帰る前にやりたいこと
バイオレットと遊んでいる間に『お魚の運搬方法』を思いついた旦那様は、その実用化に向けて、王都に戻る度にロータスと案を練り込んでいるようです。
「いっそのこと、運搬専用の道路でも敷いてやりたいところだが」
「はい?」
突然何を言い出すんだコノヒトは。公爵家の領地ならなんでもアリでしょうが、他所様の領地に道路を敷くなんて王様命令じゃないと無理ですよ。
「めちゃくちゃ時間とお金がかかるので、それはまたおいおいということにしてください」
「仕方ないなぁ」
「ほっ」
公爵家の財産ならできそうですし、旦那様ならやりかねないわ。
途方もない道路建設計画はおいといて。既存のものを活用して、どうやって〝鮮度を保ったまま運ぶ〟のを実現するか。さらに実験は続きました。
そしてとうとう新しい運搬方法が確立した時には、三つほど月が変わっていました。
魚運搬専用の荷馬車を開発したり、荷車を繋いだ状態でも早く走れる馬を選別したり。専用荷車は、軽くて丈夫で、そして保温効果なんかもついているものになったようです。これには私たちがいつも乗ってる馬車の技術が応用されたそうなんですが——説明してもらったけどよくわかりませんでした。とにかく、お魚さんたちも、あのふわふわ最上級乗り心地で運ばれていくんですね。……なんて贅沢な!! って、ちがうか。出来上がった実物を見せてもらったけど、見た目全然違ったしね。窓もないし装飾もない、そっけない箱みたいでした。
荷馬車の開発と同時に行われていたのが、経路の選定や交代場所の確保。王都まで全て公爵家の領地ってわけではないですからね。特に問題もなく決定したようなので、その辺は旦那様やロータスの交渉術が大爆発したんでしょう。
きっとびっくりするご予算かかっているんだろうなぁとは思いますが、
「そんなのすぐに回収できる」
という旦那様の言葉を信じておきましょう。ご予算聞いたら気絶するかもしれないし。
「ほぼ廃棄なく魚が新鮮な状態で運べるようになったよ。試しでカルタムに調理させたけど、こっちで食べるのとほぼ遜色なかった」
ここのところ曇りがちだった旦那様の顔が久しぶりに晴れやかなところを見ると、よほど満足のいく結果だったんでしょう。
「わぁ! やりましたね!」
「うん。今まで加工したものしか売れなかった種類でも、生のままで売れる状態で届いてるんだ」
「市場で普通に売れるくらいですか?」
「もちろん」
力強く頷く旦那様。それはよほど自信がおありってことですね。
しか〜し! 庶民代表(自称)ヴィーちゃんとしては、気になるとこがあるんです。鮮度? もちろんですよ、そのうえ、お値段! ですよ!! これまで何度も実験をくり返し、開発にも力を入れた分を取り返すべくお値段に反映されてちゃ意味がない!
「その……お値段は?」
「もちろん庶民価格だよ」
私の意図を知ってか、ニヤリと笑う旦那様。
「素晴らしいです!!」
「そっちの儲けはあまり考えないようにして、利益は高級魚の方から出るようにしてるから安心して」
「さすがです」
旦那様、私に感化されて、庶民の心がわかってきたんじゃないですか?
そんな時間が過ぎて行くと同時に、すっかり私のお腹も目立ってきて、悪阻すらほぼなくなっていました。おばあちゃん医師様にも『安定期に入りましたね』と言われています。
「お魚のことが決着ついたところで……なんかお魚のことばっかり考えてたら、いつの間にか体調が楽になってきました」
「ごめんごめん。最近の話題の中心は魚ばかりだったもんなぁ。……どうしよう。このままだと子供に魚の名前をつけそうだ……」
旦那様ったら、あまりに考え過ぎて、夢にまで出てきたそうです。もちろんうなされるのまでがセット。
「大丈夫! 生まれる頃には忘れてます!!」
さすがにお魚の名前にはしないで〜!
