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待ち遠しい

「サーシス様、サーシス様! 朝ですよ、お仕事に遅れちゃいますよ」


 珍しく旦那様がお寝坊しています。といっても、いつもの起床時間よりは少し早いんですけどね。

 昨夜、騎士団のみなさんと飲んでいたらしくて(なんかの打ち上げとかなんとか? 巻き込まれたらしいです)、帰りが深夜だったからかもしれません。それでもいつもスッキリ起きてくる旦那様なのに。よほどお疲れがたまってるんでしょうか?

 それにしても、昨日自分で『明日は朝から会議があるから早く行かないといけない』って言ってたくせに。

「う……ん……」

「サーシス様、今日は大事な会議があるっておっしゃっていませんでしたか?」

 旦那様の身体を手荒くユッサユッサと揺らせばゴロンと寝返りを打ちましたが、まだ瞼はしっかりと閉じられたままです。

「ダメだわ〜。起きませんねぇ」

 まだしぶとく眠ったままの旦那様の顔を見ながらため息をついていると、

「旦那様は私に任せて、奥様は先に朝食になさってください」

 後ろで見守っていたロータスが言いました。

「別に私は急いでないから朝食は後でもいいんだけど。それより旦那様を——」

「ご心配は要りませんよ。先にダイニングでお待ちください」

 自分が寝坊しているわけでもないのに焦っていると、ロータスがにっこり笑ってドアの方に促してきます。もう『行け』っつーことですね。

「は〜い。じゃあ先に行って待ってるわ」

 私は旦那様を起こすのをロータスに任せて、ダイニングに行こうと腰をあげました。


 旦那様、ロータスにやさし〜く起こしてもらえるといいですね!




 先に朝食を始めておけとは言われましたが、旦那様を放っておくのは悪いかなぁと思って待っていると、だだだだだ〜っと廊下を走ってくる音が聞こえました。

「あら、誰か廊下を走ってますねぇ」

「廊下を走っては危のうございます。後で注意を——」

 ダリアが顔をしかめた時でした。

 勢いよくダイニングの扉が開き、肩で息をする旦那様が入ってきました。

 寝巻きからは着替えていましたが、制服のシャツはスラックスからアウトしたままのしどけない姿です。

 それでもかっこいいとか、どんだけイケメン補正働いでるんですか……じゃなくて。

「……旦那様でしたね」

「……旦那様でございましたね」

 二人で苦笑いしていると、

「こほん。おはよう、ヴィー。さあ、朝食を始めようか」

 一つ咳払いをした旦那様が何事もなかったように私に微笑みかけ、席に着きました。後からロータスも入ってきました。

「もう起きないかと思いましたよ〜」

「ごめんごめん」

「でも間に合ってよかったです。さすがロータスですね」

「……うん」

 すました顔で控えるロータスをちらりと見た旦那様の顔が苦いものに変わりました。

 おや、優しく起こしてもらったんですよね?


 それから二人で朝食を摂り、いつも通り旦那様を送り出しました。




 そしてその夜。


「ディアンツ殿下の国内視察に付き合って、七日ほど家を空けることになりました」


 旦那様が仕事から帰ってくるや、とっても残念そうに言いました。

「王太子様のお供ですか。王太子様、まだお小さいのに視察とか大変ですねえ」

「まだ小さいのを考慮して、王都から近い主要なところだけに絞ったから七日で済んだようなもんです。フルール全土となると七日じゃ済みませんからね」

「国王様は行かれないのですか?」

「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすとかなんとか言って、一人で行かせるんだそうです。まあ、指導役にアルゲンテア宰相が一緒に行くから問題はないんですけどね」

 それにしても不機嫌そうな旦那様です。

 あまり王太子様と仲良くないからかしら? それとも、旦那様ってば実は子供嫌いとか?

「サーシス様、あまりお子様はお好きじゃないんですか?」

「え?」

「だって、ディアンツ様とあまり仲良くないから」

「う〜ん……殿下の生意気加減が別格なだけで、ああでもそんなに得意では……あっ! いや、好きですよ、すごく好きです! 今すぐ欲しいくらいです!」

 あまり得意じゃないとか言いかけたくせに、突然ハッとなった旦那様は慌てて否定しました。

 今すぐって、そりゃ無理っちゅーもんですよ。ああもう! 周りもみんな頷かないっ!

