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そうだ、結婚式しよう!

 バイオレットお目当てのお客様が一段落して、公爵家にはいつもの人の出入りが少ない静かな時間が戻ってきました。

 一通りレティのお披露目は終わったことだし、しばらくゆっくりできるわね〜なんて侍女さんたちと話していた時にふと思い出したことが。

 

 ステラリアとユリダリス様の婚約はどうなった?


 婚約したことはもちろん知ってます。でもそのあと騎士団まで巻き込んだ詐欺師の一件があったり私の懐妊があったり出産があったりとドタバタ続きだったので、すっかり忘れていました。酷い主人でごめんなさい!

「ねえステラリア」

「なんでございましょうか」

「ユリダリス様とはいつ結婚するの?」

「え? な、何を急にそんな」

「うん、急に思い出したの」

「はあ」

 不意打ちを食らって一瞬頬を染めたステラリアでしたが、すぐに気持ちを立て直すと、

「いろいろ落ち着かなかったものですから、いつ、とは具体的に決目ないまま今に至るって感じですね」

「それって、〝落ち着いたら話しましょう〟って言って延び延びになってるパターン?」

「まあ、そんな感じでしょうか」

「落ち着かなくてごめんなさいね」

「奥様が謝ることではございませんわ」

 バタバタしてる(させてる?)のは私たちですから、ステラリアに謝っておきました。

「婚約してから時間が結構経ってるじゃない? 私とレティも落ち着いてきたことだし、そろそろいいんじゃないかなぁ?」

「そうですね」

 出産は無事に終わり、私も普通の生活が送れるようになっています。バイオレットもミモザが乳母として付いてくれてるし、すくすく元気に育ってますからね。

「結婚したら仕事は辞めちゃうの?」

「いいえ、できれば続けたいと思っておりますわ」

「絶対にステラリアがいないと困るということはないけど、辞めちゃうとさみしいからやだな」

 うちの侍女さんたちは超優秀だから一人抜けても全然問題なしですが、やっぱり近くでお世話してくれていた侍女さんがいなくなるのは寂しいなぁと思うんです。いや、自分のことは自分でできるけどね! なんというか、友達がいなくなる感覚に似てるかな。

 でもそれは私のエゴ。ステラリアの生活が一番だと、頭では思うけど気持ちでは納得できなくてしゅんとしていると、

「奥様……ええ、絶対に続けますわ!」

 ステラリアはキリッと断言してくれました。いいのかな? わたし的にはうれしいけど……ごめんね、ユリダリス様!

「ありがとう! でもこの仕事、住み込みじゃないと大変よね」

 だっておはようからおやすみまで、ずっと私の面倒を見続けるんですから。

 ステラリアたち侍女さんは、私たちが起きる前から活動を開始して、私たちが寝てから仕事を終えるんです。遅番と早番というふうにシフトは組まれていますが、それでも朝早くから夜遅くまでのお仕事。ですので公爵家の使用人さんたちはほぼ全員住み込みで働いています。(一部通いの使用人さんもいますがここでは割愛)

「まあ、確かに……」

「じゃあサーシス様にお願いして、庭園内に新居を建ててもらいましょうか」

「ええっ!?」

「……というのは本気だけど、でもこういうことは一人で決められないでしょう? ユリダリス様にも相談してみて」

「本気なんですね……。ありがとうございます」


 これで話が進むといいのですが。




「ステラリアがユリダリス様と結婚したら、もう三階には住めないですよね」

「まあ、ユリダリスがよければ三階でもいいんじゃない?」


 旦那様が帰ってきてから、今日のステラリアとの話をしてみました。

 ステラリアは、今はお屋敷の三階にある使用人さん用の部屋(単身者用)に住んでいますが、結婚するとなると出て行かざるをえなくなりますよね。だってユリダリス様は王宮所属の騎士様であって、うちの使用人さんではないですから。

「三階には家族用の部屋もあるでしょ」

「いや、さすがにダメでしょう」

 さらっと言う旦那様ですが、ユリダリス様は旦那様の部下でもある上、侯爵家のおぼっちゃまでもあるんですよ! 

