わかったこと
「ヴィー……」
誰かに呼ばれたような気がして、意識が浮上しました。
私はお義父様たちと一緒に王宮に来たんだったよね。それで……あ、そっか。私、馬車酔いしたんだった。めちゃくちゃ気持ち悪くて目眩して、降り際に馬車から転げ落ちたのははっきり覚えてる。あの時旦那様の声が聞こえて、そして抱き上げられた感じがしたんだっけ。落ちた痛みはないから、助かったのかな。でも、お仕事に出かけたはずの旦那様が、なんであの場にいたのかしら? 私の名前を呼んだのは、確かに旦那様の声だったと思う、多分。あ、そっか、仕事場は王宮の中だから、あの場にいてもおかしくないか。
あれ? 今、私を呼んだのは旦那様ではなく女の人だった気がするぞ?
ここでようやく意識がはっきりし、ハッと目が覚めました。しかし見えたのは見知らぬ天井。ココハドコ? どこかに寝かされてるのはわかったけど……お屋敷のベッドとはなんか違うんですよね。いや、そもそも天井が見たことないって言ってんでしょ。前にもこんなことがあった気もしないではないけど(遠い目)。
まだぼんやりする頭で『?』ばかりが先行させていると。
「ヴィーちゃん! 目が覚めたみたいね」
今度ははっきりと女の人の声——お義母様の声が聞こえました。そっか、さっきのはお義母様だったのか。
「すみません、馬車に酔っちゃったみたいで……」
「全然いいのよ。急に倒れ込んだからびっくりしちゃった。サーシスが抱き止めてくれたから怪我はないみたいだけど、気分はどう?」
「はい。今は大丈夫です。落ち着きました」
やっぱり意識が途切れる前に聞いたのは旦那様の声だったようです。本当にうちの旦那様は、いつも私のピンチに駆けつけてくれますね! ……てゆーか、なんであの場にいて、駆けつけたのかが疑問だけど。
「あ、サーシスね。ヴィーちゃんが王宮に着いたことを聞きつけたディアンツ殿下が、お稽古を脱走したのを追いかけてきて、あの場に居合わせたのよ」
あれ、考え読まれた。——じゃなくて。きっと私の顔に出てたんでしょう、お義母様が倒れた時のことを教えてくれました。なるほど、そういう訳であの場に旦那様がいたんですね。
「すごい勢いで飛び込んでくるもんだから、何人か周りの人がぶっ飛んじゃってたわ」
「わぁ」
その人たちの手当ては大丈夫でしょうか? 私のせいで……なんかごめんなさい。
「では……ここは?」
「王宮内の客間よ。落ち着くまでどうぞって王妃様が開けてくれたの。目が覚めたことだし、医師様を呼んできましょうね」
「ありがとうございます。あの……サーシス様は?」
部屋中見渡しても旦那様の姿が見当たりません。いつもなら絶対そばにいるはずなのに。いるのはお義母様と、数人の女官さんたちだけです。
「いったん職場に戻った……というか、戻したわ。ここにいても役立たずだし」
役立たずて。お義母様のドきっぱりな物言いに噴き出しそうになりました。
呼ばれてきた王宮付きの医師様にサクッと診てもらいましたが特に問題もなかったので、お屋敷に帰ることになりました。お茶会にはお義母様だけ出てもらい、早退する旦那様と一緒に帰宅です。私ってば何しに王宮まで来たんだか。とほほ。
王宮では問題なしとのことでしたが、そこはうちの仕事の早い使用人さんたち、帰宅するといつもの医師様がすでに待機していました。
「やはりかかりつけの医師様に診てもらうのが一番でございます」
「その方が安心だな」
ロータスの説明に旦那様も頷いています。誤解のないよう言っときますが、決して王宮付きの医師様を信用してないとかじゃないですからね!
「最近のご体調はいかがでしたか?」
「え〜と、かなり復調して、特に変わりはないですね」
「そうでございますか、では——」
色々と細かく問診が続いていくけど、なんかこう、前にもこんなやりとりをした覚えがあるんですよね。いつだったかなぁ? なんてぼんやり考えながら、それでも医師様の質問に答えていると、なんと、驚きの診断が——。
「これは馬車酔いではございませんね。つわりでしょう」
明るく笑う医師様。
「ふわっ!? つわり??」
「ええ。ここ最近の体調の悪さも、ご懐妊の影響のようですね。あの時は時期が早すぎてわかりませんでしたが」
「疲労ではなく?」
「ええ。判断できずで申し訳ございませんでした」
「いやいやいやいや………」
「詳しくは家内に診てもらうことにしましょう」
「あ、はい」
まさかの、懐 妊 発 覚 ! !
ちょっと驚きすぎてまだ自覚がない。
「おめでとうございます!」
「これからは一層お身体を大事にされねばなりませんね」
ダリアやステラリアに声をかけられて、やっと事態を把握しました。そうか、二人目の赤ちゃんかぁ。バイオレットの時とパターンが違うから全然わかりませんでした。
「すぐに旦那様にお伝えしましょう」
いそいそとダリアが部屋を出て行きました。
「嬉しいね。また屋敷が賑やかになる」
呼ばれてやってきた旦那様は、少し息が上がっていました。サロンから走ってきたのかしら? ふふふ、そんなに慌てなくても。
「そうですね」
「また厳重に安静だね」
「もうすでに過保護シフトなのに、これ以上は勘弁してください。少しは動かないと」
「そうか」
「これ以上絶対安静とか、ただの寝たきりになっちゃうじゃないですか! そんな重病人じゃあるまいし」
「確かに」
自分の過保護さを自覚したのか、旦那様が笑っています。
「さっき『懐妊だ』って聞いた時、嬉しさと同時に冷や汗が出たよ。あの時、あの場にいなかったらどうなってたのかと思うと」
あの時旦那様がいなかったら……馬車から落ちていたのは確定かな。ひょっとしたら侍従の方が助けてくれたかもしれないけど、旦那様ほど必死になってくれたかはわからないですからね。
「王太子様を追いかけてきたんでしたっけ。お義母様から聞きました」
「そう。本当あのガキンチョときたら……ヴィーが王宮に来るって聞いてたから、タイミングを見計らって茶会に乱入するつもりだったみたいでさ。茶会には早かったから、出迎えに行ったらしい」
「おぉ……」
王太子様ならやりかねないね。
「ちょうど僕が近くに居合わせたんで追いかけて行ったんだ。そしたらヴィーがふらついたでしょ。慌てて周りをかき分けて飛び込んだよ。ほんと、間に合ってよかった」
「〝かき分けて〟ではなく〝吹っ飛ばして〟とお聞きしましたが?」
「え〜? そうだったかな〜? まあ、邪魔なのは退けたかな?」
「邪魔て」
「無我夢中だったから忘れた。それより、今回ばかりは殿下に感謝しようか」
「そうですね。仲良くしてください」
「それは無理」
そんなにきっぱり即答しないでください。
今日もありがとうございました(*^ー^*)




