そろそろ帰ろう!
自慢の魚料理は、魚の質・料理の質ともに大好評で『これは王都でもいけるんじゃね?』という手応えを感じました。
晩餐後のお茶タイムも、先ほどの魚料理の感想が続いていました。
「ランチも、晩餐も……お魚がこんなに美味しいとは思ったのは初めてですわ」
「今まで食べていたのはなんだったのかしら」
「ほんとそれです!」
特にお魚が苦手だと言っていたサティ様が、首をブンブン縦に振っています。
「いえいえ、王都にあるのも十分に新鮮で活きのいいものでしたよ! た だ 獲れたてが美味しすぎるだけなんです」
「まあ……そうかしら」
「そうですよ。でも——」
「「「「でも?」」」」
今から重大発表しますよ! 溜めて溜めて——。
「これからはここと変わらない鮮度のお魚を王都でも食べられるようになるので、私も帰るのが楽しみなんですよ」
は〜い新しい情報ですよ〜。まだどこにも公表してない、やつですよ〜!
「え? そうなの?」
「はい! 旦那様たちがいろいろ工夫して、ようやく実用に漕ぎ着けたんです」
最近の旦那様は、このために王都とルクールを往復してたと言っても過言じゃないし。悪夢を見るほどに追い詰められてたしね。
「それはいいことを聞いたわ」
「帰ったら早速お父様にお願いして、取り寄せてもらうようにしなくちゃ」
「どうやって説得しようかしら」
嬉しそうなお嬢様方の反応! 旦那様たちの苦労が報われた瞬間ですね。
「私たちは実際に食べたからわかってるけど、お父様たちにはどうやって良さを伝えようかしら」
「語彙力……」
「表現力……」
お嬢様方が天を仰いでいます。なるほど、食べてない人に良さを伝える……か。これは大問題ですね。いくら『美味しいんです』『身が締まって』『脂がのっていて』と言葉を尽くしても、ひとくちの試食には敵わないもんなぁ。
ん? 試食? これだ!
「試食会のようなものをできるか、旦那様に相談してみましょうか」
「それはナイスアイデア!」
「百聞はひとくちに如かず」
「なんか違う」
「フィサリス家でできないなら、うちがやるわよ。ね、アイリスさん?」
「もちろん!」
みなさん私のアイデアにすっかり乗り気になってくれました。そしてアルゲンテア家は頼もしい。
「試食会をするなら、ヴィーちゃんも王都に帰ってくるわよね?」
「はい。体調も安定したことだし、そろそろ帰ろうかと思っていたところなんです。それで、帰る前にみなさんをご招待したというわけだったんです」
「そうだったのね」
「なら一安心かしら」
「?」
懐妊が落ち着いたから一安心ってことかな?
「パーティーに出るのはしばらく無理でしょうけど、試食会なら顔見せできますしね」
「??」
大勢の前に出るのは相変わらず好きじゃないけど、顔見せくらいはしますよ?
「元気な姿を見せるのが一番ですからね」
なになに? みなさんの話が一瞬で見えなくなったんだけど?? まあ、もともと『幻の奥様』とか言われていた時期もあったけど……それとはちょっと違う気がする。
「元気な姿とか、顔見せとか、何の話でしょうか?」
「ヴィーちゃんのところまで噂は届いてなかったのね。実は王都で『公爵夫人重病説』が流れてて……」
「体調を崩したのが王宮だったじゃないですか。そこから話が広がって」
「『公爵様の代理で領地に行った』というのは単に表向きの理由で、『実は重い病の療養』って噂されてたの」
「はぁぁぁぁいぃぃぃぃ?!」
やっちまったなぁ! ——じゃなくて。
私が、重病、ですってぇぇぇ!?