「あいつ、今は騎士団の独身寮にいるから、家族用の寮に移るかな」

「そうしたらステラリアが通いで仕事に来なくちゃならなくて大変ですよ」

「そうだなぁ」

「私にいい考えがあるんですけど」

「なに?」

「庭園の一角に新居を建てるんです」

「ほう」

「そうすればステラリアの通う距離は短くなるし、ユリダリス様もサーシス様と一緒に出仕できるから一石二鳥!」

 どやぁ! と私がない胸を張っていたら、旦那様は怪訝な顔をしていました。

「なんで僕とユリダリスが一緒に行くのが一石二鳥?」

「え? だってたまにサーシス様仕事に行くのを嫌がるから、ユリダリス様が迎えにくることあるじゃないですか。わざわざ来る手間が省けるでしょう?」

 主に出張の時とか出張の時とか出張の時とか!

「……スミマセン」

 旦那様は思い当たったようで、目を泳がせていました。

「どうです?」

「ん〜……まあ、いいんじゃない?」

「やった! ありがとうございます」

「まあこれはあくまでも僕たちからの提案ということだから。決めるのはユリダリスたちだよ?」

「もちろんわかってます」

「この件は僕からユリダリスに話しておくよ」

「ありがとうございます」




 急に話を動かしたにもかかわらず、ステラリアたちの結婚の話はとんとん拍子に進んでいきました。新居の件も了解してくれたようで、早速工事にとりかかっています。


「いや〜いつしようか気になっていたんですけど、なかなかきっかけがつかめなくて」


 とユリダリス様が頭をかいていました。ユリダリス様的には『渡りに船』だったのかも。

「じゃあいいタイミングになりましたね! それで、結婚式はいつするの?」

 結婚式の日取りも決まったものだと思ってステラリアに聞いたのに、


「結婚式はしない方向で話を進めていますの。私は庶民ですし、ユリダリス様も侯爵家出身ではありますが三男ということで、特に派手にする必要もないかなと二人で話しておりまして」


 なんてつれないお返事!

「ええ〜!? 私、ステラリアのウェディングドレス姿見たかったぁ」

「仮に式をするとしても簡素なものでしょうから、奥様をご招待するなんてできませんわ」

「大丈夫。その時は私もひっそり参加するわ」

「……ですよね」

 盛大だろうがひっそりだろうが、私はばっちり参加するつもりですからね! ステラリアが苦笑いしてますけど、大丈夫、わからないよう、こっそりのぞくから安心して。

「ユリダリス様だって、本音はステラリアの花嫁姿見たいですよね?」

「ええ、そりゃあ、まあ」

「ほら、ね! できればしましょうよ」

「う〜ん、考えておきます」


 この時ユリダリス様たちは『しなくていいや』と考えていたそうなんですが、侯爵家にこの話をした時に状況が変わったそうです。

 

 ユリダリス様のお母様が『どうしてもリアの花嫁姿が見たい!』と泣き落としにかかったのです。

『あ〜あ、母上泣かせた』

『後が怖いぞ〜』

『父さんもリアの花嫁姿見たい』

 お兄様方やお父様に責められたユリダリス様は『やります』と言うしかなかったそうで、無事(?)結婚式は執り行われることになりました。


 そこからは怒涛の展開。


「式の準備にひと月もあれば十分だな。よし、一ヶ月後の縁起のいい日に式を挙げよう」


 旦那様と侯爵様のお力で、町にある教会——王宮の神殿に次ぐ格式の教会、お貴族様(侯爵以下)が使う——を押さえる一方で、ユリダリス様のお母様がウェディングドレスを発注していました。もちろん支払いはユリダリス様です。

「なんで私も採寸してるのかな?」

 ドレス用の採寸をしているステラリアの横で、なぜか私も採寸されてるし。まあいつものことか。

 それでもやはり派手なことはしたくないと言う二人でしたので、招待客は両親と兄弟のみになりました。特別枠で私と旦那様も呼んでもらえましたよ!


