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第37話 ラピッド

 じりじり。


 後退していく。


 じりじり。


 相手も近づいてくる。


 キリリ………!


 弦が引き絞られ、パン! と放たれる。


『グオオオオオオ!!』


 野太い悲鳴が上がる。


 怒り心頭らしい獣人がドスドスと重量感のある足音をさせながら、歩調を早めて急接近してくる。


「カルマ! 撃ち方やめ! 全力で逃げて!」


 指導者の声に銀髪の少年はつがえかけていた矢を持ったまま全力ダッシュ。


 ビーストとの追いかけっこが始まった。


「さすがに障害物が少ない緑風公園では距離が取りづらいな」


 観戦しているSAIが金髪の下の眉をしかめて呟く。


「ああ。噴水トラップももう効かないみたいだし、長引きそうだ。もう少しなんだがなあ」


 同じく観戦中の新はもどかしそうに口を歪める。


 新が言う噴水トラップとはハルがカルマとの対戦の時引っかかったあれである。


 噴水の周りをわざと遠回りして移動し、追ってきた敵がショートカットしようと噴水に突っ込むと、移動力が落ちてカルマのいい的になってしまうという戦術だ。


 しかしビーストには学習機能があるらしく、一度引っかかると噴水をよけてしまうのだ。


 これは戦闘が終わってもリセットされることはなく、引き継がれる。


 アルパカはすでに噴水トラップを使ってしまっているのでこの戦闘では使えないというわけだ。


「う~! 早く倒しなさいよねあのネクラ!」


 新が観戦しているということはハルも観戦しているということ。


 イライラした声を上げる。


「あんなの、がーっ! と行って、ドカーン! とやっつければいいのよ!!」


 具体性に著しく欠ける戦術であった。


「………お前はちょっと黙ってようかハル」


「何よ~!!」


 ハルは不満そうに頬を膨らませるが、カルマの格闘能力でハルのようにがーっ! と近接格闘をすれば、返り討ちに合うのが関の山である。


 下手に接近して一撃もらえばあの馬鹿げたビーストの攻撃力では失神の可能性もある。


 もし失神すれば、良くて撤退。


 アルパカが操作をミスしたりすれば死亡の可能性もある。


 幸いというべきか、ナギとモフリンの時の様な撤退タブの不具合はここのところ起きていないようだが、油断はできない。


 パン!


 新が考え事をしている間に、苦し紛れか、カルマが振り向きざまビーストに矢を放つが、腕を掠めただけで終わった。


 無理のある態勢で撃てば、射撃にマイナス修正が加わるのでそれも当然。


「矢数もあと二本か………。厳しいな」


 新が思わずつぶやくのを聞きとがめたアルパカはむしろニヤリと笑って見せた。


「いいえ。もう手札はそろいました。カルマ!」


 アルパカが少年の名を呼ぶと、彼は逃走を止めて振り返り素早く矢を弓に番えた。


 その手には逃げているうちに矢筒から抜いたのか二本の矢が握られている。


 一本は弓に番えられ、もう一本は引手に保持されていた。


「矢が二本だと?!」


 SAIが驚きの声を上げる中、さらにその矢と弓が青いオーラに包まれる。


「EXスキル?!」


 今度は新が驚く番だ。


 それもそのはずEXスキルを使うために必要なメンタルゲージがまだそんなに溜まっていなかったのだ。


 少なくともこの前カルマが見せた『ピアス・アロー』を使うには足りないはずだが。


 周囲に構わずキリリ………、と少年ニューマノイドは弓を引き、


「『ラピッド・アロー!!』」


 矢が放たれる。


 矢は青い軌跡を宙に描きながら飛翔し、狙いたがわず狼頭の獣人の左胸に突き刺さるが、それで終わりではなかった。


 カルマは矢継ぎ早に引手に保持していた矢も弓に番え放つ。


 今度はビーストの右胸に矢が突き刺さった。


『グルオオオオオオオオオオオオ!!!!』


 それがとどめ。


 ビーストは長く尾を引く断末魔の悲鳴を上げ、電子的に分解されるようにして、細かいドットとなって宙に消えていく。


 間もなく。


 YOU WIN!!


