幕開けは波乱とともに
メニューが決まれば次は材料を取り揃えるのみ。使用人さん総出で食材や飲み物の手配に右往左往、バタバタと準備に追われました。並行して、今回の目玉、大広間に簡易キッチンの設置も進められました。
「使い勝手を見つつ、微調整しましょう」
というベリスの提案で、カルタムに実際に簡易キッチンを使ってもらい、足りない部分や危険だなと判断した部分を本番に向けて少しずつ改良していきました。作った料理はもちろん賄いとして、使用人さんたちと一緒に、美味しくいただきましたよ。
お客様の目の前での調理なんて初めての試み、絶対成功させるためにも準備は念入りに進められました。
そうして迎えた試食会当日。私の体調を考慮して、昼間の開催になりました。
「従来の荷馬車とは全く違う造りで……壁は二重で……軽く作って早く走れるようにして……あ、早馬のナンチャラを応用して……って、そのナンチャラってなんだったけ」
ええ……さっきまで覚えてたのに。あとでもう一回ロータスに確認しよ。
試食会の準備とともに、私の準備も万端です! お客様に何を質問されてもスラスラ答えちゃいますよ! ……いや、まだ怪しいか。
ま、まあ、それは本番までになんとかするとして。
お支度をするまで時間があるのでお手伝いをしようと厨房に来たのですが、なんだかいつもと違う雰囲気が漂っていました。この時間ならみんなバタバタ動き回ってるのに、空気が重たいというか、活気がないというか。
「今日は猫の手も借りたいくらいでしょ〜? ヴィーの手、余ってるんで貸しますよ!」
飲み物よし、お料理もよし。用意されてるものを勝手に確認☆ とっても綺麗に出来上がった作り置きの料理、キンキンに冷やされた果実酒、完璧じゃないですか。なのになぜか、カルタムが険しい顔してて……珍しい。
「あ〜、奥様」
「なになに〜? すごいご立派なお魚が届いてびっくりしちゃってるんですか?」
新鮮な状態でお客様に出したいので、朝一番にルクールから届いた魚を使う予定なので、もう届いてるはずなんだけど。なんでみんなシーンとしてるの? そんな、みんなが引くくらいおっきな魚ってこと? どんな立派な魚が届いたのかしら。あの、黒光りした大きな魚が届いたらいいのになぁ。旦那様の身長と、どっちが大きいかしらってくらい立派なお魚。あんなの目の当たりにしたら、お客様、びっくりするだろうなぁ。
……なんて想像して一人ワクワクしていたんだけど。
「その逆です」
「へ?」
「これですよ」
カルタムが示した荷箱。この中にお魚が入ってるんだろうけど、箱がやけに小さいような?
「あら。想像以上にコンパクトな荷物ね」
「ええ……マダ〜ム」
「これとは別にあるのかな?」
「いえ……」
やけに歯切れの悪いカルタムです。珍しく顔が真剣なんだけど。
「うそ……でしょ?」
「いいえ。よりにもよって今日、あまり大きな魚が入らなかったんです」
深いため息をつくカルタム。
いやいや。きっとこれは私を驚かせるための冗談だわ。
「またまた〜。驚かせようと隠してるんじゃない?」
そう言って厨房の中を見るけど、置かれているのは同じような大きさの箱ばかり。ん? これは本当なの……か?
「隠してるんだといいんですけどねぇ。参ったなぁ」
箱から出した魚は、大きくても私が手を広げたくらいの大きさのものばかり。じっと魚を睨むカルタム。厨房内も微妙な空気が漂っています。私でもわかりますよ。目玉のお魚がショボイ……げふげふ、小ぶりだとインパクトがなくなりますもんねぇ……。
って、一緒に落ち込んでいても仕方ない! ないものはない。開き直って勝負するしかないんだからさ!
「だだだダイジョウブよ! ほ、ほら、美味しさは大きさじゃないし?」
「…………」
「それに、ほら、王都では見かけない種類もいるじゃない? 少なくとも私は見たことなかったわ!」
「…………」
「大きさはなくても味で勝負よ!」
私はフォローしようと必死です。なってるかどうか微妙だったけど、何かがカルタムの中で引っかかったようです。
「うん。ないものは仕方がないですね。奥様の言う通り、種類で勝負と行きますか」
スイッチが入ったように、カルタムの顔が晴れました。そうこなくちゃ!
