反動がきた
いろいろ騒動はありましたが、アイリス様の結婚式は滞りなく終わりました。『ヴィオラの瞳』をプレゼントするという私の大役も、無事にミッション完了。あちこちからため息・羨望の眼差しが向けられた指輪の儀式も、これからはフルール王国の結婚式のスタンダードになるんじゃない? って予感がしたところで——私、ぶっ倒れました。
ちょっと話が飛躍しすぎましたね。少し時を戻しましょう。
王宮内大神殿での結婚式の後は場所をアルゲンテア家に移し、盛大な披露宴が行われました。もちろん私と旦那様も参加しましたよ。こんなハレの場面に居合わせたことのない私は、堅苦しいお披露目会を想像して辟易……もとい、恐々としていたんですが。蓋を開ければ、お酒を片手に話に花を咲かせたり、テーブルで気の合う人とおしゃべりしたり、音楽に乗ってダンスしたり——ってこれ、いつもの夜会と変わらなくね? まあ、フランクな感じだったのでわたし的にはオッケーでしたけど。
「アイリス様とセロシア様、美男美女でお似合いですね」
「そうだね」
メインの場所に二人並んで座っているアイリス様たちは終始笑顔で、幸せオーラ全開です。見ているこっちもお裾分けをもらったような、幸せな気分になっちゃいました。そしてそのまま、ほっこりした気持ちでスッと視線を横にずらすと、そこにはじとんとバーベナ様を見ているアルゲンテア公爵様と、それをガン無視してグラスを傾けるバーベナ様の図。これはきっと『次はお前の番だな』『は?』というやり取りが交わされた後なんじゃないでしょうか。
「バーベナ様にも良いご縁があるといいですが……いや、もうご縁はすぐそこにあるか」
「え? どういうこと?」
「んんん〜? ドウイウコトデショウネ?」
おっと、この話はあの女子会の時の内輪ネタであって、まだ公にはなってないんだった。私も詳しくは知らないことだし、ここはしらばっくれておきました。
アイリス様は幸せそうだし、他のご令嬢方は今日も婚活に忙しそうだし、いつも通りで今日もフルールは平和だなぁ。
「ふぅ」
「どうかした?」
ここ数日のバタバタからの解放と、今日の〝社交〟の達成感を噛み締めていたら、ついうっかりため息が出ていたようです。旦那様が心配そうに顔を覗き込んできました。
「大丈夫ですよ。なんか少し気が抜けた感じです」
「そろそろ疲れたんじゃないか?」
「言われてみればそうですね」
朝からずっと出ずっぱり、しかも気を張るお出かけは、さすがに疲れてきました。頑張って顔に張り付けていた『外面笑顔』が引き攣りかけています。やだわ、もうすぐ真顔に戻っちゃう。
「そろそろ帰ろうか」
「そうしましょう」
まだ宴はたけなわですが、笑顔の仮面が剥がれ落ちる前に退散させていただきます!
そうしてお屋敷に戻ってきたんですが、もうね、うちの馬車に乗った途端に緊張の糸はぶっちぎれ、旦那様に促されるままお屋敷に着くまで爆睡してしまいました。気が付いたらサロンだったので、また旦那様に運ばせてしまったようです。かたじけない。
「お疲れ様でございました」
ステラリアがハーブティーを淹れてくれました。湯気に乗ってふわっと香るマトリカリアの甘い香りを嗅ぐだけでも癒されます。
「あ〜いい香り」
カップを手に取り、大きく湯気を吸い込みました。お行儀悪いけど今は許して。
「ここ最近、ずっと慌ただしかったのでお疲れが溜まっておられるのでしょう」
「そうね」
ピエドラ行って、ひと騒動あって、ロージア帰ってきてもお出かけしたり準社交……いやもはや立派な社交の結婚式に出たり。普段の引きこもり奥様の私にしては、めちゃくちゃアクティブに過ごしてたツケが回ってきたんでしょう。
「お疲れ様だったね」
そう言って労ってくれる旦那様は、顔色ひとつ変わってません。涼しい顔でロータスの出してくれた果実酒を飲んでます。ま、日頃忙しくしている旦那様にとっては、これくらい全然どうってことないんだろうなぁ。いやいや、私も結構体力には自信ある方だけど!
