領地へ
不思議なもので『ルクールに療養に行く』と決まった途端に調子が上がってきました。我ながら単純過ぎるとは思いますが。
着々と準備を進める中、王宮で料理人として働いているティンクトリウスも帰ってきました。ステラリアの結婚式の後王宮の料理人として定着(定住?)して、順風満帆だったはずなんだけど……。なんか勝手にこっちで連れて行くと決めてしまって申し訳なかったなぁと思ってダリアに確認してみたんだけど。
「本人の意思も確認しないで決めちゃったけど、王宮の仕事の方は大丈夫だったの?」
「それは大丈夫でございますわ。なにせティンの方が『そろそろ辞めたい。お屋敷で働きたい』と言ってたくらいなので」
「あら」
「お屋敷がダメならまたどこか修行の旅に出ようかな、なんて寝言も」
「あら」
だから流れるようにティンクトリウスの名前が上がって、そのまま決定になったんですね。道理で『王宮での仕事はどうなる』的な発言がなかったわけだ。なるほど理解。
王都からルクールに直接行くのはまるっと一日かかってしまうので、ピエドラ経由で行くことになりました。旦那様、義父母様たちと一緒に王都を出て、ピエドラで義父母様たちと別れ、ルクールに向かう形です。時間はたっぷりあるので、子供たちや私の体調を見ながら進むことにしました。
「荷物も人もたくさんなので、馬車の数がすごいことになりそう」
部屋に積まれた旅行カバンの数だけでも大変なことになってます。さらにその上バイオレットの荷物でしょ、たまにくる(多分)旦那様用の荷物でしょ、それに、一緒に来てくれる使用人さんたちの荷物——これだけでもどえらい数になりそうじゃない? そして私たちを運ぶための馬車……ってなったら、一体どれくらいの馬車が必要なんでしょう?
「荷物は先に送りますよ。馬車の行列が仰々しくなると目立ちますから」
「そ、そっか」
すごい数の馬車が王都の中を移動したら、注目度もすごいし、ご迷惑なりますもんね。ロータスが言うように、荷物はこっそり夜陰に紛れて領地に送られました。ティンクトリウスが『先遣』と称して荷物と一緒に送られてるのには、ちょっと笑っちゃった。
そしていよいよ出発の日。旦那様と私、義父母様とバイオレット、そして使用人さんたちが分乗した馬車が数台、護衛の騎士さんたちと共に、静かにお屋敷を後にしました。しばらく王都ともお別れです。
途中休憩を挟みましたが、問題もなくスムーズにピエドラに到着しました。ここで義父母様たちとお別れです。
「向こうにも使用人はいるから、何かあれば相談しなさい」
「ありがとうございます」
「困ったことがあればすぐに駆けつけるからね」
「ア……アリガトウゴザイマス」
さすがにお義母様たちを呼びつけるなんてできないと思います。
そしていよいよルクールへ。
海が近い町だからか、少しずつ風の香りが変わってきたように思います。窓から見える景色も、ピエドラは全体的に赤いかわいらしいイメージだったのが、白を基調とした爽やかな感じに変わってきました。ぼんやりと『青(海)』と『白(町)』しか覚えてなかったけど、こんな感じだったなぁって、鮮明に蘇ってきました。
「前回ここにきた時は、ほんとに慌ただしかったですよね」
訳のわからないまま来てあっちこっちとお出かけし、町の散策もしたけどあんまり記憶に残ってない……。慣れない旅行と慌ただしさのせいですね! 思えばもったいないことしてたわ。
「そうだね。見せたいところだけは凝縮して案内したし」
「どこも素敵なところでしたよ!」
そうそう、海の水が青く輝く神秘的な洞窟なんて最高の景色でした。また行きたいけど、さすがに今は無理か。別荘の大きな窓から見る夕日や露台の景色で我慢しておきましょう。
「今は遠出もできないから、僕がいる時に近くを案内しよう」
「わぁ! 楽しみです!」
旦那様は私と一緒に長期休暇——というわけにはいかないので(お義母様にも言われてたしね!)、お休みをまとめてもらう代わりに連勤するということで話をつけてきました。旦那様曰く『十日お仕事して、三日ほどお休みをもらう』感じらしいです。知らんけど。
「海の近くに市場もあるよ。王都と違って新鮮な魚介がたくさん見れる」
「市場! 魚介!!」
「はははっ! ほんとにヴィーは市場とかそういうところが好きだね」
「好きすぎます!!」
庶民感覚を忘れてしまったら私のアイデンティティが崩壊すると思ってますが何か? ——というのは置いといて。市場なんて楽しいに決まってるじゃないですか。それも新鮮な魚介ですよ? 王都ではあまり見かけないものですよ? ウキウキしないわけがないでしょ。王都から海はあまり近くないせいもあって、魚介類はほぼ、加工されたものしか手に入らないんだから! あ、ごめんなさい。これは庶民の話で(むしろ私も以前はそっち側)。お貴族様はまあ、なんだかんだして新鮮な魚介を手に入れているけど。
「ま、それも体調が落ち着いてからね」
「全力で落ち着かせます!」
悪阻で伏せってる場合じゃなくなりました。
「僕だけ帰らないといけないなんて……こんな残酷なことがあっていいのか?」
「はいはい」
「やはり誰か僕の代理を——」
「それはもうすでに却下しましたよね?」
「ううう……」
旦那様の帰り際。もはやこれをやらなくちゃ帰れない病気かなんかですね。私を抱きしめ駄々をこねる旦那様にはもう慣れっこだけど、嬉しい気もしてる私はすっかり毒されてきてると思います。
「次のお休みなんてすぐにきますよ。私もレティも、楽しみに待ってます」
「そうか……そうだよな」
「そうそう! 頑張るお父様はかっこいい! 素敵! 世界一!」
「よ〜し、休みをもっと長くしてもらえるように頑張るよ!」
よかった。ノってくれました。
「ふぅ……」
「旦那様を送り出すのもひと苦労ですね」
「もう慣れましたよ〜」
苦笑いするダリアからお茶を淹れてもらい、ようやく一息入れることができました。
座り心地のいいソファ、落ち着くインテリア。少し実家に似た雰囲気のこの別荘が、しばらくは私のおうちです。旦那様がいないのはちょっと寂しいけど、これも慣れなくちゃね——ん? おっと、これはもう慣れてるか。
別荘に着いて慣れるまでは、お出かけすることもなく、ゆっくりと過ごすことにしました。時間はたっぷりあるので、まずは体調優先ということでね。
「おにしゃん、こちら〜」
「待て待て〜!」
「「キャハハハハハ!!」」
バイオレットとデイジー、そしてティンクトリウスがお庭で鬼ごっこをしてます。ティンクトリウスは仕事の時間以外、ほんとに子供たちとよく遊んでくれています。ダリアたちは『全然こっちにきてよかった』って声を揃えて言ってたけど、当の本人からは聞いたことないから、心配は拭いきれないのよね。
「本当に王宮のお仕事辞めてよかったの?」
今更だけどティンクトリウスにも聞いてみたところ、
「全然ですよ〜。もう学ぶことなくなっちゃったし、そろそろ違う刺激が欲しいなぁって思ってたところだったんで」
えへへ〜と無邪気に笑ってますが、そんなに長く働いていないはず。学ぶことなくなったって……、この人『天才』か『堪え性ない』かのどっちか?
「でも、王都のお屋敷じゃないけど大丈夫だった?」
「もっちろんです! 天使たちと一緒ならどこまでも〜!」
ペッカペカの笑顔で言われたら、もうなんも言えないね。
今日もありがとうございました(*^ー^*)