「そうそう!」
「今日入った全種類を会場で捌きましょう。こっちで調理するつもりだったものも下処理をするぞ! 量が多いから急げ」
「「「「「はいっ!」」」」」
迷いが晴れたカルタムは無敵。それにつられて他の人たちの眼にも力がみなぎりました。どんどん入る指示に、テキパキと動き出す料理人さんたち。微妙だった空気が一変し、いつもの活気が戻ってきました。
次々に箱から取り出され、下処理されていくお魚さんたち。内臓とか、ちょっとお客様にお見せできないものをここで処理してしまい、会場では見栄えの良いところを使って調理していきます。
そもそもお客様たちは丸ごとのお魚なんて見たこともないでしょうから、大きさなんてわかんないと思うんです。〝丸ごと〟ってだけで驚いてくれますよ、きっと!
方向性が決まって厨房が慌ただしくなってきたので、邪魔者は退散。自分のお支度をしましょう。
今日のドレスは胸の下で切り返し、そこからスカート分が広がるお腹を締め付けないデザインです。
「もともと華奢でいらっしゃるので、そんなにお腹が目立ちませんね」
お着替えを手伝ってくれているステラリアが、全体を整えながら言いました。確かに、デザインと私の体型とで、あんまり懐妊中には見えないかも。普段着の方がよっぽどわかりやすいです。
「食べ過ぎのお腹くらい?」
「それよりは出ています」
「胸よりお腹の方が大きいこの現実」
「まあまあ」
「でも、これで懐妊中ってわかるかしら?」
「う〜ん……スカートのボリュームを、お腹にもっていきましょう」
お腹を〝盛って〟、少しだけ懐妊中アピールにしました。
「ああ、今日も僕の奥さんは素敵すぎて困る」
「うふふふふ」
「このドレスだと、懐妊中って言われないとわからないかもなぁ」
「これでも少しお腹側にボリューム持たせたんですよ?」
「いつもと違うけど……でも、そんな微妙な変化に気付くほどヴィーを観察されていたのかと思うと、それはそれで腹立たしいし——」
ぶつぶつ……と、自分で言っておきながら不機嫌になる旦那様。勝手すぎて笑えます。しかし、こんな感じに毎度お馴染みの茶番ですが、今日の私たちは一味違いますよ!
「体調の件はこちらから触れるとして——今日は大事な催し物ですからね」
「気合い入れていきましょう!」
えいえいおーと、気合を入れている私たちのそばで。
「いつもこれくらい物分かりが良ければ……」
ロータスが何か言ってるけどキコエナイナー。
「ちょっとイレギュラーが起こりましたが、平常心でいきましょう」
「それって、今日の魚の件?」
「そうです」
当然ですが、すでに報告が入っているようですね。
「アクシデントと言っても、どうせもう対処済みなんでしょ?」
「さすがサーシス様、察しが早い! 数で勝負ということになりました」
「なるほど。オッケー、そういう心算をしておくよ」
軽く厨房での出来事をすり合わせていると、時間が来たようです。
「では、そろそろお時間でございます」
「「いざ出陣!」」
私たちはお客様のお出迎えに、エントランスに向かいました。
時間になると、お客様が次々に到着してきました。旦那様の横に立ってお出迎えする私を見て、お貴族様たちは驚いた顔だったり笑顔だったり、いろいろです。
「本日はご招待、ありがとうございます」
「奥様、お久しぶりでございますね」
「ご無沙汰しておりました」
ニコニコニコニコ。
「お身体をお悪くされているとお聞きしていましたが——」
「実は、悪阻で伏せっていたんです」
ニコニコニコニコ。
「なんと! ご懐妊でございましたか!」
「やっとみなさまに知らせることができるようになってね」
出迎えた私を見て驚く(頭の中には『アナタ病気だったんでは?』というのが浮かんでるんでしょう)→慌てて平常心を装う。わたし的には旦那様の隣でニコニコ笑ってるだけの簡単なお仕事でしたが、これで『重病(瀕死)説』はなくなったでしょう。
「誰がどんな顔をしていたかしっかり覚えたからね」
「えっ!?」
それどういう意味ですか旦那様。
今日もありがとうございました(*^ー^*)