 あれ? 今何気にサラッと…………。

「じゃあなぜサーシス様はご機嫌ナナメなんですか?」

「あの生意気殿下と七日も一緒かと思うと気が滅入るというのと、陛下が行けば僕じゃなくて近衛隊長がお供することになるから、僕が行かなくて済んだのに、というところにイライラしている」

「…………」

 なんのために近衛に異動したんだ、とブツブツ言う旦那様。不機嫌ポイントはそこか。

「ま、まあ。大役ですから、頑張ってきてくださいませね」

「ヴィオラ切れを起こしそうで心配だけど、まあこれが終われば三日ほど休みがもらえるから、それを糧に頑張りますか」

「はい!」


 そうして次の日、旦那様は久しぶりの出張に出かけて行きました。




 旦那様出張で七日間パ〜ラダ〜イスっ! って、使用人さん用ダイニングも許可済み、お仕着せ・掃除洗濯もすでに黙認済みですから、今更パラダイスも何もないですよね。


 というわけでいつも通り、お仕着せを着て掃除洗濯に精を出します。


 午前中はお洗濯、昼から庭園で雑草を抜いたりワタシ庭園の手入れをしたりしていると、あっという間に一日が過ぎて行きました。

「あら大変、着替えなくちゃ」

「え? 着替えるのですか?」

「そうよ?」

 だってそろそろ旦那様の帰ってくる時間ですもの。

 私は驚き顔のステラリアを従えて寝室に戻り、普段着に着替えます。早くしないと旦那様が帰ってきたって、侍女さんが呼びにきちゃいますからね!

 ささっと着替えて階下に降りていくと、ちょうど書類を抱えたロータスと出会いました。

「おや、お仕着せからお着替えになったのですか?」

「え? ——あ。ついいつもの癖で着替えちゃったわ」

 驚いた顔で聞いてきたロータスの言葉に、私はハッとなりました。

 そうだ、旦那様は出張に出てしまってるから今日は帰ってこないんだった。すっかりいつも通りの生活しちゃったよ私。

「いつもなら、そろそろ旦那様が帰ってこられる時間ですからね」

 ニコッと笑うロータス。いやこれ、生暖かいやつだ。

「あ、ほら、いつもの癖で。あはっ、あはははっ!」

『いつも通り』の中に『旦那様が帰ってくる』というのがもうナチュラルに組み込まれてますね。

 ああ、だからさっき着替えに戻ろうとしたらステラリアに驚かれたのか。旦那様いないのになんで着替えるんだろうと不思議に思われたんですね。 

 着替えちゃったものは仕方ない。そのまま使用人さん用ダイニングに行って、みんなと一緒に賄い晩餐をいただきました。




 次の日、カルタムと一緒に晩餐の献立を考えていた時。

「今日は新鮮な魚が入ってますよ」

 そう言って厨房の調理台の上を示すカルタム。そこには届いたばかりの立派な魚が置かれてありました。

 あっさりとした白身のその魚、旦那様がお好きなんですよね。ええ、やっと最近旦那様の好みがわかってきましたよ。

 野菜のたっぷり入ったソースをかけましょうか? それともあっさりと塩焼きにしましょうか? 旦那様、どっちもお好きだからなぁ。

「じゃあ今夜は旦那様の好物の−−」

 無意識に旦那様の好物を口にすると、

「くすくす。旦那様はいらっしゃいませんからマダームのお好きなものにしていいんですよ? 旦那様もこのお魚はお好きでいらっしゃいますね。今度は旦那様のいらっしゃる時に仕入れましょう」

