夜会について
夜会に参加ですか。自慢じゃありませんが、王宮なんぞ結婚式の時にしか足を踏み入れたことありませんよ。実家の両親は最低限のお付き合いということで何度か参上していましたが、私まで伴う余裕なんてありませんからね。
「オプション、ですか」
意味が解らなかったのか、旦那様が呆気にとられた表情になります。
「はい。当初のお話では社交の場にも出るという話はなかったように思うのですよ」
私はオプションと言った理由について説明しました。契約内容の説明の時に社交のことは言われませんでしたよ。まさに契約外だと思うのですよ。
名門公爵家ですから、今までもたくさん夜会や社交のお誘いがあったようです(ミモザ談)。
でもそれにはカレンデュラ様を伴って参加していたようです(ダリア談)。
だから今回もいつもどおりにすればいいのにと思う私なのですが、まだこちらで晩餐を食べていくあたり、旦那様はカレンデュラ様と仲直りしていないのではないかと推測されます。ゆえに彼女を夜会に誘えない、イコール私を連れてけばいいや、ということでしょうか。
『彼女さんとケンカでもしてるのですか?』なんてズバリ核心を聞くのは何かなぁと思い、
「えーと、あの、彼女さんとは行かれないのですか?」
やんわり聞いてみました。
「ええ、まあ」
歯切れ悪く旦那様が答えます。
「具合がよろしくないのですか?」
もう少し踏み込んで聞いてみると、
「いや、まあ、うん。そんなところです」
目を泳がせさらに歯切れ悪くお答えになりました。これはケンカ確実ですね!
しかしよく考えてみると、これは王家からの正式な夜会の招待状です。どこかの貴族邸で行われているような私的な集会ではありません。公式行事ですから、彼女さんを伴って出席するのはまずいんじゃありませんか? だから旦那様は仕方なく私のところに話を持ってきたと考える方がしっくりきますね。
だから旦那様の受け答えの歯切れが悪いんですね!
まあ何だか自分の中で納得がいきましたので、旦那様を見上げその濃茶の綺麗な瞳をまっすぐに見つめて、
「わかりました。それはいつですの?」
しっかりと頷きました。
「2週間後です」
私の了解を得られたからか、それまで狼狽え気味だった旦那様の目の焦点が私に合いました。2週間後なら時間的にも余裕がありますね。え? なんの余裕かって? それはいろいろ覚悟を決める余裕ですよ! 主に意地悪を仕掛けてくると予測される令嬢系への対応ですよ。お約束でしょ? でもまあそれはおいおい。
「わかりました。ミモザ、ドレスはありましたよね?」
旦那様の返事を聞いて私は後ろを振り返り、そこに控えているミモザに確認しました。
衣裳部屋にはまだまだ袖すら通したことのないドレスがわんさかありますからね! 当初の宣言通り、着やすく質素なドレス数着をヘビロテしている私です。恨めし気なミモザの視線はスコ無視して。もちろん一番のお気に入りはなんといってもお仕着せですが。
「ええ、大丈夫ですわ」
「お飾りの方も?」
「もちろんでございます」
ニッコリ笑って頷くミモザです。『ふっふっふ~。手加減なく飾り付けられるわ!』というミモザの心の声が聞こえてきそうです。どんな特殊メイクを施されるのか心配になってきました。
そんな私とミモザのやり取りを黙って聞いていた旦那様ですが、
「いや、これは私が無理を言うのだからドレスを新調させましょう」
ニコッとキラキラスマイル付きで提案してきました。
はああ? まだこの上新しいドレスですって? おニューのドレスが山ほどあるのに?
私までもったいないオバケに祟られてしまうじゃないですかっ!!!
「いいえ! とんでもございませんわ! こちらに用意していただいていたドレスもまだ新しいまま何着もありますし、輿入れの際にいただいたドレスも山のようにありますから、新調などもったいないです!」
しかもどれもこれも見るからに繊細なものや手も込んだもの、最高級の布地を使った要するに高級品ばかりですよ! 新品があるのにこの上まだ新調するとな?!
その金銭感覚のズレたるや、埋めようのない大きく深いクレバスといったところでしょうか。唖然となって抗議している私を尻目に、ミモザは嬉しそうに、
「かしこまりました。すぐにでも仕立て屋を手配いたします!」
と答えています。未だかつてこんなににこやかに旦那様の指示に従っているミモザを見たことありません!
ミモザの豹変にボーゼンとなっている私とは対照的に、旦那様はミモザに向かって満足そうにひとつ肯くと、今度はその横に控えていたダリアに向かって、、
「宝飾品もそれに合わせて新調するといい。ダリア、そちらを手配してくれ」
旦那様は事もなげに指示してしまいました。
「かしこまりました」
ダリアも普通に指示に従っています。
いやいやいや、ちょっと待て! 私はうんと言った覚えないんですけど?
「え、ちょ、ちょっと待ってください! 宝飾の類もまだつけたことがないものもたくさんありますから!」
もう崇り決定ですよ! 無駄遣いはんたーい! 浪費はんたーい! 贅沢は敵だー!!
そんな焦る私を三人はまるっと無視して、業者の手配について話しています。なんだか普段と立場が逆転してません? 取り残された気分なんですが?
「あ~もう、なんで夜会なのかしら? 新しいドレスなんていらないしっ! 宝飾品だって滅多に使わないっちゅーの!!」
夜会に出席云々というよりは、その無駄遣いに腹を立てている私です。これだから金持ちのボンボンはっ!
取り繕うことなく素の自分でぷりぷりしながら私室のソファでのたうちまわっていると、
「お連れ様などしょっちゅうドレスや宝飾品を新調なさってらっしゃいるんですから、奥様も遠慮なくいただけばよろしいのですよ! むしろもっとおねだりしてもいいくらいですわ」
そう言うミモザを見れば、ニヤリと笑っています。うん、笑顔黒いよ?
「そんなの、よく知ってるわね」
「そりゃあ、旦那様付きの侍女仲間からの情報ですわぁ」
おおう。情報ダダ漏れですね。
「まあ、請求書の類でもわかりますしね」
ダリアもしれっと付け加えました。こちらは無表情なので、普通に怖いです。
「そ、そうなのね。いつも夜会には彼女さんと参加なされてるのよね?」
何度も言いますが、結婚して4ヶ月。その間夜会など、掃いて捨てるほど催されていたでしょうに。
「はい。しかし旦那様はお仕事柄多忙でいらっしゃいますので、参加されても月に2、3回くらいですが」
さすがはダリア。侍女長だけあって旦那様のスケジュールをよく知っています。
「王宮での夜会は? それも彼女さんと参加されてたんでしょ?」
「さすがに格式もございますので、これまではお一人で参加されていました。それに王宮での夜会は、今回のものがご結婚後初めてではないでしょうか」
「そうなのね」
初めて耳にする情報にのほほんと相槌を打っていた私ですが、そこでダリアとミモザがずずいっと寄ってきて。
「ですから、ぜひ、ドレスや飾りを新調しましょうね」
「しましょうね」
にこー。
ダリアとミモザの満面の笑みがコワイです。ズサッと後ずさりをした拍子に危うくソファーから転げ落ちるところでした。
今日もありがとうございました(*^-^*)
ヴィオラの益になることには、ダリアもミモザも協力的(笑)




