お届けもの
「王都に着いたら、すぐにでもアイリス様のところにお届けしたいけど……」
せっかく手に入った『ヴィオラの瞳』の原石。きっとアイリス様は、今か今かと待ち侘びていると思うんです。だから、フィサリス家のお屋敷に帰ると同時に私だけ、その足でアイリス様のお屋敷に伺いたいなと思ったんですけど。
「さすがに今からだと王都に着くのは、晩餐の時間か、それ以降になるでしょ。レティもいることだし、そんなに急げないからね」
と、旦那様に諭されました。確かに晩餐の時間に訪問とか、超失礼じゃないですか。ダメ、絶対。
「じゃあ、明日……でしょうか」
「そんなに急がなくてもよくない? アイリス嬢には、宝石を渡すのが遅れるかもしれないことは伝えてあるんだし」
「そうなんですけど……なんていうか、一刻も早くお渡しできたら、ひょっとしたらお式に間に合うかもって思ってしまって」
結婚式まであと六日です。宝石商さんには悪いけど、頑張ればワンチャン間に合いそうじゃないですか?
「——なるほどね。ヴィーの気持ちはわかった。じゃあ今からでも、向こうの都合を伺う手紙を出しておけばいいんじゃないかな」
「そうします!」
ということで、ピエドラの別荘を出る直前に、私はアイリス様にご都合を伺うお手紙を認めました。『できれば明日お伺いしたいです!』ということを強調するのを忘れずに。手紙は私たちよりもずっと早く王都に着いて、アイリス様の元に届けられるでしょう。
お約束の宝石をお渡しできるというミッション完了の安堵を感じつつ、私たちは王都に帰ったのでした。
ロージアのお屋敷に着いたのは、普段なら晩餐を食べ始めるくらいの時間でした。やっぱり旦那様の言った通りの時間でしたね。バイオレットに合わせて多めに休憩を取ったりして、ゆっくり帰ってきました。
「確かにこんな時間からよそ様のお宅にお邪魔しようなんて、不躾極まりなしだわ。サーシス様の言うこと聞いておいてよかったです」
危うく『非常識な公爵夫人』になっちゃうところでした。止めてくれてありがとう旦那様!
旅行の荷物が馬車から運び出されるのを見ていると、ロータスが封筒を持ってやってきました。
「サングイネア侯爵令嬢からお返事が来ているようでございますよ」
「え? もう⁉︎」
早っ! ピエドラを出る時に出したってのに、もう⁉︎ ピエドラから出した手紙がアイリス様の手に渡って、すぐにお返事を書いてくださったんですね。それだけ待っててくださったと言うことでしょう。
さっそく開けて目を通してみると。
「明日、お待ちしてますって!」
「きっとアイリス嬢も楽しみに待っていたんだろう」
「そうでしょうね!」
「でも本当に明日でいいの? 休まなくて大丈夫? いつもより顔色が良くない気がするけど」
「ふわっ⁉︎」
旦那様が急に頬を触るから変な声出ちゃったけど、私、顔色悪いんですか?
確かにここ数日のドタバタかつ、今日の長距離移動でちょっと疲れてるけど、そんな、顔に出るほどとは。体力自慢の私にしては、やわすぎでしょ。
「一晩眠れば大丈夫ですよ! 私の体調より、この宝石をお届けすることの方が大事です」
「僕にとってはヴィーの体調の方が大事だけど?」
「うっ……!」
そう言って心配そうにじっと私を見つめてくる濃い茶の瞳。うう……そんなじっと見つめられたら困ります!!
「………お届けしたら、すぐに帰ってきて休みます」
「約束だよ」
「善処します」
私が素直になったからか、途端に微笑む旦那様。こんな優しい旦那様に心配かけるのは心が痛む。お届けしたら、ソッコー帰って寝ます!
