アイリスの結婚
フィサリス家的ドタバタが一段落してしばらく後、アイリス様から結婚式の招待状が届きました。
正式にはアイリス様とセロシア様からですね。そこには式の日取りやその後の披露宴について書かれてありました。ちょうどお式はひと月後です。
「うわぁ。王宮内の神殿での挙式ですか」
「アルゲンテア家とサングイネア家ですから」
さすがは公爵家と侯爵家の結婚ですね。私たちの時も同じ場所でしたが、それはひとえに旦那様の家格ゆえ。
「ということはまた国王様やお偉いさまたちが、わんさかといらっしゃるってことね」
「左様でございます」
ロータスは涼しい顔で頷いていますが、私としては考えただけでも憂鬱ですよ。だけど数少ないお友達のハレの日です。気合を入れて参加しないとです。
披露宴はアルゲンテア家で行われるのが、せめてもの救いかな。
その後帰ってきた旦那様が、ドレスを新調して、首飾りと耳飾りもそれに合わせて——と言い出したので、次の日、マダム・フルールをお呼びすることになりました。
「今回のドレスはいかがしましょうね。公爵様からはいつものように、ご自分の衣装といい感じにシンクロさせて欲しいとお聞きしておりますよ」
「ああ……はい。まあ、いい感じに、適当に……」
もう慣れましたよ、〝いい感じのペアルック〟。もはや何も言うまい。そしてドレスのこととか相変わらずわからないので、私に聞かないでくださいマダム!
「結婚式は花嫁様が主役ですから、奥様は少し落ち着いた色味でいかがですか?」
そこはちゃんとわかってくれてるステラリアが、素早く提案してくれました。落ち着いた色味、むしろ大好きです!
「オリーブとか? セピア?」
「却下です」
「がーん」
落ち着いた色と言っても暗い色じゃありませんよ、とステラリアに速攻で却下されました。
「アイリス様は白の、可憐なデザインにされましたよ」
私たちのやりとりを微笑みながら見守っていたマダムが教えてくれました。
「あら、アイリス様もマダムのところでドレスを作られたんですね」
まあ当然ですよね。マダムはフルールで一番のドレス職人だもの。
「ええ。詳細は当日まで内緒ですけど、甘すぎず、でもかわいらしい感じですよ。アイリス様、渾身のデザインですわ」
「アイリス様、自らがお考えになったんですか?」
「私もお手伝いしましたけど、ほぼアイリス様ですね。そりゃあもう、毎回熱心に打ち合わせておられましたよ」
「そうなんですか〜」
『ほぼ』は『ほぼ』でも私のように『ほぼ』人任せじゃないんですね。えらい。
「これからのことを思ってあれこれ準備する、とても楽しい時期ですわよね」
マダムはアイリス様の様子を思い出しているのか、優しい微笑みを浮かべています。
「そう……ですね」
そんな状況……私の場合、知らないうちに準備が整ってたから、全く覚えがありません! てゆーか、旦那様の顔自体忘れてたくらいだし。って、自慢じゃないけど。
アイリス様はご一緒にデザインを考えたようですが、私はいつも通り、センスの良いステラリアやミモザが主体でドレスを決めました。
そんなこんなで招待される側の私たちも準備を進めている頃、アイリス様からお手紙が届きました。
『ご相談したいことがあるので、サングイネア家でお茶でもしませんか?』というお誘いです。
「私に相談したいことってなんでしょう?」
「結婚後の生活について、でしょうか?」
ステラリアも首を傾げています。
私に相談と言われても、恋愛偏差値も低けりゃ社会的経験値も恐ろしく低いので、なんの参考にもならないと思うけど。あ、旦那様に愛人できた時の対処の仕方とかは教えてあげられますよ! って、それ絶対必要ない項目だな。
「まあ、行ってみないとわかりませんね」
基本暇人なので、アイリス様のご招待に応じることにしました。
「お忙しいところお呼びしてごめんなさい。本来ならば私がヴィーちゃんの元にお伺いしなくてはいけませんのに」
サングイネア家の美しい庭園が見えるサロンで、アイリス様が恐縮しています。
「いえいえ、全然、こちらこそ。ご招待いただいて喜んでます」
「ちょっと色々忙しくて……お出かけする時間がとれなかったんですの」
「結婚に向けての準備がお忙しいんですよね?」
「ええ」
はにかみ微笑むアイリス様はいつもより柔らかい雰囲気で、とても綺麗なんだけど——。
「それで、私に相談というのは、どんなことですか?」
「そうそう。あのね、私たちもヴィーちゃん達のように『結婚指輪』を作ろうってことになりましたのよ」
私の左手薬指にアイリス様の視線を感じます。旦那様が作ってくれた『結婚指輪』、いつの間にかフルールでも市民権得ちゃってるんですよね。遠い国の風習だったのに。
「素敵ですね。二人でお揃いにするんですか?」
うちは旦那様と私で色違いですけど。
「ヴィーちゃんたちのようにパヴェセティングにしたいけど、それじゃあオリジナリティがないでしょう? 色々考えたんですけど、セロシア様のは何も飾りのないプラチナのリングにして、私のはそれに一粒石を嵌め込もうと思っていますの」
「シンプルでいいと思います」
シルバーリングの真ん中で一粒キラリと光る石。うん、存在感があっていいと思います。きっとアイリス様のほっそりとした華奢な指に似合うと思います。あれ? なんか前より細くなってないですか?
