久しぶりのピエドラ
あれやこれやで急遽、ピエドラ・モン・デュックの領地に行くことになりました。
そうと決まれば行動の早い旦那様、関係各所——領地のお義父様には『明日そっちに行きます』と、ご近所さんのユリダリス様には『明日から三日ほど休む(ついでに上司にもよろしく!)』という使いを出し、あっという間に旅行の手筈を整えてしまいました。
「今回は視察メインだから、手持ちの服で支度を整えよう」
荷造りの指示まで、てきぱきと。
ということで、久しぶりのピエドラに出発です。
翌日、旦那様と私、バイオレット、そしてお供はロータスとステラリアとあと一人、前回はローザがきてくれましたが、今回はドロテアがついてきてくれることになったようです。そういえば昨夜、侍女さんたちが話し合って決めたんでしたっけ。シフトとかいろいろあるだろうに、いきなり旅行に連れて行くだとか乱すようなことしてごめんなさいね。
「いつものばしゃじゃないの?」
前回の旅行にも使った『長距離用の馬車』を見て、旦那様に抱っこされたバイオレットが不思議そうな顔をしています。
「今日はいつもより長い時間乗るから、旅行用の馬車なんだよ」
「ながいじかん?」
いつもと違うということに、ちょっと不安そうにしたバイオレット。
「大丈夫、いつもよりちょっとだけ、ね。でも、レティが見たことのない、珍しい景色がいっぱい見れるよ」
「ふうん。……レティ、ねんねしておきます」
景色に興味がないのか、まだよくわかっていないのか、お昼寝宣言しています。まあ、寝てたら知らないうちに着くもんね。
なにはともあれ、準備万端、ピエドラの領地に出発です。
私自身も(そして旦那様も)数年前に通ったきりの領地への道。
「わぁ、みどりのひろば〜」
「穀物の畑だね」
「ちいさなおうちがいっぱい!」
「この辺りは田舎だから、素朴な家が多いんだよ」
「おやまがあかいです」
「この辺りはルビーの鉱山があるから……ああ、でもルビーの色と山の赤土の色は関係ないよ」
「ふうん?」
……バイオレットの言葉、全部言った覚えがあるわ。
ねんね宣言していたバイオレットですが、結局ずっと起きて、窓にかじりついています。さすが私の娘。好奇心には勝てなかったようです。旦那様に抱っこされて、あれやこれやと聞いていますが、旦那様をガイドさんにしちゃうなんて、バイオレットだからできる技ですよね。
「ちょくちょく顔を出すとか言っときながら全然行けてなかったよなぁ。フェンネルに叱られそうだ」
「仕方ありませんよ。色々ありましたから」
ほんと、色々ありました。ちょっと回顧するにはたくさんありすぎなので割愛しますが、バイオレットが生まれたというのが一番大きな出来事でしょうか。
今回も途中の町に寄って休憩がてらランチを食べたりして、ゆったりと領地への旅を楽しみました。
賑やかなピエドラの町中を抜けモンデュックの丘に到着したのは、午後のお茶に間に合う時間でした。
「町の様子も見てみたいけど、まずは鉱山だな。一旦別荘に寄ってレティを預けて、それから鉱山に行こう」
「はい」
今回は視察がメインであって、ただの旅行じゃないですからね。しかも時間は限られてますし、サクサク予定をこなしていかないと。
別荘では義父母たちも、使用人さん達と一緒に出迎えてくれました。
「いらっしゃい。よくきたね」
お義父様がバイオレットに向かって手を広げています。バイオレットは旦那様の腕から下りると、トコトコトコ……とおじいちゃまの元に行き、ぎゅっとハグすると、
「おじいちゃま、こんにちは。レティね、たくさん、しらないところをみてきました! あとね、うんとね……」
いろいろお話したいことがあるようで、おしゃべりが止まらなくなりました。
「うんうん、うんうん」
お義父様もお義母様もデレデレになってバイオレットに相槌を打っていますが、ここまだエントランスですよ。この調子だと、ずっとこのままバイオレットとお義父様(そしてもちろんお義母様も)の話を立ち聞きしていないといけない気がする。別にこのあとなんの予定もなければいいけど、やることあるしなぁ……でも、楽しそうにお喋りするバイオレット達を遮るのもなんだしなぁ……う〜ん……。
この場をどうやって切り上げようかと私が悩んでいると、
「父上、レティの積もる話を聞きながら子守をお願いしていいですか? 僕たちはこのまま鉱山の視察に行こうと思っているので」
旦那様がピシッと言ってくださったので助かりました。
「おお、そうだったな。じゃあレティ、おじいちゃまたちとお菓子を食べながらお留守番してようか」
「はい! おとうしゃまたち、バイバイ」
バイオレットにあっさりお手振りされてしまいました。それはそれでなんか寂しい。
バイオレットのお世話にステラリアとドロテアを残し、私たちは鉱山に向かいました。
「手元に送られてくる書類に不備はないんだな?」
「はい。特に疑わしい点はございません」
「ふむ……」
