夜会はオプションです
旦那様の気まぐれはあれからも続き、結局ひと月後にはほぼ毎日こちらに帰ってくるようになりました。
普段、旦那様の帰宅をお出迎えするのはロータスだけです。
ロータスがエントランスに向かうのと同時に私のところへダリアかミモザが呼びに来るのです。
本来ならば執事侍女総出でお出迎えしないといけないところなのでしょうが、うちの場合はほら、特殊でしょ? 旦那様はロータスと『業務連絡』した後はすぐさま別棟に出て行ってしまうのですから、ずっと以前に『全員で出迎えなくていい』と旦那様本人がおっしゃったそうです。旦那様がです。大事なので二度言っときました。だから礼を欠いているという訳ではないのです。他の使用人さんたちは晩餐の支度などに追われていたり、ま、いろいろと仕事をしているのですが、しかし最近では旦那様がお帰りになる頃に、エントランス周辺で使用人さんがそこかしこで様子を伺うようになりました。旦那様の発言いかんではシフトせねばなりませんからね!
旦那様の、
「今日はこちらで……」
というセリフを聞くや否や、『旦那様シフト入りま~す!!』という声にならない声が飛び交うのです。気付いていないのはいつも旦那様だけ。知らぬが仏。
朝食の席で、
「でもどうして急にこちらに寄りつくようになったんでしょうかね~?」
今日も素敵に美味しいサラダをつつきながら、思わず口から出た疑問。
そうそう。私が使用人ダイニングで賄を食べられるのは朝食と昼食だけになってしまいました。かなりがっくりです。そして最近の使用人さんとの話題はもっぱらこれです。むしろこれに尽きます。
「お連れ様とケンカでもなさったんじゃないですかぁ?」
パンを力任せに引きちぎりながら、投げやりにミモザが言います。
「あ~。お連れ様、最近不機嫌だものね~」
と言うのは旦那様付の侍女さん。
「そうですね~」
「みたいねぇ」
「私たちに八つ当たりとかはないけど、空気がピリピリしててやだわ」
「あら~、大変ね」
「だから本宅勤めの日が楽しくてしょうがないわ」
「同感同感」
そう口々に侍女さんたちが言いました。うん、いろいろありそうです。でもそれは別棟のことですし。
「ま、どっちにしても私たちは私たちのペースでいきましょ」
向こうに関わる必要はありません! むしろ関わっては契約に触れるかもしれませんから!
「「「はーい」」」
その夜。
旦那様がダイニングテーブルにつくや否や、ロータスとお給仕の侍女さんたちがスープを運んできました。今日も高速ディナーです。がんばれ厨房ズ!
いつも通り、高速なのが不満なのか怪訝な顔をされる旦那様でしたが、
「ロータス。これからはもう少しゆっくり食事を進めてくれ。カルタムにもそう伝えろ」
スープを旦那様の前にサーブして、音もなく下がろうとしたロータスに向かって旦那様はおっしゃいました。
「そんなに早かったでしょうか?」
表情を変えることなく切り返すロータスです。
「ああ、早い。会話も何も楽しむ余裕すらないくらいにな」
「左様でございましたか」
しらばっくれるロータスにムッとする旦那様。あーあ。とうとう指摘されてしまいました。
せっかくカルタムたちが気を利かせてくれていた高速ディナーだったのに。ちっ。……あ、取り乱してしまいました。
しかし旦那様は一応この公爵家の当主様ですから? 旦那様のご命令は私の指示よりも上なわけでして? ロータスたちも聞かざるを得ないんですよね。
実質ヒエラルキーでは旦那様は除外ですが、表面的には最上位ですから。
つか、ゆっくり晩餐楽しむ必要なくね? ……っと、また動揺しております。
「今日からでもそうしてくれ」
「かしこまりました」
旦那様とロータスの会話を他人事のように聞いている私ですが、はたと我に返ります。あ~。一体何をお話すればいいんでしょう?
まあ、結局のところ私の心配は杞憂に終わり、今日もいつものようにデザートあたりから会話は始まりましたが。ほっ。
「今日は何をされていたんですか?」
いつもの定型会話から始まりました。
「今日は雨が降っていたので、ロータスのダンスレッスンがありました」
ええ、ええ。相変わらず雨の日スケジュールは続行されていますとも。もちろんダンスの後の『エステ隊』によるフルコースエステもね! エステに関しては割愛させていただきました。
「そうですか。ロータスはいい先生でしょう?」
穏やかに笑いながら旦那様が言います。
「はい」
正確にいうと鬼コーチですが。今日もあちこちぎくしゃくしてますよ。
「だから今日のエントランスの花は替わっていなかったのですね」
旦那様のきれいな濃茶の瞳がこちらをまっすぐ見ています。
「?」
へ? エントランスの花? キョトンとなり首をかしげると、
「昨日と同じでした」
そう言って、目を伏せ優雅にティーカップを口元に運ぶ旦那様です。
エントランスの花が変わってなかったことに気付いた旦那様にオドロキモモノキですよ!