 とカルタムに笑われてしまいました。あ、これも生暖かいやつ……。

 そうだ、今日も旦那様はお留守だ。

 昨日に続いてまたしても。ボケてるなぁ、私。

「あ、そ、そうでした。う〜んと、じゃあ今日は——」

 ということで、私の好み——塩焼きにすることにしました。


 なんか、ことあるごとに旦那様のことを思い出してますね、私。

 気がつけば、旦那様との生活がすっかり馴染んでしまっています。まあアノヒト存在が濃いからなぁ。濃いからこそ、いないとぽっかり穴が開いた感じになるのかも。

 食事は使用人さん用ダイニングで摂るので一人じゃないから寂しくないけど、何か物足りないんですよねぇ……。




「旦那様が出張行っちゃって、まだ四日しか経ってないなんて」

「まあ、うふふ。もう四日ですよ〜」

「戦の時は二、三日に一度はお手紙きてたなぁ」

「そうでございましたね〜」

「今回はこないね〜」

「きっと殿下のお相手でお忙しいのでございましょう」


 ワタシ庭園でちょっと一休み。

 ミモザのお腹に頬をすりすりしながら、私はミモザにこぼしました。

 はち切れんばかりに大きくなったミモザのお腹は、もう臨月です。いつ赤ちゃんが出てきてもおかしくないので、使用人さんたちも医師様も臨戦態勢に入っています。いつでもウェルカムです。

 旦那様のお留守、まだ四日、もう四日。

「ミモザの赤ちゃんが生まれるのと旦那様が帰ってくるの、どっちが早いかなぁ」

「うふふふふ。赤ちゃんももうすぐですけど、旦那様の方が絶対早いですよぉ。奥様がそんなことを仰るなんて、珍しいですね」

「うん、自分でもそう思う」

「でも七日のうち半分が過ぎましたよ、あと三日です。すぐですよ〜」

「そおね、あと三日ね!」

 ミモザに励まされてちょっと元気になりました。


「あ、ポコンって蹴られた!」

「赤ちゃんも『もうすぐですよ〜』って言ってるんですわ」

「そおね!」




 それでも使用人さんたちと一緒に過ごしていると、あっという間に旦那様の帰ってくる日がきました。


「王太子殿下と公爵様は無事に王宮へお戻りになられました。報告が終わり次第帰宅するとのことでございます」


 そう言って先触れの使者様が、旦那様たちの到着と帰宅について報告してくださいました。もう少ししたら旦那様が帰ってきます。


「ご飯も出来てるでしょ、湯殿の支度も出来てるでしょ、お着替えもオッケー、お布団もシーツもバッチリふかふか。え〜とあと何かし残したことはない?」


 なんとなく落ち着かなくてサロンの中を行ったり来たりしていると、

「すべて大丈夫でございますよ。落ち着いてくださいませ」

 ダリアに苦笑いされてしまいました。

「そう? もうすることないなら、私、エントランスで待ってます!」

 ロータスよりも先、一番にお迎えしたくなった私は、エントランスで出待ちならぬ帰り待ちをすることにしました。重たい玄関扉だって自分で開けちゃいますよ!


 エントランス脇の階段にちょこんと座って待っていると、急に外が騒がしくなってきました。馬の蹄の音や話し声が聞こえます。旦那様が帰ってきたんですね!

 私がどっこいしょ〜、と扉を開けて外に出ると、護衛さんたちと一緒に帰ってきた旦那様がちょうど愛馬から降りたところでした。


「お帰りなさいませ!!」

「ヴィー!」


 いつもと変わりない旦那様の姿を見てうれしくなった私が飛びつけば、しっかりと受け止めてくれます。


「一番にお出迎えしたくて出てきました!」

「それはうれしいね。ただいま、ヴィー」

 そのまま旦那様にぎゅーっと抱きついていると、

「お帰りなさいませ。奥様はずっとエントランスでお待ちだったんですよ」

 後から出てきたロータスにバラされてしまいました。

「そうか。寂しい思いをさせちゃったね。明日から三日休みがもらえたから、ゆっくり過ごそうね」

「はい!」

 旦那様もお疲れでしょう。でもたまには私がくっついてもいいよね?



「ヴィーにこうして寂しがってもらえるのもうれしいけど、やっぱり離れているのは辛いから、今度の辞令でユリダリスを副隊長補佐にして、これから出張はユリダリスに行ってもらおう」

「はい?」


 ユリダリス様、思わぬ方向で出世決定してますよ……。

今日もありがとうございました(*^ー^*)

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