町の様子
ちょ〜っと鉱山視察して、『〝ヴィオラの瞳〟早く掘ってね☆ あ、できたら持って帰りたいな〜』くらいの感じだったはずなのに、『産出した数と納入された数が合わない』という問題(事件?)にぶち当たりました。
「全部の書類を今すぐ持ち出したいところだが、現場長に勘付かれては困る。今日の作業が終わり、現場長が帰ってから調査しよう」
という旦那様の提案。
オレガノさんは普段通りに鉱山を閉め、帰ったフリをしてそのまま鉱山に残る。時間になればロータスが、手伝いを連れて鉱山に向かう。そして現場長の小屋を調査……ということになりました。
徹夜の作業になりそうです。私は何もできないので、頑張って! と念を送っておきましょう!
別荘に戻ると、義父母様たちとバイオレットが出迎えてくれました。
「おかえりなしゃい! おとうしゃま、おかあしゃま!」
「ただいま、レティ。お利口にお留守番してたかな?」
「はい! おじーちゃまたちと、まちにいきました」
「町に?」
「はい!」
旦那様に抱っこされて、にこーっとご機嫌に笑うバイオレット。
「ここには子どもが楽しめるようなものが何もなかったから、町に行ったんだよ。レティが気に入るおもちゃや本を買いにね」
「ああ、なるほど」
お義父様の説明で納得がいきました。三人でお買い物にでかけたんですね。
そうか、ピエドラの町かぁ……。
楽しい思い出ももちろんあるんですけど、前回来た時は、ちょっと治安に不安がありましたよね。そういえば、あれからどうなったのかな?
以前のことを思い出したのが顔に出ていたのでしょう。
「そんな険しい顔しなくていいよ。町の様子、ずいぶん変わってるようだからさ」
旦那様が優しく私の背中に触れ、笑って言いました。
「明日は僕たちも町に行ってみようか。ロータスの調査も、午前中いっぱいはかかるだろうし」
「そうですね」
旦那様も、書類の上での町の様子は知っていても、実際はどうなのか気になるようです。では、明日は町の視察に……と二人で話していると、お義父様が不穏ワードをキャッチしていました。
「ロータスの調査?」
いつもは優しいお義父様の瞳がキランと鋭く光っています。
「ええ、ご報告しようと思っていたところです」
「長くなりそうだね。急ぎかい?」
「ええ」
「わかった。とりあえず中に入ろうか。アニス、お茶の支度を」
旦那様が真面目な顔になったので、お義父様も何か察したのでしょう。場所を移して晩餐前に話をすることになりました。
子どもが聞いても退屈な話だからとバイオレットはステラリアたちに預け、義父母様と私たちは居間に入りました。
「時間がないので端的に言います。鉱山で『ヴィオラの瞳』の産出量をごまかしている者がいます」
旦那様がズバッと切り出しました。
「本当か?」
「はい。先ほど少し調べただけでも数個、こちらへの報告と数が違うところが見つかりました」
「なんということだ……」
お義父様は眉間にシワを寄せ、深いため息をつきました。
「最近『ヴィオラの瞳』の産出量が減っていると思って視察に来たのですが、まさかこんなことになっているとは考えもしませんでした」
「まさかなぁ……。オレガノを信用していたのに……」
お義父様は天を仰いでいますが、それ、誤解ですよ。オレガノさんは犯人じゃありませんよ! 思わず会話に口出ししそうになったけど、そこは旦那様がちゃんと訂正してくれました。
「父上、オレガノのせいではありませんよ。犯人はその前にいます」
「その前?」
「現場をまとめている現場長です」
旦那様は今の時点でわかっていることを、お義父様に報告しました。
「——ということでこれから、現場長の小屋を調査したいと考えています。それと同時に、なくなった『ヴィオラの瞳』も探さねばなりません。許された時間は鉱山の終業から始業までの間」
