ヴィオラ・アイを求めて
アイリス様は結婚指輪に『ヴィオラの瞳』を使いたいとおっしゃってくださいました。アイリス様の幸せのお手伝いができるなんて、とっても嬉しいことじゃないですか? もちろん返事は『はい』一択です。
その夜、アイリス様とのお茶会でのことを、帰ってきた旦那様にお話ししました。
「アイリス様が〝ヴィオラの瞳〟を結婚指輪に使いたいそうなんです」
「へえ、いいじゃない。それで?」
「宝石商様にお願いすると、とんでもなく待たなくちゃいけないんですよね?」
「ああ。最近は——どうだったかな、ロータス?」
旦那様が振り返り、控えるロータスに聞くと、
「はい。一年待ちとなっております」
即座に帰ってくる答え。やっぱり縮まってませんでしたか。もはや半月ほど先に迫っている結婚式には、絶対間に合わないわ。
「一年も待ったら結婚式に間に合わないので、サーシス様が私に下さる分を、アイリス様にお譲りしたいなぁと思ったんですけど、どうでしょうか?」
「僕が、ヴィーにプレゼントする分を?」
「そうです」
「ヴィーがいいなら、僕は構わないよ」
「ありがとうございます! お値段もお手頃にできますしね」
これなら順番飛ばしの罪悪感もないし、早くお渡しできます。その上安くお譲りできるとなれば一石三鳥!
「おやすくも何も、なんなら、結婚のお祝いにプレゼントしたらどう?」
「……いいんですか?」
「もちろん。侯爵令嬢はヴィーの大事な友達だし、セロシアだって、僕の幼馴染みだからね」
「ありがとうございます! きっとアイリス様も喜んでくださいますわ!」
あんなめちゃくちゃ高価な宝石を、簡単にプレゼントしたらって言えるうちの旦那様ってやっぱりすごい。
旦那様はすぐに領地ピエドラの採掘責任者に『ヴィオラの瞳』を発注してくれました。
発注から、待つこと数日。
「きませんねぇ」
「そうでございますね」
今日もロータスの元には『出ませんでした』の連絡です。ヴィオラ・サファイアの方は問題なく産出しているらしいのに。
滅多に出ない、希少な宝石なのは重々承知してますよ。でもでも、領主である旦那様からの直々の注文です。すぐに出てもいいじゃない、と思うのは私のわがまま? いや、結婚式の日がじわじわ迫ってきているのが、私を焦らせているんです! 早くお届けしないと、結婚式に間に合いません。
いっそ私が現場に行って、掘るの手伝うか? いや、普通に足手まといですね。う〜ん……。
あれこれ考えながら部屋の中を行ったり来たりしていると、
「奥様、そんなに焦らなくても大丈夫でございますよ」
ロータスは私が内心焦っていることに気が付いたようで、苦笑していました。
「へ? 焦ってるのバレた?」
「そんなに落ち着きがなければ」
「そりゃそうか」
「正式な結婚の道具に例の指輪は含まれておりませんから、少々間に合わなくても大丈夫でございますよ。旦那様も、結婚のお祝いにしたらいいとおっしゃっていましたし」
「ん〜……でも……」
「奥様たちも、ご結婚のあとでたくさんの贈り物をいただきましたでしょう?」
「——地味にお礼状書くのが大変だったアレね」
「はい?」
「いやいや、なんでもないわっ。することなくて暇で死にそうだった私を救ってくれた、ありがたいお仕事だったわ」
「まあ。それと同じと考えればよろしいのでは?」
「そうね」
そう言われてみれば、少し肩の力が抜けました。間に合わなかったら後からプレゼントでいいじゃないですか。
「アイリス様にも、そうお伝えしておいた方がいいわよね。無駄に待たせてはいけないし」
「便箋と封筒をご用意いたします」
「お願いしま〜す」
ロータスが用意してくれた便箋に、天然物なのでいつ産出するかわからないということと、出たらすぐにアイリス様たちに結婚祝いとしてプレゼントさせていただくことを認めました。
「これでよし、と」
アイリス様、間に合わないかもしれないけど、ガッカリしないでくださいね。
