第34話 死と生 その2
「で、どうするんだい?」
「ん~? なにがあ?」
風呂上り。
前髪をタオルで上げ乳白液を肌に塗り込みながら、アルパカは間延びした声で答える。
ベッドに置いてあるスマホの中のカルマはため息をつき、頭痛をこらえる顔で片目を隠す銀色の髪の上から額を押さえる。
「SOHのイベントのことだよ。このまま参加し続けるのかい?」
「ん~。そうだねえ」
裾の伸びたTシャツに短パンというだらけた格好でベッドにデーン! と横たわると、アルパカはスマホを手に取り、画面の中のカルマを覗き込む。
「カルマはどうしたいの?」
「聞いてるのは僕なんだけどね」
カルマは苦笑しつつ腕を組み細い顎に手をやって考える仕草。
クール系の美少年が腕を組んで物思いにふける姿はなかなか絵になるが、現在は顔がズームされていてキュートな半ズボン姿が見えないのがアルパカ的にはマイナスだ。
とはいえ、この話し合いではカルマの表情をうかがうことが大事だと思われたので表示倍率はそのままにしておく。
「僕としてはやはりここまで削ったビーストを逃すのは惜しいね」
やがてカルマはそう切り出した。
「僕は中距離で戦えるからダメージを受ける確率も低いし、これからのことを考えてもビーストを倒しておきたいかな」
銀髪セーラー服の美少年は冷静な声で淡々と意思表明。
命の危険が無いならこんなものかもしれないとアルパカは思うが異論はあった。
「それなら、もしこれからもっと素早くて中距離の射撃にも対応してくるような敵がイベントで出てきたらどうするの?」
カルマはアルパカの言葉に秀麗な曲線を描く片眉を跳ね上げた。
「君はビーストハントのようなニューマイドが命懸けで戦うイベントがまた行われると思っているのかい?」
「うんたぶんね。スマホゲームでは一定期間ごとに似たようなイベントをするものだし」
「ふむ。弓矢の攻撃にも対処してくるビーストか………」
カルマはまた考えに耽る。
アルパカはじっと彼を観察しながら、辛抱強く答えを待つ。
これが大事なことだと思うからだ。
カルマには自分の命の危険がある場合のことを十分考慮してよく考えて決めて欲しいのだ。
先ほどより長く考えた後でカルマは顔を上げた。
「そうだね。やっぱりその場合は嫌………かな」
「戦いたくないってこと?」
「うん。消えたくない死にたくないって思うよ。………不思議だね。僕が消えても同型のカルマ型ニューマノイドはまたどこかで誰かの手で育てられるのに」
少年ニューマノイドは、自分の気持ちがよく分からないというように細い首をひねる。
そしてカルマは少し不安そうに自分の指導者に尋ねた。
「………君は僕が死んだら嫌かい?」
「もちろん嫌だよ」
アルパカは即答。
カルマはその答えの速さが少し意外だったようで、銀髪に隠れていないほうの瞳を軽く見開く。
そんなに自分は薄情なやつだと思われているのだろうか?
アルパカはちょっと憮然とした気持ちになった。
そこで悪戯心を出す。
「カルマにはお金も時間もかけてるからね。もう一度育て直すの大変だもん」
「………」
むー! とカルマはふくれっ面になった。
いつもテンション低めでクールなカルマだが流石に怒ったらしい。
アルパカは相棒の珍しい表情に笑い声を上げた。
「あはは! ごめんごめん! 冗談だよ! そんな風に思ってないってば!」
ぶすっと睨んでくるカルマにアルパカは微笑みながら穏やかに語る。
「カルマとはなんだかんだでたくさんの時間を過ごしたよね。作戦を話し合ったり、ARATAさんやSAIさんのことを相談したり」
「あとスクショを3600枚も撮ったりね」
ふくれっ面のままジト目で嫌味を言ってくるカルマに、アルパカは顔の前で手を合わせた。
「ごめんごめん! あれはARATAさんに言われた後ちゃんと謝ったでしょ?」
銀髪の少年はふん! と鼻息を漏らす。
「謝っても許すつもりはさらさらないけどね。僕の心に深いトラウマを刻んだ君の所業、ずっと覚えてるからね」
「うう………。ま、まあとにかく!」
アルパカは無理やり明るい笑顔で話を戻す。
しかし顔を流れる汗は隠せない。
「そういうことも含めて、カルマと私はたくさん思い出を作ってきたんだよ。ほんの短い間でもね」
すねに傷持つ指導者は真摯な表情で語る。
「人間っていうのはそうやって思い出を一緒に作った相手には情が湧くものなの」
「情が湧く?」
不思議そうにその単語を口にするカルマ。
「そうだよ。例えばカルマが仮契約した直後、………出会った直後に消えたなら私はそんなにショックを受けないと思う。でも今は違う。それはカルマに私が情を持っているからだよ」
アルパカはそこで目を伏せた。長いまつげが大きな瞳に影を作る。
「だからカルマが消えてしまったらすごく悲しいと思うし、次のカルマなんて考えられないと思う」
「悲しい………か」
カルマはアルパカの気持ちを聞き終えてふっと笑って見せた。
スクショ事件以来あまり彼女に見せたことがない気がする柔らかい微笑みだった。
しかしそれをアルパカが見ていることに気が付くと慌てて笑みを消しふいっとそっぽを向く。
「………まあそういう風に言われるのは悪い気がしないね」
あからさまな照れ隠しだった。
アルパカはニヤつきそうになるのをこらえるのが大変だった。
だがニヤニヤしていてはまたカルマは機嫌を悪くしてしまうだろう。
ここは我慢の子である。
カルマは何かにふと気づいたように急にアルパカを振り返る。
「モフリンもナギに情を持っていたのかな?」
アルパカは沈痛な面持ちでうなずいた。
「………そうだね。たぶんそうだと思う」
「人間っていうのは不思議だね」
カルマはそんなアルパカを眩しいものを見るような視線で見上げていた。
「僕やナギみたいな作り物にも感情移入して、居なくなったら悲しんだりする」
苦笑した。
「でもそんな人間が僕は嫌いじゃないみたいだ」
アルパカは瞬時に調子に乗った。
「じゃあスクショの件も水に流すということで………」
銀髪の美少年の反応はクールだ。
「それはまた別」
「ええ~~~~………」
アルパカは長く尾を引く嘆きの声を上げた。
その夜アルパカの部屋からは、話声が絶えることはなかった。
今回はカルマとアルパカによる対話です
ちょっとハルと新の対話とは趣が違ったと思います
そういう部分からアルパカがナギの死についてどのように考えているか読み取っていただければ嬉しいですね
さて次回はラプシェとSAIの回になります
果たして二人はどんなことを話すんでしょうか?
そして二人のイベントの行方は?
乞うご期待です