「わかった。調査にはうちの者も使うといい。一線を引いたとはいえ、まだまだ衰えてはいないぞ。な、フェンネル?」
「はい」
お義父様の問いかけに、すぐさま返答するフェンネル。〝優しいおじいちゃん〟というイメージだったけど、そうだ、この人も『公爵家の使用人さん』なんだった。しかも あ の ロータスの師匠。人は見かけによらないってか。
「では、遠慮なくお借りします」
「うむ」
ということで、調査はロータスと、こちらの使用人さんで進めることになりました。ステラリアもお手伝いするかな? ドロテアはバイオレット専属です。
「僕たちは報告待ちの間、さっき言ったようにピエドラの町を視察してきます」
「視察と言わずデートしてきたらいいじゃないか」
「もちろんです」
ニコニコ(ニヤニヤ?)するお義父様に、しれっと真顔で返す旦那様。
「いや、そこは視察でしょう!!」
思わずつっこんでしまいました。
「では、行ってきます」
「行ってきます!」
義父母様とバイオレット、ドロテアとアニスに見送られて、私たちは徒歩で町に向かいました。丘から見下ろすピエドラの町並みは以前と変わらず、とても綺麗です。
「あの時ヴィーが提案してくれた自警団だけど、いい感じに機能してるらしいよ」
「ほんとですか!?」
護衛官が足りないなら自分たちで守ればいいじゃない——と、前回こちらにきた時、私が提案したのが『自警団』。うちの実家の領地は公爵家の領地と違って護衛官も少なかったので、領地の人たちで自警団を作って自衛していました。お給料は、領地の人たちからの寄付で現物支給。貧しい領地なりに工夫してたんです。公爵領は元々護衛官が十分に配置されたんですけど、先の戦の影響で減らされ、結果、治安が悪くなるという悪循環を起こしていました。そこで自警団を組織したらどうかと提案してみたんです。雇用促進にもなるし、治安もよくなるし、一石二鳥! ってね。
「町でうろついていたゴロツキも、仕事ができてまともになったらしいし——ああ、ほら、あれ」
「?」
旦那様の指差す方向、町の入り口に男の人が二人見えます。二十代くらいのがっしりした体格のイカツイ……ゲフゲフ、精悍な人たちです。あれが自警団の人? ぶっちゃけ、前回襲ってきたゴロツキと変わらなくね? と思っていたら。
「腕のところ、見て。腕章」
「腕章?」
旦那様の言うように、確かに二人とも、目立つ黄色い腕章をつけていました。
「あれが自警団ですっていう目印らしい」
「へぇ! ひと目でわかっていいですね!」
腕章なかったらゴロツキと変わらな……げふん。
そのまま二人の間を通り抜け、私たちは町の中に入りました。
町は以前来た時と変わらず人も多く、賑わっていました。しかし以前と違うのは。
「あちこちに自警団の姿がありますね」
そう、自警団の姿! かなり頻繁に見かけるんです。
「町中の見回りとかもしているらしいよ」
「それは安心ですね」
お店や自警団の働きを見ながらブラブラ歩いていると、あっという間に市場に着きました。前回はここでいろいろあったんですよねぇ。泥棒だの、喧嘩だの、人攫いだの!
思い出し、ちょっと遠い目になっていたら。
「荷馬車が通るぞ〜! 退いた退いた〜!!」
大きな声と同時に、荷馬車の音や、大勢の足音が聞こえてきました。
あ、これ、デジャヴ。
このままボーッとしていたら、あっという間に人と荷馬車の波に飲まれて、旦那様とはぐれてしまうやつ。そしてそのあと悪い連中に拉致られそうに……以下略。いやいや、そうはいかないよっ! 前回の教訓をしっかり生かして、とっさに私は旦那様の腕にしがみつきました。手を繋いでるくらいじゃ外れちゃうもんね!
「はははっ! そうそう。これくらいしがみついてくれなくちゃ」
「二度も同じ過ちを繰り返してなるものか!」
さあこい、雑踏カオス!