 勝利を告げる文字がVRグラスに浮かんだ。


「やった!!」


 アルパカが思わず座っていたベンチから立ち上がり、びょーんと全身で跳ねるように万歳する。


 それに合わせてたゆ~んと二つの大きな果実がその胸で揺れた。


「ふう………」


 そしてカルマは大きくため息をつくとその場に座り込むのだった。


・・・・・・・・・・


「やったなアルパカ! イベントクリアおめでとう!」


 新は満面の笑みで祝福した。


 仲間がビーストを倒したことが自分のことの様に嬉しいのだ


「お、おめ………」


 恥ずかしそうにポソリと祝辞を述べるのはSAIだ。


 おめでとうと面と向かって言うのが恥ずかしいのか目をそらしている。


 思春期か。


「お二人ともありがとうございます!」


 アルパカもこれ以上ないくらいの晴れやかな笑顔だった。


 大量の経験値とアイテムなどの報酬、そして難しいイベントの達成。


 これで笑顔にならないゲーマーはいないだろう。


「しかしあんなEXスキルを覚えていたとはな………」


 新は感心したように呟く。


 アルパカはふへへと相好をだらしなく崩してはにかんだ。


「いやあ。実はあのスキル、一人でハントしてた時に何度か試していたんですよね」


 アルパカは舞台裏を語って見せる。


「それでここで戦うならあれしかないと思ってカルマと事前に打ち合わせをしておいたんです」


「なるほどな。メンタルゲージがあんまり必要ないように見えたけど?」


「はい。前に見せたピアス・アローよりかなり必要なメンタルゲージは少ないですね。ダメージも一矢一矢は通常射撃より弱いくらいなんですが、その分硬直時間なしで二本目の矢を放つことができます」


「ふむ」


 SAIは腕を組んで細い顎に手をやり少し考える仕草。


「じゃあ今日の立ち回りは最初からラピッド・アローで止めを刺すことを前提に組み立てられていたのか。EXスキルの前の無駄に思えた一矢もメンタルゲージをためるためのものだったんだな。大したものだ」


 金髪の青年も感嘆を隠さない。


 アルパカの戦術立案能力は、緑風公園メンツの中でも飛びぬけているように思える。


 おそらくかなり正確に、見えないはずのビーストのHPを測っていたに違いなかった。


「いやあそれほどでも~」


 アルパカは仲間二人に褒められて、だらしなくニマニマする口元を見られたくないのか、両手で隠すようにしているが、嬉しそうに細められた目元は隠せていない。


「そういえばSAIさんはイベントの調子どうです? イベント参加宣言から三日ほど経ちましたけど」


 それを誤魔化すようにアルパカが話をSAIに振ると、ん? と彼は眉を上げた。


「まあ順調だ。もう四分の三ほどは削ったかな」


「「早っ!!」」


 新とアルパカの声が綺麗にハモる。


 本気になったSAIはいろんな意味ですごかった。


「そういうARATAはどうなんだ?」


 今度はSAIが新に水を向ける。


 新はポリポリと後ろ頭を掻いた。


「うーん。俺は結構ギリギリになりそうだな。忙しくてさ」


 実際、新は最近バイトが立て込んでいてイベントに参加できていなかった。


 ちょうどSAIがイベントに参加し始めたころからだ。


 勤務先の店で急にアルバイトが一人辞めて、さらにもう一人が病気で寝込んでしまったためだった。


 しかしSAIはそういう深い事情までは踏み込まず「そうか」とだけ言うと、


「お互いニューマの命最優先で頑張ろう」


 拳を突き出した。


「おう!」


 新はその拳に自分の拳をぶつける。


 イベント終了まであと3日。


 ビーストハントは最終盤に差し掛かっていた。


というわけで今回はアルパカとカルマのビースト戦の結末をお送りしました


このように作戦を立ててボスを攻略するのは、ある種のゲームの醍醐味だと私は思います


例えば私がプレイしていたモンハンなんかだと、あのモンスターにはあの罠が効くから持っていこうとか、こういう装備が弱点だから装備していこうとか、あの特殊行動が出たらこうしようとか、事前に準備を整え作戦を立てるのがすごく楽しかった覚えがあります むしろ狩ってる最中より事前準備をしてる時の方が楽しいくらいでしたねw


さて次回はいよいよ新のビーストハント最終盤が始まります


皆様新とハルを応援してくださいねd(*^v^*)b

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