鉱山責任者のオレガノさんを待つ間、旦那様とロータスは、持参した書類を見ていました。暇なんでこっそり覗いて見たんだけど……わからんな。手持ち無沙汰だから、私は窓の外でも見ておきましょうか。外は今日も坑夫のみなさんが忙しそうに働いていました。そういや前回ここにきた時に偶然サファイアの細石を見つけて、それを旦那様に見せたら『サファイアも積極的に採ろう』『高品質のものには〝ヴィオラ・サファイア〟と名付けよう』ってなったんでしたねぇ。もはや懐かしい。
あまり待つことなくオレガノさんがやってきました。オレガノさんも分厚い書類を抱えていました。
「お待たせいたしました。『ヴィオラの瞳』の件でございますね」
「そうだ」
「確かに、以前よりも出るペースが落ちているようですが……」
オレガノさんがページをめくる音が部屋に響きます。
「天然のものだから、一定量確実に採れるという保証がないのはわかっている。ちなみに、石自体が枯渇しているとか、そういうことはないんだな?」
「それはまだ大丈夫だと思います」
旦那様、ロータス、オレガノさんで書類を付き合わせて確認していますが、やはり数字的なところでおかしな箇所は見つからなかったようです。ということは純粋に採れる量が減っているということですね。
「そうか……少し採掘現場を見てみたい」
「ご案内いたします」
坑道の中は危険だから外からということで、現場に案内してもらいました。
メインの坑道だという大きな穴は、手押し車いっぱいに石を積んだ坑夫さんが出てきたかと思えば、空になったものを押して戻る坑夫さん達が、忙しなく行き交いしていました。さっき私が部屋から見ていたのはここだったのね。
「前みたいに、足元にサファイアの細石が落ちてませんね」
なんとなく気になって足元を見てたんだけど、赤茶けた土や石ばかりです。
「とことんまで利用できるとわかりましたので、一粒たりとも落とさないように管理しております」
「すごいです!」
無駄にするものは何もないって、素晴らしい! オレガノさんの説明に、私が貧乏性発揮してニヤニヤしている横では。
「最近、ヴィオラ・サファイアは減っているのか?」
「『ヴィオラの瞳』クラスは出ていないのか?」
などなど、旦那様が近くを通る坑夫さんをランダムに捕まえて聞いていました。
「ヴィオラ・サファイアですか? つい昨日、うちの坑から出ましたよ」
「『ヴィオラの瞳』クラスでしたら、少し前に出てましたよ。あれは確か……」
その言葉を聞きながら、ロータスが書類を目にも止まらぬ早技でめくって確認しています。ぶわ〜って音が聞こえそう……とかいう冗談はおいといて。
「その日、そのような報告は上がっておりませんね」
「なに?」
こっそりロータスが旦那様に耳打ちしています。旦那様の眉がクイっと上がりました。
「現場の声と報告書の数が食い違っている……? オレガノ」
「はい」
「石の管理はどうなっている?」
「毎日各班長が計数して現場長のところに持って行き、それを現場長がまとめて私のところに持ってきています」
坑道は一ヶ所だけではないので、いくつもの班に分かれて掘り進んでいるそうです。それをまとめているのが現場長さん。
「現場長のところに案内しろ」
「はい」
旦那様は現場長さんからも話を聞きたいと思ったのでしょう。私たちは近くにある簡易な小屋に案内されました。
私たちが着いた時、現場長は現場の一つに出ていて留守にしていました。
「好都合だな。オレガノ、書類の場所はわかるか?」
「はい」
簡易な小屋なので、中も質素。書類を書くための机とそれを保存するための棚、石を置くための机、いくつかの椅子があるだけのさっぱりとした部屋です。オレガノさんは棚に置いてある書類をいくつか取り出し、旦那様とロータスに見せました。
「これだと思います。班長からの日報を綴じたものです」
「ざっと中を調べられるか? そうだな……さっきの坑夫が言っていた日とか?」
「はい」
旦那様に言われ、オレガノさんが書類を調べ始めました。
書類をめくり、自分の書類と付き合わせていたオレガノさんの顔が険しくなりました。
「……あれ?」
「どうした?」
「あの……確かにその日、班長からは『ヴィオラの瞳』クラスの原石が出たという報告があります」
ここです、とオレガノさんが旦那様たちに見えるように報告書を示しています。
「ふむ……。なのに、オレガノへの報告にはない」
「そうです」
神妙な顔で頷くオレガノさん。
えっ? これ事件じゃないですか?
消えた『ヴィオラの瞳』の原石。それが〝ただのサファイア〟(公爵領産の正規の『ヴィオラの瞳』なら刻印が入ってます)だとしても、最高級品だからめちゃくちゃ高価なものですよ! どこ行ったぁ!?
「ロータス。この書類を徹底的に調べろ。オレガノ。このことは現場長には言うな」
「「わかりました」」
旦那様の指示に、二人は同時に頷きました。
『ヴィオラの瞳』早く採ってね☆ という催促……いやお願いをしにきた視察だったはずなのに。まさかこんなことになるなんて!
ありがとうございました(*^ー^*)
坑夫さんたちの言うサファイアは原石です。加工前です。




