ルクール料理を堪能
町の案内を終えて、ランチ前に別荘に戻ってきました。
各々一旦お部屋に戻って、改めてランチ前に集合。すると、どの方も瞳を輝かせて部屋から出てきました。特別何もしてないはずなんだけど……?
お部屋で何があったのかしらと訝しんでいたら。
「さっきヴィーちゃんが言ってた通り、部屋からの眺めも絶景だったわ」
「窓全体で一枚の絵画のようでしたもの」
あ〜なるほど、そういうことでしたか。昨日は到着が日没後だったから暗くてよく見えなかったし、今朝も早めに散策に出ちゃったから、部屋からの眺めを堪能する時間がなかったもんね。いやぁ、みなさんが喜んでくださって、私も嬉しいです。なにしろ自慢のオーシャンビューですもの。いくつも建ってる別棟の中でも、より眺めのいい部屋を選んだ甲斐がありました。
「この別荘自体が崖の上に建っているので、どのお部屋からの眺めも本当に素晴らしいんですよ。私もここの景色が気に入ってます」
「ほんと、素晴らしすぎてため息しか出なかったわ」
「他のお部屋も見てみたいわね」
「あとでアイリス様のお部屋に行ってもよろしい?」
「せっかくだから、みんなの部屋を見てまわりましょうよ」
「「「「いいですね!」」」」
お嬢様方はお互いのルームツアーしようってことで盛り上がっています。家具調度に変わりはないけど、建っている場所は違うので、微妙に異なる景色が見られるから面白いと思います。
ランチは、天気がいいので庭で食べることにしました。そのまま食後に庭を案内すれば、運動もかねられて一石二鳥だしね。
「あら、ここから海は見えないのね」
庭園に出たバーベナ様が、周りを見渡しながら言いました。ここから見えているのは、大きな噴水、きちんと手入れされた木や花。どこにでもある、フツーの庭園です。
「部屋からの眺めを優先しているので、あえて〝中庭〟になっているんです」
「あら、そういうこと」
「はい。海はお部屋のテラスから見ていただければいいかなと思います」
「そうするわ」
「でも、ここにいると、海の近くだということを忘れそうですわね」
「ほんとに。ここだけ見ると〝綺麗に手入れされた庭園〟ですもの」
庭園を囲むように建物が配置されているから、個々のプライバシーに配慮して高木や低木を植えることで〝目隠し〟にしています。まるでかつての『別棟』のように……。おっと、これは触れてはいけない過去だった。——とか言いつつちょいちょいいじってるけど。
「お食事の用意ができました」
ダリアが呼びにきてくれました。お庭がよく見える場所に、大きな日傘とテーブルがセッティングされています。席に着くと、さっそくお料理が運ばれてきました。料理責任者自ら運んできてくれたのですが、ここだけ見るとただのイケメン料理人です。いつもの『天使たちにデレデレおいちゃん』じゃなくて、わたし的にジワジワしてます。
「白身魚をタルタルに仕立てた、一口サイズのオープンサンドと、貝類を使ったカクテルサラダでございます。どれも新鮮なものを使用しておりますので、食感をお楽しみください」
一人一人にお皿をサーブしながら、ティンクトリウスが説明しています。
「あら、これは火を通していないの?」
「はい。ルクールのお魚の鮮度の良さを味わっていただくために、あえて生にしております」
「ロージアでも生で食べるけど?」
ちらっとこちらを見るバーベナ様。
「ここのは本当に鮮度が違う——らしいです」
「あら? ヴィーちゃん、歯切れが悪いわね」
「私は食べさせてもらえないんです!!」
「なぜ?」
「妊婦にナマモノはダメだって」
「ああ……それは残念ですわね」
私の方を見て、みなさん納得の表情です。いや、私もそっちを食べたいっつの!!
「はい! ということで、奥様のは加熱したバージョンです」
私の前には〝妊婦さん特別仕様〟の一皿が。
「私もみなさんと同じの食べたい……」
「今は我慢ですよ〜」
恨めしげにお客様たちのお皿を見てたら、ティンクトリウスに笑い飛ばされてしまいました。特別仕様と言っても、見た目は他の方のと変わりないんですよ。何気に丁寧な仕事してくれてるんです、ティンクトリウス。わがまま言ってごめんね。
「うう……。ということでみなさん、どうぞお召し上がりくださいな」
「ぜひ違いを感じてください」
ということで、ランチが始まりました。
ルクールで獲れたての新鮮なお魚。絶対の自信はあるけど、みなさんのお口に合うかしら。なにせこのメンツは一流のお貴族様ですから(忘れがちだけど!)、舌も一流です。ある意味、王都での、ルクール産魚介類の未来がかかってると言っても過言じゃありません。『変わり映えなし!』と判断されちゃったら、旦那様たちが苦労して考え出した流通システムが無駄になってしまいます。逆に『めっちゃ美味しい!』となれば、この方たちがいろんなところで宣伝してくれるでしょう。
食べるふりをしながらこっそりみなさんの様子を伺っていると。
「え?」
「なにこれ……」
タルタル、オープンサンド、それぞれ口にしたものに絶句しています。
うそ。不味かった?!
