市場へ行こう
旦那様がルクールにいられる時間は限られているので、さっそく次の日、町に行くことにしました。
「ほんとに、体調は大丈夫?」
「大丈夫です!」
お出かけ前。自ら『連れて行ってあげる』とは言ったものの、やっぱり心配になってる旦那様。そんな思いとは裏腹に、不思議と今日は悪くないんですよね。きっとワクワクが勝ってるんだと思います。というわけで、今のうちにサクッと行っちゃいましょう!
ルクールの町に着くと、私たちは町の奥、海の方へと進んで行きました。ルクールの町は港を中心に広がっています。お目当ての魚の市場は、港の近くにありました。私たちは市場の近くで馬車を降り、ゆっくり歩いて見ることにしました。町の方から吹き抜ける風は心地いいし、晴れ渡ってるけど暑すぎない、なんともお散歩日和です。今日の私たちは毎度お馴染み町中散策スタイルなので、誰も〝領主とその奥様〟とは気付かないでしょう。とか言っても旦那様は隠しきれないオーラがダダ漏れているので無駄な変装だけど。
「港に着いた船から、直接この市場に運ばれるんだ。市場の奥は、漁船の港になってるよ」
「とれたてホヤホヤですね!」
「そう。そして、それを商人が買い付けて王都や他の町に売ったり、ここの住民が買ったりするんだ」
「ほうほう」
現に今も船が着いたらしく、お魚を運ぶ荷車が行き来しています。
「前に言ってた、外国の船なんかは?」
「それはここじゃない」
外国からの積み荷はお魚だけじゃないので(いやむしろお魚はないらしい)、荷物の上げ下ろしのためにもっと広いスペースが必要なんだとか。そしてさらに、その荷物を王都に運ぶための荷馬車がたくさん待機するので、その分の場所も必要なんですって。
……って、港の違いの説明はさておき。この市場は市場は色とりどりの天幕が所狭しと並んでいて、お日様の明るい光に映えて眩しい! 市場全体をすっごく明るい雰囲気にしているそれは、どうやら一つの天幕スペースが一軒のお店らしいです。一軒々々の建物になっている王都やピエドラのお店とは違った造りなので、私にはとっても新鮮です。
「生きたままもあるし、〆たものもあるみたいだね」
「貝とか、加工したものもあるようですよ!」
水槽にそのまま泳がせていたり、すでに〆たものを氷の上に並べて売っているお店があったり、とにかくいろんな形でお魚が売られています。泳いでる姿なんて初めて見ましたよ。なにせ元ほぼ庶民なもんで、王都の市場で加工されたのしか見たことないもん。
「あ、このお魚知ってます!」
とあるお店で見つけた加工品。天日で干しただけのものなんですけど、これは王都でもお手頃価格で手に入る庶民の味方! いやぁ、実家にいる時はよくお世話になりました。
が、しかし。それがここではさらにお値打ち価格! 王都の半額くらいでしょうか。これなら毎日でも買ってたっつーの。
「これはこの魚を干したものだよ。お姉さん、知らないのかい?」
懐かしさからつい声を上げたら、お店の店主らしきおばさまが教えてくれました。指差す先には、水槽で元気に泳ぐお魚の姿が。
「ええ。加工された後のしか見たことないです」
「そうかい。この辺じゃあ加工前の方が安いから、生きたままの方がよく出回ってるよ」
「加工しなくても食べられるんですか!?」
「そりゃそうだ。加工物とはまた違った味が楽しめるよ。味見していくかい?」
「いいんですか!?」
味見ですって!? おばさまは近くで火に炙っていたお魚を持ってこようとしてくれました。
「いや、ありがたいが遠慮しておこう」
思わず飛びつきかけかけた私を、旦那様が止めました。
「あ、そう?」
特に残念がることもなくそっけなく返すおばさま。せっかくのご厚意だったのに……。いつもの私なら『旦那様のケチ〜』と拗ねるところですが、いかんいかん、私は今、妊婦さんだった。食べるものには気を付けないといけないんだったわ。旦那様、止めてくれてありがとう!
しかしここで終わらないのが最近の旦那様。ちゃんと私の気持ちやおばさまの厚意を汲んでくれるんです。
「買って帰って調理して貰えばいいでしょ」
「そうします!」
使用人さんの賄いも含めた必要量を買い、別荘に届けてもらうようにお願いしたら、おばさまが驚いた顔してました。うん、気付かなかったことにします。
「加工前の魚も売られてるとは知りませんでした。しかもあんなにお安いなんて」
「そりゃあ加工するには加工賃がいるでしょ」
「あ、そか」
なんて簡単なことに気付かなかったんだ私。自分の間抜けさに呆れるわ。
「王都にも、生きたまま運べたら、そっちの方がお安く供給できますか?」
「う〜ん、そうだなぁ……」
単純に『加工賃のかかっていない生きたお魚の方がお安い』と思ってしまっての発言だったけど……。
干物だと運搬しやすいけど、生魚だと冷やしながら運ばないといけないから、その分の費用が嵩む。そこが支障かな、と旦那様に言われてしまいました。
「生きたままだと海水ごと運ばなくちゃいけないから、量の割に荷物が運べない。〆たものだと冷やすための氷が大量に必要だし……」
なんか技術的に難しい問題のようです。考えなしのうっかり発言を後悔します。
「王都で新鮮なお魚を売ることができたら、絶対需要があると思うんだけどなぁ」
新鮮かつ、お安く。そしたらお貴族様から庶民まで、ウィンウィンじゃありません? って、私が王都に戻っても美味しく新鮮なお魚を食べたいだけなんだけどね。
私の様子を見ていた旦那様の目が、一瞬キランと光ったように見えました。
「ふむ。これは真剣に考える価値がありそうだ」
旦那様は私の呟きに商機を感じ取ったらしいです。
「王都に帰ったらロータスと相談してみよう。ああ、父上にも相談しなくちゃな」
口元に拳を当て、考える様子の旦那様。あ、これは何か動き出しそうですね!
私は市場を満喫し、旦那様は何かの商機を見出した頃。
「ん?」
「どうした?」
さっきまで何も感じなかったんですが、急になんかこう……魚臭い? 生臭い? そんな匂いが漂ってきました。
「なんか……くさい?」
「くさい? ん〜? 風向きが変わって、磯の香りがしてきたかな」
「それですっ! うっ……!」
旦那様もクンクンと匂いを嗅いで、思い当たったようです。旦那様の言うように、風向きが変わっていました。私たちが市場に来た時は町の方から吹いていた風が、いつの間にか海から町、逆に変わっていたのです。海の匂いがどうにも受け付けないようで、悪阻が復活してきました。
「ヴィー!?」
「この匂い、ダメかも」
「苦手な人もいるからね。急いで撤収しよう」
旦那様に抱えられるようにして、私は急いで馬車に戻りました。
最後はアレでしたが、実りはあったと思います!
今日もありがとうございました(*^ー^*)