今日は雨の日スケジュールだから、家のことができなかったのです。でもあの綺麗な花を気に留めてくれていたというのはちょっとうれしいですね!
「あ、ええ、そうです。今日はベリスのところに行けませんでしたから」
驚きで思わず旦那様を凝視しながら答えたのですが、
「そうですか」
ふうん、と言ってそのままお茶を飲み干す旦那様。それ以上は会話終了のようです。
あれ。旦那様はベリスがお嫌いなのでしょうか。前もベリスの話になると不機嫌になった気がします。イケメン同士、ライバル心的な何かが存在するのでしょうかね? おそらく旦那様の一方通行だと思いますが。
そして、そのままカップをソーサーに戻すと、
「では、お休みなさい」
そう言って帰り支度をして帰って行きました。
翌朝、私が朝食を摂りに使用人ダイニングに顔を出すとカルタムが駆け寄ってきました。
「マダ~ム、申し訳ないです」
そう言うと私の手を素早くとり、ちゅっ。さも大袈裟に嘆きの表情をしながらもしっかりと手の甲にチュですよ。相変わらずの流麗な技。もはや気にも留めなくなりましたが。とうとう順応したようです!
カルタムにとられた手をペッと取り返し、
「まあ、カルタムのせいじゃないわ。あーあ。これからは会話を楽しまなくちゃいけないのね」
何この無理矢理感。無理矢理楽しむって、どうするんでしょうか?
「今までほどびちびちには詰められませんが、なるべくまきでご用意させていただきますから」
項垂れる私にカルタムがウィンクしながら言いました。
「ええ、よろしくね」
今日は頼もしく見えるよ、カルタムが。
晩餐は毎日こちらで食べて、その後別棟に帰って行くというスタイルは変わっていません。そして相変わらず『ハイ、今日もおつ~』な感じで、
「「「「お休みなさいませ、旦那様!」」」」
という使用人さんの笑顔は、いつも満点です☆
別棟のカレンデュラ様は、あれから何度かこちらに乱入してきています。
最初こそ取り繕った笑顔でしたが、最近では不機嫌を隠そうともしていません。私がエントランスで捕まることもありましたが、カレンデュラ様の中で私は『使えない小娘』というカテゴライズなのでしょう、ロータスかダリアを呼んで来いとしか言われなくなりました。そして一向に私が奥様本人だということにも気付いていません。まあ、気付く方がおかしいですよね。何せお仕着せの私はどこといって取り柄のないごくごく普通の小娘ですから。
カレンデュラ様はきっと奥様に向かって『この、泥棒猫!!』って言いたいのでしょう。王道どストライクのこのセリフを聞いてみたいと思う私は物好きでしょうか?!
でもこちらから言わせれば、『アンタんとこの大型猫がこっちにお邪魔してんでしょうが。飼い猫くらいしっかり繋いどけ~』という感じなのですが。あ、普通猫は繋ぎませんね。
まあ、今のところそういったシュラバは展開されておりません。
有能ロータスがいつも門前払いしてくれているからです。あ~、いつもすみませんです。
というかですね、ケンカしているなら(と、本宅全員の意見)旦那様もさっさと仲直りして向こうに帰ればいいのにと思う今日この頃です。
が。
私たちの思惑とは裏腹にまだ旦那様の気まぐれは続いておりまして、さらなる展開が待ち受けていたのです。
旦那様の帰宅と聞いてエントランスに向かうと、旦那様が一通の封筒を渡してきました。
「これは何ですか?」
何の変哲もないかのように見せかけて手触りうっとり上質な紙の白い封筒。表書きは旦那様宛です。裏返して見ると、金色の蜜蝋で封印されています。
この封印、どこかで見たことのある紋章よね~……じゃなくて、これって王家の紋章じゃないですか! 某少女マンガじゃないですよ。王家になんて全く関係ない私ですら知っている超有名な紋章に焦って旦那様を見上げれば、
「王宮からの招待状です。今度夜会が開かれることになりまして、私と貴女に招待が来ているのですよ」
微苦笑しながら旦那様が教えてくださいました。
「はあ?! 夜会、ですか?」
ぱちぱちぱち。瞬きを繰り返しました。
つか、結婚して4ヶ月ちょい。一度もそんな集会に出たことないんですけど? 誘う人を間違えてね?
そりゃキョトンとなりますさ。
「ええそうです。ですから一緒に来てもらえますよね?」
ふわりと微笑みながらさも当然そうにおっしゃいますが。
「え~と、これはオプションだと思うのですが?」
思わずそう答えてしまった私でした。
今日もありがとうございました(*^-^*)
本宅にてあがく旦那様(笑)




