ルクールの衝撃
渋る旦那様を追い返……こほん、送り出したところで、静かなルクールでの生活が始まりました。
王都のお屋敷では毎日のようにやっていた使用人さんのお仕事のお手伝いも、こちらの生活に慣れるまでは封印です。まあ、体調に不安があるってところも大きいけどね。しかし、じっとしてるのに慣れてない私としては、何もしないっていうことに不安を感じちゃうので、できることからやりましょうか。
「まずは別荘内を探検かなぁ」
前回来た時にざっくりと説明してもらったけど、せっかく時間があるんだもの、じっくり見学させてもらいましょう。別荘内はもちろんのこと、敷地内を隅から隅まで見まくってやるんだから。
「ええ、ぜひ。いいお散歩になりますよ。案内はパパヴェルにしてもらうとよろしいのでは」
「は〜い! お願いしま〜す」
パパヴェルというのはこの別荘の執事・兼・管理人さんのおじいちゃん。前回はロータスがいたから表に出てくることがなかったけど、今回はがっつりお世話になります。大柄で、なんというか、寡黙というかとっつきにくいというか、すこーしイカつい感じ……誰かに似て……あ、ベリス! ベリスがおじいちゃんになったらこんな感じになるんじゃないかな?
「パパヴェルって、ベリスに似てない?」
「ええ〜? あ〜、怖そうな感じはわかります」
「ミモザが〝怖そうな感じ〟って、言っちゃう!?」
でも親戚でもなんでもありませんでした。しかし驚くべき共通項が! なんとパパヴェル、元は王都のお屋敷の庭師さんだったそうです。うちの庭師さん選定基準には『強面』とか『魔王風』という項目があるんじゃないでしょうか。
じっとするのに不安を感じてたけど、案外なんとかなるものですねぇ。〝ルクールだから〟というのが大きいでしょう。なにしろ景色が最高すぎるんです。前回来た時にすっごく気に入った、部屋の窓からの眺め。外に面した壁が全面ガラスになっていて、いつ眺めても違った表情を見せてくれて飽きないんですよ。夕日と朝日は最高なのは言わずもがな。行き交う船を見ながら『どこに行くのかな?』『魚を釣りにくのかしら?』なんて想像するのもまた楽しい。ほんと、時間を忘れてボーッと見惚れてしまいます。
「露台には出られないのですか?」
いつも部屋からばかり景色を見ているから、ダリアに勧められたけど……いや、露台ってめちゃくちゃ眺めが良くてすごくいい場所なんだけど、いかんせん海面からの高さがありすぎるんです!
「命綱がないとちょっと……」
『命綱』と書いて『旦那様』と読む。そう、旦那様がちゃんと支えてくれてたから安心して出られたのであって、一人では無理かな〜。
「旦那様がいらっしゃるまでの、とっておきですね」
「いや、あの、そういうわけじゃなくて……」
「ふふふ」
生暖かい目で見ないでくださいよ。
素晴らしい景色だけでなく、新鮮な魚介類の料理にも絶賛癒されています。
王都には海がないので、一般的に出回る魚介類はほぼ加工のものばかりです。公爵家はもちろんのこと、お金持ちはあれこれ手を尽くして新鮮なものを手に入れていますがそれはあくまで例外で、庶民に『生のお魚』は馴染みのないものです。
でも、それが、ルクールでは、誰でもピッチピチの魚介類が手に入る! なんなら生きたまま! 鮮度が違うっ!!
最初の晩餐の時、軽く衝撃を受けました。
「あれ? ソースは載ってないの?」
「はい」
「味付けは塩だけってこと?」
「そうでございます」
出てきたお皿を見てびっくりして、思わずダリアに聞いてしまいました。だって、お皿の上にはいい感じに焼かれた白身魚の〝切り身だけ〟なんですもの。ホカホカと湯気を立てていますが、ソースが一切添えられていないんです。カルタムの料理はほとんどが『白身魚のムニエル〜〇〇ソースを添えて〜』とか、『〇〇仕立ての〜』と、ひと手間が加わっていました。いや、ティンクトリウスが手抜きしてるって言いたいんじゃなくて、魚だけの味で勝負してくるの? って、衝撃だっただけですよ。
こんなにシンプルなお料理は初めてなので、ドキドキしながら一口食べてみると……おや、これは私の知っているお魚かな? 王都で食べるものより弾力があるというか、プリッと感が強いんです。弾力といっても焼きすぎでというわけじゃなくて、ちゃんと適度にしっとりしていて絶妙なんです。塩だけの味付けなのに魚の臭みもなくて……何これすごい。
「おいっっっっしい! 塩で焼いてるだけなのに? 歯触りというか、プリプリ感が違う?」
ほっぺ落ちるかと思いました。もうね『シェフを呼べい!』のレベルです。ほんとに呼んだら飛んで来るけど。
「お口に合いましたか?」
「合うもなにも、こんなに美味しいお魚食べたの初めてかも。いや、カルタムの料理も最高に美味しいけど、これはまた違った美味しさというか、素材の違いというか……とにかく、きっとここでしか食べられないものだと思うの」
ついつい熱く語ってしまいました。公爵家に嫁いできた頃は、美食あたりなんか起こしてた私が偉そうに!
「それはよろしゅうございました。ティンクトリウスも、色々勉強した甲斐があったようですね」
「勉強?」
「はい。こちらに来るまでカルタムから旦那様、奥様、そしてレティ様のお好みを聞いたり、どういう食事がお体に良いのか、また、悪いのかなどを勉強しておりました」
「そんな頑張ってくれてたのね」
健康な人だけならいいけど、私のような懐妊中の人の食事なんて、今までなかなか作る機会もなかったでしょうしね。ティンクトリウス……堪え性ないかもなんて疑ってごめん! むしろちゃんと努力のできる天才だったわ。
私が衝撃を受けてるのが伝わったようで、呼んでないけど本当にすっ飛んできました。
「すっごく美味しかったわ。塩焼きだけで勝負できるなんてすごいのね」
「お褒めに預かり光栄です。本当は生で食べていただきたかったんですが妊婦さんにはお勧めできないので、火を入れさせていただきました」
なるほど、さっきダリアが言ってた『勉強』が生かされてたってわけね。生で食べてもいいくらい新鮮だったもんね。逆に贅沢だわ。
「焼いてもこれだけ美味しいんだもの、きっと生で食べたらどんなに美味しいか……まあ、それは今後のお楽しみに取っておくわね」
「その時は腕によりをかけさせていただきます!」
「お願いするわ!」
「今日のお魚も、薄くスライスしてオイルとシネンシスの果汁、塩と胡椒で味を整えただけでめちゃくちゃ美味しい一品になるんですよ。調味液に漬け込んだだけのものもお勧めです! あと——」
ティンクトリウスが教えてくれた、生のお魚を使った料理の数々。
なにそれ聞いただけでも美味しそうなんだけど!?
今すぐ食べられないからこそ余計に食欲がそそられるっ! ……よだれ出ちゃうじゃないですか。
今日もありがとうございました(*^ー^*)