さっきからなんか少しずつ違和感みたいなの感じるけど、気のせいかな。
「そこでお願いがあるんです」
アイリス様は居住まいを改めると、私を真っ直ぐに見てきました。
「お願い?」
「ええ。その一粒に〝ヴィオラの瞳〟を使わせていただきたいと思ってますの」
「〝ヴィオラの瞳〟ですか」
これだけはいまだに自分で言うのが恥ずかしくてたまらないんですけど。名前変えてくれないかなぁ、旦那様。
……違くて。
〝ヴィオラの瞳〟は相変わらず希少で、産出待ちが半年とか一年とかって、旦那様たちが言ってたんだけど。在庫あるかな? いや、なくても掘り出してみせましょう! なんせこんなお幸せな門出に使っていただけるんですから。
「私もかなり待ってるんですけど、結婚式に間に合うかどうか分からなくなってきてしまったので。図々しいとは承知してますの」
お願いします! と拝んでくるアイリス様。
産出半年待ち……。……。……。あ、そか。私の分は順番待ちなしに来るんですから、それをお分けしたらいいじゃないですか。
「わかりました! アイリス様のお願いですもの、なんとかしてみせます」
「ほんとに?!」
「はいっ!」
旦那様にとって幼なじみのセロシア様。そんな大切な方の結婚式に必要なものですから、きっと旦那様も協力してくれるでしょう。
「わぁ……思い切って相談してみてよかったわ」
私がドンっと胸を叩いて約束したからか、アイリス様の肩から力が抜けていくのがわかりました。
でも、安堵と同時に疲労のようなものをにじませてるのは私の気のせい?
そう、さっきからなんとなく気になってたんですよ。柔らかい雰囲気になったけど、ちょっと弱々しい感じに見えたり、お痩せになったかなと思ったり。結婚前で、きっと幸せの絶頂だから、もっとツヤテカしててもおかしくないのに。
「アイリス様? ちょっとお疲れですか?」
思い切って聞いてみました。
「あらやだ、そう見える?」
「少し」
「やぁねぇ。忙しいのが顔に出ちゃってるのね」
「そんなに準備って、大変なんですか?」
「人によりけりなんだろうけど、私の場合、屋敷を新築してもらうことになったから、家具調度なんかもぜ〜〜〜んぶ新調することにしたの」
「わぁ」
さすがお金持ち同士の結婚。
「好きなようにしていいって言われてるから、徹底的に自分たちの好みにしようとあれこれ考えまくって。凝りすぎて疲れちゃった」
オホホホホ、と笑うアイリス様。そういやドレスのデザインも考えてましたね、貴女。そりゃあやること多くて疲れるでしょう。
「案外凝り性なんですね」
「そうみたい。ねえ、ヴィーちゃんの時はどうだった?」
「私の時、ですか?」
うん、なんもしてないわ。……じゃない。
私の場合、ちょっと色々特殊だったもんで(主にお金とかお金とかお金とか)、全部公爵家任せでしたね。って、これは素直に言えないね!
え〜と、え〜と……。
「私の場合、旦那様のお仕事が大変な時期に重なってしまったので、公爵家の方に任せましたの。いつまでに何を用意しないといけないとかが曖昧だったもので……」
うまくオブラートに包めたかな。
「ああ、そうでしたわね。婚約期間が伸びたんでしたっけ」
「はい」
「結婚前に会えなくて、さぞお寂しかったでしょう」
「え? ええ……まあ?」
むしろ長すぎて旦那様のことすっかり忘れてましたけどね!
「セロシア様もお忙しいので、なかなか相談できなくて……」
重いため息をつくアイリス様ですが、旦那様に相談? そんなものしたことありませんが?
……いやいや、アイリス様は私のような特殊なパターンじゃないからね。あくまでも普通の結婚ですからね!
まあとにかく、アイリス様が少しお疲れのように見えたのは、準備が忙しいからだとわかって安心しました。
では、私は〝ヴィオラの瞳〟の手配をするとしますか!