遠くのはずの波音がよく聞こえるわ。……って、そんなこと言ってる場合じゃない。ティンクトリウスの料理が失敗? いやいやそんなはずは……私も慌てて自分のサンドイッチを食べたけど、いつもと変わらず美味しいよ? なんでみんな固まってるのよ……。
この静かな間にドキドキしていると。
「プリップリじゃないの!」
「タルタルにしてもこの歯応え」
「すごい、の一言ですわね」
「わたくしあまり魚が得意ではないのですけど、これは全然臭みがなくて美味しくいただけますわ!」
「シェフを呼べ!」
「は〜い、ここにいま〜す!」
「って、そこにいたわ」
って、みなさん口々に絶賛の嵐です。
「「「「「とにかく、すっっっっごく美味しい!!」」」」」
美味しかったんか〜〜〜い! ああもう。心臓吐くかと思ったんだからね。
「ああ……お口に合わなかったのかと思いました〜」
「あまりに美味しかったから」
「紛らわしいリアクションしてごめん遊ばせ!」
いやほんとそれですよ。こっちは気が気じゃなかったんだから。
「ついうっかり意識を飛ばしちゃいました」
「それくらい美味しかったと思ってね」
「それならよかったです」
とにかくホッとしました。第一関門クリアといったところでしょうか。
ランチの後は別荘内を案内したり、大広間的な別棟でお茶をしたりとゆっくり過ごしていると、夕飯の時間になりました。
「晩餐も、ルクールのお魚を堪能していただけるメニューになっているので、ぜひお楽しみくださいませね」
「まあ! どんなお料理が出てくるのかしら」
ランチで衝撃を受けただけあって、期待値がババーンと上がったようです。大丈夫、ティンクトリウスなら期待を上回ってくるはず。
ダイニングに入ると、テーブルの上には一人一つずつ、小ぶりのお鍋が置かれていました。ご丁寧にも鍋の下には固形燃料までセットされています。
「これはなんでしょう?」
「さあ??」
私も知りたいです。
着席した全員で『?』を頭上に飛ばしていると、使用人さんたちが入ってきて、テキパキと準備を始めました。水差しから何かスープのようなものを鍋に入れ、燃料に火をつけます。
「これは……食前のスープかしら?」
目の前で温めたものを飲むなんて斬新だなぁなんて思ったけど。
「違います。飲まないでくださいませ」
「あ、はい」
違うそうです。
じゃあなんだよ? と思っていたら、今度は大きなお皿が運ばれてきました。一人一枚ずつのようで、薄くスライスされた生のお魚と野菜が盛り付けてあります。あ、薄切りなのは私のだけだわ。他の人たちのは厚みが違う……。魚肉の厚みにちょっとやさぐれていたら、ダリアが料理の説明を始めました。
「お鍋が沸騰しましたら、切り身をサッと湯通ししてお召し上がりください。もちろん、そのままでも大丈夫ですので、お好みに合わせてお召し上がりくださいませ」
なんと〜。生でも湯通ししても食べられるなんて、新鮮な証じゃないですか! 味付け用に、塩やソースが添えられています。これもお好みでってやつですね。
「サッと、と言われてもどれくらいかわからないわ」
「しっかりと言われても、うっかり生っぽくなっちゃいそう」
バーベナ様と私の声にダリアは『失礼いたします』と言うと、バーベナ様の切り身を一切れ取り、沸騰したスープにサッと潜らせました。表面の色が変わった程度です。
「これくらいでございます。あとはお好みでご調整ください。奥様の分はわたくしがお作りいたします。しっかり火を通さねばなりませんので」
「デスヨネ」
私の分はしっかり、だけどパサパサにならない絶妙な湯がき加減で仕上げられました。
てゆーか、これはなんていう料理なのかしら? さすがのお嬢様方もこんな料理は初めてのようで、ざわついています。
「これくらいかしら?」
「わぁ……味わったことのない食感ですわね」
「本当に。とっても美味しい」
「わたくしはもう少し長くスープに潜らせる方が好きですわ」
「こちらのお魚だったら、わたくし、苦手どこかむしろ好きかもしれません」
みなさん思い思いに料理を楽しんでくださっています。
「これはぜひロージアでも食したいものですわね」
うんうん。これはなかなかいい手応えじゃないですか?
今日もありがとうございました(*^ー^*)