みなさんの話を聞いてひっくり返りそうになったわ。百歩譲って、体調が理由なのは当たってるけど、重病って。
「公爵様が全く理由を話さないし、しかもしょっちゅう領地まで行かれるもんだから」
「瀕死という噂もありましたわ」
そっち側に取られてたのか〜〜〜!! もはや笑いが込み上げてきたわ。
「あはははは! じゅ、重病って! 悪阻で瀕死な時はありましたけど、過ぎればいたってピンピンしてましたよ! 旦那様が私のことを話さなかったのは、体調が安定してなかったからだと思います」
笑いすぎて涙出てきちゃった。
「そうみたいね。ヴィーちゃんのお腹を見た時はびっくりしたけど、納得したもの」
「知らないところでご心配をおかけしました」
「いいのよ〜、元気だっていうことがわかったから」
「これは早く王都に戻って、重病説を打ち消さねばなりませんね!」
「そうだけど、無理はしないでね」
「はいっ!」
これは早速旦那様に相談しなくちゃですね。
お嬢様方はこのあと五日ほど滞在してから、王都に帰っていきました。
お嬢様方と入れ替わりで、旦那様が別荘にやってきました。『友達が来ている間は邪魔しちゃ悪いから遠慮しておくよ』と言って、来訪を自重してくれてたんです。
「ああ……長い時間だった」
バイオレットと旦那様が、ぎゅーっと抱き合って再会(?)を喜ぶ姿がとてもかわいい。
「お仕事が捗ったんじゃないですか?」
「会えない寂しさを紛らせるために没頭したよ。珍しくロータスに『屋敷に帰ってこい』って言われた」
「はあ? まさか泊まり込みしてたんですか?」
「その方が紛れるかなって」
「やりすぎです」
まったく、コノヒトは。
「ごめんごめん。もうちゃんと帰るから。僕が来ない間、友達とは楽しく過ごせた?」
「なんか含みのある言い方ですが……ええ、と〜〜〜っても楽しく過ごせましたよ!」
「…………それはよかった」
「サーシス様、凹んでる暇なんてないんですよ!」
ちょっと会えなかったくらい、ほんの些細なことでしょうが。それより、早く〝例の件〟を相談したいんです。
「ルクールのお魚、みなさんにとっても好評だったんです」
「そうか!」
途端にパァッと顔を輝かせる旦那様。いい食いつきです。
「みなさんに、早速お取り寄せしたいって言ってもらえました」
「よしよし」
私は旦那様に、お嬢様方の反応を伝えました。もちろん『試食会』のこともしっかりと。
「なるほど、試食会か……。実際に食べてもらえば、良さがわかるというわけか」
「そうです。パーティーだと、私の現状では大変でしょって。ああ、もちろん私欠席でも全然いいんですけどね! むしろ抜きで——」
「ちゃんとヴィーの体調を気遣ってくれるなんて、いい友達を持ったね」
あれぇ? 『私欠席で』っていうワード、聞こえなかったのかなー?
「むしろ欠席の方が——」
「大々的に開催するのは大変だろうから、人数を絞ってやろう。ああ、国王陛下に献上するのも忘れちゃいけないな」
「欠席……」
「これはすぐにロータスに言わなければ」
ダメだ。おもいっきりスルーされてる。
「ところで、バーベナ様たちから聞いたんですけど、どうやら王都で『公爵夫人、重病説』が流れてるそうなんですけど、ほんとですか?」
「重病説? う〜ん……? あ!」
「あら、ご存知だったんですか?」
「いや、知らなかった。でも納得した」
「納得?」
「ヴィーがこっちに来てからしばらくして、やたら周囲が優しくなってさ」
「あら」
「今思えば同情の眼差しだったんだな、と」
「まぁ……」
私がルクールに行った本当の事情を知ってるのは、ほんの一部の人たちだけでしたからね。旦那様が私に甘いというのは周知の事実だから、同情の眼差しになったのか。私も納得。
「重病説、吹っ飛ばさないといけませんね!」
「そうだ!」
「私、そろそろ王都に帰ります!」
「ほんとに?」
「はいっ! でもって、試食会で元気な姿をアピールしなくちゃです!」
試食会、メンドクセ……もとい、大変だとか言ってる場合じゃないわ。なんなら積極的に利用しようじゃありませんか!
今日もありがとうございました(*^ー^*)