な〜んて思っていた昨日の私、どこ行った。
ピエドラから帰ってきた次の日。
私がアイリス様のお屋敷に着いた時には、すでに宝石商さんが待機していました。用意周到です。
「こちらが『ヴィオラの瞳』の原石です」
私が持ってきた原石を渡すと、宝石商さんは包んでいた柔らかい袋から原石を出し、光に翳したり懐から眼鏡のようなものを取り出して検分しました。
「簡単に見たところでも、さすがの品質でございます」
「うれしいわ」
「よかったです! 苦労して取り返した甲斐がありました」
「「え?」」
「ナンデモナイデス!」
危ない危ない。ついポロッとやっちゃました。って、苦労したのは私じゃないけど。
「デザインはすでにいただいておりますので、あとは作業に取り掛かるだけでございます。結婚式に間に合うよう、最善を尽くしましよう!」
宝石商さんはまた原石を丁寧に袋にしまうと、慌ただしく帰っていきました。めちゃくちゃ急いでたので、間に合う気がしてきました。
さあこれで、私のミッションはコンプリートです!
「では、私もこれで失礼させて——」
あとは帰って寝るだけ——と思って、アイリス様にお暇を告げようとしたのですが。
「あらあら、まあまあ! そんなお急ぎにならなくても、ゆっくりお茶でも召し上がってくださいな。そうだわ、ランチをご一緒しませんこと?」
みなまで言わせてもらえませんでした。
「いえいえ、そんな。急にお邪魔した上に、ご準備の邪魔はできませんわ!」
「準備は大体できてますのよ。それよりも私は、ヴィーちゃんとランチがしたいんです」
「それはまた後日でも」
「ランチなんてちょっとしたものが『ヴィオラの瞳』のお返しになるとは思えませんけど、気持ちだけでも」
「あ……はぁ……まぁ……アリガトウゴザイマス」
『急に来ちゃったし、ご迷惑ですから〜』(意訳)という断わりは通じず、あれよあれよという間にお庭に案内され、すでにセッティングされていたお茶の席に座らされていました。
ほんと言うと、まだ旅行の疲れが残ってるんだけどなぁ。
朝起きた時のどんより感よ! 今日はやめた方がいいのかなぁと思うくらいにベッドから起き上がるのが辛かったです。でも旦那様にもアイリス様にも『行く』と言った手前、ドタキャンは許されません。そして自分でも嫌だ。旦那様とも約束した通り、宝石を渡したらすぐにお暇するつもりだったんだけど……流された私のバカ。
でもね、アイリス様の気持ちもわかるんです。こんな——私だったら腰を抜かすような高価な宝石をいただいたんだから、お礼の気持ちを表したいって。……大丈夫、私なら大丈夫!(大事なので二回言いました) ここは気合いで乗り切りましょう!
「わざわざ御領地まで取りに行ってくださったんですって?」
「え? それをどこから?」
「セロシア様から聞きましたの」
アイリス様には言ってなかったはずのに、なんで知ってるのかなって思ったけど、なるほど、セロシア様なら、旦那様が休暇を取った理由も知ることができますよね。おそらくユリダリス様経由でしょう。
「いつもの納品ルートだと時間がかかるなぁと思ったので、直接取りに行ったんです。少しでも早くお届けしたくて」
「そんな……感激ですわ」
私たちがアイリス様のために領地まで取りに行ったと思ったようで、感極まったようにウルウルしています。いや、それは間違いではないけど、まあちょっと公爵家都合もあったんで気にしないでください。
「指輪が出来上がったら、大切にしますわ」
「結婚式に間に合うといいですね。私、間に合う気がしています」
「うふふ、わたくしもですわ」
「結婚式、楽しみにしていますね。あまり準備に気を取られすぎて、当日お疲れが出ないように気をつけてくださいませね」
「ありがとう」
なんて、優雅に貴婦人のおしゃべりは続く……って、他人の体調を心配する前に、自分の心配しなさいよ私。
……帰ったら寝ます。
今日もありがとうございました(*^ー^*)




