「クヨクヨしてる暇なんてありません! お客様にルクール産のお魚の良さを知っていただくんだから! 私もアピール頑張らないと」
「その意気だ。ほら、見てごらんよ。みんないつもと様子が違うでしょ」
旦那様と一緒にこっそり覗いた大広間では、お客様が見慣れぬ設備——簡易かまどや鉄板、調理台を見てソワソワしていました。確かに『これ何に使うんだ?』ってなりますよね。もう十分サプライズにはなってるようです。
ちょっと予定は狂っちゃったけど、試食会、頑張りましょう!
優雅な音楽が流れる中、お客様は自分の好きなようにお料理をとり、好きな場所で味わっていただきました。せっかくのランチ会、部屋の中だけでなく、テラス席もご用意していますよ。
「いかに鮮度の良い魚を王都まで運ぶか——、とても工夫しましたよ。荷馬車の改良からやりましたからね」
「本当に領地の魚が美味しいのでね」
「この魚の良さに気付いたのは妻でして、僕も妻に、王都でもこの美味しい魚を食べさせてあげたいと言う一心で努力しました」
云々カンヌン。お客様の中に混じった旦那様の営業トークが炸裂しています。ところどころに嫁バカぶっ込んでくるのはやめていただきたい。
そんな中ライブキッチンではカルタムがどんどん魚を捌き、そのまま切り身として提供したり、鉄板で焼いて、生食とはまた違った美味しさをアピールしていました。すっかり人だかりができています。
「ひとついただこうか」
「どうぞ」
「私は生の切り身を食べたいな」
「すぐにご用意いたします」
今日のカルタムはいつもと違って真面目モード(ごめんあそばせ!)。キリッと引き締まった表情で鮮やかに包丁を振るう姿はもはや圧巻と言っていいほどですよ。あ、そこの淑女! 惚れたらダメですよ〜。
今日イチの大きさの魚(ゆーても両手広げたくらいだけど)が運び込まれた時には、お客様からどよめきが起こりました。
「では、今からこれを捌かせていただきます」
カルタムはそう宣言すると、まずは豪快に頭を落とし、ドン! と調理台の上に置きました。
「これは塩を振って丸焼きにいたします」
「それも食べられるのかな?」
「ええ、もちろんでございます。カブトヤキと申しまして、むしろ希少部位でございますよ?」
「ほう……!」
『希少部位』というカルタムの答えに、お客様の目が輝きました。魅力的な響きですよね。これはここで調理するには大きすぎるので、塩を振るところまでを実演したら、藁焼きにすべく、外に運ばれていきました。香ばしく焼くのがミソらしいです。
頭を落とした身は綺麗に三枚におろし、一人分ずつに切り分けたら天板の上にオン。
「では参りますよ」
そういうカルタムの手には、度数の高いお酒が。さっと振りかけると火が着いて——。
「わぁ!」
「すごい……!」
フランベの炎が派手に上がった時には、お客様から驚きの声が上がりました。ふふふ、つかみはオッケーですね。焼き上がったものを手早くお皿に移してお客様にお出しすれば、あっという間に完売です。
鉄板焼きコーナーの隣ではティンクトリウスが、薄くスライスした身をサッとお出汁に潜らせ、しゃぶしゃぶを作っています。こちらも珍しいお料理なので、みなさん興味津々で見守っていました。
「あらこれ、別荘にお伺いした時にいただいたお料理じゃなくて?」
バーベナ様が気付いて、私に聞いてきました。
「そうです。好評だったので、こちらでもやってみようということになりましたの」
「ええ、絶品でしたわ」
「わぁ、嬉しい! また食べられるなんて」
「一ついただける?」
「わたくしも」
「お気に召して、光栄でございます。こちらをどうぞ」
アイリス様や他のお友達がそうおっしゃってくれたので、ティンクトリウスが嬉しそうにしています。しかも、私たちの会話を聞いた周りのお客様が『え? それは食べないといけないよね?』みたいな顔をして取りに行くという好循環。図らずしてサクラ商法になっちゃった。でも事実だからいいよね。
どちらも大人気で、お客様が絶えません。次から次へと休む暇なく調理してます。
いざ試食会が始まってみると、旦那様の言う通り、誰も魚の大きさのことなんて気にもしませんでした。
「ほらね、言った通りでしょ」
「はい! 企画と味で、お客様も満足してくださってますね」
ホッとしたけど、大きな魚を見せられなくて残念な気持ちもあるんですよねぇ。旦那様と変わりない大きさのお魚。見たら絶対驚いてもらえること間違いなしなのに。
ルクール産のお魚の説明や味を一通り宣伝し、宴もたけなわの頃、ロータスが旦那様に耳打ちしました。
「——うん、わかった。カルタムに伝えて。あとはよろしく」
「かしこまりました」
なんだろうと見ていたら、今度はカルタムのところに行ってヒソヒソと。なになに? 私も知りたいんですけど?
「ロータス、なんだったんですか?」
「うん、見てるとわかるよ」
「?」
旦那様に聞いたけど、教えてくれません。そうしてるうちにもロータスは大広間を出て行ってしまいました。え? まったくわかんないんですけど?
しばらくするとロータスが戻ってきました。
「本日の目玉の魚が届きました」
ロータスの後ろから、使用人さんたちが大きな板か何かを担いで入ってきました。上には白い布が被せられていて、大きく盛り上がっています。
こっ……これは、まさか………!!
丁寧に調理台の上に置かれた板からカルタムが布を外すと、そこにいたのは黒光りしたでっかいお魚。ツヤッツヤで丸々とした、ご立派なやつです。これこそ当初予定していた大きさのじゃないですか〜!
見たことのある私でさえ興奮する大きさ、初見のお客様たちの反応は凄まじくて。
「これは……!」
「なんて大きさだ!」
「私よりも大きいのでは?」
さっきの比じゃないどよめきが起きましたとも。
「これは傷むのが早い種ではなかったかな?」
お魚に詳しいのか、お客様の一人が首を傾げています。
「おっしゃる通りでございます。しかし公爵家の運搬技術の向上で、こうして新鮮なままお届けすることが可能になりました」
「なんて速さを実現されたのか!」
そしてロータスが、今朝獲れたものだと説明したら、さらに驚きの声が上がりました。信じられないスピードですもんね。
巨大魚さんの登場のおかげで、運搬スピードが実証された形になりました。
試食会は大盛り上がりのうちに終わりました。
お客様も大満足、私たちもいい宣伝ができて大満足。その上、私も元気だということがアピールできたので、完璧な大成功だったんじゃない?




