静養しましょう
「本当に、お礼なんかは後回しでいいから」
「時間を開けてしまっては失礼だから——」
「体調優先です」
「でもでもっ!」
旦那様やロータスたちに止められても『やらなくちゃ』と勝手に自分を追い込んで焦りを募らせていく日々。
「これはもうお見舞い禁止令を出すしかないか——」
「そうだわ!」
増えるお見舞いの数々を見ると焦りを募らせる私を見かねて旦那様がため息をついていると、お義母様がパンっと手を叩きました。いきなりだったのでみんなびっくりしたけど、当のお義母様は何か企んでいるような、思いついたようなそんな顔をしています。
「ロージアにいるからお見舞いが届いちゃうのよ。遠くに行っちゃえば、みんなもそっとしてくれるわ。今のヴィーちゃんに必要なのは、静かに心と体を休めることよ」
「「「はい?」」」
お義母様の提案、突拍子もなさすぎて理解できないんですけど?? 私が、遠くに行くって? どこに?? 旦那様も理解できていないようでキョトンとしています。しかしそんな中、お義父様はさすがというか、すぐにピンと来たようです。
「ふむ……それはピエドラでしばらく過ごす、ということかな?」
「そういうこと!」
おお〜! そういうことでしたか。お義父様の補足でわかりました。お義母様は、『領地で静養したらいい』ってことが言いたかったんですね。王都から距離を置く。確かに領地までお見舞いを送ってくる方はなかなかいないでしょう。すごくいいアイデアだと思います!
「ピエドラは何度も来てるし、町に近いから賑やかじゃない? 私はルクールがいいかなって思ってるの」
「ルクールか。そうだね、あそこなら町から少し離れてるし——」
「何より景色がいい! どう? ヴィーちゃん」
ルクールの領地ですか。何気に新婚旅行(?)以来だなぁ。
「ルクール、素敵なところですよね! いいと思います」
海が綺麗なルクールの町。以前の記憶を思い出すだけでワクワクしてきます。
「ピエドラよりもロージアから離れてるし、静かで景色もいい。静養にはもってこいの場所だ」
「でしょう?」
「いいんですか?」
「もちろんじゃない。公爵家の領地は、もはやヴィーちゃんの領地でもあるんだから」
「いやいやいやいや」
そこまで思えませんて。というツッコミは心の中だけで。
すっかり場の空気は『ヴィーちゃんルクール静養計画』に固まりつつある中、渋い顔をしている人が約一名。
「ヴィーが屋敷からいなくなったら、レティはどうするんですか」
旦那様、バイオレットと言ってはいますが、それ多分、ご自分のことですよね。
「あら、もちろんレティちゃんも一緒に行くに決まってるじゃない」
「ぐぐっ……。では、屋敷は誰が管理——」
「そりゃ貴方がすればいいことでしょ。ロータスたちだっているんだし」
「ぐぬぬ……。ではその間、僕はどうすれば?」
「そんなの自分で考えなさいな。貴方仕事があるでしょ? 長期でここを留守にできないでしょ」
「ハイ」
お義母様最強説再び。旦那様、私もバイオレットもいないなんて、寂しくて夜な夜な泣いちゃうんじゃないでしょうか?