「さすがにグッタリです」
「しばらく予定はないから、ゆっくりしているといいよ」
「そうします」
しばらくどころか永遠に予定(特に社交!)なくてもいいけどね! と、引きこもり万歳な私は声を大にして言いたい。
ゆっくりとお茶をいただき落ち着いたところで、寝支度をして就寝——。
と、ここまではいつも通りでした。
問題は翌朝です。
いつも通りの時間に起きようとしたんですが、体の上に重しが乗っかったような苦しさがあって起きれません。
「体が……重いです」
「えっ!? 大丈夫!?」
スッキリ目が覚めている旦那様が慌てているのがわかります。少しくらいなら『大丈夫、ヘーキヘーキ』と言って旦那様を追い出し……ゲフゲフ、送り出してから二度寝というパターンはあるけど、今日はそれすらもできない感じに辛い。風邪? いや、喉も痛くないし頭も痛くない。熱っぽい……くらいかな? それも微熱程度のこと。
「ん〜。まだ疲れが取れない感じですね」
「昨日、もう少し早く撤収してくればよかったかな。ごめん、無理させた」
「いえいえ、サーシス様のせいじゃないですよ」
「ありがとう。でも顔色も良くないし、今日はもうこのまま休んでいるといいよ」
「レティのことが気になるけど……そうします」
「レティにはミモザやデイジーがいるから大丈夫だよ」
わぁ、私いなくても全然問題な〜い! ……なんて自虐は置いといて。ここはお言葉に甘えて休ませてもらいましょう。
——そして冒頭に至る、と。
『私の体調が悪い』となると、全力で〝過保護シフト〟になるのがうちの旦那様や使用人さんたち。ただの疲れなので一日、もしくは数日ゆっくりしてたら回復すると思うのに、秒で医師様呼んでました。過労くらいで呼ばれてたら、医師様の身がもたないですよ。
「——お話を聞いていると、まあ、おそらく過労でしょう。貧血も少しあるかもですが」
「デスヨネー」
「滋養のあるものをたっぷり食べて、ゆっくり休んでください。薬は特に必要ないでしょう」
「ありがとうございます」
やはり過労、そして貧血ですって。旦那様が大袈裟にするから……いやいや、心配してくれるのは嬉しいですね。大変なことになってなくてよかったです。
しかしただの過労とはいえ、ぶっ倒れているのは事実。
「ヴィーが体調不良と聞きつけると、見舞いがどうのこうのと周りがうるさくなるから、誰にも口外するな」
という旦那様の判断で、医師様は『今日の往診は内密に』としっかり口止めされていました。確かに、静かにゆっくりしたいのもありますが、それよりなによりアイリス様がこのことを知ったら心を痛めてしまうんじゃないかと思っていたので、この緘口令はありがたいです。
病気じゃないとわかっても、安心こそすれ〝過保護シフト〟は継続中。
「栄養たっぷり旬の野菜をふんだんに使った、カルタム特製スープですよ、マダ〜ム! もちろん裏漉し済みですから、胃にも優しい。これ食べて早く元気になってくださいね」
過労が原因とわかれば、料理長のカルタムは、手間暇かけて滋養も味も最高の食事を用意してくれるし。普段あまり感情を表に出さないベリスですら、過保護シフトに回ったようで、
「このお花の香りは、気分の沈静によいんですって! ベリスから奥様に」
紫色が鮮やかな、小さい花を密集させたラワンドゥラの花束を、ミモザがベッドサイドに飾ってくれました。濃すぎない爽やかな香りを深く吸うと、重い体が軽くなるような気がしました。
もちろん旦那様も。
「王宮の薬草庭園から疲労回復にいいっていう薬草をもらってきたよ!」
またかい。てゆーか、貴方〝疲労回復〟って言っちゃってますよね?!
「いやいや、疲労回復に〜って言ったら、『誰が?』ってことになって、バレちゃうじゃないですか」
「もちろんそこは『毎日王太子の相手で疲労困憊なんで。私が』って言ったら、何も言わずすぐにくれたよ」
「……なるほど」
相変わらず王太子様の相手は大変なんですね。
そしてそして、かわいいバイオレットとデイジーも。
「はい、おかーしゃまに」
「おくしゃまに」
と言って、ワタシ庭園に咲いている花を数本摘んで持ってきてくれました。ああもう、天使がいるんだけど〜〜〜っ!!
こんなみんなに心配かけっぱなしはよくないですよね。なんとしても早く元気にならねば!