返事はその日のうちに届き、私の心配は杞憂に終わりました。
「結婚祝いをとても喜んでくださって、ホッとしました〜」
てゆーか、『ヴィオラの瞳』をプレゼントでもらっちゃっていいんですか!? って、めっちゃ驚いていました。そりゃそーなるか。
ということで納品日は遅らせることができたけど、だからといって時間があるわけじゃないし……心配は絶えないですね。
それからまた数日が過ぎ、結婚式まであと十日となりました。
サファイアが間に合わないのは確定したけど、あまりの産出のなさに旦那様が困惑していました。
「こんなに出ないのもおかしいな……」
「そうでございますね。これまでは頻繁ではありませんが、コンスタントに出ておりましたのに」
ロータスが書類を見ながら答えています。
「産出量が減ったのか?」
「報告書では横ばいでございますね」
「まあ、あまりたくさん出ると希少価値がなくなるという問題もあるが……」
ロータスから受け取った書類を見ながら、旦那様が考え込んでいます。
「……そうだな、直接行って喝を入れるか」
「へ? 直接って、ピエドラに、ですか?」
急にそんなこと言い出すから、びっくりするじゃないですか。旦那様が直々に、ピエドラに?
「そう。ヴィーと一緒に行って以来、全然行けてなかったしさ」
「そうですけど……」
『領主様』が来たからといって、急にサファイアが採れるってこともないと思うんですけど。
「結婚式まで十日ですよ? こんな時に行かなくてもよくないですか?」
「ピエドラに行くっていっても、ほんの二、三日だよ。それに、僕たちの準備は整ってるんだし、大丈夫さ」
「まあ、確かに」
ドレスもそろそろ出来上がる頃ですし、お飾りだって、在庫……いや、既存のものを使うからもう準備できています。あとは参加するのみ!
「それに、僕自身が直々に視察に行けば、よほど『ヴィオラの瞳を待ってるんだ』と伝わるだろう?」
「なるほど!」
待ってられなくて来ちゃった☆ 的なやつですね。……違くて。無言の圧力ですね。
「そうと決まれば、さっさっと準備してさっさと行きますか」
「あ、でも、お仕事は?」
「今は別に難しい案件もないから、数日僕がいなくても大丈夫だよ。優秀な部下のおかげでね」
なんて言いながらウィンク決めてる旦那様ですが、それ絶対、ユリダリス様のことですよね。——あとで謝っておこう。
「バイオレットも連れて行くけど、ミモザはデイジーがいるからお留守番ね」
「あああ〜。私はまた人選に漏れましたぁ〜」
シクシクと泣く真似をするミモザ。前回の旅行の時、ミモザは懐妊中だったから連れて行けなかったんですよね。またしてもごめん。
「デイジーがもう少し大きくなったら一緒に行きましょうね」
「はい……。ありがとうございます」
「すぐに帰ってくるから。今回もステラリアとローザに——」
前回ローザが来てくれましたから、またローザに頼もうとしたんですが。
「「「「「あ、そこは私たちで話し合って決めますね!」」」」」
侍女さんたちがいい笑顔で遮ってきました。きっと侍女さんたちにも、仕事の分担や休暇とか、私の知らないところでいろいろ加味することもあるんでしょう。
「じゃあ、ステラリア以外の人選はお願いしますね」
「「「「「は〜い!!」」」」」
ということで、ここは侍女さんたちに任せておきましょう!
「ステラリア、急な話でごめんね」
「いいえ、とんでもございません。また奥様と一緒にピエドラのご領地に行けるなんて光栄ですわ」
「ユリダリス様には、重ね重ね申し訳ない」
「お気になさらないでくださいませ」
笑顔のステラリア。さすが一流の使用人さんですよ。
しかし、ユリダリス様。お仕事ぶん投げた上に最愛の奥さんまで連れ去ってしまう、鬼のような上司夫婦で申し訳ないです。お土産買ってくるから許してくださいね!
ありがとうございました(*^ー^*)