「ルクール、久しぶりでワクワクしちゃいます」
ル・クール・ド・ラ・メール。フィサリス家の海辺の領地。素敵な景色を思い出していると、気分が悪かったのもすっかり吹っ飛びました。現金なものです。
「ヴィーはワクワクだろうけど、僕は絶望だよ」
「まあまあ」
お義母様に『自分で考えろ』と言われてしまった旦那様、仕事は休めない、けど私たちとも長期で離れ難いというジレンマで嘆いています。
「いっそルクールから通勤しようか」
「そんな非現実的な」
王都とルクールは一日かかるんですよ。毎日のつもりが隔日になってますよ。
「じゃあ、ユリダリスを代理の副隊長にして——」
「部下に迷惑をかけてはいけません!」
「はぁ……」
全くこの旦那様は……。さすがにこんな旦那様に慣れてしまって、呆れつつも可笑しくなってきちゃってるけど。
「お休みの日に会いにきてくださいな。レティと一緒に待ってます」
「うん、そうする。連休もこまめに取るようにする!」
「その時は、町を案内してくださいませね」
前回は訳のわからないまま領地に行って、とっておきの綺麗な場所には連れて行ってもらったけど、肝心の町の様子は見てなかったんでね。あいにくのお天気で、お出かけしない日もあったし。あ〜、別荘で雨の日お稽古もしたなぁ……これも思い出か。あの時は旅行の途中であまり時間がなかったけど、今回はゆっくり滞在するでしょうから、あちこちを見て回って町のことを知りたいです。なんとなく覚えているのは、白を基調とした町並みが、青い海に映えてとっても素敵だなぁって思ったことくらい。でもきっと現地は、もっと素敵なところだと思うんです。
「デート代わりに町を散策してもいいね。うん、なんかそれを糧に頑張れる気がしてきた」
「よかったです」
旦那様がチョロ……げふげふ、ポジティブな人で! あれ? 私もルクールに行くって決まって気分が上がってるから、二人してチョロい系!?
『領地に赴かないといけない案件が出たので、仕事で忙しい公爵の代わりに夫人が対応する』ということにして、私たちは海の領地、ル・クール・ド・ラ・メールに行くことになりました。
今回は長滞在になるので本格的に使用人さんも連れていく、大所帯です。私だけでは決めかねるので、ロータスとダリアに相談です。
「誰を連れて行くかを厳選しなくちゃね」
「そうですね。使用人はあちらにもおりますが、慣れた使用人も必要でございましょう」
「うんうん。知らない人ばっかりだと緊張しちゃう」
「すぐに馴染んでそうですけど」
「おやぁ?」
ま、自分でもそう思うけどね! というのは置いといて。
「身の回りのお世話をする者、料理係も……向こうにいるにはいますが、お好みを知っている者がいれば安心ですし……」
ダリアが指折り数えています。
「私はこちらに残りますから、向こうでの指示役にダリアをお連れください」
「ロータスは行かないの?」
「旦那様がこちらにおられますからね」
「そうだった」
旦那様がお屋敷にいる限り、メインはお屋敷です。……忘れがちですが。
「ダリアの留守中、ステラリアに侍女長の代行をお願いしましょう」
「あら、私は奥様とご一緒に行くつもりですが?」
ロータスがステラリアの方を見て言いましたが、ステラリアは残るつもりが一切なかったようで、首を傾げています。
「レティ様があちらに行かれるにあたり、デイジーとミモザも一緒に行くことになります。ミモザがいれば奥様のお世話もできます」
「……そうですね」
「長期でお屋敷を空けるんだもの、ステラリアを連れて行っちゃったらユリダリス様に申し訳ないし!」
「……奥様がそうおっしゃるなら」
ベリスのことはいいんか〜い、というツッコミは置いといてね! ステラリアとユリダリス様って、まだ新婚って言ってもいいくらいの時期ですからね。引き離すなんて忍びない。
あとは私専属の侍女さん数名を連れて行くことになりました。
「料理人ですが、カルタムは私同様の理由で残ることになります」
「そうね」
あくまでも、メインはこちらのお屋敷。大事なので二回言います。
「ティンクトリウスはいかがでしょう? カルタムと変わらぬ腕を発揮してくれると思いますよ」
「「心配しかありませんが」」
ロータスの提案に、ダリアとステラリアが同時に声を上げました。綺麗に揃ったなぁ。
「まあまあ。ティンクトリウスなら子供たちの遊び相手にもなれるし一石二鳥よ」
「そうでございますね。ではレティ様たちの遊び相手ということで」
「違う違う。料理人、時々遊び相手!」
「そういうことにしておきます」
ルクールに行くメンバーも決まったことだし、あとは私の体調を見て出発するばかりです。
今日もありがとうございました(*^ー^*)