私は準備万端で待ち構えました。が、しかし。今回はどうも様子が違いました。あちこちにいた自警団の人たちが集まってきて、交通整理をし始めたんです。
「はい、通行人はこっちに寄って」
「荷馬車が市場に入るんで、ちょっと止まってください」
「一旦荷馬車止めて! 通行人通すぞ〜!」
などなど。以前のようなごった返し、カオスはどこへやら。荷馬車もゆっくり、自警団員の指示に従って順序よく市場に入っていきます。
自警団員も慣れた様子で、スムーズに指示をしています。きっとすでに役割分担がきちんと決まってるんでしょう。何コレすごくない?
「サ、サーシス 様っ!」
「ああ、すごいね。思っていた以上にきちんと機能している」
すでに領地からの報告で、町の様子を知っているはずの旦那様も驚いていました。さっきは『ゴロツキと変わらなくね?』なんて思ってごめんなさい。
通りの向かいに前回立ち寄った小さい花屋さんを見つけたので、また寄ってみることにしました。今回は何事もなくスムーズにたどり着きましたよ!
「こんにちは〜」
「いらっしゃいませ! ……あっ!」
あの時と同じかわいらしい娘さんは、最初は普通に挨拶してくれたんだけど、私たちの顔を覚えていたのか、驚いた顔で止まってしまいました。そりゃあんなに派手に暴れたら、忘れられないか。
「またいらしてくださって光栄でございます」
慌てて深く頭を下げる娘さん。でも私はイチお客さんとしてきてるんだから、そんなかしこまられたら困っちゃいます。
「堅苦しいのはやめてくださいよ〜。私はただのお客です」
「でも」
まだカチカチ固まったままで言いつのろうとした娘さんでしたが、
「いいんだよ」
旦那様(=領主様)のお許しを得て、少し緊張を解して微笑んでくれました。
「今日は何をご所望ですか?」
「特にコレって決めてないんですよね〜。どれがオススメですか?」
「そうでございますねぇ……アンドレアナムはお求めいただきましたし……」
そう言って綺麗に咲いているアンドレアナムを見る娘さん。ハートの形をした葉っぱがキュートなお花です。
「そうそう、あの時のアンドレアナム! 今も王都のお屋敷で綺麗に咲いてるんですよ!」
「まあ! 王都の気候では、少し難しくはございませんでしたか?」
「大丈夫! うちにはと〜っても優秀な庭師長がいるんでね」
「よかったです。では、違うものをオススメしないとですね……ああ、そういえば」
「そういえば?」
「領主様が自警団を組織してくださってから、この町が元のように……いえ、それ以上に安全になったんですよ」
「ほんとですか!?」
「はい!」
少し歩いただけでもかなり以前とは変わったなと感じていましたが、こうして直接住んでいる人から聞けるということは確実に変わった、ということですね!
「以前は危なくて行くことのできなかった地域にも、自警団の方が護衛でついてきてくれたりするので安全に行けるようになったんです。だから、仕入れられるお花の種類が増えたんです」
「すご〜い!」
え? 公爵領の自警団はそんなことまでやっちゃったりするの!?
私が提案した自警団より、かなりハイスペックになってますよ。ほんと公爵家は、やることなすこと想像以上だわ。でも、町の警護だったり交通整理だったり行商の付き添いなんかしてたら、かなりの人数が必要なんじゃないでしょうか?
「でも、そんな人数どうやって……」
「今は自警団って人気のお仕事なんですよ! 本職の仕事の合間に自警団の仕事をするのもOKですし、もちろん専任もいます」
さすが公爵領。専属もいますか。うちのでは兼業ばかりでしたけどね!
娘さんの説明によると、報酬は、うちの領地と同じく寄付の農産物で賄っているそうです。町の人たちの『町を守ってもらっている』という感謝の気持ちが強いそうで、たくさん寄付が集まってくるそうなんです。たくさん、というところもうちと違うなぁ。
しかしまあしばらく来ないうちに、ピエドラの町、めっちゃ住みやすい町になってるじゃないですか。
今日もありがとうございました(*^ー^*)