「うん、そうだね。まだ時間はたっぷりあるから、よく考えておくよ」
一瞬ドヨンとしかけた旦那様でしたが〝まだ先〟ということに気が付いて、少し安堵したようです。今の状態で決められたら、子供に一生恨まれますって。
「そうそう、名前はじっくり考えましょう」
「まあ、名前のことは置いておくとして」
「はい」
「体調が落ち着いてきたのなら、そろそろ王都に帰ってきてもいい頃なんじゃない?」
「あら」
そっか。私はルクールに、静養にきてたんでした。回復したら帰ればいいのに、なんかすっかりここに落ちついちゃっていました。
「ここと変わらない鮮度の魚も食べられるようになったし」
「そうですね」
「それに——」
「?」
「ヴィーとレティのいない屋敷の寂しさに耐えられなくなってきた!」
そこか〜〜〜い! 旦那様、ダーンと机を拳で打って強調するくらいに寂しくなっちゃったんですね。ごめんなさい。いや、寂しいだけじゃないか。旦那様はお仕事で疲れ果ててるのに、定期的にここまで早馬ぶっ飛ばしてきてくれてるんです。それももう、何往復したことか。旦那様の体力的にも気力(?)的にも、そろそろ帰るタイミングなのかも。
それに。
「そうですね! 私もレティも、サーシス様がいつもいないのは寂しいです」
私も、ルクールに来る前の何かに追われてる感じもなくなりましたし。もういつも通りの生活に戻れそうな気がします。
「ヴィー……!」
感極まった旦那様が抱きついてきたけど、苦しいって。お腹、出てるんですから!!
「お腹……苦しい」
「わ〜! ごめんごめん!! よし、すぐにでも王都に帰っていいかどうか聞きたいから——ダリア、医師を呼んできて」
「かしこまりました」
そうと決まれば早く話を進めたい旦那様のご要望で、おばあちゃん医師様が呼ばれてきました。
「どうだろう、ヴィオラの様子は」
「はい。奥様のお身体も安定してきておりますし、お子様も順調のようでございます」
「そうか。それで、王都までの移動は大丈夫だろうか?」
「こちらに来た時と同様、無理せずゆっくりならば大丈夫でございましょう」
「うむ」
おばあちゃん医師様からのお墨付きもいただきました。だだっ広いお屋敷で、一人寂しい旦那様のためにも早急にお屋敷に帰った方がいいですよね。でもなんか忘れているような気が——。
「あ」
「ヴィー? どうかした?」
「帰る前に、こちらにお友達を招待するの忘れてました!」
「ああ、そうだったね」
「ずっとバタバタしていたし体調も微妙だったから後回しになってましたけど、せっかくの機会ですし、帰る前にお呼びしたいです」
風光明媚なルクールの町や、どこよりも鮮度抜群なお魚を味わってもらいたいです。
「いいんじゃない?」
「やった!」
旦那様の許可をもらって純粋にワクワクしている私と。
「ルクール産の魚の良さをアピールするにもいい機会だし」
お商売脳になってる旦那様。
お招きするのはいつも仲良くしていただいてるお友達——バーベナ様とサティ様、アマランス様、ピーアニー様。アイリス様はご結婚されちゃったから、もう難しいかな? いや、きっと来てくださると思う——だけど絶賛婚活中なお嬢様方だから、いろんなパーティーにお出かけしてたくさんの方達と会っているはず。そこでここのお魚が話題に出れば……おお〜、いい宣伝になるじゃないですか! さすが旦那様、そこまで考えちゃってましたか。
「さっそく招待状を出さないといけませんね。遅くなると王都に帰るのも遅くなります」
「よ〜し。ヴィー、今すぐ書いてくれるかな?」
「ええ……」
それは性急すぎると言うもんですよ。