「フラワーシャワーしたいね」

「ベリスに頼んで作ってもらいましょ」

「そしてこっそり侵入して、ブワッと撒いたら即撤収」

「ああ、楽しそう!」


 侍女さんたちがこっそりそんな話をしているのが聞こえました。表立って招待されてないけどお祝いしたいんですよね! ステラリア、愛されてるなぁ。よし、これは聞かなかったことにしましょう。


「ブーケもベリスにお願いしなくちゃ」

「一番綺麗に咲いてる花で作らなきゃ」


 また別の侍女さんたちが楽しげに話していました。


 結婚式の日取りも場所も決まり、公爵家は今、ウキウキとした華やかさに満ちています。


 そんな、使用人さんたちも総出で準備している中、


「ティンはどこにいるのかしら?」

 

 ダリアが困り顔をしていました。

「ティンって誰?」

 初めて聞く名前に私が首を傾げていると、

「息子——ステラリアの弟なのですが、どこかへ修行に出ておりまして、式に間に合うかどうかわからないのでございます」

「どこかへ、って……。なんの修行の旅に出てるの?」

「料理の修行でございます。いつも着いた先からは手紙をくれるのですが、それが随分前でしたので、そこにまだいるとは限らなくて……はぁ」

 深いため息をつくダリア。

 なるほど弟さんの居場所がつかめないのですね。ステラリアに弟さんがいるのは知ってましたが、放浪中でしたか。

「間に合えばいいね、ってことでいいんじゃない?」

「そうでございますね。愚息はいないものと考えておきます」

「いや、存在は認めてあげて」


 ということで式の準備は着々と進んでいきました。




 それから数日後。

 旦那様が珍しく遅くに帰ってきました。

 いつもは晩餐前には帰ってきているというのに、夕方、王宮からの使者様が『急な仕事で遅くなる。晩餐は先に食べていてください』という伝言を持ってきたのです。

 

「お帰りなさいませ。今日はどうなさったんですか?」

「ただいまヴィー、レティ。急な会議があったんだ」

「そうなんですか。お疲れ様でした。お食事はどうします?」

「屯所で軽く食べてきたからいいや」

 そんな急なお仕事ってなかなか久しぶりですね。そういう時はかなり重要な案件だと、お仕事関係に疎い私でも認識しています。そして旦那様の仕事柄、あまり根掘り葉掘り聞いちゃダメなんですよね、相変わらず。

 だから私は「お疲れっした☆」で流そうとしたんですけど、今回は旦那様から仕事の話をしてきました。

「アンバー王国の使節団が来ることになって、その警備やら準備の件で陛下から召集があったんだよ」

「あら、アンバー王国からですか?」

「うん」

 アンバー王国は東隣の友好国。どこかの国と違って穏やかな外交をしてきた隣国からの使節団ですから、それはちゃんとおもてなしをしないといけません。準備も大変です。

「ではしばらく忙しくなりそうですね」

「そうだなぁ」

「それで、使節団はいついらっしゃるんですか?」

「ひと月後の——」


 旦那様が言ったお日にち。それって——。


「それ、ステラリアたちの結婚式の日じゃありません?」

「え? あ! 本当だ」

「「ええ〜……」」


 旦那様と私は顔を見合わせました。

 まさかの日にちかぶり!


「国賓の警備ですから、もちろんその日、ユリダリス様はお仕事ですよね」

「そうだね。あいつは僕に代わって指揮もできるから重要だし」

「おっと…………」


 せっかくの結婚式なのに、なんだか暗雲が立ち込めてきましたよ……!

今日もありがとうございました(*^ー^*)

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[一言] ティンは初めて聞く名前じゃないですよ〜https://book1.adouzi.eu.org/n3039bm/139/
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